フィアナ、模擬戦で試験官相手に無双する
「平民の分際で舐めた真似を――喰らえぇぇぇ!」
フライング気味に、マティさんが杖を振り下ろしました。
(あれは第2冠魔法――炎の大蛇!)
模擬戦の真骨頂は、相手の出方を伺って対応を決める対話にあると私は思います。
マティさんの生み出した炎の蛇が、私を呑みこまんと襲いかかってきますが、
(あまりにも遅いし、威力も貧弱!)
(ならばこれは目眩まし。本命は、きっと別っ!)
私は即座にそう判断。
そうであれば余計なアクションを取って、隙を見せるのは本末転倒です。
薄く伸ばしたマナを身にまとい、私は真正面から受けることにしました。
「はんっ、やはり口だけか。反応すらできんとはな……」
マティさんは、静かにそう首を振り、
「結界のおかげで死にはせんだろうが、ダメージは馬鹿にならんだろう。これ以上痛い目を見たくなければ――あれぇ?」
「次は何を見せてくれるんですか?」
当然、私は無傷。
狼狽えた様子を見せるマティさんに、
「今のは粗雑な魔法を見せて、欠点を挙げさせるというテストですか?」
私は、そう小首を傾げます。
警戒していた追撃も無し。本気で意図が分かりません。
「貴様ァ! 私の魔法に、欠点だと!?」
「はい。まずはマナの変換効率が悪いですね。有効値は40%弱――論外です。それに発動前にイメージを脳内で具現化してますか? 現象が、この世に定着してません。ぼやぼやです。だいたい、不意打ちなら、魔法の発動もあまりに見え見えですし……」
魔術師同士の模擬戦は、相手の魔法の感想を言うのも大切です。
だからマティさんの魔法を見て、感じたことを正直に伝えてみたのですが、
「貴様ァァァ!!」
マティさんは、顔を真っ赤にして血走った目で私を睨みつけてきました。
(なるほど!)
(この人は、盤外戦術にも弱そうですね!)
別に盤外戦術を仕掛けたつもりもなかったのに。
私としてはそんなことより、もっと新しい魔法が見たいのです。
模擬戦の噂を聞きつけ、戦闘場には、いつの間にか人だかりができていました。
一連のやり取りを見ていた観客たちは、
「おおおおぉぉぉ!? あの嬢ちゃん、無傷で防ぎきったぞ!」
「どうやって耐えたんだ!」
「わ、分からん……。なんか真正面から受けきったように見えたが――」
「そんなアホな!?」
「信じられねえ、いびりのマティが押されてるぞ!」
などと大盛りあがり。
(今のところ、見どころが1つない退屈な試合だと思うのですが……、不思議です)
もしかすると、王都では模擬戦自体が珍しいのかもしれません。
「たまたま1度防いだぐらいで、随分と偉そうなことを言ってくれたな。フィアナとやら、覚悟はできてるだろうな!」
「もちろん。せっかくの模擬戦です、最初から本気で来てください!」
「ほざけっ!」
マティさんは、真剣な表情で何やら詠唱を始めました。
(この隙に飛びかかれば昏倒させられそうですが、魔法の模擬戦でそれは邪道。まして、これは試験――あくまで真正面から戦います!)
私は迎撃のため、いつでも発動できる魔法陣を周囲に展開。
マティさんの一挙一動に注目します。
時間にして、おおよそ20秒。
「貴様の敗因は、私に再詠唱の隙を与えたことだ。喰らえぇぇ!」
マティさんが、ようやく魔法を完成させました。
パッと見ても効果が分からない未知の魔法。現れた魔法陣の規模的には、おそらく第3冠魔法の1種でしょうか。
「わあっ! すごい、新魔法ですね!」
「この魔法は、悪いがまだ手加減できん。死んでも――恨んでくれるなよ!」
「いや、死んだら普通に一生呪いますが!?」
マティさんが生み出したのは、全長6メートルほどの巨大ゴーレムでした。
第4冠魔法の巨岩の巨人と似ていますが、それを簡略化したのでしょうか。知っている魔法と似ているのに微妙に違う不思議な魔法――とても興味深いです。
(うぅ、解析してみたい!)
(ちょっとだけ、ちょっとだけ――)
私は、迎撃用に構えていた魔法陣を全てキャンセル。
私に向かって、バカでかいゴーレムの拳が振り下ろされ、
「馬鹿なっ! なぜ避けない!?」
「えいっ!」
振り下ろされた巨岩を片手で受け止め、
(なるほど! 自律制御の部分を捨てて簡略化したんですね!)
素早く術式を解析。
ぽいっとゴーレムを放り投げます。
この解析作業こそが、模擬戦の醍醐味なのです。
「素手で受け止めた!? そんな馬鹿な!?」
マティさんが、あんぐりと口を開けていましたが、
「なるほど、面白いですね! 私なら……、こうします!」
「はぁっ!?」
私は、マティさんの巨大ゴーレムをコピーし、
「エンチャント――炎の大蛇!」
最初の魔法をゴーレムにエンチャント。
ゴーレムは、燃え盛る蛇を鞭のように構え、私を庇うように立ちはだかります。
ルナミリアで模擬戦を繰り返した私には、いくつか大道芸のようなスキルが身につきました。
そのうちの1つが、魔法のコピーです。単純な構成の魔法であれば、触っただけで術式レベルまで分解・再構築することで、模倣が可能なのです。
(マティさんの魔法は、作りをシンプル化したせいで威力が落ちちゃうのが弱点ですね)
いくらなんでも、このレベルの威力低下は致命的だと思います。
現に私のような非力な魔術師でも、簡単に片手で押さえられてしまいましたし、
(そこを補うなら……、こう!)
簡単な魔法の組み合わせは、時に絶大な威力を発揮します。
「薙ぎ払えっ!」
私が生み出したゴーレムは、炎の蛇を鞭のように振るい、
「嘘だぁぁぁぁぁ!? 私の切り札が!?」
マティさんのゴーレムを、木っ端微塵に吹き飛ばしました。
白目を剥くマティさん。
一方の私は、まだまだ欲求不満でした。
(私が地方出身だから、まだ手加減してくれているのでしょうか……)
魔法使い同士の模擬戦は、魔法を使った対話ともいえます。
対話――すなわち、ボールの投げ合いです。創意工夫を凝らした新魔法を投げ合い、時にそのアンサーから新たな魔法を発見する――その繰り返しが模擬戦の醍醐味なのです。
(むう……、どうやれば本気を出してくれるんでしょう)
もっと血肉沸き立つ戦いがしたいです。
「マティさん、私が田舎ものだからって、まだ遠慮してるんですか? それなら遠慮は要りません。もっと、もっと本気でやって大丈夫です!」
「もっと本気で、……だと!?」
マティさんは驚愕に目を見開き、こちらをまじまじと見てきました。
この程度の相手なら、まだ本気を出す間でもないと言いたいのでしょうか。
(いったい、どうすれば──)
まさか王都の名門校の試験官が、この程度の腕前なはずがありません。
私は、さっきのゴーレムを10体ほど生み出し、色々な武器を持たせてみます。
そのままマティさんを囲み、得物を構えたまま静止。
何か打開策がなければ、チェックメイトという状況です。
「ひ、ひぃぃぃぃ。バケモノめ!」
「なっ!? いくら戦術だとしても、言って良いことと悪いことが!」
ショックを受けてしまい、ゴーレムの1体が得物を取り落としてしまいました。
ズカァァァァン!
武器が落下し、あたりに地響きが鳴り響きます。
(これが、心の乱れ……)
反省、反省。
相手がその気なら、一瞬で形勢をひっくり返されていたところです。
「私、王都では初めての模擬戦なんです。まだまだ戦い足りません──もっと、もっと、魔法をぶつけ合いましょう!」
「じょ、冗談じゃねえ!」
へなへなと崩れ落ちるマティさん。
それすらも高度な心理戦か! と構える私の肩に、ポンと手が置かれました。
「まあまあ。マティ君は我が校の実技担当で、彼なりのプライドがあるのじゃよ。お主の怒りはもっともじゃが、その辺で止めてやってはくれんかのう」
「ほえっ!? えーっと――」
振り返ると、紫髪の小さな少女が私を見ていました。
見た目は私と同年齢か、あるいは年下か。短く切り揃えた髪の毛がサラサラと揺れ、少女の愛らしさを際立たせていました。
(えっと……、誰?)
まじまじと見つめてしまう私に、
「我は、エレナ・スターレインじゃ。未熟者ではあるが、この学園の園長を任されておる」
「学園長!? こんなにちっちゃいのに」
「ナチュラルに失礼なやつじゃな、お主……」
少女――改めて学園長エレナは、半眼で私を見てきました。
大して気にしている様子はなく、いい意味でフレンドリーな人のようです。
「そんなお偉い人が、どうしてこんなところに?」
「そりゃあ、炎舞の大賢者さまの弟子が、我が学園の門を叩いたんじゃ。我としても、是非この目で見てみたいと思ってな」
(炎舞の大賢者? さっきも似た話を聞いた気がします。エルシャお母さん……、もしかして想像以上に凄い人なのかな)
いつの間にか、この模擬戦は偉い人からも見られていたようです。
目の前の戦いで夢中になってしまい、つい周囲が見えなくなってしまう――私の悪癖です。
「お待ち下さい! まだ、私は、負けたわけでは!」
「黙れ、マティ。最初から最後まで、常に上を行かれていたのは明らかじゃ。客観的に見て、完膚なきまでにお主の負けじゃ」
「くっ……」
エレナに諭されたマティさんが、不服そうに私を睨みつけてきました。
(う~ん、やっぱり奥の手を残していたみたいですね。それなのに判定負け! 納得行かないですよね、分かります!)
思い出したのは、ルナミリアでの模擬戦の一幕。
作戦が実を結び、いよいよここから逆転だ! というところで、晩ごはんの時間になり、泣く泣く判定負けを喫した悲しみの記憶。
「模擬戦、止められてしまって残念です。マティさん、続きは別の機会にお願いします!」
「ヒィィ!」
もし入学できたら、マティさんは先生になるはずです。
できれば良好な関係を築いておきたいところ。
そう思った私は、できる限り愛想の良い笑みを浮かべて頭を下げたのですが、
(なんで!?)
笑いかけて悲鳴をあげられるのは、普通にショックです。
「マティよ、今回の実技試験の結果は――」
「もちろん満点です! 文句なしにS判定! 間違いありません。ではっ!」
そう言い残し、マティさんはシュタタタタっと走り去っていくのでした。





