フィアナ、模擬戦に挑む
出発から1週間。
ついに私は、マーブルロース王国の首都――レガリアにたどり着きました。
「ひえ~! 都会、すごい!」
レガリアに着いた私は、田舎もの丸出しであたりをキョロキョロ見渡していました。
周囲を見れば、人、人、人。
剣を背負った冒険者らしき人影や、買い出しに来たと思われるメイドさん。
全てがファンタジーな街並みで、否が応でもテンションが上がります。
「焼き立てだよ! お嬢さん、おひとつどう?」
そんな私に、声をかけてくる者がいました。
カラフルな果物が入ったクレープ屋さんで、スタイルのいいお姉さんです。
(わぁ……! ルナミリアでは縁がなかった贅沢品!)
私は輝かせて購入することを決意。
値段は、銅貨3枚。前世で言えば300円ぐらいでしょうか。
銀貨を1枚出せば、お釣りは銅貨7枚。
エルシャお母さんに教わり、お金の計算もバッチリなのです!(ちょっぴり緊張したけど……)
私は、パクリとかぶりつき、
「ッ!」
あまりの美味しさに目を見開きます。
クリームの僅かな甘みが果物の瑞々しさと混ざり合い、まさしく絶品のひと言でした。
「あはは、良い食べっぷりだね」
「このクレープ、最高です。世界1の贅沢品です!」
大真面目な顔で言う私に、満更でもない表情で苦笑するクレープ屋さん。
「毎度あり! それにしても見慣れない服だね。王都に来たのは最近?」
「はい! ルナミリアって村から来ました!」
「ルナミリア? 初めて聞く場所だね」
「一応、お隣の大陸なんですけどね。まあ、ど田舎なので……」
「ふふっ、お隣の大陸って言ったら魔界じゃない」
私の言葉に、ケラケラ笑うお姉さん。
(むぅ……、嘘じゃないんだけどな)
その反応を見て、私は唇を尖らせます。
(っと、そういえばエルシャお母さんには、ルナミリア出身だとは信頼できる人以外には話すなって注意されたっけ)
(まあ、美味しいクレープを売ってくれたお姉さんは、きっと良い人だし大丈夫だよね!)
良い人判定が甘々なことに定評がある私なのです。
「っと、こうしてはいられません。エルシャお母さんから授かった完璧な作戦で、学園への編入試験に合格しないと! お姉さん、美味しいクレープをありがとうございました!」
「エリシュアンへの編入希望なんだ。今後とも、ご贔屓に~!」
ぐっと気合いを入れて走りだす私に、お姉さんもひらひらと手を振り返すのでした。
***
エリシュアン学園は、その権威を示すように王都レガリアの中央に位置していました。
(これが異世界の最先端! 王都、すごいっ!)
ついに辿り着いた憧れの学園。
色とりどりのガラスで彩られた建物は、まるで物語に出てくるお城のような代物でした。
「あの……、失礼だが君は?」
学園に見惚れている私に、門番の1人が話しかけてきました。
「ひゃいっ!? わ、私はフィアナです。編入試験を受けるために、エリシュアンに参りました!」
「編入試験を? 推薦状を見せてもらえるかい?」
「え、推薦状が必要なんですか!? えっと……、特に持ってないですね」
「なら残念だが――」
けんもほろろといった様子で追い返されそうになったところで、
「なんの騒ぎだ?」
もう1人の門番が現れました。
「いや、なんか推薦状を持たない世間知らずの子どもが、編入試験を受けたいと駄々をこねててな。フィアナって言ったか。ほら、今日はもう帰りな」
「む……、推薦状とは厄介ですね――」
さっき王都に来たばかりの私に、当然、心当たりなんてありません。
「んん? 今、フィアナって言ったか?(ヒソヒソ)」
「たしか、そんな名前だったはず――(ヒソヒソ)」
「馬鹿っ! それなら、例の枠の子だよ。ほら、特別推薦枠の――(ヒソヒソ)」
「んなっ!?」
途方に暮れている私を余所に、2人の門番は何やら話し合っていましたが、
「「た、大変失礼いたしました!!」
突然、そう平謝りしてきました。
2人の門番は、恐る恐るといった様子でこちらを窺っており、
(どういうこと!?)
頭の中がハテナマークでいっぱいになる私に、
「まさか、炎舞の大賢者様のお弟子さまが、こんなに若い方だとは思いもよらず。すぐに試験場に案内しますので、どうかご容赦を!」
「どうか後生なので、燃やさないで!!」
「燃やしませんよ!?」
そこからの門番の振る舞いは、まるで要人でも案内するかのようで。
(炎舞の大賢者って、エルシャお母さんのことだよね?)
(昔、何かしでかしたの!?)
ヒヤヒヤしながら、私は門番の後を付いていきます。
やがて私は、訓練棟と呼ばれる小さな建物に通されました。
その雰囲気は、前世でいう体育館のような感じでしょうか。
(これが王都の学校! すごい、結界が張ってある)
(魔法陣を使って、定期的に魔力を補充するタイプだね!)
私が物珍しさにキョロキョロしていると、
「ほう、こいつが例の――」
馬鹿にしたような声が、耳に飛び込んできました。
そこにいたのは、いかにも体育会系といった風貌の男でした。
男は、私を見るなりハッと馬鹿にしたように口を歪めると、
「ふん、貴様が神聖なる学び舎に、コネで入ろうとしている命知らずか。尊きものの血も引かぬ平民の分際で――身の程を知れ!」
そう怒鳴りつけてきました。
(むむ、なんか嫌な感じです!)
「いえ……。私は、編入試験というのを受けに来ただけでして――」
「ふん、そうか。なら早速、試験を始めるとしようか」
「ほえ? えーっと、何をすれば?」
男は、馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、
「この学園に、弱き者は不要。私――マティが、実技試験の試験官を務めよう」
「は、はあ……。よろしくお願いします?」
「では、さっそく実技試験を始めようか。そうだな……、今から私と模擬戦をして、勝てなければその場で不合格だ!」
マティさんは、そんなことを言い出しました。
「なっ、正気ですか! いきなり教師相手に模擬戦というのは、あまりにも!」
「ま~た始まったよ、いびりのマティの得意技。はるばる遠方から来たっていうのに、あの子も気の毒にな……」
「ってか、どうすんだよ!? 炎舞の大賢者のお弟子さん相手に、万が一にも無茶させて怪我でもさせようものなら――(ぶるぶる)」
マティさんの言葉に、どよめきが広がりますが、
「模擬戦ですね、分かりました!」
私はむしろ、その言葉を聞いてパッと表情を明るくします。
(模擬戦ならルナミリアで、嫌というほど繰り返してきました。チャンスです!)
(それにしても、あの威圧は模擬戦での"盤外戦術"だったんですね。危うくただの嫌な人かと、思い込むところでした!)
私は目を輝かせ、ウキウキと体にマナを巡らせていきます。
娯楽の少ないルナミリアで、村人との模擬戦は大きな楽しみの1つでした。
模擬戦とは、ルール無用の真剣勝負。
相手の冷静さを奪うための盤外戦術も、当然のように活用しあったものです。
性格の悪いアンさんの煽りに比べれば、マティさんの言葉なんて可愛いものです。
(最初は、私もあっさり引っかかってアル爺に笑われたなあ。冷静さを失った相手の行動を読むことほど、簡単なことはない。金言です!)
挨拶代わりに盤外戦術。
王都――実に恐ろしい場所!
そうと分かれば、私がやるべきはマティさんを冷静に観察することです。
王都の有名な学校で試験官を務めるマティさんが、どんな魔法を見せてくれるのか。
楽しみで楽しみで、ワクワクが止まりません。
「言っておくが、これは脅しではないぞ。実技試験の点数は、私に一任されている――私が0点を付ければ、それで貴様の編入試験は終わりだ」
「そんなことより、さっさと始めましょう!」
私の言葉に、マティさんは鼻白んだように黙り込み、
「3・2・1――ファイッ!」
そんな審判の言葉で、戦いの火蓋が切られるのでした。