第9話『宿の下の幼馴染』
宿屋へ入るとギルドで見たような冒険者たちが談笑している。皆今日の仕事を終えて四方山話でもしているのだろうか。
私は受付に行き、幾らで宿泊が出来るかを確認した。
「一泊食事付きで小銀貨1枚になります」
小銀貨1枚…ボアゴートの報酬金と同じ額である。依頼の難易度を考えると、かなり安く泊まれる感覚がある。
「じゃあ、1ヶ月間宿泊でお願いするわ」
私は受付に銀貨3枚を渡すと、受付は、ご利用ありがとうございます、と言って部屋の鍵を差し出した。
「室内のものは自由にお使いいただいて構いませんが、物品を紛失しても全てお客様個人の責任になりますので、ご了承ください」
「わかった。浴場と食事はどこにいけば?」
「地下一階にあります。タオルなどは部屋にございますのでそちらをお使いください。食事は一階の奥に食堂がありますので、ぜひご利用ください」
ありがとう、と私は受付の人に言い、一度自分の部屋に行ってみることにした。部屋は二階の213号室である。
部屋に入ると、ベッド、机、窓、クローゼットがある。ビジネスホテルみたいだ。一人で過ごすなら十分な広さである。
バッグを置き一度座ると、身体の力が急に抜ける。初めての街で、はじめましての人と会い、初めて依頼をこなしたのだ、緊張が解けたのだろう。まだ眠るには早いと太腿を軽く叩いた。立ち上がって着ていたローブをクローゼットにしまう。うん、身軽になった。
さて、まずは夕食を摂ろう。部屋の鍵とバッグを持って部屋を出る。流石にオートロックでないため、鍵で施錠をする。ドアノブを回して鍵がかかっていることを確認してから、食堂へ移動する。_まぁ部屋に大したものは入ってないけれど。
食堂のカウンターへ行くとメニュー欄が立てかけてあった。種類はそこまで多くなかったが、絵で見る限り相当な量が盛られている。食べ切れるか若干心配になってしまう。
「すみません。肉野菜定食、一つお願いします」
私がカウンターにいるスタッフに注文をすると、スタッフは厨房に大声で叫ぶ。厨房からは、あいよ、と大きな返事が返ってきた。
「出来上がりましたらお呼びいたしますので、しばらくお待ち下さい」
スタッフに言われて私は人通りの邪魔にならないところで待った。待っている間に改めて食事している人達を見る。少なくとも私と同じくらいの歳の子はいるように見えない。
暇だったので食事をしている人たちを分析してみた。皆人間で、皆十八歳以上で、皆私よりも体力や魔力が多い。予想通りである。そして皆スキルをいくつか持っているが、剣技や魔法のスキルはどの人もレベル3ぐらいだ。
「肉野菜定食のお客様、できあがりました!」
カウンターのスタッフが大声で叫ぶ。私はすぐに向かい、出来上がった料理を受け取り空いている席へ座った。
受け取った料理を改めて見ると、でかい。メニュー欄に描かれていたものより多い気がする。食べ切れるか更に不安になるが、残すのも憚られる。仕方ない、ゆっくり食べよう。
私は食べながら今後の方針を考えていた。まずはギルドで仕事をこなしてある程度ランクをあげる。ランクが上がればその分依頼の報酬金も増え、資金面に余裕ができる。現在がGだから、まずはEぐらいまでを目標にしたい。
あと、図書館とか書庫とか、そういう調べ物に丁度いい施設を探したい。もしかしたら過去にも私みたいな転生者がいるかもしれないからだ。そうでなくとも、異世界からモノを転送する禁断の書的な何かがあるかもしれない。それに、国のことや世界のことを知るために一番の施設だ。
そういえば、道具屋には地図みたいなものはなかった。旅をするのに地図は流石に欲しい。迷って野垂れ死ぬことだけは避けなければいけない。ここのギルドからは旅立つまでに手に入れておきたい。
「やぁやぁお嬢さん。お一人なら、僕と一緒に食べませんか?」
考えに耽っているとき後ろから声をかけられた。振り向くと若い茶髪の男性がいた。
「こんにちは。こちらの席、いいかな?」
男は私の隣の席を手で示した。折角予定の組み立てに頭を使っていたのに、邪魔をされた。そもそも、知らない男だ。あまり話す気になれない。
「あぁ、申し訳ない。僕はデニス・スチル。それで君は…」
「こら、デニス!またナンパしてんの!?」
男の後ろから声が聞こえたかと思うと、ゴンッと鈍い音と共に男がその場にうずくまり頭を抱えている。すると男の後ろには赤髪の女性がいた。
「ごめんね、うちの者が。ホラ、早く戻るよ」
女は私に一言掛けてから、うずくまっている男の襟を掴んで引きずっていった。
「まっ、待ってよアンナ!僕まだ彼女と一言も…」
引摺られながら男は叫んでいる。それを見て周りの客も笑っている。ここではこういうのが普通なのだろうか。
肉野菜定食を数十分かけて食べ終えた。大食漢にはまだ足りない量なのかもしれないが、私にはちょっと多かった。次に頼むときは量を減らしてもらうべきかもしれない。
食器を返却口に置き一度部屋に戻った。そしてタオルと着替えを持ってお風呂へと向かう。
地下へ行くと扉が二つあった。手前の扉が男風呂、奥の扉が女風呂のようだ。奥の扉へ行き脱衣所で服を脱いで、物を取られないようにロッカーへ荷物を放り込む。鍵をかけて浴場へと行こうとした時、廊下から大声が聞こえた。
「デニス〜!!また覗こうとしたわね〜!!」
…さっきの二人組のようだった。この世界でも覗き魔は存在するようだ。まぁ、この世界なら魔法があるから、万が一覗かれようものならその時はその時だ。私はそのまま浴場へ入っていった。
浴場はそこそこの大きさだった。私以外に数人の女性がいる。この人たちも冒険者のようだ。
髪と体を洗い、いい香りのするお風呂に入る。身体が茹でられるような感覚が心地良い。
「あぁ…」
思わず気が抜けるように声が出てしまった。宿屋の開放的なお風呂に全身が脱力してしまう。
宿泊に食事お風呂付きで小銀貨1枚は正直安すぎる気がする。二泊で鉄の杖と同価格とは思えない。それほど利用者が多いということなのだろうか。それともこの世界では鉄はそこまで貴重ではないということなのか。
「あれ、さっきの食堂の子だよね?」
声をした方を見ると、二人の女性が立っていた。一人は見覚えがある。さっき食堂でデニスという男を引きずっていった赤髪の女だ。もう一人の、金髪の女性も…食堂にいたような気がする。
「さっきはゴメンね。アイツ、可愛い女の子がいるとすぐに声をかけるのよ」
可愛いと言われて顔を背けた。お風呂に浸かる体が更に熱くなる。
「隣、いい?ちょっと話したいから」
「うん。いいよ」
特に断る理由もなく、私は赤髪の女を允した。赤髪の女は私のゆっくりとお風呂に入り私の隣に座った。
「っはぁ〜。生き返る〜」
女がそう言っている間に、金髪の女はその隣に座った。ただ、お風呂に浸かったにも関わらず、どこか緊張した顔つきをしていた。
「さっきも気になったけど…ん?」
赤髪の女は私に話しかけたが、途中で言葉が止まった。私をじっと見ている。彼女の反応を見て、金髪の女もその後ろから覗く。
「えっと…何か?」
「あぁ、ゴメンゴメン。さっきも気になったけど、あんたもしかして新入り?」
赤髪の女が質問をしても、金髪の女はまだ私を見ている。どうにも訝しげだ。
「うん。今日ギルドに入ったばっかだよ」
「やっぱり!じゃあアタシたちのほうが先輩ね」
赤髪の女は急に大きな声を出した。この時を待ち望んでいたと言わんばかりに目を見開いている。
「アタシ、アンナっていうの!もう、何でも聞いてちょーだい!」
アンナという女は私の手を両手で握ってきた。
「れ、レインです」
困った私は金髪の女をちらっと見た。女は私と目が合って察してくれたのか、アンナの肩を引いた。
「あぁ、あとこの子はジェイシー。ちょっと人見知りだけど、頼りになるから!」
ジェイシーという女はアンナに比べて大人しそうだ。
「わかった。よろしくね」
「う、うん。よろしく…」
ジェイシーは小声で返事をした。ところがまだ何か言いたげにこちらを見ている。本当に人見知りなんだな、と感じた。
「でさ、レインはどうしてギルドに?やっぱり強くなりたいからとか?」
「ううん、もっと世界のことを知りたいからかな」
ギルドに入る理由はどこにいっても聞かれる。なぜそこへ就職したのか聞かれるようなものだ。普通なら隠す必要のないきっかけも、私にとっては極秘である。
「せ、世界を知るだなんて…新入りらしからぬことを言うわね…」
「あはは。アンナたちはどうして?」
「あたしたち?まぁ幼馴染だからかなぁ」
「幼馴染だから?」
私は首を傾げる。アンナは傍目にジェイシーを見た。
「そっ。アタシたちは四人でチーム組んでいるんだけど、レーズン村って分かる?全員そこで育ったんだよね」
レーズン村…聞いたことのない村だ。地図に載っているのだろうか。
「んで、まぁうちの男ども二人は昔っから旅に出たい出たいって言っててさ。だからアタシとかジェイシーもついてきたって感じかな」
「へぇ。仲いいんだね」
幼馴染のような気を許せる相手がいるのなら、旅も楽しいのかもしれない。ただ安心できる一方で、心配の種も増えそうでもある。
私にも幼馴染や親友といった人がいたのだろうか。
「まぁね。幼い頃から一緒に遊んでたし。どこに黒子があるかぐらいは知ってるわよ」
「それはちょっと恥ずかしいかも…」
「レインは?どこの出身なの?」
えっ、と言いそうになってしまった。私はどこで生まれたのかわからない。少なくとも、この世界の住人でないことだけは確かだ。強いて言えば、魔女の森が出身にはなるが…そんなこと言えるはずがない。
「ご、ごめんアンナ…私、逆上せそうだから、もう出るね」
丁度ジェイシーがアンナに声をかけてお風呂から上がろうとする。本当はジェイシーとも話したかったが、今はとても都合のいいタイミングだった。
「あぁはいよ。じゃあアタシもお暇しよっかな。レイン、また話そうね」
私は脱衣所に帰ってゆく二人に手を振った。二人が扉の向こう側に行ったとわかると、安堵の胸をなでおろした。この先も私にとっては都合の悪い、答えづらい質問が幾度となく待っているだろう。しかし、それを答えるのに私には知識がなさすぎる。そして、人と密接に話すのもあまり良くない。適度な距離で接しないと…。
脱衣所で着替えて部屋に戻ってきた私は改めて部屋を見た。暫くはここで生活することになるが、この世界は魔物が跋扈している世界だ。いつ死が訪れるのかわからない。繁華街の一角の、冒険者が集う宿屋にいるとはいえ不安は残る。
すると壁際の鏡付きテーブルの上にある一冊の本を見つけた。すべてのページが白紙である。恐らくこれも自由に使っていいものなのだろう。
「日記でもつけてみようかな」
記憶が無くなる前の私が日記を忠実につけていたかどうかは分からない。でも、自分がここにいたという証拠を残したくなった。また、記憶をなくしてしまわないように。
そうだ。どうせなら分析した物をどんどん書き足していこう。他の誰作ったことのない図鑑を作ろう。
初めて楽しみができたとき、私の心は不安よりもわくわくが勝っていた。ベッドに潜ってもその興奮が抑えられなかったが、数十分経って漸く就寝できたのである。




