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第19話『戦を終えて腹を満たす』

あけましておめでとうございます。

時刻は昼を過ぎた頃である。ランチを食べ終えた冒険者たちが宿屋やレストラン街から戻ってきて、ギルドの掲示板の前であれやこれやと品定めならぬ依頼定めをする。既に依頼を選び終えた冒険者は受付に受諾報告をするために並んでいる。そこへ私も討伐達成の報告をするために並ぶ。


順番待ちをしているときは当然前に並ぶ冒険者の姿がある。何回も観た光景だが、その度に体格の違いを思い知らされる。無論私が細身なのはまだ子どもだからとは言え、どの冒険者も背中の広さも腕の太さも私よりも一回りも大きい。


やはり歴がモノをいうのか。私なんてギルドで冒険者になってからまだ一ヶ月も経っていないわけで、当初から成長した点というのが今のところ見受けられない。スキルレベルがあがったぐらいだろうか。


そういう意味では目に見えて成長した、と分かるスキルレベルはとてもありがたい。いや、正確にはスキルレベルがわかる、分析スキル、を持ち合わせていることに感謝するべきかもしれない。


私の番になったので、受付のテオに討伐報告をした。


「メタモルストーンの討伐を完了したよ」


「ご報告ありがとうございます。ギルド運営が調査致しますので、翌日またいらしてください」


採取依頼とは違い、討伐依頼は市民や交通の安全を目的としたものだ。だからこんな感じで本当に安全になったのかを調べてから、報酬を受け渡す、という段取りになっている。今回は近場だったため一日経てば報酬金を貰えるが、場所によっては三日も掛かることもあるらしい。


「それと、レインさん宛ての依頼がございます」


「私宛て?」


「はい。近日ヴェレン街へ馬車が発つのですが、その商人からの指名ですね」


テオが依頼書を受付テーブルの上に差し出す。それを手にとって内容を読んでみる。


護衛依頼、王都アルガードからヴェレンまでの片道依頼だ。他の依頼書とは違い、一番下にチーム記名欄がある。希望人数は4人または3チーム。契約金はナシ、報酬金はチーム単位大銀貨4枚、違約金はチーム単位大銀貨1枚。今までと比べると報酬金がかなり高い。それだけ重要な依頼ということだ。


「これ、Fランク冒険者が受けられるものなの?」


「普通は無理ですね。特定のチーム若しくは冒険者へ依頼者側から指名することも、普通はBランクとかAランクとか、高ランクのほうが多いです」


護衛依頼は人命がかかっているため、そういった有名な高ランク冒険者を指名して依頼を受けてもらうこと自体は珍しくないらしい。しかし、当然Fランクへ依頼を請うなんて過去に例が無い。


「どうして私なんかに?」


「レインさんの腕を買ったんでしょうね。実際、ギルド外ではランク以上の働きをしているわけですし」


うーん。良いように思われているようだが、まだそこまで自分の実力に自信が持てない。第一、どうやって私のことを知ったんだろうか。依頼主名の欄を見ても「ギルド商人」としか書かれていない。普通実名じゃ?ちょっとした怪しさを醸し出している。


ただ、既に図書館での調べ物にもある程度満足して、またギルド依頼を受け続ける毎日に帰るのなら、新天地を目指すのも悪くないと考えた。ここでいう新天地とは、護衛依頼を受けることとヴェレンの街へ赴くということの二つの意味を併せている。


「受けてみる」


羽ペンを取って依頼書の記名欄に自分の名前を書く。他に記入しているチームや名前がないため、まだ私しか決まっていないようだ。


「ありがとうございます。今回は護衛依頼なので、五日後の朝、ギルドへお越しください」


「わかった」


依頼書をテオに返して受付から離れた。気付けばギルド屋内は私の後ろに並んでいた冒険者以外殆どいなくなっていた。まだ残っている人たちも、並んでいる人の連れのように見える。掲示板の前にも人がいなくなっていた。まだ五日前だと言うのに心が浮足立っている。紛らわせようと残った依頼を見る。


常設依頼以外に残ったのは、三つ四つの採取依頼と私がさっき受けた五日後の護衛依頼だった。いけない、紛らわせようと思ったのに逆に目に入ってしまった。


「おっ、レインだ。お疲れ様〜」


後ろから声をかけられてビクッとして振り向くと、トリッシュがいた。


「あぁトリッシュ。お疲れ様」


私がそう返すのと同時に、お腹がぐぅと鳴った。恥ずかしくてトリッシュに顔を見られないように俯くと、またお腹が鳴った。しかし、今度は私のではなく、トリッシュのお腹から聞こえた。それでトリッシュの顔を見ると、困ったような照れた顔で笑っていた。


「レインは今からお昼?それなら一緒に食べる?」


学院に通って以来トリッシュに会う機会も少なくなってきた。折角だから一緒に食べるのもいいかもしれない。トリッシュとなら楽しい食事ができそうだし。


「うん。じゃあお邪魔しようかな」




ギルドを出てレストラン街を歩いていると、トリッシュがある店に止まることなく入っていった。入口のメニュースタンドを見ると肉料理が書かれている。一番人気の価格を見て目を丸くした。なんと銀貨8枚と書かれているのだ。トリッシュが行きつけのように滑らかに入っていくものだから、もっと大衆的なお店だと思っていた。


背筋を伸ばしてお店に入ると、漆塗りの木製のテーブルが規則正しく設置されている。既に昼を過ぎているからお客の姿はそこまで多くない。窓際のテーブルが空いていたから、私たちはそこに座った。


テーブルには席分のメニュー表、ナフキンの他にフォークやナイフ、スプーンが入った入れ物がある。恐縮してメニュー表をとって中身を見るが、料理名よりも価格のほうにどうしても目が移ってしまう。


「あたしが払うから、好きに頼んでね」


トリッシュが自分の席にあったメニュー表を見ながら言った。私が価格ばかり気にしているのが分かったのか。


「えっ!でも、ここ、高いんじゃ」


「レストラン街の中では高いほうかな?でもさ、まぁあたしにも見栄(みえ)ってものがあるから、ね?」


私の今持っている金銭ならどの料理も決して払えない額ではないが、それでも懐が寒くなってしまう。正直、払ってもらえるのなら有難いことこの上ない。


「…ごちそうさまです」


両手を合わせて感謝をすると、トリッシュは笑って親指と人差指ででオーケーマークを作った。


それでも、好きに頼んでもいいと言われても、何を選ぶか迷ってしまう。料理名の羅列を見ているとどれでも満足できてしまいそうだからである。


こういうときに便利なのは…。


「レインは決まった?」


「うん」


トリッシュが大声で店員を呼ぶと、水入りのコップを二つ乗せた、丸いトレイを片手で持った男のウェイターがやって来た。それでテーブルの前に立つと、ご注文をどうぞ、と言いながら私とトリッシュの席にコップを置く。


「チーズビーフステーキ、一枚追加とライス大盛りで!」


「チーズビーフステーキをライス普通で」


こういう時には、相手と同じものを頼めば間違いない。しかも、同じ料理なら高すぎるもの頼んで困らせるとか、逆に安すぎるものを頼んで遠慮しているように見られる心配もないわけで。


店員は、かしこまりました、と言いお辞儀をして厨房へ戻っていた。


「どう、最近の調子は?生徒さんたちと仲良くしてる?」


トリッシュから学院の話題を出された。不定期でギルドから冒険者が学院で非常勤特別講師になるようなので、こういった話はギルドではよくある。というより、たまにギルドでアポロンに会うと具合を聞かれたことがあった。


「まぁ、適度な距離感って感じかな」


「ほうほう。てっきりレインって生徒さんと同じぐらいの歳に見えるから、仲良くしてると思ったけど」


同じぐらいの歳どころか、生徒のほうが歳上なわけだけど。


「うーん。来た当初から遠巻きに見られているかな。やっぱ、先生、って形で見られていると思う」


「へぇ。でもそのぐらいがいいのかもね。下手に仲良くして生徒同士で軋轢(あつれき)生まれるのも良くないし。貴族の人ってそういうところ良く見てるからね」


そんなことあるのか。贔屓していると思われるからかな。嫉妬心ってのはいつどこでも生まれるものなんだな。


「じゃあさ、アポロンの子どもにも会ったの?」


「うん。ピエールって舐めた口をした子と、エリーって真面目な子だよね」


「な、舐めた口って…ぶふっ」


珍しくトリッシュが口を抑えて下を向いている。


「なんで笑うの。私、あの子に初めて会った時に『俺のほうが強いから』って言われたんだよ」


「あはは!相変わらず愛らしいなぁ、ピエール君は」


「えぇ、愛らしい?どこが?」


「あぁ、会って間もないからレインは知らないよね。奥さんに聞いた話だとね、ピエール君、アポロンに認められたい一心なんだよ」


年頃、いわゆる思春期と言われる年齢なら、自分の存在を認めてほしいと思うのは珍しいことではない。ピエールの場合なら…大人として振る舞いたいと子供らしい背伸びの仕方をしているのかもしれない。ん、そう考えると愛らしいかも?


「まぁ、子どもってそういうもんじゃ?」


「それだけならね?でもほら、レインってアポロンからの推薦で非常勤特別講師になったわけじゃん?だからきっと、会って一ヶ月も経たないレインにピエールは嫉妬したんだよ」


…嫉妬心ってのはいつどこでも生まれるものなんだなぁ。


「完全に当てつけじゃない」


「ふふっ、だから愛らしいんだよ。逆にレインはそう、大人っぽい!私よりも」


「そうかなぁ」


「なんか年相応に見えないんだよねー。一回人生を経験したみたいな感じ?」


トリッシュに言われて言葉を詰まらせてしまう。(あなが)ち否定できないかもしれないからだ。


私の転生前…前世と言うべきか。前世の記憶は今も全く思い出せない。自分がどんな人間だったのか、どんな環境で生きていたのか、どんな死に方をしたのか…。そもそも人間だったのかさえ怪しい。


しかし、今生活していて子どもより大人との会話のほうが多い。学院へ行ってから二週間は経つが、未だに生徒との関わり方に迷っている。立場の違いだけでは片付けられない気もしている。


私が何も返さなかったからか、トリッシュは不思議そうな顔をして私を見ていた。


「そういえばさ、トリッシュって短剣を使ってるよね」


私は咄嗟に話題を変えた。あまり深堀りされたくないし、深堀りされても私自身も答えられないからだ。


「うん。むしろこれしか今は使ってないよ」


「学院の先生から、短剣を使う人は珍しいって聞いて、その理由も聞いたんだけど。トリッシュはどうして短剣を使ってるの?」


「使ってる理由かぁ。昔から使っているからかな?」


「慣れってこと?」


「そうだね。やっぱさ、慣れちゃうと他の武器を持ってても違和感持っちゃうんだよね。んで久しく短剣を持ったら今度はこっちのほうの動きがぎこちなくなってさ」


言われて想像すると、長さの違う剣を扱っていると、リーチの長さの違いに慣れないのかもしれないと思った。あと、例えば短剣と弓なら、立ち回りが全く違うわけだから、そういうところでも違和感が出てしまうのかもしれない。


トリッシュはコップに入った水を少し飲んでから、先生のような、過去に何回も言ったことがあるかのような語り口をした。


「武器の長所とか短所とか理解するのは大事だとは思うの。けど、自分が使いたい武器が短所だらけだったとしても、使いやすいと思うのなら、使いたいと思うのなら、誰がどんな武器を持ってても私はいいと思うよ」


短剣使いの先輩冒険者、パトリシア・ローレンツの言葉は説得力の塊だった。彼女は短所だらけの短剣で、ギルドマスターのアポロンや剣術科教頭のアレスから認められ、剰えギルド運営という地位まで獲得しているのだ。


「だから、もしレインが短剣を持ちたくなったらあたしに聞いてよ!幾らでも何でも教えてあげる」


短剣…か。私には魔法があるから、無理に剣術を習う必要はないと思っていた。というより、私の力量じゃ刀剣を(ふる)うのは厳しいと感じていた。でも、短剣なら慣れていって損することはないのかもしれない。


「そのときはよろしくね」


「うん、勿論!」


丁度さきほどのウェイターが肉が焼けている音と匂いとともにやってきた。トレイからチーズビーフステーキを私たちの席の前に置き、次に山盛りのライスをトリッシュに、普通盛りのライスを私の前に置いた。


「トリッシュ…よくそんな食べられるね」


注文通り、トリッシュの前には二枚重ねのビーフステーキに、私よりもちょっと量が多そうなチーズが覆い被さるように掛かっていた。加えて私の二倍ほどの量のライスもある。


「身体が資本だからね。腹が減っては戦はできぬって言うし」


トリッシュは、いただきます、と声に出してフォークとナイフを取って、ステーキを食べ始めた。決して上品とは言えないが、口いっぱいに頬張って幸せそうに食べる姿は、何故かこちらまで嬉しくなってしまいそうだ。もしこの料理を作った人が彼女の姿を見たら、涙を流して感激するだろう。それぐらい良い食べっぷりだ。


私も、いただきます、と両手を合わせてから、フォークとナイフを使って充分焼かれた厚い肉を切る。切った隙間から肉汁が溢れ出て、それが鉄板に触れるから、じゅわぁ、という食欲を唆る音がした。


そんな音を聞きながら肉を一口サイズに切り終えたので、息を吹いて多少冷ましてから食べてみる。少し噛み応えのある焼けた肉が舌の上で転がり、噛むごとに肉汁が口の中に広がる。飲み込んでも口は肉を渇望しており、早く食べさせろと私を促してくる。


私もトリッシュも食べる最中は会話らしい会話はしなかったが、それを必要としないほどに満足する時間だった。それで先に話した通り、お代はトリッシュ持ち。支払いの時と店を出た時に私は手を合わせて、ありがとう、と伝えた。すると彼女から、また一緒に食べよう、と約束をされて、否定する理由があるはずがなく、何度も頷いた。


それで二人並んでギルドに戻っていった。


余談だが、明らかにトリッシュのほうが量が多かったのに、先に食べ終えたのはトリッシュだった。しかも帰り道、別の店の料理に何度も目移りしていて、まだ食事が喉を通りそうな様子だった。彼女は華奢な見た目からとんでもない胃袋を持っているようだ。

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