第七話 話を聞いてくれる人たち
今まで起きたことを、自分なりに整理しながら説明した。
ところどころ、話を前に戻したりするので、きっと通じない部分もあると思うけど、かきたさんはメモを取っていたし、スマホで録音もしていた。
後で、整理するからって。
なるべく、一回で済ませたいかららしいけど、私は何度でもお話ししますって言ったら、それでも一回で済ませますよと、おじさんは言ってくれた。
とても、優しそうな表情をしていた。
私を気遣うような、そんな目をしていた。
あの男とは、まるで違っていた。
その時、私のお母さんは席を外そうとしたけど、私の手を握っててほしいってお願いしたら、ずっと、手を握っててくれた。
ちょっと荒れた、私のお母さんの手は、それでも柔らかくて暖かかった。
もしかしたら、私のお母さんには、嫌な話しかもしれないけど。
それでも、聞いて欲しかった。
ありのままの私を。
「つまり、その咲良さんに対する同居する男のいかがわしい行為は、二週間たらずの出来事なんですね?」
「はい」
「う~ん」
「あの~、柿田さん?」
「はい、何でしょうか奥様」
「二週間も何も、無いのではありませんか?だって、この子が可哀そうじゃないの?」
「そうなんですけど、裁判ではそこが争点の一つになります」
「でも」
「抗拒不能状態の有無も、裁判では争点になるんですよ」
「え?何それ?」
「簡単に言えば、抵抗したかどうかなんだよ」
「だってあなた、咲良ちゃんは抵抗したじゃないの?」
「だからなんだよ。抵抗して、相手が引き下がったかどうかで、判断が分かれる」
「そんな。それじゃまるで、抵抗しちゃダメみたいじゃない。一体、この国はどうなってるの?」
私のお母さんはおじさんを、次にかきたさんに言い募っていたけど、それはどうしようもないことらしい。
申し訳なさそうに目を伏せた、かきたさんがちょっと気の毒に感じるぐらいに。
「とは言え、色々と救済も出来るようになっているよ」
「そうなの?」
「そうですね、少なくとも監護者強制性交等罪の適用は、恐らくは可能でしょう」
「じゃ、もうその男は刑務所に行くのね」
「まあ、そうかもしれません」
「違うの?」
「難しい判断だし、その判断は裁判所がするからね。前科があれば、一発なんだけどね」
私は黙って、大人たちの話を聞いていた。
何と言うか、私にあえて聞かせようとしている感じがしたから、一言一句聞き逃さないようにした。でも、何を言っているのか分からなかった。 それは、私のお母さんも同じだった。
「じゃ、咲良ちゃんはどうなるの?」
「ああ、それは大丈夫。養父の持つ咲良さんの親権は喪失になるだろうし、母親の親権は停止となるだろうから」
「そうなんだ」
お母さんは、心底ホッとした感じだった。それが私には、とても嬉しかった。
「咲良さん。確認なんだけど、今でも家族と一緒に暮らしたいかい?」
私は、ぞっとした。
あの男はもちろん、母さんとだってもう一緒に居たくない。
でも、それは我儘じゃないんだろうか?
家族だから、やっぱり一緒にいないと、いけないんだろうか。
「咲良ちゃん。いい?言いたいことは、何でも言いなさい。嫌なことは嫌って、はっきり言うのよ」
「はい、お母さん」
そうだった。そうなんだ。これはもう、私だけの問題ではないんだ。
私のお母さんは私の手を、ギュッと握ってくれた。
私は、自分の思いを伝えることにした。ありのままの、自分の気持ちを。
後になって、後悔しないために。
「私は、家には帰りたくありません。あの二人に、もう二度と会いたくありません」
「分かりました。そこさえ確認出来たら、後は我々大人の仕事です。すぐに、手続きに入ります。咲良さんは我々と、同行をお願いします」
「はい、分かりました」
「咲良ちゃん。いい、嫌なら嫌って言うのよ。いざとなったらね、逃げてもいいし、ぶん殴ったっていいんだからね」
「はい!」
「おいおい、公務員の妻がそんなことを言ったら、さすがにまずくないかな?」
「あら。私は公務員の妻に、なった覚えはありませんわ。私は、滝川浩二の妻ですよ」
かきたさんがちょっと、暗い顔をしたような気がしたけど、もしかしたら。
「ああ、そうだったね。苦労を掛けるね」
「その程度で泣き言を言ってたら、あなたの妻なんかやってられませんよ」
お母さんが腕まくりをした。その腕に、傷みたいなものが見えた。やけど?
「ありがとう」
「いってらっしゃい。咲良ちゃん、しっかりね。柿田さんも、咲良ちゃんと主人をお願いね」
「はい、奥様。私で出来ることは、全部しますので」
玄関から出ようとしたら、私のお母さんが私を抱きしめてきた。
「お母さん?」
「いい。しっかりね。世の中にはね、悪い人ばかりじゃないからね」
「はい」
「いいことだってね、いつかあるんだから」
私はまた、泣いてしまった。私ってこんなに、涙もろかったっけ?ダメダメ、しっかりしないと。
だから精一杯、元気に返事をすることにした。
「はい!」
「何かあったら、すぐにうちに来なさい」
「ありがとうございます」
「主人や柿田さんを頼るのよ。いい?忘れないで。味方になってくれる人に、思いっきり甘えていいんだからね」
「はい。おかあさん」
「ばいばい、咲良ちゃん」
「はい。ありがとうございました」
私は深々と頭を下げ、涙を拭いながら、おじさんとお母さんの家を後にした。
家の外に出ると、車が止まっていた。
車の側には、男性が居た。
私はちょっと、身構えてしまった。こっちを見た時、一瞬だけど怖い表情をしたから。でも、男性から出てきた声は、どこか素っ頓狂な感じだった。
「ああ、私だって先生の奥様の手料理が、食べたかったのになあ。柿田さんずるいよ」
「近衛君、今回は仕方が無いでしょう。次の機会に、奥様にお願いするといいわ」
「次って、いつよ?」
「さあ?」
「そんなことを言わずに、二人ならいつでも来ていいんですよ。ああ、私はもう、先生ではありませんよ」
「了解です!やったね、柿田さん」
「何で、私なんですか?」
「いえ、別にね」
「咲良さんも、家内が言っていたように、来れるようになったらいつでも来なさい。家内もきっと、喜ぶだろうから」
「はい!」
よく分からないけど、この三人は友達なのだろうか?
私は車に乗り、見たことも無い場所に連れられて行った。
私はもう、逃げたりしない。
前を見て進むんだ。