第六章
第六章
レミファの試作品という名の完成品をもって、うかがった。
顔が隠れているから見えないけれど、手が震えている。
そっと手を重ねた。
「気に入ってくださるわ。大丈夫」
にっこりと笑うと、レミファも笑い返してくれた。
「ええ。これがいいわ! 本当に嬉しいわ!」
花嫁にそろえて、花婿の衣装も用意して並べている。
「こうして並べると、とてもきれいだな」
「そうでしょう。お父様。楽しみだわ」
顔を赤くして、とてもはしゃいでおられる。
そんなお嬢様をみて、穏やかな笑みを浮かべ見つめられるネモフィラお兄様。
「さすが。サルビアだな。一生のものとなる」
「気に入っていただけてなにより。こちらで用意をさせます」
全員で一礼した。
どこまでも美しいものを。
一生ものを。
それがサルビアの目指すもの。
これを機にこの家の依頼……を受けることはないだろうな。
一回きりだろう。
その話はしてこないから、きっと望まないんだろうな。
本当に娘のためだけにサルビアに頼んできたということか。
「顧客となることは望まれませんでしたね」
「ああそうだね。これきりとは思っていたけれど。だからこそ。よりご納得いただけるものを。……みんな。いいものを作ってくれたね。ありがとう」
「レミファが頑張りましたの。お父様」
「私など……。喜んでいただけてなによりです」
セリカが嬉しそうにいうと、レミファは恐縮したように小さくなって。
実際ほとんどがレミファがした。
ある程度採寸のときに、二人がお嬢様のお話を聞いて好みを把握しておいたから、そこから作っていった。
ご要望どおり、花の刺繍をあしらっている。
刺繍の糸もレミファが選んで。
デザインは四人で考えた。
お嬢様に合わせて、ネモフィラお兄様のものも。並んだ時に意味のあるものになるように。ネモフィラお兄様のお嬢様の好きなものをいれて。
サルビアの名に恥じないものを。
レミファが丁寧に丁寧に考えて。
「皆様とご一緒できてよかったです」
アダンも恭しく。
嬉しい出来事だ。
今後あるとは想定されないことを、私たちはしたんだ。
こんなにも光栄なことはない。
だからこそ。
私は嬉しくて。
悲しかった。
これから、私はアルファーラとして生きていく。
サルビアの当主のアルファーラとして。
お兄様たちにお会いすることはなくなって。
お祝いをお伝えすることもなくて。
かかわりあうことさえなくて。
ただただ、遠くから眺めているだけ。
お父様とお母様はその中で生きておられるんだと痛感した。
愛する子どもの人生の節目を、何もせずに見てるだけ。
ただただサルビアはそこにいるだけで。
「よい祝いの品になるだろう。本当にありがとう」
お父様は私たちを迎えてくださったあの日のように、春の木漏れ日のような笑みを浮かべて。
「お父様……」
納品は式の数日前。
その時はお父様とアダンとレミファだけでいくことになっている。
というのも。
「ほんと日がわるいわ」
「そんなこと言わないの」
王と姫選挙が延期になったのだ。
当初の予定としては、お兄様の式よりも先にあって。みんなで行く予定だったのに。
「なんでこんなことになるの!」
前代未聞である。
選挙の当日に向けての宣伝とスピーチ会場、投票の準備。それが残っているぐらいで、候補者も決まって。
当日の発表の順番だって。会場だって。全部全部あと少しだったのに。
「仕方ないでしょう。他の王と姫候補が降りてしまったのだから」
「だからそれがなんでおきるの! どう考えたっておかしいでしょう。立候補者も推薦者もみんな納得してたんでしょ? 調整してたのに。セリカの頑張りは何だったのってなるじゃん! 意味わかんないよ。なんなの?」
怒りが抑えられない。
選挙のために、ずっと前から準備していた。
セリカだけじゃない。
今回任期満了の他の王たちだって。
しかも選挙がずれれば、その分引継ぎができないし、まだ業務をしないといけなくなる。卒業ギリギリまで働かせるつもりかっての。
「ただでさえセリカは忙しかったのに……」
ネモフィラお兄様の件。
当主になるための勉強。
私もバタバタしてたのに。
セリカはその上学園の事もあったのに。
「怒ってくれるのは嬉しけれど。私はまだいい方よ。断られていないからね。……他が大変よ。説得にするにしても。他を探すにしても。時間がいるわ」
当のセリカは困った風に笑うだけ。
「ってか王は?」
私がいるからまたあの人はいないわけだけれど。
「どうして降りたのか。どうしてこちらだけ降りなかったのか。調べてもらっているわ」
「……ねえ。大丈夫?」
明らかに顔色が悪い。
といってもそれに気づくのは私ぐらいだろう。学園だったら。
セリカはそういうのも全部隠すから。
「ええ。……少し疲れているみたい。紅茶を淹れてもらってもいいかしら」
「うん。まかせて」
セリカがそう言ってくれてホッとした。
よし。
何にしようかな。
棚にはさまざまな種類の茶葉が並んでいる。
これらのほとんどがセリカのだ。
セリカは最長任期だったから、この部屋にだいぶ自分用のモノを置いている。といっても。こういう紅茶はセリカを話がしたくてくる生徒とのお茶用だったりもする。
「はい。姫のお口にあうといいのだけれど」
「……うん。とってもいい香り。ありがとう」
にっこりと笑う。
「で。セリカはどこまでつかんでるの? わざわざ王に確かめさせてるんでしょう? 調べさせて、答え合わせなんでしょう?」
正面に座る。
「あら。……ふふふ。リーファには隠せないわね。ええ。確証を得るために王にはうごいてもらっているわ。といってもそのことは言っていないけれど。彼の手でつかんできてもらわないと。これからのことを考えたらね」
先生のような笑みを浮かべている。
まあそうなるだろう。
残る方が少ないとなると、経験を積ませたいということか。
「降りた生徒の行動を確認したの。そうしたら、共通点があって。ある人とお話をしていてね。どうやらそのお話が関係しているようなの」
そういって私を見た。
……私とも答え合わせするのね。
「ある人って先生でしょ。私も見たよ。顧問でも学年でもないのに話してたからどうしてかなって。しかもそこにはもう一人先生がいた」
「ええ。……我々の担当教諭」
「びっくりしたよ。どんな組み合わせだろうって。そっか。確かに見かけた時期はそのことのちょっと前だったし」
「話の内容としては想像に難くないわ。担当教諭もかの先生も。この学園の王姫制度には懐疑的だったから。王と姫についてどうしてなりたいのかとか聞いたのかしら。で。否定的なことを言ったのか。はたまた。王と姫を持ち上げて、生徒を委縮させたか」
懐疑的。
確かに以前までは、王と姫は形ばかりだった。
生徒代表であり、学園側に生徒の意見を伝える役目を持っていた。
秩序と平穏を守るために。
第一責務も守られていない間があった。
けれど。
それは過去の事。
セリカが変えた。
だからこそ。多くの立候補も推薦もあったんだと私は思っている。
だって。
そのカラーも王と姫にちゃんと敬意を払っているから。
明らかにそれまでとは違う。
セリカたちが変えたんだ。
「何はともあれ。教師が生徒の可能性を取り上げてしまうのは違うと思うのよね」
……あれ。
ちょっと怖いかも。
「セリカ……」
もう一人の先生は、レミファの件の先生だ。だからだろうね。余計にこの子は怒っている。
レミファを泣かせただけじゃなくて。
お母様も名を連ねている王姫という存在をないがしろにする行為もして。
……ご愁傷様としか言えないかもしれない。
「ほどほどにね」
「あら。私は引退する身だもの。何もしないわ。……後輩にたくすわ」
……怖いですよ。
「ふふふ。王の回答次第だけれど、彼にもできれば同じ考えでいてほしいわ。歴代の王と姫が築き上げてきたものを大切にしてほしい。必要があれば変えることも出てくるわ。それは大切。だけど。なくしてはいけないことや変えてはいけないことだってあると思うの。それをしっかりみんなで考えていってほしいわね」
「……期待してんだ」
「ええ。もちろんよ。緑のみんなが選んだのだもの」
ふふっと笑うセリカはとってもきれいで。
うらやましいと思った。
私は怖くて直接聞くことはできなかったけれど。
耳には届いているので事の顛末は知っている。
結論から言うと。
二人とも転校するらしい。
「話の内容としては、王と姫を辱めるようなことだったそうよ。そんなものになったところでなんの価値もない。変わったのだって一時的なもの。投票率も下がっていた。現王と姫の投票率がよかったのは、緑の姫以外が変わっていったから。他のカラーが緑に権力を取られないようにしっかりと意思を反映する人を選びたいからというもの。その姫もいなくなる。残るのは任期の浅いものだけ。なったところで意味もない。……乱暴に要約するとそういう話だそうですよ」
「……なんでそこまて知っているの?」
美術商の彼だ。
「みんなが教えてくれたので。君は姫と親しいだろ? そんな姫のことをこんな風に言われていると知らないのは嫌かなって」
「……教えてくれてありがとう。でも。そんなこと言われても姫はきっと気にされないよ。あの方は自分の道をしっかりと持っているから」
「ふふふ。姫の横に誰よりもいる君が言うと説得力があるね」
それを知った残る王たちが、立ち上がり、抗議。
結果が転校。
「ふふふ。これでまた日程が組めるわ。ふう。よかった」
一つ仕事が片付いたようで。
とっても晴れやか。
…‥ああ。転校ですんでよかったけれど。
さて。
「いつものところで待ってるね」
いつものように一緒に帰るために私はいつものように動きますか。
緑の姫が守る学園の秩序と平穏のために。
変わらない日常を。
「あら。めずらしいお客様。どうしたの?」
珍しいことけれど珍しいというのはおかしいけれどね。だって一緒に住んでるんだから。
「少しいいかしら。紅茶用意したの」
そう言って、軽く持ち上げられた持ち物。
ティーポットとカップ。
漂ってくるのは、リンゴの香り。
こちらも珍しい。あまり香りが強いものは好まないのに。
「どうぞ。おはいりください。我らが姫」
「ありがとう」
恭しくドアを開けて、中に促した。
「こんな時間にどうしたの?」
「本。読んでいたのね」
ああ。視線が私の後ろ。
「恥ずかしいな。本つんでしまっているの。なかなか読むのが大変で」
少し煩雑にしてしまっているけれど、整理はしている。
まだ読めてない本が数冊ある。
「お父様から?」
「うん。お兄様のお衣装にきりがついたでしょ? とまってたこっちの勉強しないとって」
セリカもサルビア当主の勉強をしていた。
私よりも多いだろうから大変なんだろうな。
それをおくびにも出さない。
そういうところがほんとすごいよね。
「そう。……私も少しずつ進めているわ」
すっと私の横にすわって、カップを渡してくれた。
「ありがとう」
「どうしたの?」
「ふふふ。お母様に怒られてしまったの」
どうやら耳に入ったようで。
というか今回は何もしてないはずでは。
表向きは。
「私が王たちをたきつけたって。ふふふ。そんなことはしていないのだけれどね。ただ。残念とは思ったから、それは伝えたけれど」
「それがたきつけたってなったのか。王。姫のことを尊敬してるもん。そんな存在を馬鹿にされたらそりゃ怒るよね。それを残念だという姫を見たら尚の事。で怒られたか。まあいいと思うよ。私としては。表に出てきてないんだもん。残る側の存在を示すことはセリカも願ってたんじゃない?」
「ふふふ。やっぱりリーファはよく見てくれている。ありがとう」
「それが私の務めだから」
「……私も落ち着いてきたから進めているのだけれど。どこまで進んでいるの?」
「えーまだまだ。全然読めてない」
そういって積み重なっている本を指さした。
「ふふふ。私もまだあるの。急がないといけないのだけれど。なかなかね」
うつむいている。
……。
「セリカ」
名前を呼んで。カップを抜き取って。
私もカップをよけて。
「リーファ?」
首を傾けるセリカを押し倒して。
「私がいるから。何があっても一緒だから。たとえお母様に叱られようとも。私がいる」
ギューッと抱きついた。
「あらあらあら」
幼い姉弟をあやすように。
「そうね。リーファがいる。何よりも心強いわ」