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第29話『強くて優しい人』

いつもより身動きが取りづらいと感じて目を覚ました。ドーム状の天井が見える。仄かに日光が透かしている。私が組み立てたテントの中だった。


昨日は確か、白髪の女、リンネが剣を研いでいる所までの記憶しかない。砥石と剣が擦れるあの音が少しだけ耳に残っている。いつの間にか眠ってしまっていたのか。


外に出てリンネのテントを見た。…が、既にそこにテントはなく、彼女の姿もなかった。代わりに、私のテントの横には魔物除けのお香が新しく焚かれていた。凡そ数十分前からあったと思われる。


リンネが置いといてくれたのかな。もしまた会ったらお礼を言わないと。


テントを畳むために一度中に入り、荷物を外に出そうとした。そこで寝袋のすぐ横に私の黒いローブがあった。まさかと思って自分の服装を見ると、彼女が貸してくれたマウンテンパーカーを着ていた。


「…返しそびれた」


昨日はこの服のまま眠ってしまったらしい。無理もない。凄い着心地いいし、暖かいし。でも申し訳ないことをしちゃった。




ヴェレンに帰り、先に宿屋へ入った。ずっとこのパーカーを着ているわけにもいかないので、まずローブを洗濯するために、受付に申し付けた。すると、普通なら一日で洗濯は終わるはずだが、泥塗(どろまみ)れのせいで三日ほどかかるといわれてしまった。


仕方ない。その間は街の外へ出るのは控えよう。


宿屋を出てギルドへ向かうとき、暑いな、と感じた。まだ昼前だが、私の影が黒く、濃く地面に描かれている。季節的にはもうすぐ夏に差し掛かろうという時期らしい。パーカーを着ているのも相まって、蒸している。


それを脱ぐと、風通しがかなりよくなった。身体も跳ねるように軽い。ただ、この長袖のトップスとハーフパンツでは、絶対に冒険者とは思われないだろう。


その予想は当たっていて、ギルドにいた冒険者たちからの少しの視線を感じていた。仲間同士でひそひそと話す声も聞こえる。


久しぶりだな、この感じ。


「レインです。ポイズントードの討伐が完了したよ」


受付の男にそう言うと、一つ会釈を返された。


「ご報告ありがとうございます。ギルド運営が調査致しますので、翌日またいらしてください」




自分にとって大きな依頼を一つ終え、達成感と安心感を覚えつつ、片手にあるパーカーをいつ返せるかの心配もありつつ、ギルドを出た。


さて、暫く依頼を受けることはできないし、どうしたものか。


一番初めに考えついたのは服のことである。ローブとは別の、外に出る用の冒険服がもう一着欲しい。あとリンネにも言われたように、上着も買っておいて損はないだろう。


しかし、ギルドの建物周辺には道具屋や武器屋、宿屋などの施設のみである。一応街の中を歩いてみたが、服屋はなかった。


王都アルガードに服屋はあるのかなぁ。いや、間違いなくあるだろうけど。いつもギルドの周りとレストラン街ばかり行き来していたから、他のところは全然知らないや。


「あっ、おねーちゃん!」


どうしたものかと歩いていると、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。振り向くと、以前道具屋の前で転げた女の子が私を見ていた。


「あのね、この前はありがとね!」


キラキラとした目でお礼を言われた。私は手に膝をついて、女の子と目線を合わせた。


「どういたしまして。怪我はもう平気?」


「うん!だいじょうぶ!」


女の子は片方の足を伸ばして私に膝を見せてきた。傷跡が全くない綺麗な肌である。


「おねーちゃんは、これからおしごと?」


「ううん。今日はお仕事がないんだよ」


「じゃあ、いっしょにあそぼ!」


女の子は手を差し出してきた。私に期待するような眼差しだった。


まぁ丁度暫く依頼も請けられないし、急務もないから、息抜きしてもいいかな。


「いいよ。何をして遊ぶの?」


「これからね、ほかのみんなとおはなしを聞きに行くの!いっしょにいこ!」


有無を言わせずに手を引かれ、ギルドからどんどん離れていった。意外にも女の子の走りは速く、今度は私が転びそうになった。




街の広場まで連れて行かれた。周りには、女の子と同じくらいの歳の子が何人かいた。子ども同士で横に並んで座っている姿もあれば、兄弟らしき姿もある。


「いつもね、ここでおじーさんがおはなしをしてくれるんだよ!」


女の子が指さす方には、腰の曲がった白髭の老人が、小さい樽のような椅子に座っていた。老人は人数を確認しているのか、人指し指でここに集まった人を逐次数えている。


するとその老人が、パンパン、と手を叩いた。それで子供たちは静かになった。


「今日は、小さな村の青年の、おはなしを、しようかのぉ」


老人はそれを言って暫くしてから、ゆっくりとした口調でおはなしを始めた。




おはなしが終わると、子供たちは大きく拍手をして、漫ろにおはなしについての感想を隣同士で言い合っていた。


教訓話というよりは英雄譚に近いもので、小さな村の青年、ユキという人物が、魔物から村を守る、という、子供たちにも分かりやすい簡単な内容だった。


「ユキ、かっこいい!」


私を連れてきた女の子も、例によって目を輝かせながら言っていた。その満足げな姿を見ていると、私自身も笑顔になっていった。子供の元気な姿は、こちらにも元気を与えてくれる。


「おねーちゃんも、ユキみたいにここを守ってるの?」


「もし魔物が来たら、勿論みんなを守るよ」


「じゃあ、おねーちゃんもかっこいいね!」


急に褒められて少し戸惑った。私としては、ギルドに所属する以上、街を守るのは当たり前なことだと思っていた。正確には、ギルド規約に準じてしなくてはならないことだと認識していた。


でももしかしたら、子供たちにとっては英雄に見えるのかもしれない。おはなしの中の、ユキのように。


「英雄、か」


女の子に聴こえないような限り無く小さい声で呟いた。


このおはなしのユキは村を救った英雄として描かれている。もし、万が一、歴史上に出てくる勇者と繋がりがあるのなら、詳しく知るべきだ。


勿論それが転生者と関係があるのかは私にも分からないけれど…。でも、勇者の話と転生者の情報が、全く関係がないと分かれば、それはそれでいいのだ。結局は私が一人で虱潰しに探していくしかないんだから。


「ねーねー、その人、だあれ?」


後ろから声がした。振り向くと、女の子と同じくらいの子供が二、三人いた。


「やさしいおねーちゃんだよ!」


女の子が自慢げに言うと、他の子も私に近づいてきた。


「おねーちゃんは何するひと?」


「私はね、ギルドってところで働いているんだよ」


「ギルドのひとなんだ!じゃあ、すっごくつよいんだね!」


まだ低ランクだから強いかどうかと言われると、そうでもないんだよな。


と、心のなかで苦笑していると、別の子から矢継ぎ早にまた質問を投げかけられた。


「おねーちゃんもクマと戦ったことあるの?」


「クマはないけど…タカっぽいのと戦ったことはあるよ」


「タカ!空をとぶおっきいトリさんだ!」


「すごーい!」


こんなにおだてられる事もなかったから、少し照れくさい。でも、子供の言葉は真っ直ぐで、単純明快に伝えてくれるから、純粋に嬉しい。


直に大人の声がしてきた。おはなしを聞きに来た子供たちの迎えに来たようだ。子供たちは声を聞いて、パパ、ママと言って駆け出していく。


「おねーちゃん!またあそぼうね!」


女の子も母親と手を繋ぎつつ、振り向いて私に手を振って帰っていった。それに応じるように手を振った。


広場には子供はいよいよいなくなり、老人も椅子を片付けて帰ろうとしている。


すると急に少し淋しい気分になってしまった。身寄りの無い私には、ああいった深い繋がりが存在しない。何も知らない私を、みんなが置いていったような気がした。


…感傷に浸っている場合ではない。私は私自身のことについて知るための、ヒントを探すだけなんだから。


すぐに老人へ駆け寄って、おはなしについて詳しく聞いた。


「すみません。今のおはなしについて、いいですか?」


老人は帰ろうとしている足を止め、私に面を向けてた。


「なんじゃろうか?」


「おはなしの中の、ユキって青年、彼は歴史上に出てくる勇者と関係があるんでしょうか?」


私の質問に、老人は腕を組んで困ったような顔をした。


「難しい質問をするのぉ。確かに勇者を元に創られたおはなしと言った奴もおるが…。そこまで儂にゃわからんの」


「そうですか…ありがとうございました」


礼を言って頭を下げると、お勉強がんばるんじゃぞ、と笑って返してくれた。


結局おはなしと勇者の関係は不透明なままだ。いや、そもそも勇者の話が世界の至る所で伝説になっているのなら、この手のおはなしはどこにでもあるのかもしれない。


「まぁ…仕方ない、か」


新しいことは何もわからなかった。けれど、どうせ何を調べるのにも一人なんだ。私のペースでゆっくり分かればいい。


広場で立ち止まっているのは私だけとなった。連れられたときとは違い、自分のペースで、(さみ)しく宿屋へ帰っていった。

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