今更引き止められたって、振り向いてあげない
楽しんで頂けたら幸いです。
『 レリーフ·フォレオ様
私は、ずっと地獄にいました。母が早くに亡くなってからやって来た義母と義妹は、家のお金を散財し、その責任を私になすりつけてくる。父は、私よりも義母達の方が大事なのか、庇ってもくれない。そんな毎日でした。
そんなある日、貴方との縁談が回ってきました。義妹は軍人は野蛮だと私にこの縁談を押し付けてきました。お金を支援してくれる貴方を逃したくはなかったのでしょうね。
押し付けられた婚約、だけどそれでも私は一抹の望みを抱いてしまったんです。私を愛してくれるかもしれないって、この地獄から救い出してくれるかもって。
だけど、そこは実家よりもっと深い地獄でした。貴方は私を愛する気はない、等といい閨を共にしてくれず、私は自分の尊厳が折られるのが分かりました。
そうやって主人が蔑ろにし、また悪女と名高い私を大切にしてくれる人などいませんでした。唯一の救いは、メロという古くから私に仕えてくれている侍女がいた事です。彼女が居なければ、とっくに私は壊れていました。
フォレオ様は家にもほぼ帰ってこなかったので分かりませんよね? 私がご飯を十分に貰えていなかったこと。たまに貴方が帰ってきて夕食を共にするとき、貴方は「もっとちゃんと食べたらどうだ。それとも、食べるのも値しないと言いたいのか? 流石悪女だな」と仰いましたが、私には食べられなかったのです。普段から冷めたスープと薄いパンしか貰えていない私には、貴方が来た時だけの食事は多すぎましたし、お肉は脂っこ過ぎたのです。
私は、貴方との食事の後はいつもトイレに籠もっていました。気づいてましたか?
それにドレス。私が与えられたのは、貴方のお母様が見繕ってくれましたが、お義母様が見繕ってくれたものはどれもサイズが合わず足首が見えたり、お腹が出ている様に見える物ばかり。おまけに縫い付けられていたビーズは取れやすくて、それを落とす度に侍女やお義母様になじられました。
そうそう、部屋だって貴方がいない時私は屋根裏で寝泊まりしていたのですよ。そこがもうひどいのです。虫はゴロゴロいましたし、ベッドは埃っぽい。私は毎晩咳をして寝ていました。
侍女達に物を盗まれた事もありました。そんなにない私の荷物を弄って、私の母の形見のネックレスを盗んだのです。私は返して欲しいと懇願しましたが、「そんなもの盗んでない」、「私を悪者に仕立て上げようとする」と言われ返しては貰えませんでした。
そして、義母と義妹が金の無心に来ることもありました。
私よりも大層上等な服を持っているのに、それでも私から搾り取ろうとするのです。被害者ぶる義妹達に、何度も殺意が湧きました。
だけど、私が死のうと思ったのは、貴方に優しくされた時です。突然優しくなったかと思ったら、私を愛していると言いたげな戯言を口にする。そして私を「リリィ」と愛称で呼んで、貴方は閨に誘ってきました。
私はその時、心が死んでしまったのです。だからもう、終わりにさせてください。
私は、愛していると言われて嫌悪感しか催さなくなった私にも絶望してしまったんです。私の母は、「皆を愛しなさい」と私にいつも言ってくれたのに。
だから、さようなら。来世は貴方に会いたくないです。
リリィミラより 』
最近、気づいたのだ。彼女は本当は悪女ではないことに。優しく笑う姿も、会話から感じる知的さも、『悪女』とは程遠い。だから、しっかりと調べた結果、本当に『悪女』なのは彼女の義母と義妹だと判明した。だけど、気づいた時には、もう彼女は首を吊って死んでいた。
彼女に謝り、花束を渡そうと屋敷に帰宅した。その出迎えに彼女の姿がなくて、どうしたのか尋ねたフォレオに、侍女は困ったような顔をして言った。
「もう、寝ていらっしゃるのでしょうか」と。主人に声をかけていないのかと不審に思ったが、今はそんな事より早く彼女に謝りたくて、会いたくて部屋に入った。そうしたらもう、彼女は死んでいた。
死後6時間は経っているようだった。だから、フォレオと一緒に入ってきた侍女に最後に会ったのはいつだと問い詰めたが、ただ首を振るばかりで答えは得られなかった。
顔が紫色になっている彼女の顔を見て、普段食事の時も端と端に座っていたから、こんな顔だったのかと納得してしまう。
そして手紙を読んでフォレオは絶望した。
◇◇◇
それから、フォレオはリリィミラの実家への支援を止めた。そうすると浪費を抑える事が出来なかった義母や義妹によってあっという間に彼女達は没落し、爵位が返上された。
そして、隣村に逃げようとした所を領民達に捕まり、今までの腹いせにと殺されたらしい。もう貴族ではない彼女達の為に領民達を罰しようと思う者は居なかった。
リリィミラを虐めた使用人は、酷い折檻を受けた後実家に返された。だが、追い出されたと世間に認識されている彼女達に最早使い道はなく、実家では足手まとい、我が家に泥を塗ったと厄介者扱いを受けているらしい。
フォレオは、軍で奥さんを自殺させたとして悪評が広まり、左遷させられ、今は、雑用係として肩身の狭い思いをしているらしい。
最近話題の舞台『レリーフ家の悲劇』とはそんな話だ。
この国では近頃、所謂ざまぁが流行っていた。だがそんな話を書いたことのない脚本家が悩んでいた所で、面白そうなノンフィクションが舞い込んだという訳だ。
だが、ざまぁにしてはあまりにも後味の悪い作品じゃないかと、リリィミラは思う。何しろ、ざまぁをすべきリリィミラは死んでいるわけだし。
それに、リリィミラの残したあの手紙を使ってこの作品を手掛けたかと思うと良い気はしない。
ふぅ、とため息をついてリリィミラは席から立ちドアに向かう。その途中で、貴婦人たちの会話が聞こえてきた。
「そういえば、リリィミラ様の侍女というメロはどうなったのかしら?」
「わたくしも思ったわ。逃げたのかしら」
的はずれな見解に、リリィミラは嘲笑った。
違う、彼女はリリィミラの為に死を選んだのだ。
『私、貴方の為なら死ねます』
そう言って。自殺しようとしたリリィミラの手を取りそう言ってくれたのだ。
『お嬢様の顔なんてまともに見たこともないアイツラなら、お嬢様と同じ金色の髪を持つ私を見てお嬢様だと認識されるでしょう』
『どうして、私の為にそこまで……』
言葉を漏らすリリィミラに、メロは笑った。
『貴方の事が、好きだからです』
そしてそのまま、リリィミラはメロの首を縄で締め、自殺に見えるように柱に吊った。
死んだ彼女の側に、手紙を置く。
そしてそのまま、隣国に来た。髪は短くし、顔も隠し、メロの私服に身を包んだリリィミラを誰も『リリィミラ』だとは思わず、こうして普通に生活している。
今日は、レリーフ家があの後どうなったのか知りたくて多少脚色されているだろうが舞台を見に来ていた。
取り敢えず奴らが酷い目に遭ったことにホッとしながら、夕暮れの雑踏の中を歩く。そこで、手を掴まれた。
「え?」
振り返ると、そこには息を乱したフォレオがいた。焦りながらも、なるべく冷静になれる様にリリィミラは努める。
「あの、君は……!」
「誰ですか、急に?」
冷めた声を出すと、ハッとした様に手を離す。
「いや、すまない。知り合いに後ろ姿が似ていて。君の名前を教えてもらえないだろうか?」
「赤の他人に教える義理はありません。それでは、さようなら」
「あぁ……。いや、でも君は確かに」
「……その人は、死んでしまったんですか?」
「あ、そうなんだ。自殺をしてしまって」
リリィミラは意地悪そうに唇を釣り上げた。
「まるで、さっき見た『レリーフ家の悲劇』の様な話ですね。嫌だわ、私だったら自殺をするまでに追い込んできた夫に縋られるなんて」
そこでフォレオの動きが止まる。今度こそ、リリィミラは止まらずに歩き出した。
住み慣れてきた寮に帰ってると、布団に座り込んだ。そしてポツリと呟く。
「ここがきっと、地獄の底なのね」
実家にいたときも、結婚してからも、きっとリリィミラは『被害者』だった。だけど、人を一つ殺めてしまったリリィミラも、もう『加害者』だ。
――もう『被害者』ではいられない。
でも、
「ようやく、地に足が付いた気がするわ」
私は、地獄の底で、生きていく。
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