フィアナ、いちゃもんを付けられる
翌々日。
私は試験結果を聞くため、学園長室に呼び出されていました。
(うぅ……。さようなら、エリシュアン学園)
(お弁当、とっても美味しかったです)
お通夜ムードの私を待っていたのは、
「はぇ……、私が特進クラスですか?」
「さすがは炎舞の大賢者さまのお弟子さんじゃな。実技・筆記ともに文句なしのSランク判定――歴代の合格者でも前例のない快挙じゃ!」
「そんな馬鹿な……」
まさかの学園長エレナさんからの「合格」の言葉でした。
それもエリシュアン学園最上位の特進クラスのお誘い。諦めムードだった私は、思わず目をまんまるにして聞き返します。
「まさか例の問題を解く者が現れるとはな。まさに文武両道――それでまだ13歳というのじゃから……、まったく末恐ろしい娘じゃ」
「えっと……、少なくとも私のテストは壊滅的だったと思いますが」
何をどう間違えたら、あの真っ白な答案用紙がSランク判定に化けるというのでしょう。
真っ先に私の脳裏をよぎったのは、ドッキリの4文字でした。
「あれほどまでに完璧な魔法陣を披露しておいて何を言う。お主の答案を読み解くために、工学科の馬鹿どもは、授業もほっぽりだして研究に没頭する始末――その結果お手上げと来たものじゃ。まったく、とんだお笑い草じゃな」
「それは……、すみません?」
まるでピンと来ない話です。
(ハッ! これはエルシャお母さんに習った王都流の面接テクニック――褒め殺しってやつですね。危うく騙されるところでした!)
(王都、恐ろしい場所です……)
ここでの会話は、さながら最終試験といったところでしょうか。
調子に乗ってしまったら、人格不適格として不合格――そんな恐ろしい罠が張り巡らされているのかもしれません!
「あの魔法陣、今思い返すと未熟で恥ずかしいんですよね。でも言い訳をするなら、初めて見た魔法陣について2時間で考えるのは、あれが限界でして――」
「待て。お主、初めて見たと?」
魔法陣についての私のコメントに、目を見開くエレナさん。
(ヒィィィ、なんでそんなところに喰い付いてくるの!?)
「あれが有名な未解決問題ということは、当然、気づいておるな」
「へ、未解決問題!? それって、誰にも解けないような難しい問題ってことですよね。そんなもの学校の試験で、出すわけが――」
私は笑い飛ばそうとして、
「マジですか?」
「ああ、大マジじゃ」
真剣な顔でエレナさんに頷かれてしまい、
(なるほど! うっかり未解決問題を解いてしまった天才少女……、そうやっておだてて失言を狙ってるんですね!!)
(王都――やっぱり恐ろしい場所!)
……私は、更に警戒心を引き上げます。
「信じられん。お主は、あの魔法陣は、前々からの研究成果ではなく――その場で考えたと。そう言ったのか?」
「もちろんです。というかテストの内容を前もって考えてくるなんて、そんなの不可能ですよね?」
私が、きょとんと首を傾げると、
「実は、一部の教師から、お主の答案に不正疑惑が持ち上がっておってな――」
「なんですって!?」
「テストの問題が、一部、流出していたのではないかとな」
「ふ、不正なんてしてないですよ」
そんなことを言い出した教師は、私の残念すぎる真っ白な答案用紙を見ていないんでしょうか。
むっとした私を見て、エレナさんも申し訳無さそうな顔をしながら、
「無論、我は、お主が不正を働いたとは思っておらぬ。じゃがな、今後の面倒事を考えるなら、ここできっちりと証明しておくのが良いのも事実。ほれマティ、入るがいい」
「機会をいただき感謝します」
そんな言葉と同時に入ってきたのは、模擬戦で戦ったマティさんでした。
「マティよ、この場でこの者の偽りを暴いて見せると言っていたな」
「はい。尊き血を引かぬものが、歴史に名を残すような問題を解決するなどあり得ぬこと。私が、今からそれを証明してみせましょう」
マティさんは、そんなことを言いながら私の前――エレナさんの隣――に腰掛けます。
(歴史に名を残すような問題?)
その演技、まだ続けるのか――と、曖昧に頷く私。
「偽りを見抜くなら、この質問で十分。フィアナよ、もしあの魔法陣を更に改良するとしたら、貴様はどこに手を加える?」
仰々しい前置きをよそに、マティさんの質問はそんな簡単な問いかけでした。
(模擬戦が終わればノーサイド!)
(なるほど……、マティさんは、私の潔白を証明しようしているんですね!)
偽りを暴くという言葉も、憎まれ役を買って出てくれたのでしょう。
「マティよ、未解決問題の解決策にさらなる改善を加えるなど、もはや人間には不可能じゃ。分かっておるじゃろう」
「いいえ。もし、この者が天才であるなら答えられるはずです。天才でなければ答えられない問題に答えたと証明するには、天才であることを示すのみ――何か間違っていますでしょうか」
「真顔で何を言う、無茶苦茶じゃぞ」
ひそひそと言い合うマティさんたち。
マティさんの視線には、不思議と熱量があり……、
「魔法陣の改善点ですか――」
1日考えて気が付きましたが、あの魔法陣には至らぬ場所が山のようにあります。
「そうですね……。あの回答だと制御に力を入れすぎて、どうしても変換効率が落ちてしまったのが反省点でした。なので、改良するとしたら……、まずは、もう1つ相反属性の魔法陣を組み込んで思いっきり暴走させますね」
「はっ、化けの皮が剥がれたな。そんなことをすれば、あっという間に爆発するだろう!」
(理想の合いの手です、マティ先生!)
私はチッチッチと指を振り、
「もちろん、そのままだと爆発します。でも、そこを解決できる仕組みが、人間の体には隠されていましてね。ここを、こうして――」
私は、サラサラサラっと空中に魔法陣を描き出すのでした。