フィアナ、転生して超健康になる
「あーあ、つまらない人生だったなあ」
薄れゆく意識の中。
私は、これまでの人生を思い返していました。
忘れもしない6歳の誕生日。
私に下された診断は、難しい漢字が並んだ何とかという病気でした。
世界で数人しか報告例がない難しい病気。治療法は存在せず、できることは病院で対症療法を繰り返すぐらいだそう。
(どうせ世界で数人のものを引き当てるなら、宝くじでも当たれば良かったのに)
現実感を欠いたまま、私はそんなことを考えていました。
病院での暮らしは退屈そのものでした。
悲しいかな。この身体、ちょっと歩き回ると、すぐに熱を出すのです。絶対安静を命じられ、ベッドの上が私のすべてでした。
家族からはうんと愛されて、それなりに幸せな人生ではあったけど、
(神さま。最期に、私の願いを1つだけ叶えてくれるなら――)
(次の人生では、健康な体が手に入りますように!)
最期の瞬間に願ったのは、そんなささやかな未来。
もっとも私は、神さまなんて信じていなかったけど……、
『聞き届けよう。その願い――』
(ッ!?)
意識が完全に消える直前。
私の耳に、そんな声が聞こえてきた――気がしました。
(……幻、聴?)
不思議な経験も、薄れゆく意識の前には関係なく。
そのまま私は、どこかの病院で安らかな死を迎え……、
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
気が付いたら異世界に転生していたのでした。
***
時は流れ13年。
私は――無事、13歳になりました!
「健康な体って凄い!」
布団から起き上がり宙返り。
スサッと着地し、私は満面の笑みを浮かべます。
――とある村で、私はスクスクと育ちました。
異世界に転生してからの日々は、それはもう驚きの連続でした。
この体、本当に凄いんです。
1日中走り回っても、息切れひとつ起こしません。
どんなに食べても胃もたれすらなく、それどころか数時間後には、お腹が空いてきます。
おまけにグリズリー・ベアとかいうバカでかい熊型モンスターに齧られてもピンピンしていますし、崖から落ちても怪我ひとつありません。
階段を踏み外しただけで、1日寝込んだ前世の虚弱な体とは大違いです。
(ありがとう、神さま。健康な肉体、最高です!)
起き上がった私は、顔を洗いに水辺へ向かいます。
映りこんだ自身の姿を見て、改めて異世界の素晴らしさに感謝。
ぷくりと膨らんだ唇に、サラサラの銀色の髪! 不健康な前世のモノとは似ても似つかぬ健康的な肌。そこに映っていたのは、アニメでよく見たファンタジー世界の銀髪美少女そのもの。
なお、断固として育つ気配のない胸はご愛嬌。
きっと数年後には、立派に育ったナイスバディが手に入ることでしょう。
健康的で、穏やかな毎日に感謝。
私が、神さまにささやかな祈りを捧げていると、
『警告! 警告! ルナミリアに、ドラゴンが接近中』
『グリーンタイプが3体! 戦える人は、すぐに迎撃に向かってください!』
そんな声が、頭の中に響き渡りました。
見張りによる通信魔法です。
警報を聞いた私は……、
「やった! 今日の晩御飯は、ドラゴンステーキですね!」
目を輝かせながら、村を飛び出すのでした。
転生した私が流れ着いたのは、ルナミリアという小さな集落でした。
育ての親であるアルフレッド――あだ名はアル爺――によれば、洗濯物を洗うため川に行ったら、カゴに乗せられた私が、どんぶらこっこと川を流されていたそうで、
(な、なんじゃそりゃぁああああ!?)
(神さま! もうちょっと、アフターケアも頑張っていただいて!)
それでも奇跡的にアル爺に拾われ、私はどうにか今も健やかに生きているというわけです。
ちなみにアル爺は、ルナミリアの村長です。
転生して間もなく、私は村長の娘なんて肩書きも手にしてしまったのでした。
閑話休題。
村を飛び出した私は、今晩のドラゴンステーキに思いを馳せていました。
(わざわざ向こうから来てくれるなんて)
(親子かな? 若いドラゴンの方が、お肉が柔らかくて美味しいんだよね)
迎撃したモンスターは、そのままルナミリアに生きる人々の糧になります。
取れたてのお肉は、まさに絶品。
ドラゴンを丸ごと食べても、ピンピンしている胃袋に感謝!
そのまま私は、森の中を目的地に向かって突き進みます。
しばらく経ち、報告された場所まで辿り着くと、
「うん! 丸々と肥え太ったドラゴンが3体!」
ターゲットを指さし確認。
私は地を蹴り飛び上がり、
「えいやっ!」
軽い掛け声とともに、ドラゴンの鼻っ面に魔力を込めた拳を叩き込みました。
ギャアアアアァァァ!
拳を受けたドラゴンは、情けない悲鳴をあげながら墜落していきます。
地面に叩きつけられ、ドラゴンはピクリとも動かなくなりました。
(うん、絶好調!)
拳にマナを込める格闘戦も、随分と板に付いてきた気がします。
「さてと残りも……って、あぁぁぁぁ!?」
チラッと残りのドラゴンを見ると、泡食った様子で飛び立った後でした。
「待って! 私の晩ごはん~!?」
いくら嘆いても、時すでに遅し。
私はさめざめと泣きながら、獲物をずるずる引きずって村に戻るのでした。
***
私の故郷であるルナミリアの村は、ド田舎という表現がぴったりののどかな村でした。
「フィアナや、また腕を上げたようじゃな」
「はい! その……、2体ほど取り逃してしまいましたが──」
「もう、フィアナちゃんったらおっちょこちょいなんだから。だから魔弾の火炎ぐらいは覚えた方がいい、って言ったのに」
村に戻った私を迎えたのは、腰から刀を引っさげたおじいちゃんと、エルフのお姉さん──アル爺とエルシャお母さん──でした。
2人は、私の育ての親にあたります。
嬉々として飛び出して行った私を、今日も生暖かい目で見ていたのでしょう。
「お母さんは、少し自重してください。こないだも指パッチンで火山を爆発させて、大火事起こしてたじゃないですか。消すの、大変だったんですからね」
「てへっ」
ぺろっと舌を出すエルシャお母さん。茶目っ気たっぷりの優しいお姉さんに見えますが、実は300を超える長寿のエルフだったりします。
思わずジト目になった私を見て、
「もう、反抗期になっちゃって。うりうり〜」
エルシャお母さんは、じゃれつくように私に抱きついてきました。
窒息しそうになって、慌てて逃走する私。エルフの習性と言い張っていましたが……、この抱きつき癖は、困ったものです。
「宴じゃ~! フィアナの成長を祝って、今日は宴を開くぞ~!」
一方、アル爺は楽しそうにそんなことを叫び、
(むむ……。よくみると、ちょっぴり頬が赤いです)
(アル爺──さては、すでに飲んでますね)
「待ってました。宴じゃ、宴じゃ!」
「ガッハッハー! わしも秘蔵の酒を持ち出すとするか!」
大盛り上がりで、村人たちが集まってきます。
そうしてルナミリア村では、たちまち宴が開かれる事になるのでした。
***
村中央の広場で、ささやかな宴が始まりました。
私が取ってきたドラゴンも、丸焼きにされて振る舞われています。
(うん、ジューシーで最高です!)
ちなみに料理人は、エルシャお母さん。
表面はカリカリ。中はじんわり。スパイシーな味付けも、こってりしたドラゴンのお肉にはよく合っていて美味しいです。
「ガッハッハ、フィアナもだいぶ強くなったなあ!」
「まったくだ。こりゃあ、うかうかしてたら一本取られちまうね」
「あ、グレンおじさんに、アンおばさん!」
私が料理を頬張っていると、何人かの村人たちがそう話しかけてきました。
小さな集落なので、だいたいの人が顔なじみなのです。
「本当に、こんなに立派になっちゃって。昔は狩りの時間だって、ピーピー泣きながらアル爺の後をついて回るだけだったていうのに」
「それが今では、目を輝かせて真っ先に飛び出していくんだもんなあ」
「いったい、いつの話をしてるんですか……」
人の黒歴史を思い出しながら懐かしむのは辞めていただきたい。
3歳になった直後に、馬鹿でかいオーガの前にぽんっと放り込まれたのは、今世でもトップ3に入る強烈なトラウマです。あれは誰だって泣くと思います。
(まったく、私が健康じゃなかったら100回は死んでたところです!)
(健康な身体、すごい!)
日々、健やかな暮らしに感謝。
(例のこと、切り出すなら今がチャンスですね)
ところで私には、いつか言おうと思っていた秘めたる願いがありました。
前までは現実味がなくて言い出せなかったこと。
それでも、こうして村人たちが強さを認めてくれつつある今なら――
「アル爺! 私、村を出ます!」
「……な、な、な、なんじゃってぇぇええええ!?」
そう切り出した私に、アル爺はひっくり返って腰を抜かすのでした。