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第37話『もう一度鍛え直すために』

ジェイシーから結界スキルを教えてもらってから二日間、私は個人で依頼を請けた。それも単に請けたわけではなく、意図してGランクの素材採集依頼や、Fランクの素材採集依頼や討伐依頼という、一つ二つ下位のランクの依頼を請けたのだ。


その意図としては二つ。一つは私自身の身体の様子を見るため。身体の感覚は特に問題なかったのだが、戦闘中でも特に違和が出る箇所はないかを確かめたかった。もし現在のランク、つまりEランクの討伐依頼などを請けている最中で、身体に異変があると分かっても、その場で目下の敵と自分の身体の両方を対処するのは難しい。私が個人の冒険者なら尚更である。


もう一つは、ジェイシーから教えてもらった結界スキルを実践で使いたかったため。元々このスキルを教えてもらったのは、不意の避ける暇もない敵の攻撃から身を守るためである。彼女から教えてもらった日は、結界スキルが使える状態になっただけで、では戦闘で有効的に発動できるかどうかに関しては、実際に敵対して確かめるしか無い。ただ、前述の通り、Eランクで窮地に追い込まれてしまっては後の祭なので、下位のランクで試したのである。


ちなみにそのジェイシーがいるチーム雷神は、その次の日あたりから活動を再開していた。アンナの調子はもう大丈夫なようで、その日の夕食で話を聴くと、ここのところの鬱憤を晴らすかのように元気に槍を振り回していたらしい。


その翌日からは二日に一回、チーム雷神と行動を共にして、というより前と同じで私が勝手についていったという体で、依頼を(こな)していた。そして宿屋に帰れば、浴場か私の部屋でジェイシーとその日の戦闘の反省会を開催した。


…まぁ結局、彼女の話を聴く時間のほうが多くなっちゃってるけど。私のことを根掘り葉掘り聞かれないから、個人的には助かっている。沈黙は(きん)より大事だ。


「そういえばレインさん」


今日も話が終わり、ジェイシーが部屋に戻るかと思ったとき、彼女から一声掛けられた。


「明後日、雷神は一旦アルガード王国に戻る予定なんです」


「えっ、そうなの?」


「はい。戻ると言っても護衛依頼込みなんですけどね」


「また急だね。何か目的があるの?」


「いえ、これは主にリーダーのポールが決めたことなんですけど、まだまだチームとしての力が足りないってことらしく…」


理由を聞いて目を丸くした。ポールがそんなことを言うなんて思ってもみなかったからだ。リーダーらしいっちゃリーダーらしいけれど。


「その、レインさんならわかると思うんですけど、私たちのチーム、結構詰めが甘いというか、いつも危険な状況になっているんですよ」


「あぁ、もしかしてパルドニア鉱山でのアンナのこと?」


「それもですけど、例えばレインさんに助けていただいた護衛依頼の時とか、ビッグベア討伐の時とかも、私やポールが窮地に立たされたじゃないですか」


護衛依頼の件なんて何週間前だ、と思ったけど、確かにビッグベア討伐はつい最近である。確かに、自分で言うのもなんだけど、あのときは私がいなければもっと深傷(ふかで)を負っていたのは間違いない。今回のアンナの件もちょっと安静期間を要したわけで。ただ勿論他に誰かがいたらそれを回避できたかどうかも、未知ではあるけれど…。


「だからポールが、このまま新天地に赴いてもよくないって言って。パルドニア鉱山の緊急依頼はポールにとって決定打らしかったです。翌日集まったときに言われました」


「じゃあ、彼の独断で決まったの?」


「いえ、最終的には皆納得したうえで決まりました。言われたときは吃驚(びっくり)しましたけど、私もその通りだと思いましたし、デニスもポールと同意見らしかったです。私よりも驚いてませんでした」


「…アンナは?」


「…理解も納得もしていて、悔しがってました。自分のせいで戻ることになったって」


話だけ聴くと、ポールは感じていたことを全て話していたんだろうな。大きな(いさか)い…はジェイシーの話し方とこの頃の雷神の様子を見るに無かっただろうけど、むしろアンナは自責の念に駆られてた、のかな。思い返せば今日の依頼の時も、人一倍張り切っていた気がする。


「やっぱり、幼馴染だね」


「え?」


「多分皆腹の中では同じこと思っているんじゃないかな。自分がもっと強ければって」


「そう、なんでしょうか」


「だってジェイシーだって強くなりたくてこうやって私と話しているし、アンナもそう言ってたんだから」


「…ふふっ、そうですね」


しんみりとした雰囲気の中、ジェイシーは少しだけ笑みを零した。




翌々日。昼前の空には、(まと)まった白い雲が点々と見える、心地の良い日だった。一つ嫌な点があるとすれば、水を貰った植物が(すこぶ)る喜びそうなほどに、太陽も白く光り輝いていたことだけだ。いよいよ暑い季節がやってきそうだ。


ギルドの前には貨物馬車があって、ギルドスタッフが最後に貨物車の中で最終確認をしているところだった。前方の二匹の輓馬(ばんば)は器の中にある水を夢中になってペロペロと舐めている。そこへ小さい子供たちが集って、(たてがみ)を撫でたり優しくポンポンと叩いたりしていた。その横で御者がバケツに入った水を手で(すく)い、馬の背中にかけてあげていた。


乗客車には既に二人ほど乗り込んでいるようだった。ちらっと覗いてみても、それは雷神の誰かではなく、斧を傍らに置いている髭の生えた中年男性と、強面のガタイのいい男性だった。一人は知らないが、強面の方は見たことがある。確か私がアルガード王国からヴェレン街へ移動するときに同車していた、身動ぎもしない男だ。


「おっ、レイン。見送り?」


後ろから声がした。振り向くとアンナとジェイシーが荷物を背負って居た。


「うん。折角だからね」


「嬉しいな〜。やっぱり持つべきものは友達だね」


「気をつけてね?また悪党に襲われたら笑えないんだから」


「今回は他の冒険者もいるから大丈夫!…だと思う」


アンナは地震があるんだかないんだかわからない返事をした。不安だなぁ。いつもの調子なら自信満々な返事をするのに。やっぱり尾を引いているのかな。


…と、思ったけど、彼女は前方の馬を見るとそちらに向かい、馬に話しかけたり子供たちと話したりしていた。子供たちにはよく知られているようで、おねーちゃん、とか言っていた。そう呼ばれると彼女は屈んで、子供たちと目線を合わせていた。


まぁ、あの感じなら大丈夫、なのかな?


そんな景色を見ていると、私はまた一人にこそこそと話しかけられた。


「あの、レインさん」


「ジェイシー」


「ここのところ、お話を聞いてくださり、ありがとうございました」


「全然。むしろ的確な助言ができなくてごめんね」


「そんな、聞いてくださるだけでもありがたかったです。こう、気持ちが楽になったので」


「そっか。それならよかった」


「はい。…レインさんはこれからどうなさるんですか?」


「そうだなぁ。いいタイミングだし、私も旅立とうかな」


次に目指すところはデルタ帝国になる。彼女らと向かう先は反対側だ。暫くの間会うことはまずないだろう。そう考えると、この見送りも一つ大事なイベントだと感じる。


「なるほど。気をつけてくださいね」


「ありがと。ジェイシーたちも気をつけてね」


お互いに手を振り、彼女は乗客車に乗ろうとした…が、急に乗客車に足を掛けるのをやめて、アンナの方へ向かっていった。どうしてだろうと考えていると、そういえば中には中年男性と強面がいたんだった。多分初見の相手だったから、怯えてアンナに付いていったんだろうな。


丁度アンナも子供たちとの話を切り上げて、二人で乗り込もうとしていた。堂々と乗り込んでいる彼女に対し、ジェイシーはきょろきょろとしながらゆっくり乗り込んでいた。最後まで彼女らしいな、とふふっと微笑(わら)ってしまった。


「ねぇ、レインさん」


彼女らが乗客車に乗り込んでいるところを見ていると、また声をかけられた。デニスだった。


「最近、ジェイシーと何の話をしていたの?」


「ん?どうして?」


「バルドニア鉱山のあたりからかな、ジェイシーが妙に積極的に訊いてくるようになったんだ。今の魔法はどうだったかとか、タイミングはどうだったかとか」


パルドニア鉱山からってなると…前日にジェイシーと反省会をやったときか。彼女はそれを活かして、チームにもどうだったのか聞くようになったんだ。


「特別なことは話してないけど…。強いて言えば、魔法使い同士、一緒に強くなっていこうねってぐらいかな?」


話の内容は詳しく話せない。彼女は元々、チームの人に話せないから、私を頼ってきたんだ。それで私がここでベラベラと話すわけにはいかない。


「なるほどねぇ。詰まるところレインさんが色々アドバイスをしてたってことか」


「アドバイスだなんて、そんな大きなものじゃないよ。ジェイシーが積極的になったのは、ジェイシーの中での変化だから」


「またまた謙遜しちゃって。でもまぁ、今度会ったときもまた仲良くしておくれよ。できれば僕とも」


「うん。勿論だよ」


デニスは白い歯を見せて手でグッドサインをしつつ、乗客車に乗り込んだ。こう見ると好青年って感じなんだけどな。


最後のポールは、乗り込む前に私と目が合い、軽く会釈をした。これまでの関わりを感謝に換えたかのような丁寧な会釈だった。応じるように、私もゆっくりと会釈をした。


貨物車の扉が閉まり、馬の近くにいた御者は子供たちに退くように優しく言った。数人の子供は最後に馬をまた優しくポンポンと叩き、それから離れていった。


御者は御者台に座り手綱を引っ張ると、もれなく二匹の輓馬が動き出した。それに合わせて、子供たちと一部の大人が手を振る。私も混ざって大きく手を振った。すると乗客車の窓からアンナとデニスが手を振り返していた。アンナはともかくデニスもああいうことするんだ。意外だなぁ。


貨物馬車のガタンゴトンという音は少しずつ小さくなっていく。ディテールの細かい姿形は段々と点のようになっていき、直に動いているかも分からないほどに遠くに行ってしまった。


無事に貨物馬車を見送り、大人たちは皆仕事に取りかかっていった。子供たちは貨物車の御者と乗客の真似事をしていた。この暑さの中、子供たちの元気さは底を知れない。


さて、私も今日一日頑張らないとな。


ギルドに入ると日差しはなくなり、涼しい空気が顔に伝わった。若干外に出るのが億劫になりそうだったけど、両手で涼し気な自分の顔を2回叩き、掲示板と相対して気合を入れなおした。


常設依頼。採取依頼。討伐依頼。緊急依頼と護衛依頼はない、か。


そういえばデルタ帝国にはまた護衛依頼で行く感じになるのかな。でも掲示板に貼られてないってことは、暫くは出ないのかな。


ちょっとスタッフに尋ねてみよう。


丁度昼時ということもあって、受付に並ぶ冒険者はいなかった。それでも、受付スタッフの男性はだらしない態度一つ見せず、きっちりとした姿勢で手元でできる仕事に務めていた。アルガード王国のテオもそうだけど、受付の人はきっちりしている人が担当しているのかな。


「すみません」


声を掛けると、スタッフは手元の仕事を中断して、何か御用でしょうか、と聞き返してきた。


「デルタ帝国への護衛依頼はいつぐらいに出るの?」


「申し訳ありませんが、他国間での護衛依頼はギルドでは承諾していません」


「えっ、どうして?」


「他国間との物資の輸出入というのは、貿易に当たります。基本としてその国の商人や兵士などがその輸送に携わるわけですが、例えば輸出時と輸入時に物資の総数が違った場合、国際問題になりかねません。そこにギルドメンバーが同行していたのなると、そのメンバーに責任が科される可能性があるのです」


なるほど、要するにあらぬ疑いを掛けられるかもしれない可能性を、予め排除しているということか。でもその論だと、アルガード王国とヴェレン街を輸送する馬車にも同じ事が言えそうだけど。


「じゃあ自国間での輸送のときだけは、ギルドの冒険者を手配できるってこと?」


「いえ、一概にそうとは言えません。国によっては物資の国内輸送に、ギルドが介入しないように命じているところもあります。アルガード王国ではギルドメンバーの手配が許可されている、というのが間違いのない認識になります」


アルガード王国からの信頼があって護衛依頼が成り立っている、ということか。もし国際貿易と同じ形式なら、本来は国の兵士もいたってことなのかな?そう思うと、アルガード王国からしてギルドは、よほど信頼が厚いんだろうな。


「もう一つ質問なんだけど、デルタ帝国に行きたいんだけど、どうやって行けばいい?」


「ここからとなると、徒歩か、移動専用の馬車かになりますね。馬車で向かう場合、ギルドの管轄ではないので料金が発生しますが。確か明後日ヴェレン街発の馬車があったはずですよ」


徒歩か馬車…。幾日掛かるか分からない場所に徒歩で向かうのは骨が折れそうだ。となると馬車で向かうのが妥当だなぁ。


「デルタ帝国に入国するとなると、身分証明書の発行が必要となりますが、発行いたしますか?」


「身分証明書?ギルドカードとは違うの?」


「はい。ギルドカードはあくまでギルド内の、ギルドメンバーである証明となります。入国となると別途証明書が必要なわけですね」


色々仕切りがあるんだなぁ。でも身分証明書の無い私からすれば棚から牡丹餅である。


「じゃあ発行をお願いします」


「畏まりました。では作成しますので、こちらの書類に記載をお願いいたします」


用意されて用紙には名前、年齢、ギルドでの地位、ランク、ギルドメンバー入会所、入会日などの欄があった。記入に困りそうなものは…無さそう。よくある出生地とか誕生日とかの欄もありそうなものだけど。まぁ、無い分には私が困らないだけだから、問題無し。


ささっと記入して用紙を返すと、では少々お待ちください、と受付スタッフは扉の奥のスタッフに用紙を手渡しした。


ただ用紙を確認してもらうだけなのに、少しドキドキする。何か言われるんじゃないかという心配もあるが、それよりも遂に国を跨るというわくわくのほうが強い。


そういえばデルタ帝国は港市国家なんだっけ。色んなものが揃ってそうだし、色んな人がいそう。料理のレパートリーも豊富にあるんだろうなぁ。…でもここよりも蒸し暑くなりそうだなぁ。


奥の扉からスタッフがやってきて、押印がなされた身分証明書が大事に手渡された。明後日、私もここから旅立つことになる。

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