第五十九話 私たちの家族
子供を産むのは、初めての経験だったけど、あまり怖くなかった。
星空が私のお腹を、懸命にさすってくれるからだ。
それも、真剣に。
星空には、分かるのかな?
でも、漠然とした不安は、いつまでも私に付きまとった。
むしろ、その不安が星空には、気になるのかもしれない。星空は時々、不安そうな表情をするからだ。
ダメダメ、これじゃ立派なお母さんになれないよ。
違うか、立派な咲良さんになろう!
だから私は、星空に向かって、ニカっと笑いかけた。
星空もまた、ニカっと笑い返してくれた。
私は思わず、星空に頬ずりをしてあげた。星空は、嬉しそうだった。
うん、星空はいい子だ。きっと、いいお姉ちゃんになるだろう。
そうは言うものの、先輩の方がすっかり狼狽えていて、しかも星空にまでそれが伝染してしまい、そこら中をうろちょろうろちょろしていた。
ふたりを見ていると、何だか癒されるけど、助産師さんはいつも怒っていた。
「これじゃ、緊張もへったくれもないなあ」
「な、なに?陣痛でもきた?」
「まだですよ。まだ掛かるから、先輩は星空を連れて家に帰ってください」
「ええ、でも」
「大丈夫ですよ。陣痛が起きたら、すぐに呼びますから」
一応、産婦人科に入院した。
自宅での出産も考えたけど、私の女性器が緊張すると閉じてしまう可能性があるので、私はその不安から、入院を希望することにした。
しかし、助産師さんや産科の先生がいちいち私の女性器を覗くのって、恥ずかしくて本当に慣れないものだなあ。でもまあ、これなら普通分娩が可能でしょうと、先生はおっしゃっていたけど。
「咲良さん!」
「あ?柿田さん。わざわざすみません」
一応、柿田さんに連絡はした。牧田さんは海外だから、ここには来れないそうだけど。
「いいのよ。私とあなたの仲じゃない」
「そういえば、滝川さんはどうされていますか?」
「今、地方に居て、ここには来れないそうよ」
滝川さんは厚労省を退官し、NPO法人を立ち上げ、児童虐待やDV問題に取り組んでいるそうだ。主な仕事は、地方自治体に対策のアドバイスをしたり、地域のNPO法人の立ち上げに尽力したりと、結構忙しいみたいだ。
「私は大丈夫ですよ」
「そう?でもすごいわね。里子の次は、子供を産むなんて」
「本当に、自分でもびっくりです」
「ところで、旦那さんは?」
「子供が心配なので、家に帰ってもらっています」
「そうか。こういう時、頼れるところが少ないのが問題よね」
「でも、私は恵まれている方です」
「うん。それは否定しないわ。私も滝川先生と一緒に、色んな現場を見てきたから。本当に酷い家庭は、結構あるものよ」
「私も勉強して、それを知りました。本当に地獄としか言えないような家に、子供が居るなんて、ちょっと異常です」
「もしかして、それで里親になったの?」
「いいえ、それは違うんですよ。実は母が、子供が出来にくい体質だったんで、早々に見切りをつけたんです。子供が出来る見込みは、多分無いだろうと。そうしたら、この有様ですよ」
「そうなんだ」
その母が私たちを訪ねてきたことについては、柿田さんには黙っていたけど。
母には、頼りたくないから。
「まあ、気を楽にね」
「はい。ありがとうございます」
しばらくすると、会社の同僚がやってきた。
「咲良さん。具合どう?」
「はい、良好です」
「それは良かった」
「すみません、わざわざ」
「あれ?旦那さんは?」
「子供と一緒になって、右往左往していたので家に帰しました」
「ああ、何か想像つくなあ」
「でも、かえって緊張解けましたけど」
「それは良かった」
「陣痛って、痛いんですか?」
「そりゃあねえ。痛いわよ」
「そうですか」
「何よ。大丈夫だって。案ずるよりも産むが易しっていうじゃない。あっという間よ」
「そうだと、いいんですけど」
問題は、私の女性器の出口だ。ここぞという時に、閉じたりしないだろうか?それが心配だ。
赤ちゃんの首を、締めたりしないだろうか?
自分の身体なのに、自分ではどうにも出来ないなんて、ちょっと理不尽だと思う。
「ああ、これはおみやげ」
「ありがとうございます・・・・出産後のダイエット教本ですか?」
「一応ね。でもね、身体は戻らないものよ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、私はもう行くから。何かあったら、メールして」
「はい」
同僚は帰った。私は病室で、ひとりになった。
ひとりになると、色々と考えてしまう。
子供を産む怖さよりも、私はこれでいいのだろうかと。
いい旦那様に可愛い子供。恐らくは、母が望んだ理想の形になる。
郊外に一軒家。小さな庭を持ち、子供は二人。小さな犬を飼うのは、まだだけど。
幸せなんだと思うけど、何か違うような気がするし、そうでもないような気もする。
何と言えばいいのか、何かを忘れているような、それもとても大事な何かを、忘れてはいけない何かを、私は思い出さないといけないような感じがする。
「何だ、そりゃ」
しかし、考えずにはいられなかった。
こんなに幸せで、いいのだろうかと。
ずっと、疑問に感じていた。
考えていたら、痛みが起きた。
ああ、いよいよだ。
今は、そんなことを考えるのは、やめようと思う。
私は先輩に、陣痛が始まったことをメールで知らせた。
まだまだ、これからだ。




