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第二章

第二章

 セリカの様子が少しおかしい。いい方におかしいからいいのだけれど。少し気になる。

「それでね」

「ふふっ」

「兄様これは?」

「ええーとここが、ちがうんじゃないのか」

 夕食後は談話室。たいていみんなここで、宿題をしている。

 みんなそれぞれ定位置があって、私の定位置は部屋全体が見える場所。

 セリカの膝の上にスノーがすわって、右奥にライラとリシュー。ドアの近くにフリージアが下の子たちに読み聞かせをしている。ギークレットとセシルスが勉強中か。

 いない子たちは家事をしている。


 この屋敷には私たち子供たちとお父様、お母様、コック二人、メイド二人、執事一人。離れに職人の方が数人。

 森の中にあるこの屋敷を運営するにあたって、職人たち以外で屋敷も庭も手入れをしている。だから、洗濯も料理も掃除も。みんなでする。


「おねえさま?」

 スノーが私をみあげていた。

 セリカの膝からおりて、トコトコと来ていたのはきづいていた。

 にっこり笑って抱き上げて、私の膝にのせた。

「ん? どうした?」

「いいこと、ありましたか? とってもにこにこしてるから」

 ……私は顔に全部出てしまうから気をつけないと、日ごろ思っていることを改めて、末っ子に指摘されて、深くため息をついた。心なしかにやにやしたセリカの笑顔を視界にとらえている。

「ああ。あるよ。今日もみんな仲がいいみたいでよかった」

 大した理由じゃない。単純にそう思ったし、なにより、セリカが嬉しそうだから。

 この子がうれしいのなら。私もうれしい。

「あらあら。いつだってみんな仲良しよ。ねースノー」

 セリカがスノーの頭をなでながら、私にいつもの笑顔を向けてくれた。


……私が気づいていることにばれて、少し直してきたな。ということは。本人としては隠したいこと。……教えてくれてもいいのに。


「ギークレット。ここで寝たら風邪をひく。部屋にいこう」

「ギークレットおにいさまねちゃったの?」

 私の膝から飛び降りて、かけた先は、眠そうにしているギークレットを揺らして起こしているセシルス。

「ギークレットおにいさま?」

「そろそろ寝ましょうか」

 フリージアたちも片づけを始めた。

 確かにそろそろ就寝の時間。私たちも部屋に戻ろう。

「おやすみなさい。お姉様」

「失礼します。姉さま」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみー」

 セリカと私に挨拶をして上の子が下の子をつれて談話室をでていく。

 私たち以外いなくなったのを確認して。

「さて……。私たちもいこうか」

 私がセリカに手を差し出すと、手を重ねて。

「ありがとう」

 主人はにっこりとほほ笑んでくれた。

 就寝時間に書斎に来るように当主からお呼び出しをされている。

 ……それがセリカの笑顔に関係していれば、いいことだから足取りは軽くなるんだけどなぁ。なんで呼ばれているのかわかんないからちょっと怖い。

 私の答えは及第点をもらえたから、あの後、アルファーラについての書物を渡されて、読破するようにって言われたけれど。……かなりの冊数なんだよなぁ。

 仕事だったら前もってそういわれるのに。ただ書斎に来るようにとしか言われてない。

「セリカ。何かいいことでもあったの?」

「あら。どうして?」

「なんかいい方に少しおかしいから」

 率直に感じていることを伝えた。セリカ曰く、私のこういう感覚は正しいらしくて、下手に言葉を選んだり、取り繕うよりこのほうが、セリカも受け取りやすいっていってた。

「ふふっ。そうねぇ。いい方におかしいというのはいいのかどうかわからないけれど。いいことはあったわ。リーファに気づかれてるって思って少し反省」

「なんでよ。別にいいでしょ私だったら」

 つないだ手を持ち上げ、おそろいの指輪を重ねる。

 小指につけている小さな赤い石の入った指輪は、それぞれが進路を決めた時に買ったもの。

「他の子も敏い子が多いから。その子たちにも気づかれてしまうかもしれないわ。それはいいことではないでしょう」

 目を伏せて、口角だけを上げる笑顔を向けられた。

 ……セリカはあまり表情を変えない。いつも穏やかな笑みを浮かべて、穏やかに話す。お母様とは違った静かさをもって私たちを見ている。

 それが、求められている姿がそうだから。セリカはそういう子。

「そのための私」

 ニッと笑う。

 この子が望む姿を保つための存在でありたい。

「ありがとう」

 手を握り返してくれた。


ーーーーーーーーー

 ……旦那様にお呼び出しがかかってしまった。

 どうしよう。俺何をした? 旦那様にこの時間に部屋に来るようにって言われたけれど。本邸に足を踏み入れたのはこの十年で数える程度で。どうしていいかわからない。……この時間ならお嬢様たちにお会いすることはないだろうけれど。

 どうにか書斎の前には来れた。

 ふぅー。……しっかりと呼吸をしてから、ノックをして。

「アダンです。旦那様」

「入りなさい」

 旦那様の声が聞こえた。もう一度息を吐いてから。

「失礼いたします」

ドアを開けて、閉めて。立ち止まって。一礼する。

「お呼びでしょうか旦那様」

 顔を上げた瞬間、俺の眼が止まったのはセリカ様の笑顔だった。


 ……俺は声や顔に感情が乗らないから、何を考えているのかわからないとよく言われるけれど、この瞬間ほどそうであれと願ったことはない。


 セリカ様と同じ年のリーファ様。妹のレミファ様がすでにお部屋におられて。

どうして俺が呼ばれたんだ。ますますわからないのだけれど。

「アダン。どうぞ」

 座るように旦那様が促されて、ぎこちない動きになっただろうけど、レミファ様の横に座った。

 旦那様はいつもの静かな空気で。レミファ様はうつむいて目が泳いでおられる。正面のリーファ様は何かがあるのか楽しみといった様子で、……セリカ様は変わらない。

「突然こんな時間にすまない。セリカ。リーファ。レミファ。アダン」

 旦那様は一人ひとりを見られた。

「話というのはね、ネモフィラの婚姻について連絡がきた」

「ネモフィラお兄様!」

 リーファ様が大きな声を出されて、はっと口を手で隠された。

「……失礼いたしました」

 罰が悪そうに座り直された。

「この家の大切な家族でね。セリカとリーファ。アダンは一緒に過ごした時間もあったと思うが、兄妹の婚姻はとてもうれしいことだ」

 ネモフィラ様……。セリカ様がたより六歳ほど上のかたで、活発で聡明な方だったと記憶している。

「セリカ……。その様子だと知ってたのね」

 リーファ様がセリカ様の膝を軽くたたかれて、セリカ様はその手を捕まえて。

「お母様から結婚の話は聞いていたの」

 確かにセリカ様だけあまり驚かれた様子ではなく、口元を手で隠す形で笑っておられただけだった。

 少し不服そうに口をとがらせるリーファ様と笑うセリカ様は仲睦まじい。

「ネモフィラはある方の秘書として働いている。そのお仕えしている方から、サルビアに仕立ての依頼がきた」

 そんな二人をよそに、旦那様は爆弾を落とされた。

 ……仕立て?

 サルビアに?

「え……」

 このことはセリカ様も知らなかったようで、目を大きく見開かれて。リーファ様は声に出てしまっている。

 ……レミファ様は……固まってしまっている。

「披露宴で着る服を花婿、花嫁それぞれ一着ずつ、サルビアに仕立ての依頼がきている」

 サルビアはこの家のことで。俺が働いている服飾の会社で。旦那様はその会社の社長で。

 ということは今回の呼び出しは、仕事か。

「お父様。よろしいでしょうか」

 セリカ様が手を挙げられて、首をかしげている。

「なんだい?」

「ネモフィラお兄様の旦那様のお家は、サルビアとはお取引がない家と記憶しています。どなたかの紹介だったのでしょうか」

 さすがセリカ様。

 取引相手全てを覚えているというか知っているわけではないが、サルビアが仕立てる場合は、古くからのお付き合いのある家だけ。一見様や店舗にての購入の方に仕立てはしない。紹介がないかぎり。

「ああ。ビュロウ家の紹介だよ」

 ビュロウ家か。

 その家は本当に古くから付き合いのある家の一つで。

 この前いった気がする……。

「おっお父様っ」

 レミファ様が旦那様の方に近づく形で座り直している。

「お姉様やアダンさんがいるのはわかります。……私は……どうして……」

 どんどん声も姿勢も小さくなって、うつむいてしまっている。


 ……レミファ様はネモフィラ様のことをご存じなのだろうか。今のスノー様ぐらいの年だろうし。というか入れ違いかもしれない。


 レミファ様はいまおられるお子様方の中で、一番この家業に向いておられると職人たちのなかで話題になっている。特に、刺繍。とても細かくきれいな出来上がりで。刺繍の糸もご自身で染色されている。二度、数量限定で小物を販売されていて、即日完売で、新聞にも取り上げられていて。……セリカ様ももっと自信を持ってもいいのではとおっしゃっていた。

「花嫁の方が、レミファのファンらしい。小物はどちらも購入いただいているとか。その職人にお願いしたいという主人の要望でね。とてもネモフィラの事を気に入ってくださっているようで。喜ぶ顔が見たいとか。子どもの特別な日だ。私も特別なものをあの子に用意してあげたい。……私情を挟むのはよくないとわかっているが。ね」

 自嘲されているが、俺も同じ気持ちだった。


 この家の特性からこういったお祝いに直接かかわることはできない。家族と言っているが、それを示す法的根拠も記録もない。というか残していない。だから親として式に参列することはできない。こういった形で直接お祝いをいうことができるのは、稀なこと。


「お父様。お兄様はサルビアがかかわることをご存じなのですか?」

 セリカ様が不安そうに旦那様を見ている。

「主人のサプライズだそうだ。先にもいったように、花嫁がレミファのファンということが大きいようだ」

 旦那様はレミファ様をみて、そっと手を取られた。

「自信を持つといい。お前の作るものはすばらしい。こういった形でサルビアにつながっている。だから今回、この四人に主体となって取り組んでほしい。いいかな」

「私はしたいです。ネモフィラお兄様のお祝いをしたいです」

「私もリーファと同じです。……こういったことはそうあることではありませんから」

「恐悦にございます。……精いっぱいつとめます」

「ありがとう。リーファ、セリカ、アダン」

 レミファ様はうつむいて震えている。その震えは手を通じて旦那様に伝わっているようで、とてもお優しい顔で静かに見つめておられる。


 ……。レミファ様は何が不安なのだろうか。

 俺からするとこの方はとても才能のある優れた方だ。結果もちゃんと出ているのに。何が足りないのだろうか。

 ……セリカ様は他の兄妹と自分を比べているのではないかとおっしゃっていたけれど、俺からすれば、なんで比べるのかと思ってしまう。サルビアの家業で一番求められているというのに。

 俺にとってそれはのどから手が出るほど欲しいことだ。


「レミファ」

 セリカ様が静かにお名前を呼ばれて、その横でリーファ様はニッと笑っておられる。

 父と姉の視線はとても温かく、頑張ろうよといった様子で。レミファ様も小さく何度もうなづかれて、ぎこちなく笑みを浮かべて。

「頑張ります。やらせてください」

「ありがとう。よろしくたのむね。みんな」

 いつも以上に温かい声が包み込んでくれた。


 ……この方の思いにこたえたい。


 子どもの結婚という節目に親として立ち会うことができないとセリカ様はおっしゃっていた。それがこの家の形で、つながり。外で一緒にお出かけできない。外で親と呼べない。姉と呼ばれない。

 ……でもそれが家族である証だともおっしゃっていた。

 これはまたとない機会。

 ……セリカ様のお顔がとても晴れやかで。とても美しい。

「アダンさん」

 少し震えた声のレミファ様に呼ばれた。

 なるべく冷たいあたりにならないように。

「はい。なんでしょうかレミファ様」

 少し頭をさげて、目を合わせないようにする。

「あっあの。今回。……ご一緒させていただきます。よろしくお願い……いたします」

 動きは声に合わず、とても優雅で音もなくきれいなお辞儀に、セリカ様やリーファ様の妹であることを改めて感じた。

 俺とはあまり話したことがないから声がぎこちないのはわかる。そんな状態でもきっとその動きはしみついているんだろうな。

「いえ。こちらこそ自分がご一緒させていただいて恐縮です。よろしくお願いいたします」

 俺はこの方々のような教養はないから、言葉も動きも正解を知らない。でもセリカ様はこんな風に……されていた。

 手の位置。頭を下げる角度。あげるまでの時間。あげた時の顔。セリカ様はこうされていたはず。

 俺にあるのは、この家で教えていただいたことだけ。


 ……ずっと見てきたこの方のことだけ。


「よろしく。アダン。一緒に仕事することになるなんて思ってもなかったわ。がんばろ」

 リーファ様がレミファ様の肩に手をのせて、後ろから顔を出されている。そのさらに後ろでセリカ様がとてもうれしそうに微笑んでおられた。

「よろしくお願いいたします」

「っはい。お姉様」

 レミファ様は俺にかけられた声と打って変わって。いつもの控えめな様子に戻られた。肩の力も抜けて、よく見る皆様の空気になった。


ーーーーーーーーーー

 アダンを玄関で見送って、レミファの事も部屋まで送って。私はセリカの部屋にあがった。

「お兄様の結婚。うれしいね。任せていただけるなんて、恐れ多いけど」

「私も仕事の事は知らなかったから驚いたわ。……本当よ。そんな顔で見ないで」

「んー……うん。それはほんとみたいでいいんだけど。レミファが呼ばれてたのは驚いてたね。あの子見た時目がそうなってた」

「あら。……だめね。お父様も気づいておられる様子だったわ。もっと精進しないと……。あの子を呼ばれた理由が、あの子の力で勝ち取ったものであったからよかったわ。少し自信につながってくれるといいんだけれど」

 どれだけ周りが評価しても、それが売り上げという数字で示されていても、世間が取り上げようとも、控えめで一歩下がっているレミファは自分の価値を上げない。

「私なんてまだまだです……」

 そういって首を横にふって、小さくうつむくばかり。

「今回あの子主体のデザイン構成でいく? あの子の刺繍を花嫁様のドレスに使うなら、おそろいの刺繍をお兄様の衣装にもまぜてさ。で、サルビアにレミファの刺繍ありってしめすの」

 兄妹の服や持ち物の中には、必ずレミファの刺繍が入っている。それは名前だったり絵だったりなんでもありで。今の私の服のすそにもあの子の花が咲いている。

「そうね。お父様は私たち四人主体で動いていいっておっしゃってくださったし、今度採寸にうかがうさいに希望をききましょう。お会いできるのが楽しみだわ。ネモフィラお兄様は他のお兄様方のように、帰郷されないから本当に久しぶりだわ」


 アルファーラの皆様は七年に一度、必ず帰ってこられるけれど、それ以外のお兄様たちは決まったようにお会いできるわけじゃない。

 ネモフィラお兄様はこの家を出られてから一度だけ顔を見せてくださったことがあった。確か主人が変わった時だったはず。


「アダンも参加で、きっとお兄様驚かれるだろうね。お兄様、アダンとも親しくされてたし。アダンもお兄様のこと覚えてる様子だったし」

「……にやにやしてどうしたの?」

 にやにや? ……自覚がないのだけれど、自分のほっぺをつねってみる。

「もう。っふふふ。そんなことしたら赤くなってしまうわ」

 セリカは私の手をそっと外して、つねったところをなでてくれた。

「くすぐったいよー」

 セリカの手をつかんでそのままなだれ込むように倒れて、抱きついた。 

「リーファ?」

 ベットに二人でこんな風に横になるのはいつぶりだろうか。

 私の行動に戸惑いの色を載せないようにしている声に、少しだけ寂しいなと思いながら横に転がってセリカの上から動いた。

「これからはこういうの増えていくのかな」

 私の言葉にセリカは少しだけ寂しそうな顔をした。


 ……それを隠していないことがうれしいと思ってしまった。


「……そうね。これからはお父様とお母様と一緒に。同じように」


 天井を見ている横顔はまっすぐで覚悟している目。


「下の子たちの結婚もこんな風にお祝いできたらうれしいわ」

 その言葉は心からのもので。

 屋敷の門を一歩出れば、私たちは家族ではなくなる。だからこそ、直接お祝いできる今回は特殊で、すごく幸せなこと。

「ねえ」

 私はセリカの腕に抱きついて、私の方を向かせた。

「一緒に寝てもいい?」

 キラキラと瞳を大きく見開いて。

「ねえ。いいでしょ」

 ぐっと距離を詰める。

 もう鼻先がぶつかってしまいそう。これで押し切る。これは対セリカ用の方法。わがままを通したいときに使う方法。こうやって何度もセリカにわがままを聞いてもらってきた。……のに。

「いた」

 ぺちっとおでこを軽くたたかれて。押し返された。

「その方法は、もう私には通じないわ」

 大げさに倒れこんだ。

「それもそっかー。セリカとは、このお屋敷に一緒に来たもんね。それから、ずっと一緒」

 懐かしい。あの日のことは鮮明に覚えている。私にとって、一番古くて、一番きれいに保たれている記憶。セリカに目を向けると、まっすぐ天井を見つめていた。

「あの日はとても寒くて」

 記憶をたどるように。

「馬車が急にとまって。私は門のそばにいて。降りてきたのが、お母様で。そのあとお父様も現れて」

 その時私は馬車にいた。雪が降るほど寒い日。

「お母様が飛び出して、お父様もあわてて後を追われて。私はただ馬車でお二人が戻ってくるのを待っているしかなかったわ」

「大人同士で話をして。そしたら、お母様が私においでって」

 そう。お母様に連れられて、馬車にのって、私たちは横にいた。

「でお屋敷についた」

 門の前で、告げられた。

 私にとって、一番欲しかったものが与えられた瞬間だった。

「今日からここが私たちの家。私たちは家族になるんだって」

 目をつむるとその時のお父様とお母様の声も姿も浮かぶ。

「お庭で、お兄様たちが遊んでおられたよね。雪の人形もつくって。その時一番最初に声をかけてきてくださったのが、ネモフィラお兄様だった」

 そのお兄様の結婚。

「ええ。ネモフィラお兄様とはよく一緒にいたわね。とても気にかけてくださって」

「この家は、温かくておいしい食事。きれいな寝具。私だけのものをいただいた」

「お屋敷のお手伝い。学問。いままで知らないことだらけで。毎日が楽しくて」

「お兄様、お姉様たちはどんどんこの家をでて、妹と弟とが増えていって、自分たちがいつの間にか一番上になっていて」

「ここまであっという間だったね」

 嬉しそうに楽しそうに笑うセリカに私もつられた。

「そうだね」

 いつぶりだろう。こんな風に同じベットで二人で寝転んで笑いあうのは。

「懐かしい事だらけだね。小さいときは同部屋で、よくこんな風にしてたのに」

セリカの眼がとても懐かしそうに細めている。

「ネモフィラお兄様には姫選挙の際にとてもご心配をかけたわ」

「そうだったね。お兄様同じカラーだったし」

 私たちの通う学園は中等部から三つのカラーにわけられる。カラーごとに監督生と呼ばれる代表がいて、男女一人ずつそれぞれ選挙で選ばれる。

 セリカは最長の6年。軽い気持ちで受けるには長すぎる任期。

「ほかにも候補者いたけど。応援者誰にするかって結構考えたよね」

 一連の出来事を思い出す。

「覚えているわ。はじめはリーファがするって言ってたわね」

 監督生は、男子生徒を王。女子生徒を姫と呼ぶならわしになっている。様々な特権が与えられ、特権を活用し、学園の秩序と平穏を守る。それが務め。

「私が背中を押したんだもん。ちゃんと責任とろうかなって」

「ネモフィラお兄様もお母様もそれはやめたほうがいいっておっしゃったでしょ」


 立候補と推薦とあり、推薦はその通り第三者によって推される。期間中に無記名投票が行われるが、最低数を超えないと候補にはなれないという規定がある。家族の中でも多くの方が推薦されてきたらしいけれど、ほとんどが辞退されているとか。ネモフィラお兄様も王候補になられていたけれど、お兄様も辞退されていた。それだけ票が集まったというお兄様たちの人徳が証明されているわけだけれど。それ以上のものを求められなかった。

 候補者には応援者をつけることができて、二人で選挙当日、決意表明を行う。中等部と高等部のそれぞれ自身のカラー生徒の投票で決まる。


「あの時は、私たちのカラーの姫だけが卒業だったけど、翌年は、私以外の監督生全カラー代替わりだったから大変だったわ。引継ぎを一年ですべて教わったもの」

 あの年は大変だった。だって中等部一年が姫。周りの眼もすごかったし、そうなることはわかっていたから覚悟するようにとネモフィラお兄様もおっしゃってた。

「だからこそ。セリカ以外がなってたらもっと大変だったと思うな」

 あの時迷っていたセリカの眼には、可能なら学園を変えたいという意思を感じ取った。だから私はお兄様たちにならって辞退しようとしたセリカの背中をおした。この子なら、お飾りになっていた監督生をお母様の時のように、強いものにしてくれると思ったから。

「前評判でセリカの勝ちは見えてたし」

 候補者と推薦者には選挙に関する噂話さえも耳に入らないようになっていた。そういった徹底の情報規制も勤めの一つ。

「後輩や先輩が応援者の立候補あったけど、断ったときは驚いたよ。後輩はともかく、先輩は一緒につとめた、王の応援者だったから」

 当時の王。彼も2年つとめた。応援者も学園では誰もが知る人だった。

「あれでは、王が私を姫にしたいって言っているようじゃない。それでは選挙の意味がない。それに。私にたいして良くない噂ばかりだったんでしょうし」

 実際あとから耳にはいった話のことだ。応援者をことわることで、セリカの株を上げていると。断らなければ断らないで、王にいらない噂がたつ。まだ任期がのこっていた先輩に嫌な思いをされてほしくなかったというセリカの思い。

「そういうのも全部おりこみずみっていう意見もあったけどね」

「私はその時の最善を選んだつもりよ。それに、最後には学年委員にお願いしたし」

 べつにだれでもよかったんだろうけど、だれを選んでも言われるなら、一番無難なところを選んだなと思った。

「光栄なことじゃない。姫の応援者になれたんだよ。学園での地位獲得」

 わざとトゲのある言い方をしてみる。実際、応援者になる人はそれなりにもともと立場のある人が選ばれる。お互いの価値が上がるとみんな口々に噂を流す。勝っても負けても被害は少なくしたいとセリカは決めていた。それがネモフィラお兄様からのお言葉だったから。

 ネモフィラお兄様はそういった立ち居振る舞いを教えていただいた。なにがどう影響するのか。正しく自己評価するようにと。

「結果セリカの圧勝だったけど、いい演説だったって、お母様にも褒めていただけたからよかったじゃん」

 実際の演説を思い出す。


 『私のいいことだけを取り上げるような話はしてほしくない。悪いところも、いいところも全部こめてほしい。』


「驚かれたわ。応援者としては、いかに候補生がふさわしいか話すところなのに」

 本当におかしくてしょうがなかった。

「そうでしょ。わざわざ下げるようなこと言わないよ」

 完璧でありたい。それがセリカのありたい姿だから、そうあれるように自分がつらくないようにしている。それがわかっているからそうしたのはわかるけれど。

「いい演説だったなー。彼女とっても上手だったし」

 お母様の耳にも入るほど話題になった演説になり、語り継がれている。

「王は喜んだでしょ」

 にやにやと笑うと少しだけ声を落とされた。

「先輩は誰が来ても大丈夫なように準備してくださっていたわ」

 声からセリカの思いが読み取れた。ほかの候補者にたいして失礼だから、みなさんちゃんと選挙で戦ったのだから。

「ごめん。うん。だめだね」

 いまのはいけない。セリカはみんなの事を見ている。

「セリカはほんとちゃんと見てるよね。……私は兄妹さえよければそれでいいって思っちゃうから。ネモフィラお兄様に、だから私は姫にはなれないって言われたこともあったな」

「……いい姫だったかはわからないわ。私がしたことは結果としては学園全体でいいことってなってくれたけれど、もともとの原動力は兄妹だもの。お母様とお父様には職権の乱用になっていないかと心配させてしまったわ」

「セリカのおかげで、監督生の本当の姿を取り戻すことができたのよ。学園にとっての課題だったんでしょ? よかったじゃない」

 少ないとも私にとってはいい姫というかセリカ以外姫じゃないって思うぐらい。それぐらい好きよ。

 とは言えないので。

 ギューッと抱きしめて、そのまま眠りについた。

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