第五十八話 私たちの子供たち
もしかしたら、二度とセックス出来ないかもしれないと心配したけど、二回目は案外あっさりと出来てしまった。
そうなると、あの悩んだ日々は、いったい何だったんだろうと思う。
こうして私たちは、名実ともに夫婦になった次第でした。
これで子供が出来れば、言うことないんだけど。
とは言え、先輩の年齢や、もしかしたら私の体質もあるので、妊娠するのを待つのではなく、とっとと養子を迎えましょうとなった。
もしかしたら、妊娠できないことで先輩を苦しめるようなことを、私はしてしまうのではないかと恐れたからだ。
セックスが出来ない日々の私自身を思い返すと、母が先輩に子作りを迫った時と同じに思えてならないからだ。
そうなったら、最後は先輩のせいにしてしまうんじゃないかと、私はそれが怖かった。
私の内側にある、オンナが怖かったし、母と同じ轍を踏みたくなかった。
それに母も結局、私以外に子供を授かることが出来なかったんだから、私も母と同じ体質を引き継いでいるかもしれない。
とは言え、それでも子供を授かったらどうすると、先輩は心配になって私に訊ねた。
「子供が出来たら出来たで、賑やかになっていいではありませんか?」
「それもそうか」
そう、なるようになると思いますよ。
そう思い切ったから、身体が楽になったのかもしれない。
もう、縛られなくていいと。
そうは言っても、養子を迎えるのは簡単な話しでは無かった。
特に問題だったのが、世帯主である先輩の年齢だった。
子供が成人になるまで、親は現役でいることが望ましいそうだ。経済的な理由が主らしいけど、身体的な理由もあるそうだ。
簡単に言えば、65歳引く18歳、つまり47歳足す子供の年齢が、ギリギリのガイドラインのようだ。
ただ、だからといってこの計算式をそのまま当てはめる訳にもいかないらしく、若い夫婦が養子を求めれば、そっちが優先されるそうだ。
「ま、そりゃそうか」
夫婦が共に30代なら、養子に迎える子供が成人するまで、間違いなく現役でいるはずだからだ。
養子制度の目的とはつまり、子供のいない夫婦の為の制度ではなく、家庭に居る事が出来ない子供の為の制度だから、それは仕方がないそうだ。
つまり、両者の利害が一致しないと、はいいいですよとはならないらしい。
とは言え、児童相談所の相談員さんによると、一足飛びで養子を迎えるのではなく、最初は里親でもいいんじゃないですかと助言してくれた。
里親なら、国や自治体から助成が出るから、養子よりも比較的ハードルが低くい上に、審査も簡単らしい。
里子が18歳になってから、養子にするのもひとつの手だという。
もっとも、その時に養子になるかならないかは、親ではなく子供が決める事らしい。
しかもその前に、元の親が子供を戻してほしいと望む場合もあるそうだ。
それで里親が解除になった事例も、それなりにあるという。これはこれで、里親はショックだと思う。
とは言っても、そういうケースは稀で、成人まで里親が子供の世話をするケースが多いそうだ。そしてそのまま、養子になると。
いずれにせよ、子供は家庭で養育されるべきは、子供が欲しい我々と行政の一致する見解になるという。
私たちは色々と検討した結果、養子ではなく里子を預かることにした。
その前に、研修も受けないといけなかったけど、それはそれでいい経験だと思う。
こうして我が家にやってきたのが、3歳の女の子だ。
名前は星空と書いて、ソラと読む。
「ホント、可愛い」
「ホントだね」
「いい名前ねえ」
「そうだねえ」
「でも、こんなにいい名前を授けておきながら、何で手放したんでしょうね?」
「さあね。事情は人それぞれだから」
「元気に育ってね」
星空がうちに来てから、家の中の雰囲気ががらりと変わった。
すべてが子供中心になり、我が家はてんやわんやとなった。
ある時だった。
「そろそろ、お互いをお父さん、お母さんと呼び合った方が、よくないかな?」
「どうして?」
「だって、星空が私を先輩と呼ぶし、君のことを咲良さんと呼ぶんだよ。変じゃないかな?」
「変と思う方が、変なんですよ、せ・ん・ぱ・い♪」
「う~ん」
「だって、お父さんとかお母さんって、結局子供をどう認識するかでしょう?」
「え?」
「子供を自分たちの所有物と、そう認識してしまったら、この子が可哀そうですよ」
この子はこの子。独立した、ひとりの人間。今はまだ、この子はひとりでは生きられないけど、いつか独り立ちするその時まで、私たちはこの子を預かっていると、そう思う。これは法的にどうとかではないし、倫理の話でもないと思う。要は、気持ちの問題だろう。
「私は咲良、先輩は先輩で、いいじゃないですか」
そう。その為の名前なんだから。
「咲良さんはともかく、私はどうなの?先輩って、やっぱり変じゃない?」
「あら?だったら、純さんとお呼びしましょうか?わ・た・し・の・だ・ん・な・さま♪」
「ああ、もういいです、先輩で」
はにかむ先輩は、やっぱり可愛い。
何だか、嬉しくなる。
幸せって、こんなにあるんだ。
いっぱい、いっぱいあるんだ。
でも、どこか不安がある。
私はその不安の正体を知らないまま、不安と同居する形で日々を過ごしていた。
「私、妊娠しました」
「ええええええええ!!!!!!!!!!」
なんですか、その驚きようは。星空も、びっくりするじゃないですか?いや、星空は何かの遊びと思ったのか、やたらとはしゃいでいるけど。
ある時、妊娠検査キットを使って調べたら、妊娠していることが分かった。
一応夫婦なので、定期的にセックスしてます。子作りの為ではなく、純粋にセックスを愉しむ為にです。だから、基礎体温を測ったり、排卵日を特定するなんて面倒なことは一切しません。
したいと思った時が、する時です。何か、問題でも?
問題はそのタイミングが、夫婦で一致するかどうかなんですけどね。
はい、私からいつも、先輩にしましょうと迫っています。先輩から来ることは、一度もありません。
だいたい、なんでよ?男って、女とセックスしたいんじゃなかったの?母の再婚相手や大学時代のあのレイプ男と、先輩と何が違うって言うの?
それとも先輩は、私に女としての魅力を感じていないの?
それはそれで、むかつくんですけどね。
でも最近、やけにむかつくなあ。もしかして、先輩のせい?
そう感じていた時だった。生理が遅れている上に、何だか体調がおかしかったから。
だから同僚から言われなかったら、妊娠しているかどうかなんて、調べようとも思わなかった。
まあ、気休めと思って、妊娠検査キットを使って調べただけなんだけど。
季節性かもしれないし、もしかしたら、早い更年期かもしれない。やだなあ。
妊娠を疑うより、むしろそっちを疑った。
でもまさか、本当に私が妊娠しているとは思わなかった。正直、ただ体調が優れないだけだと、単純にそう思っていたから。
「誰の子とは、聞かないんですね?」
「一応聞くけど、そんなことをうっかりでも聞いたら、私はどうなる?」
「何でしたら、試してみますか?」
私はにっこりしながら、握った手を先輩に見せびらかした。
「いえ、滅相もございません」
ホント、先輩って可愛いなあ。
あとで、ハグしてもらおう♪
「うふふふふ♪」
不思議と、笑みがこぼれた。
これが自然なんだと、そう感じた。
星空が私の膝に頭を乗せながら、私のお腹を撫でていた。
もしかして、分かるのかな?
やだ、可愛い。
でも、どこかに違和感があった。
いつも感じる不安とは、ちょっと性質が違うような気がするし、同じなような気もする。
情緒不安定なのかなあ?
この違和感の正体は、子供を産んでしばらく後になって、私は気が付くことになる。




