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第12話『プレゼント』



(____ン__)



(__レイン__)




誰かに声を掛けられたような気がした。ゆっくりと目を開けるとそこは寝室だった。私の部屋だ。繁華街から人々の声が薄っすらと聞こえるのがわかる。いつの間にか宿屋に戻っていたのだろうか。


起き上がって横を向くとトリッシュが読書をしていた。私が起きたのに気付いて本に(しおり)を挟んでこちらを向く。


「起きた?身体は大丈夫?」


そう言われ、自分の身体を知覚する。(だる)い感じはしないが、足だけは壊れたように動かない。


「足がちょっと重いかも…」


「あはは。そうだよねぇ。あの距離を(やす)まずに走ったんだから」


そうだ。確か私はアロマッシュを採って帰ろうとして悪党に襲われて、それで其奴等(そいつら)から馬車の襲撃を聞いて…。


「っ!そうだ!馬車は!?」


「大丈夫。無事にヴェレンまで到着したらしいよ」


ほっと胸を撫で下ろす。もし数秒でも遅れていたらと想像するとゾッとする。よかった…。


「んもー。いきなり走り出しちゃうんだから吃驚(びっくり)したよ」


「うっ、すみませんでした…」


「あはは、大丈夫。馬車に傷一つ無くて、レイン自身も無事だったんだから。偉かったよ」


トリッシュは座ったままの私に近づいてニコッと微笑んだ。私も嬉しくて思わずニコッと笑ってしまった。


「今日はまだ身体をしっかり休めて、明日ギルドに来てね」


「わかった。ありがとう」


そう礼を言うと、トリッシュは手を振って部屋から出た。私が起きるまでずっと居てくれたのだろうか。姉がいたらこんな感じなのかもしれない。


…ん?そういえば声を掛けたのはトリッシュなのか?それにしては子守唄を歌うような(かす)れ気味の声だったような気もしたが…。




後日私はギルドへ赴いた。受付の前にアポロンとトリッシュが待っていたが、私が来たことを確認したアポロンは応接室に行ってしまった。


「おはよう!身体は万全そうだね!」


一方でトリッシュは子どものような振る舞いをする。悪党と対峙した時に見せた雰囲気が嘘のようである。


「それじゃ今日は依頼の前に、アポロンとお話してもらうね」


もしかして悪党について事情聴取でもされるのだろうか。それとも今日は何か依頼とは別の仕事を任されるのだろうか。そんなことを考えながら私とトリッシュは応接室に向かった。


応接室では既にアポロンがソファーについていた。アポロンは私と目が合うともう一つのソファーに座るように手で合図をした。


その通りにソファーに座ったが、トリッシュは執事のようにアポロンが座るソファーの斜め後ろに立ったままだった。


「さて、レインに報告と質問が二つずつある」


アポロンが口を開いた。相変わらずゆっくりとした口調だ。私はそれを聞いて背筋を伸ばす。反対にトリッシュはニコニコとしていた。


「報告の一つ目はギルドランクについてだ。今日から君はFランクだ」


「…え?」


突然の言い渡しに私は混乱した。トリッシュからそろそろランクアップかもしれないと言われてはいたが、まさか今日そうなるとは思ってもみなかったからだ。


アポロンはテーブルの上にギルドカードを置いた。私の名前が入ったFランクのカードだ。続いてそのまま掌を差し出してきた。


「Gランクのカードはこちらで処分する」


私はバッグからGランクカードを取りアポロンに手渡した。そしてテーブルの上に置かれたランクカードを両手で取った。私は喜びと多少の不安を感じつつまじまじとFランクカードを見ていた。


「報告の二つ目は、悪党捕縛について。あの馬車はギルドを運営するうえで重要なものだ。しかし、君はその護衛依頼を請け負った立場ではないため、報酬金は一切ない」


私はコクリと頷いた。少し残念な気もするが、もし私に報酬金が渡ってしまったら、護衛任務を遂行した冒険者の仕事を横取りしたことになってしまう。


「だが、君の働きがなければ結果は最悪の形になっていたことも事実だ。だから私が個人的に君に褒美を用意しようと思う」


「いいの?」


「あぁ。あくまでプライベートで君にプレゼントをするっていう話だな。そこで一つ目の質問なんだが、君は何が欲しい?」


これはアポロンの厚意ということだろうか。特に断る理由もないため、自分の欲しいものを考えた。


…とはいうものの、あまりに高価すぎるものを頼んでも図々しい。かといって安いものを頼むのは厚意にそぐわない気もする。丁度いい塩梅(あんばい)のものが中々見つからない。そもそもここ一週間の行動範囲がギルド繁華街周辺だったから、そこまで高いものに巡り会えていない気がする。


物品に限らなくてもいいのか。例えば…この世界の情報とか。いや、流石に規模が大きすぎる。あと情報を欲しがるなんてヤクザじゃないんだから。そう、例えば…知識とか。うん。悪くないかもしれない。ただアポロン一人に教授してもらってもその量はたかが知れている。何より彼の時間を奪ってまで欲しいかと言われると…。


と、ここで私は以前立てた方針を思い出した。


「図書館がある場所に連れて行ってほしい」


「図書館?」


「うん。できればいろんなジャンルの本がある図書館。あと、数日間居てもいい場所」


史料集めがメインだが、その他にも小説や伝記、図鑑、戦闘に関する学術書など、兎に角広く学べるところがいい。まずこのアルガード王国や世界の文化というものを知る必要がある。一日に読める本の量を考えれば、その図書館の近くの宿屋に泊まり込んで行き来するのも悪くない。


アポロンは暫く考え込んだが、何か決心したかのように頷いた。


「…分かった。それで最後の質問だが」


…少しアポロンの雰囲気が変わったような気がした。淡々とはしているが、注意深く観察するような目になっていた。


「パトリシアの話によると、君は無魔術を使いこなしていたそうじゃないか」


「えぇ」


「君はどの属性の魔法が使えるんだ?」


どうしてそんな質問をするのか一瞬考えたが、その理由は全く思い浮かばなかった。ここで嘘を付く必要があるのか?いや、この二人は信頼できる気がする。少なくとも私を利用するようなことはないだろう。


「…全部使える」


珍しくアポロンが目を見開いて驚いている。同時に信じられないという態度で腕を組みソファーに(もた)れかかった。反対にトリッシュは恍惚の表情を惜しみなく出している。


やはり全属性の魔法を使うのは稀有なのだろうか。いや、反応を見るに無属性魔法を使うこと自体が珍しいのかもしれない。実際、魔力の消費量と攻撃範囲を鑑みれば使う機会は限られる。他の魔法に比べて効率が悪いのだ。


「それを知ってどうするの?」


私は堪らず聞いてしまった。


「全属性の魔法を習得するには、例えLv1だとしても十年から十五年かかると言われている。闇、無属性の魔法の習得が難しいからだ。…なぜ難しいか、わかるか?」


私は首を横に振った。シェーラに魔法を教えてもらった際、どの属性も然程(さほど)習得難度は変わらなかったような気がする。強いて言えば、水属性魔法は体に馴染むように習得できたような気はするが…。多分、私の属性が水だからだろう。


「闇属性は魔族由来の魔法で、無属性は人工的創られた魔法だからだ」


「魔法は全部人工的に創られたんじゃないの?」


「さぁ、俺は魔法使いじゃないから詳しい仕組みはわからない。ただ、闇や無の属性魔法を習得する場合、学問をしっかり学べるハイソサエティーな立場の人間しか普通は不可能だ。例えば王族や貴族などだな」


学校に通う為のお金がある身分でしか学べないということか。まぁ、ファンタジーではありがちな気がする。


「私の知る限り、レインという名前の貴族は聞いたことがない。もし君がアルガード王国以外の国の貴族だとしても、ギルドに捜索依頼がくるはずだ。要するに、君は何者なのか、ということだ」


以前にも似たようなやりとりがあった。ギルド入会の日のことだ。しかし、今回はニュアンスが違うような気がする。アポロンが聞いているのは、私は何処から来たのか、ということだろう。


「私も、自分が何者なのか知りたい。だから、世界を冒険したいの」


私は真っ直ぐにアポロンの目を見つめ答えた。転生者など言えるわけもないが、少なくとも嘘はついていない。そして、真に世界を冒険したい理由だ。


「…わかった。これ以上追及はしない」


そう言われ私は安心してソファーに靠れた。強張った顔がふやけるような感覚に陥る。反対にアポロンはソファーから立ち上がり扉へ向かっていった。


「図書館の件、あまり期待するなよ」


アポロンが去り際に残した言葉が印象的だった。この世界では読書をするのにも身分というものが絡んでくるのだろうか。それとも単にアルガード王国には図書館の類の施設がないのだろうか。流石に一国家としてそれはないと思うのだが。


「昇格おめでとう、レイン!」


弾けるようにトリッシュが抱きついてきた。我が身かのように振る舞ってくれるのが温かかった。


「ありがとう。でも昇格なんて、どうして急に?」


「馬車襲撃の件ね、ギルド運営でギルド外実績に含めるか否かの会議があったんだよ。それで結論として、ギルド規約に則った行動として相応しいから昇格しようってなったんだ」


あぁ、なんだ。報酬金に代替するようなもの、既に貰っていたのか。じゃあアポロンが言っていた褒美というのは、本当に個人的な褒美なのか。


「それと、昇格祝いにこれ、プレゼントね」


トリッシュは直方体の小さな箱を差し出した。私はそれを受け取り蓋を取ると、中身は道具屋で見た黒色の眼帯だった。


「眼帯?」


「うん。ほら、レインって前に道具屋でこれをじっと見てたけど、結局買わなかったから。もしかして欲しいのかなって」


初めての道具屋で商品を物色したときのことだ。見られていたと思うと小っ恥ずかしいと感じる。しかし、トリッシュが私にプレゼントをしてくれたことが大変嬉しかった。


「…ありがとう」


早速付けてみようとする。どうやらこれは右目用の眼帯のようだ。紐の部分は柔らかく肌触りの良い素材でできているのか、締め付けられるような感覚は全くない。そして目の部分にも圧迫感がなく、つけた心地は悪くない。


「かっこいいー!」


その言葉に面食らった。かっこいいなんて言われたことがない。


「えと、あり、がとう?」


どう反応すればいいか分からなかった。でも、トリッシュの顔を見ると悪い気はしなかった。


その日はそのまま依頼を一つ(こな)して、宿屋に帰っていった。無論、眼帯はお風呂と就寝時以外はつけたままである。

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