第43話『お試し』
良いお年を。
さて翌日のこと。二週間後の緊急依頼『メチオル聖水の採取』に向けて、このあたりの環境を一度調べてみようと思って、街外れの砂浜までやってきた。白い太陽と青い空の下、砂浜で遊ぶような人々は一人もおらず、波が私を捕まえようと手を伸ばし、届かず引いていく音ばかりが鳴り響いている。植物すら生えていないわけで、海さえなければまるで沙漠のようだった。
元々探索の心算でここまで来たわけだけど、朝のギルドの掲示板をちらと覗いたところ、「スーパーシェル」というものを採取する依頼があり、それが丁度この砂浜で獲れる代物らしく、ついでに請けてみた。受諾可能ランクとしてはFだったので、今の私からすれば大した依頼ではないとは思う。
実際人が居ない代わりに、魔物の姿もない。戦闘で苦戦するどころか、今日は魔法一つ放つことなく依頼を終えることができそうだった。ただそれとは別に、問題が一つあった。
「…どこにあるんだろう?」
件のスーパーシェルというものが、いくら探しても全く見つからないのである。分析スキルを用いれば、その場にあるものが何かはすぐわかるけれど、そもそも物が見つからないわけで、それすらままならない。砂ばかりの周辺では探し方の善し悪しなどなく、足元を幾ら注視しても物が落ちていないのだ。
それで、もしかして砂に埋まっているんじゃないかと考えて、時折杖で穿ってみるものの、それも空振りしてしまう。そもそも埋まっているのかすら分かっていない状態なのだから、無駄足の可能性さえあった。依頼を請けた私にとって、今この砂浜は賽の河原だった。
一向に見つからず、ついに厭きてしまって、気分を変えようと少し海に近づいた。透明な水色で澄んだ海は周期的に私に向かってくるので、あまり近づかず、しゃがんでぼけっと見ていた。
「海…かぁ」
綺麗な海はとても心を癒してくれる存在ではあるが、私の無意識が、海に初めて来たと訴えてきた。記憶を失う前の私は、きっと海に来たことがない。ただ不思議なのが、今見ているものが海であることは確かにわかっていたことだった。見た事がないものを、どうしてそれだと理解できたのだろうか。
あぁ、でも、初めてスライムを見た時は、それを「スライムっぽい」って思ったっけ。それで分析してみると実際スライムだったし。目の前に映った物体が何かを、私は無意識にわかっているのだろう。不便なのが、鏡に映った私自身のことは、今も何もわからないことだけれど。
「シェーラ…元気にしているかなぁ」
漣の音に掻き消されそうなほど小さな声で呟いた。私にこの世界の事や魔法の事を最初に教えてくれたのは、魔女のシェーラ。彼女と別れ、自分探しの旅を続けて早二ヵ月は経とうとしている。連絡の取りようがないから、私から彼女へ何か伝えることはできない。それどころか、彼女の家が一体どこにあるのかすら、私には分かっていない。
そう改めて自覚すると、何もつかめていない自分自身に落胆して、一つため息を吐いてしまう。綺麗な海を前にして、ナイーブになってしまった。無理もない。シェーラとの約束が果たせるかどうか、現状のままでは不可能だからだ。
私が転生した理由を、シェーラに聞かせる。それが彼女と約束したことの一つ。彼女と再会したときに、その理由を話せる状態なのか。そもそも、また彼女に会うことができるのか。私には不透明な未来でしかなかった。
「まだまだ分からないことだらけだなぁ」
広大な海を目の前にして、私の悩みは絶えない。自分自身のことは勿論、世界の事、シェーラの事、それにリンネのことだってまだ知らない。昨日買ったローブもそのままマジックバッグに眠っているし…。
「あっ」
急に立ち上がって、マジックバッグの中身を漁り、件のローブを取り出した。今は私以外に人は誰もいない。試すなら、ここが一番だ。
取り出したローブを目の前に掲げて、改めて分析してみる。
【名称】ルインズローブ
【成分】ブラックシープ/魔王の血
【属性】闇
【破損】-
【効果】全属性軽減/[種族:人間限定]魔王憑依
ほんとなんなんだ、魔王憑依って。いざ着用しようとすると、ちょっと怖い気もする。段々とローブから、正に魔王の覇気のような威圧感が滲み出ているような気がした。
念のため、今着ているものの上から着てみよう。それでもし、少しでも身体に変化があったら、すぐに脱ごう。
そう決意をして、このルインズローブの着用を試みた。まずは袖を通さずに、羽織るだけ。今までのローブは遮熱性能があるはずだけど、緊張感で身体がドキドキと脈打っている。…身体に特別異常はない。異常ナシ、よし。次に右手だけ袖に通して様子を窺ってみる。右腕を伸ばして、ゆっくりと袖の中へ入れていく。漸く袖の穴から右手が出てきたとき、ふぅ、と安堵の溜息を吐いた。これも異常ナシ。その後は左腕も袖を通して、遂に完全にルインズローブを着ることができた。
…。
じっとしているが、特に身体に異常はない。試しにと腕を大きく腕を伸ばして深呼吸をした。誰かに操られているような感触も、魔王のような重圧を感じることも無い。
「平気…かな?」
その場で一回転してみても、やはり身体に変化が起こったような感触はない。
もしかして下にローブを着ているのが障壁となっていると考えて、元々着ていたローブを脱いで、改めてルインズローブを着用した。それでも、特に変化は無かった。
何か起これば効果が本物だと知ることができたけど、何も起きないとこの効果が本物なのか、確かめようがない。ただ分かったことは、元々のローブと同じく、遮熱性能が抜群であることだった。
「…うん。まぁ。大丈夫、かな」
いずれ試さなければならない話だった。早めに知れただけよしとするべきだろう。一応このあとまた、スーパーシェルってものを探している最中も身に付けて、何も問題無さそうだったら、スペアとして持っていこう。
…さて、その問題のスーパーシェルだけど。砂浜にあるのは確かなはずだから見つからないはずないんだけど…。もっと海に近い方にあるのかな。
そう思い直して、改めて海の方へ目を向ける。流れる水の中で探すのは憚られる…具体的には履いているブーツが濡れてしまうのが、あまり好ましくない。サンダルとかあれば理想的なんだけど…。
「っしょっと…」
カンカン照りの日差しの中、足元の海の水は冷たく、身体全体が涼しくなっていく気がする。浴場でお風呂に浸かるのとはまた別の気持ちよさがある。海水浴日和だった。私以外に人はいないけれど。
この辺りは魔物もいる気配がなさそうだし、足元にさえ気を付けていれば、大事にはならないだろうということで、ブーツとソックスを脱いで、裸足のまま海へと入っていった。変な生き物がいたらちょっと嫌だけど、幸いにも水はガラスのように透明である。それにスーパーシェルを探すのだから、どのみち足元を注視しなければならない。
海辺の砂浜では、先ほどとは違い、ちらほらと貝が散見される。これはもしかしたら辺りかもしれないと、分析スキルを使ってみるものの、目的の物は見当たらない。それでも何も見つからないよりも随分とマシで、慎重に手に取っては、記念に持ち帰れそうなものはそのまま手中に収めた。
肝心の物は…。もっと海側じゃないと無いのか。でもこれ以上進むと、膝丈くらいにまで浸かってしまう。深入りは却って怖いけれど…。と、いうときに、また一つ貝を見つけた。よりにもよって、まさに膝丈くらい浸かるまで行かないと取れない場所にある。一応この距離なら分析はできそうだけど、まさかあれが目当ての物だなんて…。
【名称】スーパーシェル
【成分】スーパーシェル
【属性】水
【破損】-
【効果】火属性軽減
…あれがスーパーシェルなのか。
思ったよりも砂浜になく、思ったよりも採るのが難しそうだった。だけど、見つけてしまった以上、取りに行かないわけにはいかない。
足元をよく見て、ターゲットにも目を離さないように、ゆっくりと近づく。幸いにもちょっと砂に埋まっているので、いきなりどこかへ流れてしまうことは無さそうだった。
ゆっくり、慎重に…。
「よし!」
そこまでたどり着いて、すぐに水の中に手を突っ込み、スーパーシェルを拾い上げた。この辺りにはもう無さそうだから、さっさと切り上げよう。それでまた砂浜の方へ戻ろうとした。
そして脛の辺りまで水が浸かっているときだった。ちょっと高い波が来て、覆いかぶさるように私を襲ったのだ。
「わわっ!」
溺れるほど激しいものではなかったものの、着ているルインズローブはずぶ濡れ、それどころか持っていたバッグまでびしょびしょになってしまった。ローブの方はまだいい。そのためのスペアというか、スペアのほうが濡れてしまった結果になったが、バッグの中に仕舞っているからだ。問題はそのバッグで、見た目はびしょびしょである。
「…ブーツと一緒に、バッグも置いておけばよかったな」
ブーツを脱いだところまで戻ってきて、急いでバッグの中身を確認する。真っ暗で何も見えない。次に手を突っ込んで中の物に被害がないか確認した。すると服もテントも、特に濡れた様子が無いようだった。よかった…。これでまたローブがどっちもダメになったら、またもう一着、帰り際に買うところだった。
足をある程度乾かした私は、ソックスとブーツをまた履いて、元のローブに着替えて、その場を去ったのだった。
【名称】スーパーシェル
【成分】スーパーシェル
【属性】水
【破損】-
【効果】火属性軽減




