第36話『伝授』
ヴァンパイダー駆除の依頼を終えて、依頼書よりも多い額の報酬金を貰って、早二日が経った。奴らから受けた毒は、初めはお湯に浸かれば逆にそこだけ冷えるような感覚麻痺が起こっていた。まだ毒が体内で循環しているんじゃないかという不安も多少あったものの、直に感覚麻痺も無くなり、いつも通りに戻っていった。
ちなみにこの感覚麻痺は正確には毒の影響ではなく、解毒作用のあるアンチポイズンの影響らしい。正常な状態ではこの道具は何の影響も及ぼさないが、毒を受けた状態では中和反応的なことが起こって、それで一時的に麻痺したような感覚に陥る、らしい。
まぁ身体に影響が無いと分かっていても、感覚が無くなるのはどうしても気になってしまっていた。今回は二日三日で正常に戻ったが、毒のかかる量が多かったり、強い毒だったりすればもっと時間が掛かっただろう。そうなると、安全策を敷きたくなる。
例えば、結界スキルとか。
「もう、アタシは大丈夫って言ってるでしょ!」
「ダメ。僕がいいっていうまで、ダメ」
昼の食堂に入るとチーム雷神のアンナが大きな声で喋っている声が聞こえた。それを窘めているのは対面の席に座るデニスで、その隣にはポール。アンナの側で彼女を宥めているのはジェイシーだ。
何事かと思い、四人に声をかけた。
「ねぇ、どうしたの?」
「あっ、レイン!レインもちょっとなんとか言ってよ!」
「やぁレインさん。別に大したことじゃないよ」
アンナとデニスが同時に返答するものだから、一瞬聞き取れなかった。アンナは、切羽詰まっているってほどでもないけれど、急ぐような話し口で立ち上がった。一方デニスは正反対で、いつも通りの喋り方でずっと座っている。
「えーっと、何の話?」
「身体のことだよ。レインさんも聞いたかな、アンナはヴァンパイダーの毒を喰らってね」
そういえば彼女も確かヴァンパイダーの毒を浴びたんだっけ。ただ、私よりも多量浴びてしまって、それで安静にしていたって話だった。それにしてはいつもより元気な感じもするけど。
「私が大丈夫って言ってるのに、コイツが全然認めてくんないの」
「当たり前だよ。モロに喰らっているんだから本当に大丈夫だと、僕が、思うまで認められないな」
デニスが改めて言うと、不満を体現するかのように、アンナは少し乱暴に座り直した。なるほど、これでどっちも一歩も引かないから、他の二人は困ったような顔をしているのか。
するとポールが私の視線に気づいたのか、口を開いた。
「治癒師のデニスが言うのなら間違いないだろうからな。それならリーダーの俺が認めるわけにはいかないんだが」
その言葉に乗じて、ジェイシーも心情を吐露した。
「私は、あんまりアンナに無理してほしくないかな…」
総じてアンナの休養を皆願っているが、当の本人に全くその気がないときた。どちらかが譲らない限りはずっとこの水掛け論は続くだろう。
「アンナは、身体はもう全然なんともないの?」
私はアンナに訊いた。すると彼女は大袈裟に両腕をあげて、肘を伸ばしたり畳んだりした。
「もちろん!むしろ一番元気よ」
「じゃあ、身体の感覚とか、いつも通り?」
再び訊くと、動かしていた腕は急に止まり、顔はぎこちない笑みを浮かべていた。苦笑いである。
「…それは、えーと」
「ほらほら、レインさんも同じこと言ってるじゃない。やっぱり感覚が元に戻るまでは認めらんないな」
デニスの言葉がトドメとなって、ついにアンナは上体をテーブルに突っ伏した。きっと彼女も私と同じで、毒を貰いアンチポイズンとかで治癒を施したのだろう。ただ毒の量に比例してアンチポイズンの中和反応が長引いているに違いない。
「…でもそれじゃあチームが依頼受けられなくて、皆に迷惑かけるじゃん」
「その分元気になったら馬車馬の如く働かすから、安心するといいよ」
「…はぁい」
仲間がいない私にとっては、身体の調子が悪ければその日はそのまま休むということが自由にできるわけだが、ことチーム活動になるとそういうわけにもいかないらしい。ただ実際、仲間を心配するのも、仲間に迷惑をかけたくないのもどちらも共感できてしまう。
「アンナだけここで休んで、他三人が依頼を請けるっていうのはダメなの?」
私の問いかけにデニスが腕を組んで答えた。
「厳しいね。いくら街の中といえどもアンナを一人ここに残すことはできない。もし僕が残ってもポールとジェイシーに危険が及んだら、その傷を治せる人がいないし、逆に僕が外に出ても火力的に問題がある。二人が残って一人が出るは…言わずもがなだよね」
なるほど。どの配分だとしても、不安も危険も残るってことか。
「まぁそうでなくても、別々で行動して依頼を請けることは絶対にしない、って皆でチーム作った時に決めたからな。どれだけ大丈夫な理由があってもそれはできない」
声に張りを持たせてポールが言うと、デニスもジェイシーも強く頷いた。一方でアンナは再び顔を伏せてしまった。きっと安心させるために放った文言だろうけど、今のアンナには逆効果だったようだ。
「まぁ感覚を確かめるためだけなら別に武器を持ってみてもいいよ。勿論街の外に出るのはダメだけど」
「そんなこといってもぉ、素振りはつまんないよ」
顔を伏せたまま返事をしたアンナに対し、デニスは恰も分かっていたかのような顔を浮かべる。
でもチーム活動を休止となって街の外に出られないとなると、街の中で身体を動かすしかやることないだろうな。アンナだけじゃなくて、他の三人も。
そこで私はふと良いことを思いついた。
「そうだ。ならジェイシーを連れてってもいい?」
チーム雷神が一斉に私のほうを見る。特にジェイシーは、えっ、と声に出して驚いていた。訝しげなまま私に訊き返したのはリーダーのポールである。
「何か用事があるのか?」
「ちょっと、先生になってもらおっかなって。大丈夫、依頼を請けるとかはしないから」
彼女を連れて来たのは、ヴェレン街の鉄柵の外側である。といっても、街からそれほど離れているわけではなく、内側の畑仕事をしている農家の姿がまだ見えている程度の距離だ。万が一があってもすぐにヴェレン街に逃げられる距離感である。尤もその万が一の時、ギルドメンバーとして逃げる選択肢を取るかどうかは、私含め誰も分からないけれど。
「あの、レインさん、それで、先生っていうのは…」
「うん。教えてもらいたいことがあるんだ」
後についてきたジェイシーの方へ振り向くと、彼女は少し不安げな表情を浮かべていた。しかし、次の私の一言で、その表情は驚きへと変わっていく。
「私に結界スキルを教えてほしいの」
「えっ?レインさん、結界スキルを持ってないんですか?」
「うん。恥ずかしながら。確かジェイシーは結界スキルを持っていたはずだよね」
「えっ…持ってますけど、そんな話したことありましたっけ…?」
あれ…?いや、持っているの確かなはずだけど、どうしてそんな怪訝な顔をされるんだ?
そこで初めて気がついた。いや、正確にはその自覚は持っていたが、認識が浅かった。
私が相手のスキルを見透かしていることを、相手は知らない。
どうして今になって気づいたんだと自身の行動を振り返った。そこにはいつも私自身について皆が問いている情景が思い浮かんだ。一方で私は相手のことを知ろうとしたことは殆ど無い。無意識のうちに、相手のことを知ろうとすれば、自身のことを知られると考えていたのである。
「いや、あの、ジェイシーなら持っていそうだなぁって、思ったんだよ」
「うーん。そうでしょうか…まぁ、はい。持っています」
慌てて少し早口になって誤魔化すと、相変わらず疑り深い様子ではあったが、一旦そこは認めてもらえた。危なかった。
「えっと、でね、その結界スキルを教えてくれないかなって」
「あの、どうして私に?」
「私、あんまり交友が広い訳では無いし、一番お願いしやすかったのがジェイシーだったから」
事実私の交友範囲は普通よりかなり狭い。更にその中で結界スキルを持っているとなれば、極少数になってしまう。その中でお願いしやすく、教えてくれそうな相手といえば、ジェイシー一人しかいない。
「わかりました。あんまり上手く教えられないかもしれないですけど…」
彼女は不安混じりに少し嬉々とした声色で答えた。
よし、教えてもらうことには成功した。あとはどう習得するかだけど、手っ取り早くやろう。
「ええっと、それじゃあ何から教えればいいんでしょうか」
「一回お手本を見せてほしいな」
「そうですね。分かりました」
今まで通りなら、結界スキルも一目見れば仕組みと方法が分かるはずだ。それから何回も試行すれば会得できる…はず。
ジェイシーは杖を水平に突き出し、姿勢を少し低くした。魔力の集まる箇所は杖の先端ではなく、彼女の周りにふわふわと浮いている。
<<マジックシールド>>!!
すると一つ一つの魔力ががっちりと結合し、ガラスのような結界が張られていた。注視して見ないと在ることに気付かないほどに透明である。
「こんな感じですね」
今のを見るに、他の魔法よりも唱えてから発動するまでにかかる時間は、かなり速いように感じた。守りの一手だから、即効性を重視していると捉えられる。ただ、今までと魔力の向かわせる方向が違うから、急にできるかどうか心配になってしまう。
「一回やってみるね」
ええっと、確か魔力を私の周りに散らして、それらを一気に繋いでいくのかな。それで、その魔力を繋ぎ合わせて、繭のようなものを作るイメージで…。
<<マジックシールド>>!!
すると私の周りに結界が張られた。紛うことなくジェイシーと同じ質のものである。付き焼き刃で覚えたものも簡単に再現できるのが、分析スキルの恐ろしいところだ。
「すごい…もうできてます」
「ありがとう。でももう少しやってみるね」
それから暫く私の結界スキルの練習は続いた。
普通の魔法はある一点に、もしくは局所的に魔力を集める感覚だけど、結界は周りに魔力をばら撒いて発動するような感覚だ。魔力を一様に鏤める必要はなかったが、魔力量によって結界の厚さが変わっているっぽい。
たった一撃を喰らうだけなら即効で発動すればよし。連撃、或いは継続的な攻撃、例えばフレイムサークルみたいなやつには、それに耐えられるだけの魔力が必要、って感じかな。前者は強襲されたときに使い、後者は強力な攻撃を敵が仕掛けてくることがわかっているときに使う。
強力な攻撃の前兆がどうやって分かるのかという話はあるけれど、少なくとも魔法なら、私は魔力の集まりで察知できるから問題ない。物理攻撃の対策は…今後考えよう。
教えてもらうつもりが、初めの発動以外でジェイシーに動いてもらうことは無かった。まぁ、お願いした手前ではあるが、私にとって教えてもらうこと自体不必要である。
それでも彼女は熱心に私の姿を見ていた。私から何かヒントを得ようとしつつ、時々悩ましい唸り声が聞こえてきた。正直彼女が持っているスキルを使っているだけだから、なんのヒントも得られない気はするけど。
そして数時間経ち、遂に私は結界スキルを会得した。
「レインさんはすごいですね…。一日でスキルを使いこなせるなんて」
夕暮れになる前の帰り道、鉄柵の中の、畑道を足並み合わせ歩いていると、ジェイシーが私を見て言ってきた。
スキルの覚えが早いのではない。分析スキルのおかげである。だから、私自身がすごいわけではないのだ。
「ええと、ありがとう」
「他の魔法も同じように?」
「うーんと、うん、そうかも」
他の魔法も同じように覚えたは覚えたが、いざ聞かれると真っ直ぐそうだよ、とは答えづらかった。曖昧な返事になったのは、色々込みで追及されたくなかったからである。
「覚えるためのコツとかあるんですか?」
それでもジェイシーはどんどん質問をしてくる。仕方ない。彼女も彼女自身が強くなりたいと必死なのは以前から聞いているから。
「コツ、とかはないかな…。私の場合、本当に見て、真似るだけだから」
それから宿屋にたどり着くまでにジェイシーから二つ三つ質問があり、私はそれを躱すように答えていた。ジェイシーにとってはヒントにならない、つまらない回答かもしれないけれど。
でも、ごめん。私は自分の身がまだ可愛いんだ。どれだけ仲良くなったとしても、どれだけジェイシーの力になれたとしても、私を教えることはできないんだ。
それで、人に教えを乞うのは今日で最後だと悟った。




