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SS・掌編小説 その他・純文学

僕と犬と街と月

作者: 空クラ

短編です。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


「なあ。ひとつ賭けをしないか」

 友達の犬が僕にいったのは、カフェに入って一時間ほどした時だった。

「賭け?」

 驚いた僕に、彼はミルフィーユを口に運びながら頷いた。

「そうだ。賭けだ」

「賭けって、どんな?」

 僕は既に冷めたブラックの珈琲を少し飲んだ。

 舌の上にザラザラとした苦味が拡がる。

「俺が勝負に勝ったら、君の携帯と俺の携帯を交換するんだ。君が勝ったら飲食費は全て俺が払う。期間はどちらも一週間」


 彼から発せられた言葉は、暇だからやろう、と言うような口調に思えた。

 しかしその表情からは何も読み取る事は出来なかった。

 何か僕を試しているのか、それともただの気まぐれなのか、そもそも本気なのかどうかすら僕には判断出来なかった。

 

 だから僕は正直にいった。

「あまり気が進まないな」

「どうして?」

「やる意味がわからないんだ」

 彼はしばらく黙り、それからため息をついた。

 それはある質量を伴うため息だった。

「なあ。君は意味がなきゃ何もやらないのか? 君はゲームはするだろう? ゲームはやる意味があるか?」

「ゲームは面白いよ」

「これは面白くない? やる前にどうして分かる? ゲームをするのと何も変わらないよ。別に誰かを傷つける訳じゃない。……君は何を気にしてるんだ?」

「電話がかかって来たらどうするんだ」

 僕は当然の疑問を口にした。

「問題ない。お互いのフリをすればいいんだ。それこそリアルなゲームだと思えばいい。リアル、ロールプレイングゲームだよ」


 彼はなんでも無いようにいった。

 どうしてこんな話になったのだろう、と僕は思った。

 携帯を換えてるのがゲームだって?

 黙っている僕に彼は言葉を続けた。

「バレやしないさ。俺たちの声は良く似ている。君も知っているだろう?」

 彼の問いに、僕は頷いた。

 自分では判らないが彼の言う通り、僕らの声は恐ろしく似ているらしい。


 以前、僕の携帯にかかってきた電話に彼が出た事があった。チョッとした悪戯だったが、相手は全く気が付かずに話していたのだ。

 なんてオッチョコチョイな人なんだろう、とその時の僕は思った。

 しかし気が付かなかったのはその一人だけじゃなかった。

 僕の親しい複数の人間、それと両親すら彼を僕だと思い話したのだ。

 それを見せられた僕は、声が似ていると認識せざる得なかった。


 見た目(顔の骨格が似てると声が似ると聞いたことがある)が似てるとは思えないのに、だ。

 ただ、だからといって一週間もの間、彼を演じ続ける自信が僕には無かった。


 僕は黙った。

 実際は言葉を探していたのだか、彼はそれを肯定と受け取ったのかニヤリと笑い、ポケットから小銭を取り出した。

「お互いに持っている小銭を取りだし、合計の数が偶数か奇数を当てあう。これが賭けのルールだ。俺から持ちかけた話だから君から選べばいい。さあ、偶数か奇数どっちだ」


 好むにしろ、そうでないにしろ、ここまで話を進められると止める事は困難に思えた。

 それにどうしても嫌だといって説得する言葉を僕は見つける事が出来なかった。

 だから僕はしばらく考えた後、「奇数」と答えた。


 彼は頷いた。

「グッド。さあポケットから小銭を出してくれ」

 僕はポケットに手を突っ込み、あるだけの小銭を机の上に置いた。

 500円玉が一枚に50円玉が一枚、10円玉が三枚に1円玉が四枚あった。

 全部で九枚ある。

 彼が開いたの手には十三枚のコインがあった。

 合計、二十二枚。

 偶数。


「俺の勝ちだな」

 枚数を数え終えた彼はそういうと携帯を取りだして僕に渡した。

 そしてなにも言わず僕の携帯を自分のポケットにしまい込んだ。

「そう、心配そうな顔をするな。この携帯で悪さしようなんて考えてないさ。もし携帯を返した後、なにか問題があれば警察でもなんでも行けばいい。誓っていうけど、本当にこれで何かしようってのではないんだ。ただのゲームなんだよ」

 そういって彼は残りのミルフィーユを口に放り込んだ。

 僕は珈琲を飲み、不味いなと思った。



 しばらく何でもない話しをした後、彼に用事があるというので、僕たちは別れる事になった。

 やれやれ、とカフェを出て街を歩きながら思った。

 どうしてこんな事になったんだ。

 携帯を換えるなんてどうかしてる。

 いったい何の意味があるというのだ。

 しばらくあてもなくブラブラ歩いている時、着信を告げるメロディが鳴った。

 僕は通話ボタンを押してから、しまった、と思った。


 これは犬の電話なのだ。

 馬鹿正直に電話など出ず、放っておけばよかったのだ。

 しかしもう遅かった。

 通話口からは女の声が聞こえていた。

「もしもし、あたし」

 あたし?

「……はい。犬です」と僕は彼の名前を名乗った。

「分かってるわよ。携帯にかけてるんだから」

 女の言葉に、確にそうだ、と僕は思った。

「ねぇ、今どこにいるの? まさか約束忘れてるんじゃないでしょうね」

 約束?

 そして彼が用事があるといった事を思いだした。

 きっと彼女と待ち合わせをしていたのだろう。

 だとしたら、彼は待ち合わせの場所に向かっている筈だ。

「もうすぐ着くと、思う」と僕は彼女にいった。

「思う、じゃ困るんだって」

「……そうだね」

「そうよ。……ま、いいわ。こっちに向かってるんでしょ? それまで携帯で話ししましょう」

「あ、いや……。君は」

 僕は戸惑った。

 いったい何を話せばいいのだ。

「キミ? ミキ? ねえ、いったい誰と間違ってるの!? 私は月よ」

「し、知ってるよ」

 僕は慌てていった。


 月。

 それが彼女の名前らしい。

 この電話が原因で犬と月が別れる事になったら、と僕は思った。

 僕に責任があるかといといえば、無いと思う、けれどもしそうなれば後味が悪い事には違いない。

 だから僕は「君は月で、僕は犬だ。知ってるよ」とよく判らない事をいった。

「ボク? やっぱり変よ。いつも俺って言ってるじゃない」

 そうだった。彼はいつも自分の事を『俺』といっていた。

 彼が僕の携帯で話している時はどうだっただろう。

 ちゃんと人称をかえて『僕』といっていただろうか。

 どちらにしろ僕が彼を演じるには、いささか無理があるのだ。

 犬が演者として優れているのか、彼女が人の機微を察するのに優れているのか判らないけれど。


 しかし今の所、彼女はまだ相手が犬ではないと気付いてはないようだった。

 そう思うと、やはり声が似ているのだろう。恐ろしいほどに。

「……ま、いいや」と、黙っている僕に彼女は話題を変えるようにいった。

「ところで友達と携帯を取り換えるって言ってたけど、その前に一言教えてよ。間違えてかけたくないから」

 どうやら彼は月に携帯を換える事を告げていたらしい。

「ねえ。ぼ…、俺はどうしてその友達と携帯を取り換えるって言ってた?」

 何か判るかもしれない、と思い僕は尋ねた。

 しかし返事はそっけなかった。

「知らないわよ、あなたの事でしょ」

 またしても、確に、と思った。

 しかし何か思い出したように彼女は言葉を続けた。

「……貴方は、その友達の事があまり好きじゃないんでしょ?」

 犬は僕を好きじゃない?

「どうして? そんなこと言ったのかな?」

「言ってないけど、何かその友達の事を話しているときの言葉のニュアンスで、そうかなって思っただけで……」

 僕は彼に嫌われていたのだろうか。

 知らず知らずのうちに嫌な思いをさせていたのかもしれない。


 しかしだからといって携帯を換える事に何の意味があるのか、僕にはピンとこなかった。

 まあ、いい、と僕は思った。

 このまま話していても僕の思考はどこにも辿り着かない。

 いま、どうするべきか。

 彼に月の事を電話で知らせよう、と僕は思った。

 もしかしたら犬は月との待ち合わせを忘れている可能性があるし、忘れているなら対策を考えなければならない。

 そして、やっぱり携帯を返して貰おう。

 彼が僕を嫌いなら嫌いで仕方がないが、いまの状態は普通に考えて不自然だ。

 僕は月にいったん電話を切る事を告げ、返事を待たずに切った。


 それから犬が持っている僕の携帯に電話をかけた。

 しかし彼は出なかった。

 繋がらなかった。

 時間を置いて何度かかけなおしてみたが、そのたびに通話中の音がなるだけだった。


 まいったな、と思いつつ携帯から視線を上げると、店の前に佇む女と目があった。

 その女は軽く微笑むと、こちらに向かって駆け寄ってきた。

 後ろに誰か居るのだろう、と僕は思い背後を振り返ったがそこには誰もいなかった。


 誰かと勘違いしてるのだろうか、と僕は思った。

 しかし女は僕の前にくると「遅い、犬」と彼の名をいった。

 そして「急に電話切るんだから」と少しふてくされたように頬を膨らませた。


 僕は混乱した。

 僕が犬?

 彼女は月?

 驚いている僕に彼女は不思議そうに首を傾げた。

「どうしたのよ、やっぱり変よ。電話でもおかしかったし」

 何かが間違っているのだ、と僕は自分にいい聞かせた。

 それはこの女なのか、僕自身なのか、犬なのか、それとも月なのか、判らないけれど確かに何かが間違っている。

 僕は駐車してあるサイドウインドウを鏡にして自分の姿をうつした。

 そこには僕がいつも見ている僕がいた。

 どうみても僕は犬ではなかった。

 なのに女は僕を犬だと信じきっているようだった。

 そのとき突拍子もない考えが頭に浮かんだ。

 携帯をかえたのじゃなくて、かわったのは人格なのではないか、と。


 そういえば、と僕は思い出した事があった。

 僕の携帯と犬の携帯は機種は勿論、色も同じだった。

 非常によく似ていた。

 いや、よく似ているってものじゃなくて、そもそも同じ携帯じゃないのか?

 そう考えると、犬が本当に存在した人物なのか僕には判らなくなってきた。

 いや、違う、とその考えを僕は否定した。

『本当は僕が存在していたのか』どうか、だ。

 それが真実のように思えた。


 彼女はなにごとも無いように僕の手をとって歩き出した。

 街には人が溢れかえっている。

 僕は思考はある場所に到着しようとしていた。

『僕は犬の意識下としての存在でしかない』のではないか。

 彼女は僕の手を取り、どんどん雑踏の中に入っていく。


 犬よ、どうしてお前は僕と入れかわったのだ?

 犬よ、いまお前はどこにいるのだ?

 犬よ、僕はまたお前とかわれるのか?

 人の波に飲まれるように僕の考えは流され、拡散していく。

 

 犬よ、僕はどうやって生きていけばいいんだ?

 犬よ…………

 僕は……

 どうすればいい?

 …………

 ……


End

気に入れば、ブックマークや評価が頂けたら嬉しいです。

執筆の励みになります。_φ(・_・


他にも色々短編書いてますので、よろしかったら読んでみて下さい。

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