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第42話『船は既に出航しました』

あれは…リンネ?


どこへ行ったんだろう。この商店街通りから外れるなんて。もしかしてこの通り以外にもお店があるのかな?


その興味に惹かれ、こちらへと歩く人々を避けて、消えたところまでやってきた。彼女が消えたほうにはお店は一つもない。あるのは恐らく船乗り場となる所や、それに続く道、あと輸送用と思われるレールやトロッコだけであった。人は商店街通りに比べて、もっと少なかった。一枚の黒いタンクトップのような服を着た、船乗りらしき男たちが、強靭な身体を活かして、大きな木箱を運んでいる。


おかげでリンネをすぐに見つけられた。いつもと違ってあの大きな剣は持っていなかったが、正に冒険者という格好と白いショートヘアは分かりやすい。船乗り場の所で、船乗りの男と何かを話している。並んでいると、よりその体格差がわかりやすい。見上げる形で男を見るリンネと、見下す形でリンネを見る男。すると男の方は目線を合わせようと、片膝をついた。


なんの話をしているのかと二人に近づいた。港は商店街と違い人の声は少なく、代わりに(さざなみ)の音と、波が打ち付ける音が心地よく聞こえる。柔らかい音とは対照的に、私が硬い地面をコツンコツンと歩く音もよく聞こえる。それでリンネは振り向いた。


「…お前か」


私が声を掛ける前に、リンネが声を発した。相変わらずの反応である。喜ぶ様子はない。けれど嫌がる様子も垣間見えない。


「お嬢さんも乗船予定かい?生憎もう出航しちまったんだ。悪いな」


船乗り場にやって来た私に、男は立ち上がることなくそう言った。私はそういうつもりで来たわけではないのだけど。でもお嬢さんも、ということは、リンネは乗る予定だったのか。ただどうやら一足遅かったらしい。


「それにお嬢さんたち、子供だけじゃあ船に乗せらんないよ。ちゃんと親御さんと来てもらわないと」


流石にそこらの規制はしっかりしているか。そりゃ子供だけで船旅は危険すぎるし、乗組員の人たちも責任取れないだろうからなぁ。


と、考えていると、男はひどく驚いたように背筋を伸ばした。どうしたのかと思って、その視線の先を見ると、リンネが男に向かって、ヘビのような鋭い目で睨みつけていた。それで少し私も驚いてしまう。


そんな気に障るようなこと、この人言ったかな…。


思い当たる節がないまま、私は男に対してもう一度確認をした。船旅が駄目なら、どうやって別大陸に行くか考える必要があるからだった。


「絶対に子供だけじゃ乗れないの?」


「あ、あぁまぁ、例外として許可証さえあれば乗せられるけど…」


「許可証?」


「国や国指定の施設から発行される許可証だよ。生半可な理由じゃ貰えないから、正当な理由でないと無理なんじゃないかなぁ」


正当な理由かぁ。学院の特別講師たったアルガード王国なら、もしかしたらなんとかできたかもしれないけれど、デルタ帝国にはまだ来たばっかりだし、一筋縄ではいかなそうだな。急務というわけでもないし、最悪別の方法で海を渡ることも考えればいいかな。それこそそれをここらで調べてもいいわけだし。


…とあれこれ思案していると、気付いたときにはすでにリンネは場所を離れ、商店街の方へと歩いていた。なんとなく気になって、男に軽く会釈をした後に、リンネを追いかけた。


「待ってリンネ」


いつもより歩幅が大きいようなリンネを呼び止めようとするも、彼女は振り返らずにそのまま歩き続ける。代わりに言葉が返ってきた。


「お前が私についてくる理由はないはずだが」


「そうだけど…それより、許可証はどうするつもりなの?」


「ギルドに直談判する」


「ギルド?ギルドなら許可証出してくれるの?」


「知らない」


いつにも増してぶっきらぼうな様子で、商店街の人混みの中に紛れて、まっすぐに進んでいく。それ以上は聞けるような雰囲気ではなく、ただ少し嫌な予感がして、心配になってリンネの後を追っていった。




ギルドに着き中に入ると、リンネは真っ直ぐに受付に向かって、その受付のスタッフに少し荒々しく言い放った。


「乗船の許可証はここで出すことはできるのか?」


スタッフの女は突然の押しかけに加えて、リンネの威圧に驚いていたが、たじたじしながらも答えた。


「きょ、許可証を出すには依頼を達成する必要があります」


「どの依頼だ?」


「あちらにあります、緊急依頼の、橙色の、依頼です」


しどろもどろになっている女を放って、リンネは掲示板の方へそそくさと向かった。親についていく子供のように、私もその後に続き、2人で並んで掲示板の前に立った。


緊急依頼の区分の箇所には、ただ一つだけ橙の紙が貼られていた。その題目が少々不可思議で、思わず声に出して読んでいた。


「…メチオル聖水の採取?」


メチオル聖水というものがどういうものなのかはわからないけれど…聖水というくらいだから、貴重品のようなもののように感じられる。それこそランクEの私には到底請けられなさそうな、上位の依頼とさえ思える。しかし必要ランクが記載されている箇所を見ると、なんとEどころか、Gランク、つまりギルドに入りたての者ですら請けられる依頼ということになっている。


そのうえで更に妙なのが、この緊急依頼を見ている人は私とリンネ以外に居ないことだった。他の冒険者は採取依頼や討伐依頼に貼られている紙に釘付けである。緊急依頼なら殺到するほどに色んな人が請けていると思うのだけど、常設依頼と同等のような扱い方をされていた。


そんなことを気にする様子もなく、リンネは受付に戻り、スタッフの女にすぐさま言い放った。


「緊急依頼、メチオル聖水の採取を請ける」


「か、かしこまりました。その、こちらは少々特殊な依頼でして、えと、既にお請けしているチーム方々がいまして、恐らく、そちらに迎えるのは凡そ二週間後になるかと思われますが、よろしい、ですか…?」


そんな依頼あるのか、と思った。緊急依頼というのは名目上で、実際には常設依頼に近いものなのだろうか。道理で人の目に留まらなかったわけだ。掲示板の前にいた冒険者たちの中には、まだ請ける予定の無い者や、既に達成済みの人もいたに違いない。


そしてリンネは少し考えた後、またスタッフに質問をした。


「その間にトロンチへ出航する船はあるのか?」


「い、いえ、トロンチ王国へ向かう船は、次はだいたい一ヶ月後になるかと」


「ならいい。それで頼む」


「は、はい。あと、えと、もう一方はお連れの方という認識で、問題ないでしょうか?」


「私一人で請ける」


「い、いえ、その、こちらに記載してある通りなので」


受付の女は掲示板に貼られていた緊急依頼と全く同じ紙をカウンターの上に置き、リンネに訴えるように紙の上の或る箇所を指し示していた。そこに書かれているのは依頼受諾人数で、二人或いは三人、と書かれていた。


「どうして一人で請けらんないんだ?」


「そ、それはその、えっと」


訳を言い渋っているスタッフの女を見ると、あまり公に知られるべきではない理由がありそうだ。却ってそれはそれで心配になるところだが、これではリンネも、私も船旅に出ることができないわけで。


「規定になっているんなら、仕方ないよ。ちゃんと私も手伝うからさ、ね?」


(なだ)めるように横からリンネに言うと、彼女もそれ以上きつく追及することなく、カウンターに前のめりになっていた姿勢を直した。


「す、すみません、えと、それで、お二人で請けるということで?」


「うん。それでお願い」


リンネの代わりに私が返事をすると、受付のスタッフはたどたどしくカウンター下から一枚の紙を取り出して、私たちの前に見せてきた。


「か、かしこまりました。それでは、こちらに、お名前の記入を」


現れたのは『緊急依頼を請けるものの証明』と書かれたもので、つまりはヴェレン街のヴァンパイダーの駆除のときと要領は同じである。私が先に羽ペンを手に取り、名前を記入した。一応先導するのはリンネだと思ったから、二つ目の傍線の方に「レイン」と書いた。続いてリンネもため息を一つ吐いて、(ようや)く証明書に名前を記入した。


「ありがとうっございます」


最期までおどおどとした態度のスタッフに、多少の苦笑を浮かべてしまった。リンネだから、というより、元からそういう性格の人なのかもしれない。


特に問題なく、正式に許可証が手に入りそうになって、少し安堵した。ギルドはあくまで国の施設ってわけじゃないだろうから、証明書の発行まで行ってくれるか怪しかったけれど、少なくともデルタ帝国では国に認められた施設っていうことなのか。よかったよかった。


「どうして了承した?」


忙しない態度から一変して、リンネが私を心配そうに訊いてきた。


「んーと。私もいずれ船で別の大陸に行きたいから、どうせならこのタイミングで済ませちゃおっかなって思って」


「…そうか」


リンネは何か言いたげな面持ちのまま、それを言葉にすることなく、ギルドの外へと出ていこうとした。その後に続いて出ていこうとしたとき、私の中にふとした疑問が生まれていた。


「ねぇ。もし、ギルドから許可証を貰えなかったら、どうするつもりだったの?」


そう訊くと、リンネは立ち止まって、身動ぎもしない間が少しあった後に、こちらに顔を見せずに返答した。


「…お前が知る必要はない」


それだけ言って、ギルドの外へ出ていった。もう私の中の嫌な予感は消え去っていて、それ以上後を追うことはしなかった。理由を教えてくれると思ったら、まさかそんな突き放され方をされるとは思っていなかったけれど。でも、あの嫌な予感はなんだったんだろう…?

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