表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/47

フィアナ、模擬戦で試験官相手に無双する

「平民の分際で舐めた真似を――喰らえぇぇぇ!」



 フライング気味に、マティさんが杖を振り下ろしました。


(あれは第2冠魔法――炎の大蛇(ブレイズ・スネイク)!)


 模擬戦の真骨頂は、相手の出方を伺って対応を決める対話にあると私は思います。

 マティさんの生み出した炎の蛇が、私を呑みこまんと襲いかかってきますが、


(あまりにも遅いし、威力も貧弱!)

(ならばこれは目眩まし。本命は、きっと別っ!)


 私は即座にそう判断。


 そうであれば余計なアクションを取って、隙を見せるのは本末転倒です。

 薄く伸ばしたマナを身にまとい、私は真正面から受けることにしました。


「はんっ、やはり口だけか。反応すらできんとはな……」


 マティさんは、静かにそう首を振り、


「結界のおかげで死にはせんだろうが、ダメージは馬鹿にならんだろう。これ以上痛い目を見たくなければ――あれぇ?」

「次は何を見せてくれるんですか?」


 当然、私は無傷。

 狼狽えた様子を見せるマティさんに、


「今のは粗雑な魔法を見せて、欠点を挙げさせるというテストですか?」


 私は、そう小首を傾げます。

 警戒していた追撃も無し。本気で意図が分かりません。


「貴様ァ! 私の魔法に、欠点だと!?」

「はい。まずはマナの変換効率が悪いですね。有効値は40%弱――論外です。それに発動前にイメージを脳内で具現化してますか? 現象が、この世に定着してません。ぼやぼやです。だいたい、不意打ちなら、魔法の発動もあまりに見え見えですし……」


 魔術師同士の模擬戦は、相手の魔法の感想を言うのも大切です。

 だからマティさんの魔法を見て、感じたことを正直に伝えてみたのですが、


「貴様ァァァ!!」


 マティさんは、顔を真っ赤にして血走った目で私を睨みつけてきました。


(なるほど!)

(この人は、盤外戦術にも弱そうですね!)


 別に盤外戦術を仕掛けたつもりもなかったのに。

 私としてはそんなことより、もっと新しい魔法が見たいのです。



 模擬戦の噂を聞きつけ、戦闘場には、いつの間にか人だかりができていました。

 一連のやり取りを見ていた観客たちは、


「おおおおぉぉぉ!? あの嬢ちゃん、無傷で防ぎきったぞ!」

「どうやって耐えたんだ!」

「わ、分からん……。なんか真正面から受けきったように見えたが――」

「そんなアホな!?」

「信じられねえ、いびりのマティが押されてるぞ!」


 などと大盛りあがり。


(今のところ、見どころが1つない退屈な試合だと思うのですが……、不思議です)


 もしかすると、王都では模擬戦自体が珍しいのかもしれません。


「たまたま1度防いだぐらいで、随分と偉そうなことを言ってくれたな。フィアナとやら、覚悟はできてるだろうな!」

「もちろん。せっかくの模擬戦です、最初から本気で来てください!」

「ほざけっ!」


 マティさんは、真剣な表情で何やら詠唱を始めました。


(この隙に飛びかかれば昏倒させられそうですが、魔法の模擬戦でそれは邪道。まして、これは試験――あくまで真正面から戦います!)


 私は迎撃のため、いつでも発動できる魔法陣を周囲に展開。

 マティさんの一挙一動に注目します。


 時間にして、おおよそ20秒。


「貴様の敗因は、私に再詠唱の隙を与えたことだ。喰らえぇぇ!」


 マティさんが、ようやく魔法を完成させました。

 パッと見ても効果が分からない未知の魔法。現れた魔法陣の規模的には、おそらく第3冠魔法の1種でしょうか。


「わあっ! すごい、新魔法ですね!」

「この魔法は、悪いがまだ手加減できん。死んでも――恨んでくれるなよ!」

「いや、死んだら普通に一生呪いますが!?」


 マティさんが生み出したのは、全長6メートルほどの巨大ゴーレムでした。

 第4冠魔法の巨岩の巨人(テラ・ゴーレム)と似ていますが、それを簡略化したのでしょうか。知っている魔法と似ているのに微妙に違う不思議な魔法――とても興味深いです。


(うぅ、解析してみたい!)

(ちょっとだけ、ちょっとだけ――)


 私は、迎撃用に構えていた魔法陣を全てキャンセル。

 私に向かって、バカでかいゴーレムの拳が振り下ろされ、


「馬鹿なっ! なぜ避けない!?」

「えいっ!」


 振り下ろされた巨岩を片手で受け止め、


(なるほど! 自律制御の部分を捨てて簡略化したんですね!)


 素早く術式を解析。

 ぽいっとゴーレムを放り投げます。

 この解析作業こそが、模擬戦の醍醐味なのです。


「素手で受け止めた!? そんな馬鹿な!?」


 マティさんが、あんぐりと口を開けていましたが、


「なるほど、面白いですね! 私なら……、こうします!」

「はぁっ!?」


 私は、マティさんの巨大ゴーレムをコピーし、


「エンチャント――炎の大蛇!」


 最初の魔法をゴーレムにエンチャント。

 ゴーレムは、燃え盛る蛇を鞭のように構え、私を庇うように立ちはだかります。


 ルナミリアで模擬戦を繰り返した私には、いくつか大道芸のようなスキルが身につきました。

 そのうちの1つが、魔法のコピーです。単純な構成の魔法であれば、触っただけで術式レベルまで分解・再構築することで、模倣が可能なのです。


(マティさんの魔法は、作りをシンプル化したせいで威力が落ちちゃうのが弱点ですね)


 いくらなんでも、このレベルの威力低下は致命的だと思います。

 現に私のような非力な魔術師でも、簡単に片手で押さえられてしまいましたし、


(そこを補うなら……、こう!)


 簡単な魔法の組み合わせは、時に絶大な威力を発揮します。


「薙ぎ払えっ!」


 私が生み出したゴーレムは、炎の蛇を鞭のように振るい、


「嘘だぁぁぁぁぁ!? 私の切り札が!?」


 マティさんのゴーレムを、木っ端微塵に吹き飛ばしました。



 白目を剥くマティさん。

 一方の私は、まだまだ欲求不満でした。


(私が地方出身だから、まだ手加減してくれているのでしょうか……)


 魔法使い同士の模擬戦は、魔法を使った対話ともいえます。

 対話――すなわち、ボールの投げ合いです。創意工夫を凝らした新魔法を投げ合い、時にそのアンサーから新たな魔法を発見する――その繰り返しが模擬戦の醍醐味なのです。


(むう……、どうやれば本気を出してくれるんでしょう)


 もっと血肉沸き立つ戦いがしたいです。


「マティさん、私が田舎ものだからって、まだ遠慮してるんですか? それなら遠慮は要りません。もっと、もっと本気でやって大丈夫です!」

「もっと本気で、……だと!?」


 マティさんは驚愕に目を見開き、こちらをまじまじと見てきました。

 この程度の相手なら、まだ本気を出す間でもないと言いたいのでしょうか。


(いったい、どうすれば──)


 まさか王都の名門校の試験官が、この程度の腕前なはずがありません。

 私は、さっきのゴーレムを10体ほど生み出し、色々な武器を持たせてみます。


 そのままマティさんを囲み、得物を構えたまま静止。

 何か打開策がなければ、チェックメイトという状況です。


「ひ、ひぃぃぃぃ。バケモノめ!」

「なっ!? いくら戦術だとしても、言って良いことと悪いことが!」


 ショックを受けてしまい、ゴーレムの1体が得物を取り落としてしまいました。


 ズカァァァァン!

 武器が落下し、あたりに地響きが鳴り響きます。


(これが、心の乱れ……)


 反省、反省。

 相手がその気なら、一瞬で形勢をひっくり返されていたところです。


「私、王都では初めての模擬戦なんです。まだまだ戦い足りません──もっと、もっと、魔法をぶつけ合いましょう!」

「じょ、冗談じゃねえ!」


 へなへなと崩れ落ちるマティさん。

 それすらも高度な心理戦か! と構える私の肩に、ポンと手が置かれました。


「まあまあ。マティ君は我が校の実技担当で、彼なりのプライドがあるのじゃよ。お主の怒りはもっともじゃが、その辺で止めてやってはくれんかのう」

「ほえっ!? えーっと――」


 振り返ると、紫髪の小さな少女が私を見ていました。

 見た目は私と同年齢か、あるいは年下か。短く切り揃えた髪の毛がサラサラと揺れ、少女の愛らしさを際立たせていました。


(えっと……、誰?)


 まじまじと見つめてしまう私に、


「我は、エレナ・スターレインじゃ。未熟者ではあるが、この学園の園長を任されておる」

「学園長!? こんなにちっちゃいのに」

「ナチュラルに失礼なやつじゃな、お主……」


 少女――改めて学園長エレナは、半眼で私を見てきました。

 大して気にしている様子はなく、いい意味でフレンドリーな人のようです。


「そんなお偉い人が、どうしてこんなところに?」

「そりゃあ、炎舞の大賢者さまの弟子が、我が学園の門を叩いたんじゃ。我としても、是非この目で見てみたいと思ってな」


(炎舞の大賢者? さっきも似た話を聞いた気がします。エルシャお母さん……、もしかして想像以上に凄い人なのかな)


 いつの間にか、この模擬戦は偉い人からも見られていたようです。

 目の前の戦いで夢中になってしまい、つい周囲が見えなくなってしまう――私の悪癖です。


「お待ち下さい! まだ、私は、負けたわけでは!」

「黙れ、マティ。最初から最後まで、常に上を行かれていたのは明らかじゃ。客観的に見て、完膚なきまでにお主の負けじゃ」

「くっ……」


 エレナに諭されたマティさんが、不服そうに私を睨みつけてきました。


(う~ん、やっぱり奥の手を残していたみたいですね。それなのに判定負け! 納得行かないですよね、分かります!)


 思い出したのは、ルナミリアでの模擬戦の一幕。

 作戦が実を結び、いよいよここから逆転だ! というところで、晩ごはんの時間になり、泣く泣く判定負けを喫した悲しみの記憶。


「模擬戦、止められてしまって残念です。マティさん、続きは別の機会にお願いします!」

「ヒィィ!」


 もし入学できたら、マティさんは先生になるはずです。

 できれば良好な関係を築いておきたいところ。

そう思った私は、できる限り愛想の良い笑みを浮かべて頭を下げたのですが、


(なんで!?)


 笑いかけて悲鳴をあげられるのは、普通にショックです。



「マティよ、今回の実技試験の結果は――」

「もちろん満点です! 文句なしにS判定! 間違いありません。ではっ!」


 そう言い残し、マティさんはシュタタタタっと走り去っていくのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


▼ 書籍版発売中! ▼
(画像クリックで特設ページに飛びます)


書籍のバナー

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ