第九話 私の将来設計
あれから、私は児童養護施設に入所することになった。
施設は予想と違って、一見するとまるで普通の家のようだった。
そこは私を含め、入所者も職員さんもすべて女性だった。
私は旧姓である、坂上で通した。
たきがわさんが手続きをしてくれたらしく、それで大丈夫になった。
母の姓は、どうしても名乗りたくなかったから。
あの男の私に対する親権は喪失となったようだけど、母の親権は停止されるだけで済んだようだ。
いつか、母親の親権の停止は解除されるかもしれないけど、恐らくは大丈夫だろうとかきたさんはおっしゃっていた。
つまり、私とあの保護者たちとの親子関係は、事実上無くなっていた。
それを知った時、何だか肩のあたりが涼しくなったような、どこか寒くなったような気がした。
私は、自由になったということだ。
でも、自由って、不自由がセットなんだと改めて理解した。
「さくらおねえちゃん!」
入所者には小学生の女の子も居て、私はよくなつかれた。本も読んであげたし、勉強も見てあげた。
急に妹が出来たみたいで、ちょっと不思議な感覚だったけど、どこか満たされた感じがした。
他にも高校生の女子もいたけど、何故か私と口を聞いてくれなかった。
私は、通っていた中学校を転校した。
念の為の措置なんだそうだけど。
クラスメイトにお別れを言うことも出来ずに、急に学校を変えるのは、ちょっと悲しかった。
でも、仕方が無かった。
安全の為なんだから。どこから情報が洩れるか、分からないからだ。
ああいう暴力で人を支配しようとする存在は、油断がならないからだという。
分かっていたことだった。
それでも、私は泣いてしまった。
施設での生活は、意外に快適だった。
食事も三食きちんと出るし、学校がお休みの日にはおやつも出る。
お小遣いが出るのには驚いたけど、高校に入ればアルバイトもオッケーらしい。
とは言え、保証人の問題もあるので、どこでもいいとはならないらしい。児童養護施設に理解がある職場なら、割と簡単に受け入れてくれるそうだ。
私はとにかく、勉強していい高校に入り、いい会社に就職しなければならなかった。
この施設は、高校卒業まで居られるけど、卒業したら独り立ちしないといけないから。
今から準備をしないと。
ある日、たきがわさんが訪ねてきた。
「元気そうだね。何か、不足しているモノは無いですか?」
「ありがとうございます。何もありません」
「そうですか。でも、何かあれば申請をしてくださいね」
「はい」
「高校は、行くんですよね?」
「はい、もちろんです」
「そうですか。それはいい」
「あの~、お母さんはお元気ですか?」
「ああ、ちょっと体調を崩して入院したけど、咲良さんのことを気に掛けていたよ」
私は驚いた。お母さんに、何かあったのだろうか?
「あの!お見舞いに行きたいです!」
「ああ、大丈夫だよ。一応、念の為の入院だから、そんな必要は無いよ。年を取るとね、あっちこっちガタが来るんだよ」
「そうなんですか?」
「私もね、検査をするといつもね、すぐに入院してくださいって、主治医によく言われるんだよ。もう、ここ10年もね」
「10年もですか?大丈夫なんですか?」
「ありがとう。医者はね、大げさなんだよ。だからね、大丈夫だから。咲良さんは、心配しないで。家内が退院したら、また家に遊びに来なさい」
「はい!」
お母さんが退院したら、お見舞いに何かを持って行こう。
何がいいかな?
お母さんに会いたいなあ。
私は、公立高校に入った。
公立だけど、一応進学校だった。
私はそこで、いっぱい勉強したけど、塾に通っている同級生にどうしても敵わなかった。
私は独立に備えてアルバイトもしていたので、お金も時間も無かった。
塾に通えなかった。
そんな時だった。滝川さんが、施設を訊ねてきたのは。
「咲良さん、将来は就職希望って伺いましたけど、どうしてでしょうか?」
「高校を卒業したら、ここを出ないといけませんから」
「う~ん、奨学金制度があります。大学に、行くべきではありませんか?」
「でも、時間がありません。受験に備えて、塾に通うお金も時間もありませんし、奨学金ていつか返さないといけないんですよね?」
「塾代でしたら、自治体から補助が出ます。それに、返済不要の奨学金もあります。活用してください」
「でも」
「使えるものは、何でも使うべきです。少なくとも、あなたはハンデを背負わされています」
「仮に大学に行っても、生活費に自信がありません。やっぱり、就職しないと」
「それでしたら、企業がやっている奨学支援金があります」
「企業がですか?」
「中には学生時代の生活費も、支給してくれる企業もあります」
「本当ですか?」
「本当です。もちろん、色々と条件がありますけど、咲良さんなら大丈夫でしょう」
滝川さんはカバンから、パンフレットを出した。
用意がいい人なんだと、つくづく思った。
こうなることを予測しないと、中々出来ないと思う。
そうだとすると、かえって気になった。
「あの~、お母さんはもう退院したんでしょうか?」
「うん?ああ、もう少しで退院すると思うよ。家内も退院したがっているけど、病院は大げさだから、中々許可が下りないんだよ」
「そうなんですか?どこか、悪いんですか?」
「年を取るとね、本当にあっちこっち悪くなるんだよ。元気でもね、数字が悪いっていうだけで、すぐに入院させようとするんだよ。この際だから、全部見てもらっているんだよ。だからね、君は君のことを心配しなさい」
「はい」
「咲良さんが大学に合格したら、皆でお祝いしようって、家内も言っていたから。楽しみにするんだよ」
「はい!」
私に楽しみが出来た。
また、お母さんや皆に会える。
牧田さんにも、会いたいなあ。
お仕事、忙しいのかな?
「よ~し!頑張ろう!」
その時の私は、本当に暢気だった。