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私の先輩  作者: せいじ
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第八話    頼りになるお姉さん

 どこか、知らない場所だった。


「咲良さん、ごめんなさいね。本当なら、児童相談所に行きたかったんですけど」

「いいえ?でも、どうしてですか?」

「咲良さんのご両親が、児童相談所に来ている可能性があるからです」

「どうして?」

「子供が保護される場所って、警察か児相なんですよ」

 このえさんと呼ばれた男性が、先生と呼ばれたたきがわさんに代わって答えてくれた。

「ああ、忘れてました。この方は、警察官ですから。いざとなったら、守ってもらってください。近衛さんも、それでよろしくお願いしますね」

「了解です」

「仕方がありませんよね。もしばったり出くわしたら、子供もショックを受けますから」

「わ、私は平気です」

「咲良さん。ここは、我々に任せてください。私も先生の奥様から、あなたを託されましたから」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。だから、近衛君もそれでよろしく」

「それで、ここはどこなんですか?」

「一時保護所ですよ」

「一時ですか?」

「はい、あなたをしばらく匿う場所です」

「でも、ここにもあの男が、来るんじゃないんですか?」

「それは大丈夫です。ここは何かと不便でしょうけど、敷地は外部から遮断されています。許可の無い人が、勝手に入るどころか、訪ねることも出来ません」

「そうですか」

 よく分からないけど、安心出来る場所なんだろう。

 

 建物は病院みたいで、確かに出入りが出来にくそうな感じがする。

「さ、こちらへ」

「あ、はい」

「こんにちは」

 セーターにデニムという、ラフな格好をした大人の女性が、腰に手を当てながら私たちを待っていた。

 耳に付けた大きなイヤリングが、ちょっとカッコいい。

「ああ、ご苦労様です。咲良さん。こちらは牧田さんと言って、検事さんです」

「よろしくね」

 女性はにっこりしながら、握手を求めてきた。

 私は素直に、握手に応じた。何だろう、やけに人懐っこいような感じがする。でも、けんじさんって言ってたけど、まさかあの検事さん?イメージと違うんだけど。

「わざわざ来ることないのに」

「あら。久しぶりね、麻弥」

「ここでは、柿田と呼んでください」

「相変わらず、固いのねえ。まるで、公務員みたい」

「私はれっきとした公務員です。あなただって、そうでしょう?」

「やだ、やだあ。そんなんだから、市民から嫌われるのよ?もう少し、砕けた感じにならない?」

「私は嫌われてません。だいたい、あなたのその格好は、少し砕け過ぎでは?」

「ええ?頼りになるお姉さんファッションて、麻弥には見えない?」

「見えませんね。だらしない恰好の間違いでは?というか、柿田と呼んでください」

「もう、そんな頭の先からつま先まで、まるで公務員みたいじゃ、婚期逃すわよ」

「か、関係無いでしょう?」

「私だったら、麻弥みたいにあたまかったそうな人に、大事なお話しをする気にはならないけどなあ」

「はあ?私だってね、そんなちょっと遊びに行くようなふざけた恰好の人に、大事な話しなんて出来ません。だいたい、その派手なイヤリングはなに?」

「うふふ♪似合う?」

「人の話を聞け!」

「まあまあ、御両人」

「あら、居たの?近衛君」

「居ますよ、そりゃあ」

「まあ、いいですけど。では、代表者聴取を行いますので、こちらでお願いします」

 たきがわさんに向かい合ったら、急に態度が硬くなった。やっぱり、たきがわさんはえらい人なのかな?

「牧田さん、それはいいというお話だったはずですけど?」

「お久しぶりです、滝川先生。申し訳ありませんが、検事の聴取が無ければ、立件も難しいという上の判断です」

「そうですか。咲良さん、すみません。私のミスです。もう一度、先ほどのお話を、こちらの女性にしてくれませんか?お辛いでしょうけど」

「はい。私は大丈夫です」

「ごめんなさいね。この一回で済ませるから」

 検事さんは腰を屈め、私に申し訳なさそうに話してくれたけど、私は検事さんのプルッとした唇に、つい見惚れてしまった。

「はい、お願いします」

 私はただ、恐縮していた。

 こんな立派な大人たちが、私の為に色々としてくれるのだから、贅沢は言えないと思う。

「くれぐれも、お願いします」

「もちろんです、滝川先生」

「もう私は、先生ではありませんよ」

「ああ、そうでしたね。でも私の中では、先生は先生ですよ」

「そうですか」

 私と検事さんは部屋に入り、たきがわさんとかきたさんとこのえさんは、別の部屋に入った。

 

 私が通された部屋にはソファーが二つあり、調度品も備えてあって、とても取調室とは思えなかった。

「ここですか?」

「そうよ、ここよ」

「なんだか、予想と違いますけど」

「ええ?どんな場所に、連れて行かれると思ったの?」

「狭い部屋で、こう、ライトを顔に当てて、ネタは割れてるんだって」

「何それ?それって、もしかしたら刑事ドラマかな?まあ、安心して。あなたは被害者だから、リラックスしていいのよ」

「はい」

「一応ね、ここは録音、録画しているから。隣の部屋には、滝川先生、柿田さん、近衛警部補がいらっしゃるから、安心してね」

「どうして、一緒じゃないんですか?」

「まあ、大人がそんなにいたら、圧迫感があるからね」

「私は、気にしませんけど」

「滝川先生や近衛君なら、確かに気にならないわよね。でもね、麻弥はちょっと見た目がねえ。あの子がいるとね、私がリラックス出来ないのよ。あ、これ麻弥には黙っておいてね?」

 立てた指をプルっとした唇にくっつけたその仕草は、大人っぽくもあり、それでいてどこか可愛らしいと思った。大人の女性でも、こんなに可愛らしく出来るものなのかと思ったけど、私もいつかそう出来るのかなあと思ったし、そうなりたいと思った。

 その仕草を見た私は、思わずクスっと笑ってしまった。でもいいのかな、こんなんで。

「ああ、確かにちょっと、怖いかも」

「でしょう?」

 フフッと、検事さんは笑ってくれた。とても、魅力的な笑顔だった。

 その後、急に居住まいを正した。

「では、これから、代表者聴取を行います。まずは、最初にお願いがあります」

 検事さんは、私に説明した。


 本当にあったことを、話してください。

 質問が分からなければ、分からないと言ってください。

 知らないことは、知らないと言ってください。

 私が間違っていたら、間違っていると言ってください。

 私はその場に居なかったので、何があったか分かりません。

 どのようなことでも、あなたの言葉で話してください。


「とまあ、気楽にね」

「はあ」

「そういえばさ、滝川先生のお家に泊ったんだよね?」

「はい」

「奥様のごはんどうだった?美味しかった?」

「ええ、とても美味しかったです」

「ああ、私も食べたかったなあ」

「このえさんとおっしゃる方も、そう言っていました」

「ああ、あいつはいいのよ」

「仲がいいんですね?」

「まあ、大学時代からの腐れ縁だからね」

「大学ですか?」

「そ。大学では、彼らとは同期でね。そこでね、滝川先生の講義を受けていたんだよ」

「そうなんですか」

 まきたさんとおっしゃる検事さんは、ドラマに出てくる検事さんと全然違っていた。

 ソファーにゆったりと座り、肘宛てに肘を当てながら足を組み、身体を私の方に傾けながら、それはまるで世間話をしているような感じだった。

 いいのかな、こんな調子で。後で怒られないかな?

 真面目にやれって。

「だからね、その時に滝川先生のお家に、みんなでお泊りしたんだよ」

「へえ~、楽しそうですね」

「勉強に次ぐ勉強だから、楽しくは無かったかなあ。近衛君なんか、すぐにぶ~たれたけどね」

「あ、なんかそんな感じに見えました」

「でもね、滝川先生の奥様の作るお料理がね、とっても美味しかったんだよ。みんなさ、それが目当てでね。もうずいぶん、ご馳走になってないなあ。ああ、麻弥が羨ましい」

「たきがわさんは、いつでも来ていいって言ってましたよ」

「ホント!やったあ!ありがとう。咲良さんに教えてもらわなかったら、きっとあいつら私に内緒ににしていたよ」

「そんなことは」

「ううん、人はね、結構油断ならないんだよ。咲良さんだって、経験したでしょう?」

「はい」

「ねえ、辛いなら辛いって言っていいからね。あなたを泣かせたら、私が後で滝川先生に叱られるから」

「あ、大丈夫です。本当に」

「うん。じゃあ、話せるところから、話してくれるかな?」

「はい」

 なんだろう、まるで世間話をしているように、すらすら話せる。

 カッターナイフや包丁で抵抗したことも、まるで武勇伝のように話せた。

 あの男の耳を噛み切れなかったことを、残念に思っているって話したら、よくやったと言ってくれたし、そんな奴、いい気味だわとも言ってくれた。

 よく、頑張ったわって、言ってくれた。

 私は、心から嬉しかった。


「そうなんだ。私だったら、手近なモノでもぶん投げてやるけどなあ」

「でも、母は」

「うん。辛いよね。私だって、滝川先生の奥様に、牧田さんってそんな人とは思わなかったなんて言われたら、ショックで寝込むよ」

「ええ?お母さんは、そんなことは言いませんよ。あ?」

「そうか、先生の奥様をお母さんって、呼んでいるんだね」

「すみません。つい」

「うんうん、いいのよ。私だって心の中じゃ、先生の奥様をお母さんって呼んでいるし」

「そうなんですか?」

「そうよ。だからね、あなたが背負う必要は無いのよ。親は親、あなたはあなたなんだから」

「はい。ありがとうございます」

「最後に質問だけど、ちょっと辛い質問になるけど、いいかな?」

「はい」

 何だろう、私は少し身構えた。

「咲良さんのお母さんの再婚相手の男性だけど、あなたをその、襲った時、男の性器は、あなたの性器に挿入された?」

「いいえ。全然」

「ふ~、良かった。答えてくれて、ありがとう」

 本当に息を吐いていた。どうしてだろう?

「いやあ、聞きにくくて」

「そうなんですか?」

「だって、生々しいじゃん。私だってさ、こんなことを聞くの嫌なのよ。でもね、事実確認は必要だから」

「重要なんですか?」

「一応ね。量刑にも関わるしね。相手の弁護士も、裁判では色々と反論してくるだろうし。そこを曖昧にしたら、むしろこっちが不利になるしね」

「それでしたら、私も裁判に出ます」

 検事さんは、首をふるふると振った。イヤリングも一緒に揺れて、とっても素敵に見えた。

「大丈夫よ。お姉さんたちに、任せて。こんな最低な奴を、野放しにしないから」

「はい、お願いします」

「一応、診察も受けてね」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、これで終わり。何か質問あるかな?」

「私は、これからどうなるんでしょうか?」

「そうねえ、とりあえずここで1~2か月過ごし、その後は多分だけど、児童養護施設に入るかな」

「施設ですか?」

「うん。ごめんね」

「いいえ、ありがとうございます。家に帰らなくていいなら、もうどこでもいいんです」

 

 そう、もうどこでもいい。

 安全なら、そこがどんな場所だって、私は居場所に出来るから。

 夜安心して眠れるなら、それだけでいい。

 あの男が居なければ、私は安心出来るから。

 もう、贅沢は言えないし。

 でも、出来るなら、お母さんのおうちに行きたかった。


「これで、さよならになるけど、ホント、元気でね」

「はい。本当にありがとうございました」

「いい。何かあったら、遠慮とかしちゃダメよ。滝川先生に、何でも言いなさいね。滝川先生はね、私たちのヒーローなんだから」

「はい!」

 私と検事さんは、握手をして別れた。検事さんの爪は、つやつやしていた。

 大人って、いいなあと思った。

 もし私に姉が居たら、こんな感じの人だといいなと思う。

 お化粧のやり方とか教えてくれたり、アクセサリーとか貸してくれるかな?

 そう思うと、姉と言う存在に強い憧れを感じてしまった。

 検事さんのような素敵な姉が居たら、私はこんなことにはならなかったのかな?

 ううん。居なくて良かった。居たら、きっとあの男が何かするだろうから。

 あの男に酷い目に遭うのは、私だけで十分だから。

 検事さんはどこか頼りなさそうな感じだけど、なんでも話せそうで、仲良く出来そうな気がする。

 もっと、お話ししたかったなあ。

 

 あ?ひとつ言うことを、忘れてた。




 そのイヤリング、とってもよく似合いますねって、言うのを忘れていた。


参考資料

子どもから正確な証言を得るには?変わる「司法面接」の現場 | こころ | RADIANT - 立命館大学研究活動報 | 研究・産学官連携 | 立命館大学

https://www.ritsumei.ac.jp/research/radiant/heart/story1.html/

代表者聴取の取組の実情/法務省

https://www.moj.go.jp/content/001331469.pdf

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