第五章
第五章
「忙しい?」
「少しね。選挙管理委員も決まったし、立候補者も推薦者も確認がとれたわ」
「のくせに王はいないの?」
執務室に私がいるということはそういうことなんだけど。
こんなに私いていいのかなってぐらいいる。
「別行動よ。今回は他の王や姫も選挙があるから、その調整に動いてくれているわ」
選挙前の一定期間に推薦者の確定をする投票がある。これも終わっているからあとは、選挙に当日に向けての宣伝とスピーチ会場、投票の準備。
まだまだ姫のすることはあると。
「応援者も決まってるの?」
「ええ。そちらについても申請がされたわ」
ふーん。
だれが選ばれたんだろ。
そこも問題ないってことは。
「引継ぎ資料はできたの?」
前もって作ってたはず。
「ええ。それはもう終わってるわ」
さすが。
「リーファだから教えるのだけれど」
その前置き。怖いんだけど……。
「レミファの名前が推薦者にあったわ」
……。
やっぱりセリカはさすがだな。
そういった声に震えも感情もなにもなかったもの。
「本人が断ったから今回の選挙には不参加よ」
そうだろうとは思っていたけれど。
……。
「ねえ。聞いてもいい?」
「答えられることなら」
「あの子たちの名前は他に出なかった?」
「なかったわ」
……。
よかった。
……よかったのか?
出てきてもいいのだけれど、あの子たちはうまくまぎれられているということかな。
「もう一つ聞いてもいい?」
「あら。何かしら」
「応援者……のほうにいるとかもない?」
「そちらもないわ」
ああ。よかった。
「これは答えられることでよかったわ」
「まあセリカが答えられないことをそもそも話題に出さないと思ったから、いけるかなとは思ってたけれど。とりあえず、一安心って感じかな」
応援者であった場合、確実に当選する。
たとえ無名の子であったとしても。
それぐらいの子たちだから。
「そうね。姫として全うできるわ」
「公私混同なんてしないくせに」
「あら。私がした他学年交流カリキュラムについて、知られたくないことが記録として残っているかもしれないわよ?」
なんていうけれど。
「そんなものないでしょ。姫が。というかセリカがそんなへまするわけない」
この子のすることだ。
それはもう完全無欠といった具合だろう。
「買いかぶりすぎよ」
ふふふと笑ったから、私の考えはあたりだろうな。
「ああ。そろそろ王が帰ってくるかな。私は退散するね」
眺めていた窓の外に姿が見えた。
パタパタと走っている姿は王の風格はないけれど、大丈夫かな?
セリカが見たらきっと遠回しに注意するんだろうな。
想定されるルートからすれ違わないように、書庫にいこっと。
すっと廊下を歩いて回る。
各教室各場所で部活動がされている。
……。
…………。
………………。
「もうすぐ終わるのか」
ふと感傷に浸ってしまった。
だめだなぁ。
こういうのは私じゃない。
「さてさて、今日の課題をして待ちますか」
書庫には相変らずいつもの方たちがそれぞれの場所で勉強している。
このメンツでのこの空間もあと少しか。
……。
ほんとダメだな。今日、どうしたんだろ。
……ああそうか。
あの子の姫が終わるからか。
わかってた。
前から選挙の準備もしてた。
なのに。
今になって。
告示されてから。
レミファの名前が推薦者に入ったから。
妹たちがそうなるぐらい成長したこと。
わかっていたけれど。
私たちが私たちでいられる時間もあとわずか。か。
「勉強しないとな」
あの子たちに恥じない私でいないと。
それが私のできるあの家への恩返しだから。
何も持たない私に、何もかも与えてくださった。
だから。私は。
私のすべてを。
この家に。
「……ファ。リーファさん?」
パンっ!とはじかれたように顔をあげた。
「……お疲れ様です。姫」
声がカスカスだ。
「あらあら。寝ていたのかしら」
……それはない。
だって。
「課題終わってるからそれはないと思うけれど。声をかけられてもきづかないぐらいには集中していのかも」
「ふふふ。それならいいのだけれど」
いつもの姫の笑顔に、私も顔を作る。
「お待たせしてしまってごめんなさいね」
「いいえ。私が待ちたいんだもの。姫と一緒に帰るという特権。私だけのものだから」
いつものように横にならんで。
歩幅なんて合わせる意識なんていらない。
体が覚えているから。
周りの視線もいつものことといったように流れていく。
ああ。
本当にこれが当たり前になるぐらいの時間を……。
「どうしたの?」
「こうやって歩くの当たり前になってのって、すごいなって思ってね」
「あらあら。感慨深くなっているの?」
「そうだよー。選挙が近いでしょ? 卒業なんだなーって思って」
「そうね。……確かにそれは少し寂しいかもしれないけれど。優秀な後輩たちばかりだから、安心して任せられるわ」
「姫にそういわれて、うれしいだろうね」
そっと手をつないだ。
一瞬目を大きくしたけれど何事もなかったように握りかえしてくれた。
「こんな風に手をつなぐのもいつぶりかしら」
「幼等部の時かな? 姫との付き合いも長いわ」
「そうね。卒業のその時まで。まだまだ付き合いはつづくわ」
「これはこれは。光栄なこと」
少しおどけて見せた。
こんな会話もすれ違う生徒たちは流している。
日常なんだ。
これが。
ここまで浸透するなんて。さすがセリカか。
ネモフィラお兄様の教えでここまで来たけれど。
これほどになったのは絶対セリカのおかげ。
目だけ横に向ける。
まっすぐ前を見ている顔は、どこまでも尊くて、力強い、迷いのない顔。
ああ。
この顔を一番近くでこれからも見ていきたい。
この子がこうしていられるようにしたい。
「じゃあ。ここで」
いつもの別れ道。
パッとはなして、両手を振った。
「うん。また明日」
「ええ。また明日」
いつものように別れて。
小さくなる後ろ姿を見送ってから、私も自分の道を歩いて。
さてさて。
いつも帰り道に少しだけ遠回りをして。
頭を冷やさないと。
感傷的になるのも。感慨深くなるのも。寂しくなるもの。
それらは消し去らないと。
まだまだ続くんだ。
セリカが言ったように。
学友としてのリーファは卒業まで。
そこからは。
違うリーファとセリカの関係性で。
関係だけ変わって。
隣に居続けるんだ。
それは変わらない。
その日常はなくならない。
あの子たちとだって。
姉でなくなるだけで。一緒にいられる。
妹。弟ではないだけで。
愛する人であることには変わらない。
「そうだよ。なにも変わらない」
変わらない。
変わりたくないから。
変わるんだ。