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第20話『盲点』

今日は護衛依頼の話を聞いてから三日後、つまり護衛任務の二日前の日である。そして今立ち会っているのは剣術科二年Aクラスの実技授業だ。


このクラスはアポロンの息子、ピエールのクラスだ。実技授業では再三彼の顔を見てきたが、毎回鋭い視線を送られる。完全に目の敵になってしまっている。トリッシュの話からすれば、私にはどうしようもない問題である。


さて授業は二対二の模擬戦である。先生が審判を務め、一定時間もしくは戦闘中の生徒一人が指定のフィールド外へ弾き出されたときに終了し、先生が良点と課題点を個々生徒へ伝える、という流れだ。クラス人数は十六名、授業担当の先生と私なので、八組のうち四組が模擬戦を実施、残りの四組は試合を観察したり、課題点を相談して見つめ直したりする時間となる。


当然私には剣術を教えるなど荒唐無稽なことはできないので、教授するのは担当の先生だけだ。私はあくまでタイムキーパーや判定、怪我の防止などをただ務めるのみである。


依頼の話を請け負うと決まった時よりも、だいぶ心は落ち着いたほうだが、明後日がその日だと意識すると途端にいろんな想像を膨らませてしまう。出発の瞬間とか移動中の他の冒険者との会話とか、魔物が出たり悪党が出たり、それで護衛を失敗してしまったり…と、どちらかというと悪い想像をしてしまう。


いやいや、何を後ろ向きな想像をしてしまうんだ。ギルドの冒険者となった身ならば、何があっても人命は守り切るという心持ちじゃないとだめじゃない。ここの生徒たちも、いつかは国や国民を護るために切磋琢磨しているというのに、しかも曲がりなりにもその見本として特別講師を担っているというのに、(かげ)るようなことを考えるのはよくない。


悪い想像を振り払おうと小さく頭を振って、目の前の模擬戦に集中する。剣術科の生徒を見ていると、まだまだ動きが拙いと節々に感じる。一年生に比べれば刀剣の扱い方や、身体の強さ、俊敏性などの能力全般は高くなっているが、先生に比べれば振りの鋭さも連携も未熟だと私にも分かる。


そしてピエールはというと…良く言えば標準的。悪く言えば平々凡々。無闇矢鱈に振り掛かるわけではないが、決定打を打てるほどに力量があるわけではない。剣の構えは整っているが、相手から受ける攻撃を振り払いきれていない。『お前よりも強い』と豪語していた割には、このクラスの中でも真ん中ぐらいの実力のように思える。


一定時間が経ち、模擬戦をしていた生徒と休憩中の生徒が入れ替わった。疲れた生徒はへたり込んで足や手を伸ばしている。私は座る間もなく次の試合を見張っている。意外とただ立っているだけというのも疲れる。


「…おい」


模擬戦の見守っている最中、一人の生徒に話しかけられた。言うまでもなくインターバル中のピエールだった。


「なに?」


今戦っている生徒たちから目を離さずに、素っ気なく返した。また何かいちゃもんを付けられるのかと思った。ところがピエールから来た言葉は意外なものだった。


「今の俺の戦いを見た感想を教えろ」


思わずちらっとピエールの顔を窺った。彼の目線は切磋琢磨している生徒の模擬戦である。だが浮かない顔をしていた。


「私は剣術について明るいわけじゃないけど」


剣術について私があれこれ言うべきではないだろう。下手な指摘をすれば悪い方向に行ってしまう可能性がある。それこそ授業が終わった後に先生とかに聞けばいいはずだ。


「いいから。求めてるのは感想だ」


彼が何を望んでいるのかは分からなかったが、無碍に何も言わないのも憚られた。だから彼の模擬戦を見て、感じたことを素直に伝えた。


「無難な動きが多いかな。致命的に悪い動きはないと思うけど、グッと相手を押し込むような場面も無かった気がする」


「…そうか」


ピエールは暫く考え込むように手を口に当てて顔を少し伏せた。私の感想は彼にどう捉えられたのか。少なくとも、私の感想を否定するような素振りはなかった。彼自身も同じようなことを思っていたのだろうか。


結局そのまま授業は何事もなく終わって、礼、という先生の合図で生徒たちがお辞儀をする。それで生徒同士で駄弁りながら学院へ戻っていく中、ピエールは授業担当の先生の元へ行き話をしているようだった。先程の質問をまたしているのかもしれない。




放課後の時間となった。


今日はベローズ学長に今後のことを伝えるために、学長室の前まで来ていた。恐らく護衛依頼でヴェレン街へ行くとなれば、暫くそこを拠点として活動するだろう。それでそこからも離れることになっても、再びアルガードに帰るよりも、別天地へ赴く可能性のほうが高い。


学長室の扉をノックすると、部屋の中から学長の、どうぞ、という声が聞こえた。


「失礼します」


扉を開けるとエグゼクティブデスクで執務を行っている学長の姿があった。私の姿を確認すると、羽ペンを握っていた手を止めた。


「レインさんでしたか。何かお困りごとでも?」


「いえ、相談というか、報告というか、そんな感じの話です」


「そうですか。こちらへどうぞ。私もレインさんとお話をしてみたかったのですよ」


学長は立ち上がって、私に手でソファーに座るように合図をした。そこのガラステーブルにはティーセットが二つ置かれている。学長は一つティーポットを手に取り、自らのカップに黒い液体を注いでいる。珈琲の香りがする。


「珈琲と紅茶、どちらが好みですか?」


「紅茶です」


そう答えると、学長はもう片方のティーポットを手にとってカップに紅茶を注いで、私の目の前に置いた。ありがとうございます、と礼を言って一口飲んでみた。私が偶に飲む紅茶とは違い、少し甘い味がする。


「どうですか。学院での指導にも慣れましたか」


「私が指導することは殆どありませんから…。でも先生方も生徒も隔たりなく接してくれていると思っています」


「そうですかそうですか。実に素晴らしいですね」


学長もカップを持って珈琲を啜る。


「それで…今後についてなんですけど、ギルドで護衛依頼を請け負うことになりまして、その機会に王都アルガードから旅立とうかなと」


「ふむ…つまり、学院勤務は当分休むことになるということですね」


「はい。すみません、私情で」


「いえいえ、お気になさらず。元々そちらが本業でしょうし、特別講師のほうは義務ではありませんので」


よかった。もしペナルティが発生したらどうしようかと考えていたが、特に問題ないらしい。ボランティアみたいなものだったようだ。


「レインさんみたいな誠実な方が特別講師になられるのは久方ぶりでした。大抵の方は初日以外報告することもなく来なくなりますから」


学長はあっけらかんと笑っている。こういうものは信頼関係が大事だと思うのだけど、寧ろ学院側はそこまで期待していないということなのだろうか。


「そうだ。この機に聞いておきたいのですが」


学長は態度を改めて私の目を見る。それに応じて私も姿勢を正した。


「レインさんは、分析スキル、をお持ちですよね?」


心臓を掴まれるような質問だった。顔が強張り額に汗を掻いているのが自分でもわかる。拳もぎゅっと強く握ってしまう。


「…はい」


正直に答える以外に道はなかった。既にバレているのなら隠しても無駄だろう。学長の態度を見るに出鱈目にカマを掛けたとは思えない。


「貴女のような才能を持っている人が、どこからともなく現れたらことに少々疑問を持ちまして。ギルドに入ったのは丁度一ヶ月前だと聞きましたが、それ以前はどのように過ごしていたのでしょうか」


ここまで直接的な質問は初めてされた。どうにもこの老人の前では何もかも見透かされているような気がしてならない。しかし、人間として信頼できるかと、私が信頼できるかは全くの別問題だ。


もし、私がここまで来た経緯を話すとなれば、私が魔女シェーラと一時期共に過ごしていたことを伝えなければならない。では魔女シェーラが世界、もしくはアルガードでどのような存在なのか。それがまだ不透明だ。第一、シェーラとの約束を破ることになってしまう。それだけは嫌だった。


「…いや、失敬。無理に答えてほしいわけではありません。ただの興味ですので」


学長はそう言ってまたカップに口をつけた。そのときに目を伏せてくれたおかげで、私に少し余裕が生まれる。さりげ無くローブの袖で汗を拭った。


「あの…いつから私が分析スキルを持っていると気づいていたんですか?」


まず第一に気になることを訊いた。すると学長は目を丸くして答えた。


「不思議な質問をしますね。私よりも高位な分析スキルをお持ちのレインさんなら想像がつくのでは?」


分析スキルを持っているから分かること、といえば、まぁ正に、相手を分析する、ことだろう。…ということは。




【名称】ベローズ・アド・クリスティーン

【種族】人間

【性別】男

【年齢】72

【職業】魔法使い

【体力】2,000/2,000

【魔力】6,000/6,000

【属性】風

【弱点】地

【スキル】地魔術Lv4・水魔術Lv4・火魔術Lv7・風魔術Lv5・無魔術Lv2・暗視Lv1・分析Lv3・結界Lv4

【異常】-




「分析スキルを持っているんですね」


なるほど。要するに学長が私を分析したということだ。しかし、私を分析したとて私が分析スキルを持っているのは分からないはず。そもそも、スキルを持っていることすら分からないはずだ。


「えっと…それで、いつから?」


私は再び同じ質問をする。


「いつからかと言われれば、学院図書館で初めて会ったときからとなりますが」


つまり私が初めてここへ来た日からということだ。


「どうして分かったんですか?」


続けて質問をすると、学長は、ふむ、と少し考える仕草をしてから口を開いた。


「初めて会った際にレインさんを分析しましたが、年齢不詳、体力魔力不明、おまけにスキル無しと判って、事前情報と全く異なったものですから」


あっ。


そうか。私の詳細が分析スキルによって隠されていると気付いたから、私が分析スキルを持っていると判ったのか。よくよく考えれば当たり前の話だ。


「レインさんは会った方を随時分析しないんですか?」


「してないですね。するときは戦う直前に初めて、という感じで」


というより、初めて会った人を一々分析するなんて考えもしなかった。出会い頭に相手を分析するなんて、覗きのような罪悪感が生まれてならない。身分証明書を勝手に見るようなものである。


…うーん。でも、この世界で分析スキルを持つ人達にとっては、寧ろ学長のような姿勢が普通なのかな。常に相手を探り、常に相手を疑う…。


「旅をするのでしたら一つ助言をしましょう。先に述べた通り、年齢や体力などの数値は隠すよりも偽ったほうがよろしいでしょう。同じ分析スキル持ちにはすぐにバレますので。それとスキルについてもですが、結局戦闘になって魔法を使うのなら、魔術スキルを隠匿しているとわかってしまいます。敢えて露出させたほうが変な勘繰りをいれられることもなくなりますよ」


今まで分析スキル持ちに会ったことがないわけだけれど、隠していることすら情報になる、というのは盲点だった。知られたのは迂闊だったが、その相手が学長で助かったのかもしれない。


「ありがとうございます。助かります」


「旅に出れば、出会いもあり別れもあります。幸福な時間もあれば危険な時間もあります。しかしそれらは全て財産です。いつかその財産を持って帰ってきて、生徒たちに聞かせてあげてください」


学長はそう言ってから、握手をしたいと手を差し出してきた。またここに来てほしいという願いが込められているような気がした。それに応じて私も右手を出して、皺の目立つ学長の右手を握った。


また守りたい約束が一つ増えた。

【名称】ベローズ・アド・クリスティーン

【種族】人間

【性別】男

【年齢】72

【職業】魔法使い

【体力】2,000/2,000

【魔力】6,000/6,000

【属性】風

【弱点】地

【スキル】地魔術Lv4・水魔術Lv4・火魔術Lv7・風魔術Lv5・無魔術Lv2・暗視Lv1・分析Lv3・結界Lv4

【異常】-

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