フィアナ、王都に旅立つ
「アル爺! 私、村を出ます!」
「……な、な、な、なんじゃってぇぇええええ!?」
そう切り出した私に、アル爺はひっくり返って腰を抜かすのでした。
――いずれは村を出たい!
それは、私の人生プラン上、外せない重要事項でした。
(この村、私しか子どもがいません!)
(これは大変なことです……!)
せっかく異世界に転生して、超健康な身体を手に入れたんです。
前世でやれなかった事も、うんと満喫したい!
中でも私は「友達」というものに強い憧れがありました。
なにせ前世は病弱少女。病院こそ我が家。
病気のせいで学校にも通えず、同年代の友達なんて夢のまた夢。
元気に走り回る同年代の子どもを、ただただ羨むことしか出来ませんでした。
(今世こそ、絶対に友達を作ります!)
(そのために、まずは村を出て学校に通います!!)
そんな訳で口にした願いですが……、
「なら~ん! 村の外は、あまりに危険じゃからな!!」
アル爺からは、猛反対されてしまいました。
「むう……。危険なのは分かってます。だけど――」
「どうして、そんな事をいきなり言い出したんじゃ?」
アル爺が、不思議そうな顔でそう尋ねてきます。
「村の外はロクでもないところだよ」
「ああ、外の世界は陰謀渦巻く恐ろしい場所だべさ」
「これからも村で楽しく過ごせば、それでいいじゃないか」
集まってきた村人たちも、次々と私を説得しようと口を開きましたが、
「でも……。この村、私以外に子供がいないじゃないですか」
――私、友達が欲しいんです。
ぽつりと呟く私を見て、納得の色を浮かべます。
この村には、どういうわけか私しか子供がいません。友達が欲しいという願いは、ここに居ては決して敵わないもので、
「なぁ、フィアナや」
「なんです、アル爺?」
アル爺は、年長者としての威厳と貫禄を纏わせ、
「そんなに友達が欲しいなら、ワシが――」
「え? 嫌です……」
「しょぼん」
崩れ落ちるアル爺。
「ちょっ!? 本気で落ち込まないで下さいって!」
「ガッハッハ! アル爺、振られてやんの~!」
「しつこい親は嫌われるぞ!」
「皆さんも面白がらないで下さいって……」
わたわた慌てる私と、面白がって囃し立てる村人たち。
「学校かあ。おじさんも若かりし日は神童なんて呼ばれて――」
「ガッハッハー! 良いんじゃねえか? 何事も経験。経験だからな!」
「ならん! ならん、ならんぞ〜!」
アル爺は、すっかり意固地になってしまった様子。
そのまま話も聞きたくないとばかりに、逃げ出すように走り去っていくのでした。
「むう……、アル爺の分からず屋!」
口を尖らせる私に、
「フィアナちゃんの気持ちは分かったよ。私は賛成」
外の世界を見て回るのも良いと思う、とエルシャお母さん。
エルシャお母さんは、私の髪を優しく撫でながら、
「アル爺は意固地になってるだけだと思う。フィアナちゃんの気持ちは、ここにいる皆に伝わったと思うから――頑固爺の説得は私に任せて。ね?」
そう諭され、私はこくりと頷くのでした。
【アル爺サイド】
「ここに居たのかい」
「エルシャか」
アル爺――アルフレッドは、川のほとりに佇んでいた。
籠に入ったフィアナを拾った川であり、彼にとっては思い出の場所。
「エルシャは、フィアナが村を出ることに本気で賛成なのか?」
静かに振り返ったアルフレッドが、そう口火を切ります。
「そりゃあ……、本音を言えば、ずっとここに居て欲しいさ」
「なら……!」
「ルナミリアは流れ者がたどり着く歪な場所さ。ましてフィアナちゃんは、外に希望を持ってる。
なら……、私たちが止められるはずもない。分かってるんだろう?」
エルシャが、諭すようにそう口にする。
アルフレッドも、本当のところは納得してしまっているのだろう。
きっと必要なのは、納得するための理由と少しの時間。
ルナミリアに流れ着いたばかりのアルフレッドは、それはもう荒んでいた。
裏切られ、誰も信じられず、ただ剣だけを信じ、他人に興味を持たない職人気質。
それが小さな少女をこれほど溺愛するようになるとは、いったい誰が予測しただろうか。
「ぐぬぬぬぬぬ。こうなったらワシは、フィアナに付いて王都に行く!!」
「駄目です。王都を戦場に変えるつもりですか」
何を言い出すのかと、エルシャは呆れてため息をつく。
魔界の奥深くにある辺境村――それがルナミリアだ。
未開拓地帯にあり、存在すら知られていない秘境の地。
世界一、危険な村であるといっても過言ではなく、ルナミリアの面々は決して子供を作ってはならぬと固く禁止されていた。
到底、小さな子供が生き残れるような環境ではないからだ。
だからこそアル爺・エルシャ・フィアナという3人家族はイレギュラーであった。
いずれこんな日が来る――エルシャは、そう覚悟していたが、どうやらアルフレッドは違った様子。
「それが、あの子にとっての幸せなんじゃな」
「ええ、そう思います。それに、もし王都で何かあったとしても、あの子にはルナミリアという帰る場所がある。それが、どれだけの支えになるか。あなたなら分かるでしょう」
「ああ。そうじゃな……」
それでもアルフレッドは、最後には諦めたように頷くのだった。
一方、少し離れて宴会場。
「あの年で第4冠の魔法まで使いこなせるのは、間違いなくフィアナだけだ!」
「おまけに内的魔法のセンスも、バケモンだ。ドラゴンの鱗を素手で貫くなんて目を疑ったぞ」
「フィアナって、最近では模擬戦でも負けなしじゃないか?」
「お、俺だって本気を出せばまだまだやれらあ!」
そこでは酔っ払った村人たちが、未だに好き勝手に盛り上がっていた!
ルナミリア――世界各地で居場所を失った精鋭が集まる村。
そんな世界最高峰の人々が、面白半分に、最先端の技術を惜しみなく教えた少女――それがフィアナである。
それぞれの分野のスペシャリストから英才教育を受け、フィアナは自分でも気付かぬうちに世界最高峰の実力を手にしていたのだ。
「いやいや、あの子の1番の凄さは、あの吸収力だ。教えれば教えるだけ、なんでも吸収しちまうんだからな!」
「だからって、あの子が人間やめちまうまで全ての技法を教えるやつがあるか!?」
「「「つ、つい。なんでも覚えるもんだから楽しくて(よう)(さあ)」」」」
顔を見合わせ、がははと豪快に笑い飛ばす村人たち。
――そうして夜は更けていく。
【フィアナサイド】
それから2週間が経ちました。
結局、私――フィアナは、無事、王都へと旅立つ事になりました。
どうやらあの後、エルシャお母さんは、きちんとアル爺を説得してくれたようです。
(えっと、私が通うことになるエリシュアン学園は、王都にあるんだっけ)
(王都は、こことは別の大陸にある大きな街で、人間がたくさん住んでる場所。うん、覚えた!)
あの後、私は村人総出で王都について教わる事になりました。
学園に通う上で、気をつけること。
1人暮らしをするための方法。
その他、王都で生きていくための常識まで。
「え? 王都じゃ、勝手に野生のモンスターを狩って食べたら駄目なんですか!?」
「フィアナちゃん~!?」
「なるほど! 狩りには許可を取る必要があるんですね!」
「「「(違う、そうじゃない!)」」」
なんてことが初日にあり、常識教育が必要と判断されてしまったのです。
(むむむ……。ようやく異世界に馴染んだと思ったのに、王都はまた別の世界が広がってるなんて――さすがは異世界、恐ろしい場所!)
もちろん、それぐらいで挫ける私ではありません。
学園で友達を作るため、私はむしろ燃え上がって学園に通う準備を進めます。
そうして、たっぷり2週間ほどの時を経て。
まだまだ教え足りないことがあるとルナミリアの面々は不安そうにしていたけど、これ以上待ってたら私が学生じゃなくなってしまいます!
そんなこんなで、私は王都への旅立ちを強行。
「エリュシアン学園に着いたら編入試験を受ける。筆記は捨てて、実技試験でどうにかする――うん、完璧な作戦です!」
エルシャお母さんから編入試験をどうにかするための秘策も授かり、私はついに王都に出発するのでした。