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第13話『アルガード国立高等学院』

Fランクに昇格してから三日後、私は現在王都アルガードの城下町を歩いている。道行く人々の世間話をふらっと聞き、広場で民衆の目を釘付けにする曲芸師をちらっと見る。(あまね)く料理店のご馳走の匂いには否が応でも腹を空かせてしまう。


「あとでまた来ると良い。今は昼時だからな。どこの店も空いてないだろう」


私の前を歩くアポロンに話しかけられる。私の心を読まれたようで思わずドキッとしてしまう。いや、この匂いに我慢できる人がいるのだろうか。きっとアポロンも初めてきた時は同じことを思ったに違いない。


今日はアルガード王国内にある唯一の学院に用があってきた。そこには国内一の図書館があるそうだ。当然一般人は入れないが、なんとアポロンの(つて)により特別に入ることができるそうだ。感謝するしかない。


そして城下町を抜けて辿り着いた、目の前にある建物はアルガード国立高等学院である。


「うわぁ…凄い大きいなぁ」


正門をくぐり抜けると国会議事堂のような建物が(およ)そ五十メートル先にあり、陸上競技場並みに広いグランド二つが道を挟むように横にあった。片方のグランドには私と同じぐらいの背丈の人間が十数人いて、木刀を両手に持って稽古をしている。きっと生徒だろう。先生らしき姿もある。


あれが一クラスだと考えると、比べてグランドはあまりに広大だ。おかげで使わない面積のほうがあるように思える。流石、国立と言ったところか。


正面玄関までの道を歩いていると、グランドの生徒等がこちらに気づき、珍獣を見る目で騒ぎ出した。それで先生が一喝する。静かになるが、まだ顔はこちらを向いていた。


「おう、来たなアポロン。…と、ギルドの新入り」


学院玄関で待っていたのは一人の男である。アポロンと同じ中年の茶髪の男だ。だが卒なくワイシャツとネクタイを着こなしており、アポロンより身嗜みが整っているように見える。


「しばらくこいつが世話になる」


「はじめまして。レインです」


アポロンは身動ぎもせず言う。私は無礼のないようにと軽く頭を下げて挨拶をする。対して男は手を挙げて挨拶をしてきた。


「俺はアルガード国立高等学院剣術科教頭のアレス・ケンフュー・モンテオーネだ。よろしくたのむぜ。しっかし…」


アレスは前のめりになって私の方を見る。


「期待の新人ってアポロンから聞いてたけど、まさかこんな小っこいとはなぁ。うちの生徒と大差ねぇんじゃねぇか?」


「どうだろうな。少なくとも付添人はパトリシアだったぞ」


「おぉ!あのトリッシュお墨付きってわけか!そりゃあ期待せざるを得ないな!」


かっかっか、とアレスは笑いながら学内へ入っていった。小さくアポロンのため息も聞こえた。


「俺は一度ギルドへ戻る。なんかあったらアレスに相談しろ」


アポロンはそういって来た道を戻っていった。




外面と相違なく学内は広々としていた。床は鈍い黄赤色、所謂丁子色(ちょうじいろ)の木材タイルが碁盤のように敷き詰められている。廊下の幅は三メートルはあるだろうか、道路のように広い。


「さて、レインちゃんは特別に学院に入る許可を得ているわけだが、タダで図書館を使えるわけじゃあない。そこんところは聞いてるな?」


「はい。詳しくは聞いてないですが、お手伝いをすると」


「そう。っても座学じゃなくて実技の手伝いだな。だから基本的にはさっきのグランドで講師の補助員をやってもらう」


講師の補助員というと、理科の実験を想像した。生徒への教授は担当講師が、物の準備や安全確認を補助員が担うという感じだろう。


「とは言っても折角学内を自由に歩けるんだ。今日は学院の雰囲気を見てもらおう」


アレスが玄関入って左手の廊下へと歩いていったので、私もそれについていった。するとすぐに右側にドアがあった。講師室である。


「ちょっとまっててな」


アレスは講師室へ入っていった。


ちらと反対側の窓の外を見るとグランドでさっきの生徒達が剣を交わしていた。剣といっても木刀である。剣道のようだ。すると一人の生徒がもう一人の生徒の木刀を弾き返し、小手に鋭い一撃を食らわせ勝ち誇ったポーズを取った。剣道というよりチャンバラかもしれない。


そんな一部始終を見ていると、講師室からアレスが出てきた。


「ほら、非常勤特別講師証…あぁ、見てたのか?」


アレスは私にゴム紐付きのカードを手渡した。私はそれを首にかけながら返事をする。


「はい。身近に剣術を使う人を(ほとん)ど知らなかったので」


無論トリッシュのことである。というより、トリッシュしか知らない。


それにしても、授業中の生徒の太刀筋は随分と隙だらけに見える。以前の悪党と同じぐらいか、それ以下な気がする。…いや、これは少し失礼だったかもしれない。


「あれは一年だな。入ったばっかりで、剣を扱う技術も体力もまだ全然無い状態だ。タマゴってやつだな」


なるほど、と相槌を打つ。しかし、そんな状態じゃ何を手伝えばいいのか…。


「まっ、グランドはあんな感じ。そんじゃ、授業見学にいくぞ」


アレスはまた廊下を歩いていった。私は傍目でグランドを見つつ、彼についていった。


階段を上って二階に着くと、どこかから声が聞こえる。声色と口調からして先生のようである。アレスと廊下を歩いていくと段々とその声が大きくなっていった。横に長い窓から中を覗くと十数人余の生徒と板書する先生の姿があった。


「ここは世界史の授業中だな」


アレスが小さな声で言う。生徒らの態度は区々(まちまち)で、先生の話を熱心に聞いて紙に書き込む姿もあれば、黒板を呆けたように見る姿もある。突っ伏して寝ている姿もある。どこの世界でも生徒の授業態度の幅は同じようなものなのかもしれない。


私も先生の話を理解しようと聞いてみる。しかし如何せん民族やら、人物やらの固有名詞が多くて覚えられない。聞いていてピンと来たのは「アルガード王国」や「フォークナー帝国」、「デルタ帝国」といった国の名前だけだ。


ちなみにフォークナー帝国とデルタ帝国はどちらもアルガード王国の隣国だ。アルガードから見て北東に位置するのが雪国のフォークナー、東に位置するのが海岸の国デルタ。


「他にはどんな科目があるんですか?」


「世界史、アルガード史、国語、算術、地理、政治経済あたりだな。学年があがればもっと授業も難化する。あとは優秀な生徒には自由授業ってのもあるな」


「自由授業?」


「勉学の対象を自分で決められる授業だな。それで古代史がやりたいっつーやつもいるし、魔物の研究をしたいってやつもいたな」


大学の研究…みたいなものだろうか。魔物の研究にはちょっと興味がある。少なくとも私の元いた世界には魔物なんていなかったはずだ。それに私の分析スキルを以てすればより詳細な研究内容になるだろう。


そういえば卒業後の進路はどうなるんだろうか。この世界で学歴のガの字もない私でもギルドには入れたから、学院に入ってまでギルドで活動する人は多くないと予想するが。


「学院を卒業したあとの生徒ってどうなるんですか?」


「そうだなぁ。人気なのは剣術科で国の騎士、魔術科で研究者だな。行き先が決まらなかったやつはギルドへ行く。だから人によってはギルドに就いたのを見下すやつもいるんだよな」


アレスはポリポリと頭を掻く。


そうか、見下されることもあるのか。学院の(ふるい)を通り抜けられない者の行き着く先だから仕方ない気もするけど、先日の悪党騒動を体感した身としては残念である。決して楽な仕事ではない。


「だから頼むぜ。今この学内ではレインちゃんがギルドの顔って言っても過言じゃないんだからな」


そう言ってニカッと笑いアレスは親指を立てた。いつになく変なプレッシャーをかけられる。すると鐘の音が学院内に響いた。よく学校で聴く、あのチャイムだ。


「これが授業終わりの合図だな。じゃ、次の場所へ行くか」


そう言って私達はまた廊下を歩いていった。ガラガラと後から音がするのでちらと見ると、教室からぞろぞろと出てくる生徒がいた。気づけば前方の教室からも出てきた。どの生徒も私を物珍しそうな目で見ている。


いくつかの教室を通り過ぎると大きな空間に出た。位置関係で言うと、学院玄関から見て左奥の場所である。とてもいい匂いがする。待ってましたと言わんばかりに腹の音も鳴る。


「ここは食堂兼休憩スペースだ」


今私たちがいるのは二階だが、料理の受け取り口及び返却口は一階にある。何故分かるかと言うと、食堂にしては珍しく、二階が吹き抜けになっているからだ。もし二階から料理を落としたら悲惨なことになる。


「生徒は自由に使えるが、講師とか部外者は受け取り口で金を払って料理を食べることができる。利用する講師はほぼいないけどな。外出りゃ幾らでも料理店があるし」


学生食と聞くとボリュームがあって安価で並の味、というイメージがある。利用する講師がいないのは実態がそれだからなのか。


「と、いっても初めぐらいは利用してみていいぜ。滅多に使えないからな」


アレスはそう言って階段を降りていった。すると生徒たちが彼に話しかける。


「アレス先生!珍しいですね、ここにいるなんて」


「おう!今は案内中だからな」


生徒たちがアレスの後ろをついていく私に注目する。背丈はさほど変わらない。きょとんとする者や隣同士でこそこそと話す者もいた。


「もしかして、編入生!?」


誰かがそう叫んだ。それで周りはより騒々しくなる。


「違う違う。臨時講師だ。ほら、退いた退いた」


アレスがそう言っても周りの口は塞がらなかった。「あれが講師?」「あたしたちとそんな変わらないように見えるけど」「なんで眼帯してるんだ?」「でも結構タイプかも…」


遠巻きに噂する生徒たちの声を聞きながら受け取り口までたどり着く。小銀貨1枚で学生食が食べられるらしい。ちょっとぼったくりな気がする。が、そもそも生徒にはタダで配膳しているわけで、こうやって金を払ってまで食べる講師がそもそもいないのだろう。そして多分私も今日で最後になるだろう。何故ならレストラン街のほうがいい匂いがするから。なにより宿屋に帰れば私もタダで食べられるのだから。


間もなく食事が用意された。頼んだのはカツカレーである。器には白米を飲み込むようにカレーが覆われて、その上に手のひらサイズのカツが乗っている。想像通りのボリュームである。学生には丁度いいかもしれないが、食べ切れるか不安である。


宿屋での食事でも思ったが、この世界の人々の食べる量は多い気がする。


空いている席に移動して座ると、アレスも対面する形で座った。そのまま私と話し始めるのかと思ったら、他の生徒がアレスに話しかける。聞くに政治経済の質疑である。アレスの身体つきは体育会系のそれを彷彿とさせるものだったが、丁寧な受け答えを見るに座学でも生徒に慕われているらしい。


私はというと黙ってカツカレーを食べていた。味は…まぁ予想通りというべきか、量産しやすい味である。生徒からの視線も感じていたが、誰も私に話しかけようとする者はいなかった。


そんなやりとりがしばらく続き鐘が鳴った。生徒たちはアレスに、ありがとうございました、と礼をして食堂を後にした。遂に殆どの生徒は食堂からいなくなっていた。私もカツカレーを食べ終えていた。


「人気なんですね」


「それほどでもないさ。確かに男子からはアニキ分のように接せられるが、女子からは学年が上がるにつれて会話が減っていくしな。はっはっはっ!」


空元気の笑い方である。アレスの容姿はアポロンほどおじさんっぽくはないが、それでも思春期の女生徒からは煙たがられるのだろう。


「まぁ、それが普通だと思いますよ」


精一杯のフォローをすると、まさか慰められるとは、とアレスはまた笑い出した。今度は腹から出た笑いだった。ちょっと五月蝿い。こういうところが女生徒との壁を作ってるんだろうな、と思った。


食器を返却口へ戻してまた廊下を歩き出す。次はどこを案内するんだろうか、とキョロキョロ見回していると、ちょっと先に一際大きな両開きの扉が見えた。そしてアレスはその扉の前に止まった。現在地は学院玄関からみて右奥である。ただの教室には見えない。もしかして…。


「さて、お待ちかねの図書館だぜ」

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