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第26話『白髪の少女』

二日ぶりの晴れの日である。部屋の窓からは暖かい光が私を照らしてきた。屋根に当たる雨の音はもう聞こえず、差し替わってチュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえた。外でガヤガヤと人々の声がするのと同様に、鳥も晴天を待ち侘びていたようだ。


昼過ぎに外へ出ると、ヴェレンの土の道には水溜まりが点々と広がっていた。子どもたちは鏡代わりに水面を見つめたり、落ちないように飛び越えて遊んだりしている。誰が一番綺麗な泥団子を作れるか競争をしている姿もあった。


一方私と同じく宿屋に閉じこもっていた冒険者たちは、日光を浴びて両腕を天に伸ばしながら、大きく深呼吸をしていた。それから腕が鈍らないようにと、さっさとギルドへ向かってゆく人が多かった。反対に街の外からやってきた冒険者は、依頼を達成した後だからなのか、入れ替わりで宿屋に入っていった。彼らはきっと今日一日を悠々自適に過ごすのだろう。


そんな中、私は水溜まりを避けつつ、ヴェレンを出た。今日こそ北にあるラーシャム湖沼へ向うのだ。




ヴェレンから北に延びる一本の舗装された道は、真ん中に小さな川ができていた。草原に比べて少しだけ低くなっているから当然である。かといって今度は草原を歩こうとすると、まだ雑草についた水滴は垂れ落ちること無く、私を滑らせようとしてくる。だから今は道と草原の間の部分を歩いている。


しかし、目的地のラーシャム湖沼へ行くには、舗装された道を外れて、雑草の道を歩いて行かなければならない。そして初めに歩いて三十分経った頃、それを示すかのように湿った立て札があった。ご丁寧に矢印まで書いてある。




『↖パルドニア鉱山 ラーシャム湖沼↗』




パルドニア鉱山の方角にはまだ道が続いていた。産業の本に依ると、アルガード王国の鉱産資源は主にここの鉱山から採掘されているらしい。つまりこの道は、輸送用の道ということだ。


今回はその鉱山にいくわけではないので、反対の方向、つまりなんの整備もされていない草原へ出ることになる。


「…よし」


一つ気合を入れ直して、道導(みちしるべ)のない北東の方角へ歩いて行った。見通しの良い空間だというのに、樹海に入っていくような感覚だった。


滑らないようにゆっくり歩いていると、草原にも水溜まりがあることが分かった。厄介なことにそれが雑草で隠されているため、近づかないと気付きにくい。山脈の景色を堪能する暇もない。


しかも立札から遠ざかるにつれて、ちょっとずつ魔物の姿も見え始めた。苦戦するほど大した敵ではないものの、滑りやすい足元と相談しながら戦わないといけないため、できるだけ見つからないように歩いた。余計に神経を使って、却って疲れてしまった。


一時間ほど経って一度立ち止まった。前方に目を遣ると、茶色がかった地面が見えた。目的地が見えたところで一安心して、どれくらい歩いたのかと振り返ると、もう先程の立札は見えなくなっていた。


更に歩いていくとあることに気付いた。確かに緑がかった大きな沼が遠くにあったのだが、そこから離れたところに、黄緑色のテントが張られていたのだ。私以外にこんなところに来る人がいるのかと不思議に思って、湖沼のほうへ行く前に、テントの方へ向かった。するとそのテントの近くにいる人影も見えてきた。


近づいていくと、段々はっきりと姿形ががわかってきた。戦士寄りの服装で、白く短い髪、その背丈よりも大きそうな大剣を鞘に収めている。その人影も私に気付いて、私の方を顔を向けた。


そこで初めて私は、あれ、と思った。その人は二日前にギルドの掲示板の前で手がぶつかった女だった。


「…」


女の紫色の瞳は、近づくことを憚られるほどに私の方を睨んでいる。野生動物みたく警戒している様子だった。


「えっと…こんにちは」


とりあえず挨拶はしておいた。しかし女は微動だにしない。凍てつく視線が変わらず私に向いていた。下手に動けば抜刀されそうな雰囲気だった。


「わ、私はレイン。ギルドの依頼でここに来たの」


恰も何かを誤魔化していそうな言い方になってしまったが、女のほうが初めて口を開いた。


「…お前もギルドのメンバーか?」


そう訊かれて私は、うん、と頷きながら返事をした。


「じゃあギルドカードを見せろ」


言われたとおりに、マジックバッグからFランクのギルドカードを取り出し、腕を伸ばして女に見せた。女は近づきもせずに視線をギルドカードに移った。


「…悪かったな、疑って」


やっと女は私から目を離して、近くにあった折り畳み式の椅子に座った。


警戒が解かれた…けれど、どちらかというと私に対して関心がなくなった、というほうが正確な気がした。


「あなたも、依頼でここにいるの?」


「ああ」


どうしてここにいるのかと、興味本位で質問してみたものの、言葉少なに返事をされるだけだった。


「お互い、頑張ろうね」


そう言っても、女はうんともすんとも言わなかった。あまり馴れ合いは好きじゃないのだろうか。


女のことを気にしていても仕方がない。その場から離れて、改めて目的地のラーシャム湖沼へ向かった。


ラーシャム湖沼は草木の無い茶色の地面で囲われていた。湿地のせいか雨上がりのせいか、足跡がくっきりはっきりと残るほど柔らかくなっている。ヴェレンの子供たちがいれば、嬉々として泥団子を作っていそうだ。


湖沼そのものはどんなものかと更に近づくと、水面が織部色(おりべいろ)に淀み濁っていた。太陽の反射光と微々たる波で沼があると認識できる。おかげで水底は(おろ)か水中の様子すら分からない。


昼のうちにポイズントードがどんな魔物か確かめたかったが、できないものはしかたない。夜の戦闘に向けて一度休息をとろう。


さて、テントを張りたいけど、此処ら辺りは前日の雨の影響もあって水溜まりばかりだ。水溜まりのない、ある程度地面の硬い場所を探さないといけない。


足で地面の硬さを確かめながら、丁度いい場所を虱潰しに探していたら、偶然にも先程の女のところへと帰ってきた。ここは多少湿ってはいるものの、そこそこの硬さで水溜まりもない。


女の方を見ると、また来たのかと言わんばかりにこちらに目を向けてきた。あまり馴染めるような雰囲気ではないけれど、他に場所もないからここにテントを張るしかない。


「隣にテント、張ってもいい?」


「…勝手にしろ」


ダメと言われそうな雰囲気だったけれど、案外簡単に返してくれた。よかった。


そして十メートルほど離れた位置で組み立てることにした。付属している説明書を読みながら組み立てればできそうだ。


まずはインナーテントを広げて、その大きさを確かめた。一人が横になるのに充分な正方形だった。


次に一つフレームポールを手に持ち、一方をインナーテントの角のリングに差し込んだ。それでもう一方を、対角のリングに差し込もうとしたら、先程リングに差し込んだ方が外れてしまった。今一度外れてしまった方を差し込んだ。しかし、今度はまた対角のポールが外れてしまった。


うむむ、意外と難しいな。差し込んだほうを何かしらで固定したほうがいいのかな。でもそんなもの持っていない…あぁ、一応包帯があるか。いや、でも流石に包帯を使うのはもったいないな。


「…何やってんの?」


何回か同じことを繰り返していると、不思議に思ったのか、女の方から話しかけてきた。


「あはは、上手くできなくて」


苦笑いしながら返すと、女は何も言わずに私のテントに近づいて、ポールを差し込んでいる方の角でしゃがんだ。


「ほら、抑えててやるから、早くしろ」


「う、うん!」


いきなり親切にされて少し動揺したけれど、手伝ってもらえるのならありがたい。すぐさま対角のリングにポールを差し込んだ。するとポールは半円状に曲がったままで、リングから外れなくなっていた。


やっとできた、と安堵していると、既に女のほうがもう一本のポールを手に、隣の角のリングに差し込んでいた。慌てて私もその対角に行き、同じようにリングに差し込んだ。そして遂にテントの骨格部分が出来上がった。


それを終えると、女は何も言わずにすぐに自分のテントへと戻っていった。


「ありがとう!」


背中を向けて帰る女に対して、大きな声でそう伝えた。


次はインナーテントについているフックをポールにかけていき、頂点にある紐を交差しているポールに結んだ。これは難なくできた。見た目的にはこれでもう過ごせそうな気もする。


さて、次は角にペグを打ち込んでテント固定するらしい。…打ち込む?


ハンマーとかでってことかな。でも、持ってないし…。鉄の杖とかでできないかな。


そう思って、試しに鉄の杖をハンマー代わりにペグを打ち込もうとした。しかし案の定、上手く打ち込めない。先端が整った杖では当然ハンマーの代わりにならない。


すると突然、ゴトッという音とともに、傍にハンマーが落ちた。ぱっと振り向くと、女が私の後ろに立っていた。


「終わったら返せ」


それだけ言い残して、また戻っていった。


「えっ、あ、あの」


動揺しつつ声をかけたが、女は止まること無く、テント前の椅子に座って腕を組みながらまた目を瞑った。


何を考えてるか全然分からないけど、結構優しいのかも。


地面にある小さなハンマーを拾って、テントの四隅をペグで固定した。鉄の杖を使ったあとだと、かなり楽に感じた。


そしてフライシートを被せた後に、それをフレームポールと紐で結びつけた。


最後にまたテントをペグで、ハンマーを使って固定した。


漸くしてテントが組み立てられた。初めてだったから手子摺(てこず)るとは思っていたけれど、まさか女が力を貸してくれるとは思っていなかった。


完成したテントに一つ満足を感じた後、手にあるハンマーを女に返しに行った。


「貸してくれて、ありがとね」


そう言いながらハンマーの持ち手の部分を女に向けても、女は返事をすること無く、片手で受け取るだけだった。だろうなぁ、と思った。




自分のテントの中に入って、一度横になってみた。眠るには充分な広さだけど、地面のひんやりとした熱に加えて、少し凸凹とした形も伝わってきた。夜を過ごす分には寝袋があるから問題ないけれど、ちょっとだけ息むってなると、一枚毛布とかを敷いたほうがいいかもしれないな。


今回はこれで我慢しよう。


一度外に出て、魔物除けのお香を焚いてテントの入り口に置いた。一度香りを嗅いでみたものの、なんの臭いもせず、薄く白い煙が仄かに立ち昇るばかりだった。


これ、本当に効果あるのかなぁ。というか、どれくらいの範囲に効果があるのかなぁ。隣の女の人、お香とか焚いてなかったよなぁ。


ちらと女の様子を窺うと、未だに椅子に座って、何かを待っているかのように瞑想をしていた。無論その周りにお香なんてなかった。


…万が一魔物が来ても、彼女がいるならなんとかなる、かな?なんか、私よりも慣れてそうな感じだったし。


テントの中に戻って、寝袋を下敷きに横向きに寝転がった。そして日が落ちるのを待った。

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