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第15話『魔法は案外難しい』

模擬戦の翌日。朝早く起きて食事を部屋で摂った私は武器屋へ向かい、鉄の杖を購入した。武器の新調である。木の杖を再度購入することも考えたが、前回買ったとき木の杖は一週間で壊れてしまった。しかも魔物との戦闘はそこまで多くなかったので、実際はもっと早く壊れていたと推測する。なら長持ちしやすい鉄の杖を買ったほうが良いという判断だ。鉄の杖がどのくらい壊れにくいのか、試験的な意味もある。


アルガード学院に向かっていると、そこの生徒たちの通学風景を見た。皆同じ学生服を着ているからすぐに分かる。それで背丈も向かう先も変わらないのに服装が違うものだから、学生はちらちらと私の方を見る。昨日見た人だ、という声も聞こえる。私は視線が気になって速歩きになる。


学院玄関に着くと、アレスが出迎えてくれた。生徒と挨拶をするために朝はいつもいるようだ。今日は何をすればいいですか、と私が聞くと、今日は自由に行動してくれ、と言われた。実技授業が剣術科、魔術科ともにないらしい。なら、今日は一日中図書館に籠もっていようと考えた。




「何から見ようかな…」


誰もいない図書館で連なった本棚を見てぼそりと呟く。しばらくここに通うことになるから、見たいものを見れる時間は確保できているが、目についた本を片っ端から開くのはあまりに非効率だ。(いたずら)に時を過ごしてしまう可能性もある。


私が欲しい情報は何か。まずはそれを整理しよう。


一つ目は「転生者に関する情報」。過去に転生者がいたのか、それに属する者はいたのか。別世界から転生者を呼び寄せる魔法がある可能性も否定できない。だとすれば…哲学、歴史、魔術、あたりの本棚を探るのが良さそうだ。


二つ目は「世界の状況」。もし私が目的を以て転生したのなら、まずその目的を思い出さなければならない。現状目的の欠片も分からない以上、世界、国がどういった形勢をしているか知っておいて損することはない。これは社会、自然の本棚で探そう。


三つ目は「能力を向上させる要素」。はっきりいってまだ私は強くない。昨日改めてそれを認識させられた。ただ幼少期から訓練をしたわけではないから、独自で鍛える手法を知らずして、実践だけでなんとか保っている状況だ。分析スキルは私が持つとてつもないスキルだが、それに頼ってばかりではいつまでも行き当たりばったりになってしまう。魔術は勿論、剣術も参考にしよう。


さて、その上で何から手を付けるべきか。普通は一つ目の転生者に関する情報を入手するべきだが…。現在私は非常勤特別講師。アレスにも言われた、ギルドの顔だ。期待に応えたい。


魔術の本棚に行き、ざっと背表紙を見る。『四大元素魔法指南書』『地面を知る』『人工魔法』…うーん。どれから見てみようかな。


と、一通り見終えて気づいたことがある。闇魔術に関する本が一つもないのだ。対になりそうな光魔術に関する本ならあるのに。もしかして、闇魔術が魔族由来の魔法ということと関係あるのか。


まぁ、そこについて考えても仕方ないか。じゃあまずは…『四大元素魔法指南書』。これから見てみようかな。




『四大元素魔法指南書』をぱらぱらと見て思わず口に出してしまった。


「む、難しい…」


理論的すぎて頭が追いつかない。術式?魔法陣?みたいな絵図もあって、尚更理解できない。そんなもの今まで必要としてこなかったのに。


唯一分かったのは魔法の成り立ちだけだ。例えば、水魔術は砂漠の人間が水を欲しがって生まれたもの、火魔術は雪国の人間が暖を取りたいから生まれたもの、とか。それだけだ。


これじゃ前途多難だ。まだ自分でも手が出しやすい、理論的じゃない分野からいこう。魔術は一旦後回しだ。


なら…社会、自然とかならどうだろう?その本棚へ移動して眺める。『鉄の生路』『世界の心臓 デルタ帝国』『知りたければ歩け』『魔物を語る』『世界未解決問題集』


『世界未解決問題集』…これ、ちょっと面白そうだな。


私はそれを手にとって目次を見る。




1.テロニアム遺跡の暗号

…ガルナ大陸テテ村付近にあるテロニアム遺跡。そこのいくつかの扉に描かれた暗号について。


2.魔物発生条件問題

…古くから認識され常に人間を脅かす魔物がどのように発生しているのか。


3.ペルシアン予想

…トーネード・ペルシアンが予想。動物が魔物になる可能性。


4.魔力エントロピー問題

…別名:水問題。四大元素は魔力に変換できるのか。


5.W-I問題

…水と氷の変形は魔術においてもありえるのか。


6.八竜存在問題

…水龍、火龍、風龍が存在している。地龍の可能性、更に他の属性のドラゴンはいるのか。


7.無属性魔法Lv10予想

…現在はLv6まで観測可能の無魔術。さらなる進化、そして各研究者の見解。


8.治癒術Lv10予想

…現在はLv9まで観測可能の治癒術。死人が生き返ると予想する研究者の見解。


9.スランコート海溝の謎

…デルタ帝国、アクア王朝、ガルナ大陸に面する海にある、沈没船が絶えない魔の海溝。


10.ガルナ大陸樹海の霧

…四六時中白い霧で係る樹海にはエルフの出入りが観測されたことも。




特に気になるのは…ペルシアン予想だ。内容は動物が魔物になるという予想。そこのページを開いてみると、条件や実験結果、あとはまた魔法陣やらなんやらが数ページに渡って書かれていた。


何が気になったのかというと、私が元々何者だったのか、というところだ。現在は転生者。しかし、その前は?人間だったのかさえ疑うべきだ。ペルシアン予想の動物→魔物というのが正しいのなら、私が同じ目にあった可能性だってある。


内容は分からなくても…その実験を試す価値はありそうだ。私はこの本を持って二階に移動した。


二階に上がっても生徒は誰もいなかった。昨日はアレスと一緒だったため気にならなかったが、山吹色の明るい照明に反して随分と不気味だ。一歩進むごとに足音が図書館に響いた。この世界に私以外誰もいないような錯覚に陥る。


孤立した文学の本棚の横に用意された大量の紙から一枚貰い、すぐ近くの席に座る。『世界未解決問題集』を机の上に置いて、ペルシアン予想のページを開く。そして机の上にある羽ペンを借りて詳細を書き写した。


他も何かないかと再び目次からぺらぺらと(めく)っていった。特別目を引くものはなく、というか大半は魔法陣やら理論的展開ばかりで頭に入らなくて、とりあえず目次だけ書き写して本を閉じた。


一階へ戻り、『世界未解決問題集』を元の場所へ戻した。それから近くの『世界の心臓 デルタ帝国』を手に取った。理由はそのタイトル。心臓と比喩されるデルタ帝国はどのくらい重要な国なのか気になったからだ。


再び二階へ上がろうとしたが、毎回これを繰り返すのは面倒だと考え、一度本棚を巡って必要な本を全部持っていくことにした。


社会、自然の本棚で他に面白そうな本は…特になかったので、別の本棚へ移る。


移ったのは歴史の本棚だ。『アルガードとギルドの成り立ち』『二千年を歩く』『なぜガルナ大陸に国が出来なかったのか?』などの本がある。


気になるのは『二千年を歩く』かな。過去この世界で何が起こったのかある程度書いてあるはず。ギルドの成り立ちもちょっと気になったけど、私の存在とは関係なさそうだ。


…という感じで各ジャンルの本棚を見て回って気になる本を選んだ。選んだのは


社会『世界の心臓 デルタ帝国』

歴史『二千年を歩く』

哲学『女神アズリエル』

産業『貿易からわかる国際関係』

芸術『勇者への想い』

剣術『身体を鍛える』


予想外だったのは『勇者への想い』という本だ。気になって最初のページだけ見ると、なんと千年前には勇者が現れ、魔王を倒し魔物を撃退したという伝説があるらしい。もしそれが事実なら、『二千年を歩く』にもその出来事に言及しているだろう。


二階へ戻り『二千年を歩く』を開いた。一ページ目には二千年間の出来事が縦に羅列して書かれていた。国の滅亡とか成立とか、大災害のことも書かれている。


それで、千年前のところを見てみると「魔王軍全面戦争」と書かれていた。そのページを見ると、魔王軍との戦いを描いた絵画が紹介されていた。それで勇者の話はというと…端っこのほうに、コラムとして掲載されていた。伝説はあくまで伝説ってことなのだろうか…?


勇者についてはまだ調べる必要がありそうだ。だけどいい情報が得られた。


他に気になる点は…近年の戦争状況だ。だいたいの国は平和的な態度をとっているものの、アルガードの北東フォークナー帝国は、東の大陸に位置する熱帯雨林トロンチ王国と五十年近く「休戦状態」らしい。つまり、いつ戦争が再び起こるのか分からない一触即発の状態だ。


フォークナー帝国とトロンチ王国にはあまり近づかないほうが良いかもしれないな。ギルド規約に接触することはないが、何かしらの間違いで巻き込まれる可能性がある。




学院に鐘が響き渡る。数時間居座ったが、気づけば既に昼になっている。生徒もちらほら図書館へ入ってきたので、私は持っている本を元の場所へ返し、レストラン街で食べることにした。


学院へ出ると、グランドで鍔迫合(つばぜりあ)いをしている生徒たちの姿があった。昼食の時間を割いて稽古を重んじるとは中々熱心な生徒たちだ。


すると一人の生徒が私を見つけるやいなや(しか)めっ面でこちらに向かってきた。周りの生徒はそれを見て焦って、こちらに向かってくる生徒を止めようとしている。


「おい、眼帯女」


その生徒から指を差されて呼ばれた。背丈は私と同じぐらいに見えるが、声色はまだ幼さを帯びている。


「なに?」


不躾な態度ではあるものの、私が下手な対応をするのもよくないと考え、できるだけ平静を保って、朗らかに返事をした。


「名前、なんていうんだ」


「レインって言うわ。貴方は?」


「ピエール・ガードナーだ。いいか、レイン。俺はお前より絶対に強い。特別講師だからっていい顔するなよ」


それを言ってすぐに周りの生徒が、ピエールという生徒の口元を塞いで元いた場所へ引摺(ひきず)っていった。去り際に幾人かの生徒が申し訳無さそうに頭を下げてきた。大丈夫だよ、と手を振るともう一度ぺこりと頭を下げて、ピエールの元に帰っていった。


昨日もそうだが、私は生徒講師関係なく目の敵にされているらしい。ギルドメンバーだからなのか。いや、でも大半の生徒は私の存在が気になりつつも、私を忌避するような行動は取っていない。取っていないと思う。じゃあ、私個人に気に食わない部分があるのか?そうだとしても正直身に覚えがなさ過ぎる。


考えても仕方のないことか。ただ身の振り方には気をつけようと思った。…ピエールという生徒の態度を反面教師にして。


気を取り直してレストラン街へたどり着いた。雑多なメニューを展開している店もあれば、パスタを主に取り扱った店、魚料理を全面的に押し出している店など、目移りしてしまう。何回来ても飽きないかもしれない。


じゃあ今日はパスタを食べてみよう。店に入ると、随分と賑わっていたものの空席はあった。カウンター席である。そこに座って、メニューを眺めると、宿屋とは比べ物にならないほど多くの料理があった。ただでさえ店が多いというのに、料理も含めれば全メニューを食べきるには一年はかかるだろう。_いや、そこまで食に興味があるわけではないけど。ただ、美味しいものを選べるというのは嬉しい悩みだった。


店員が来て水が注がれたコップを手元に置いてもらった。折角だからおすすめを聞くと、一番人気はベーコンパスタですよ、と答えてもらった。じゃあそれでお願いしたが、流石に同じ轍を踏むまいと量をちょっと少なめに、と付け加えた。


しばらくして出されたベーコンパスタは湯気が立っており、ベーコンの他に甘藍や菠薐草(ほうれんそう)といった野菜が見た目を良くしていた。臭みのない肉のいい匂いが鼻に入ってくると、早く食べたいと脳が働きかける。


フォークを使って一口食べると、いつもの食事に比べて格別に美味い。ベーコンはパスタに合わせるように柔らかくなって、野菜はシャキシャキと音を立てる。この料理は一級品だ。


ちなみに量についてだが、おそらく私にとっては丁度いい量だった。やはりこの世界の住人は食べる量が多い気がする。


閑話休題。食べ終わったあと、また学院へ戻ろうかとも考えたが、膨れるように見えたお腹を見てギルドへ向かった。ずっとこの生活をしていたら、お腹周りが(たくま)しくなってしまう。


その後魔物が絡んだ採取依頼を請け負ったので、試しにと鉄の杖で殴ったら思いの外威力があって吃驚した。どうせこうなるなら『身体を鍛える』を読んでおけばよかったな、と後悔した。

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