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私の先輩  作者: せいじ
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第五十七話 初めての経験

 一難去ってまた一難って、こういうことなのかな?

 もう、勘弁してください。 


 あれから、私はネットで色々と調べたけど、性行為の際に私のように夫の男性器が妻の女性器に入らないという経験や悩みは、意外にあるらしい。

 しかも、結構深刻だという。

 日常生活に影響が出ているような症状だと、これはかなり厄介らしい。

 症状が酷くなると婦人科での診察も難しく、仮に強引に子供を作っても、出産でえらいことになるみたいだ。要は、出口が閉まっているかららしいから。

 私は幸い、いわゆるセックス時以外は日常生活を無事に送れているので、深刻な状態ではないけど、それゆえにどうしていいか分からない。

 日常生活に支障があれば、専門機関とか病院に相談出来るんだけど。

 セックス出来ないんですって、相談していいの?

 いや、ダメだろう。

「う~ん、どうしたらいいんだろうか?」

 原因は色々とあるようだけど、やっぱり最初の経験があれだから、きっと防衛本能なのかな?

「やっぱり、病院に行った方が、良かったのかな?」

 でも、何と言えばいい?


「あの~」

「はい、どのような症状でしょうか?」

「症状ですか?」

「はい。症状を詳しくお願いします」

「ええっとですね、その~、あの~ですね、は、入らないんです」

「え?聞こえません、もっと大きな声で、はっきりとお願いします」

「は、入らないです!」

「何がどこに、入らないかをもっと具体的にはっきりと、大きな声でおっしゃってください!!」

「すみません、何でもありません!」

 つまり、こうなるということか?

 

 ああ、ダメだ。

 トラウマになりそう。

 セックス出来ない男女が結婚すると、こうなるという見本かな?

 それって、夫婦なのにセックスすることを諦めろってこと?

 でも、先輩はいいよ。一応、母とセックスしたんだから。

 でも、娘の私はどうなるの?

 私の女としての立場は、一体どうなるの?

 私は、母以下なのか?

 あの女以下なのか?

 そんなの、耐えられない。


「ねえねえ。咲良さんてさあ、セックス出来ないんですって」

「ええええ?勝呂さんが可哀そう」

「勝呂さん、夜はきっと寂しいだろうね」

「そりゃあねえ、奥さんが使えないんじゃ、仕方が無いよねえ」

「へえ~、意外よね、咲良さんが使い物にならないなんて」

「人って、見た目じゃないよねえ」

「じゃあ、今が狙い目だね」

「勝呂さんを慰めてあげよう」


 あ、これはダメかも。

 浮気されても、文句が言えない。

 もしかして、離婚の危機?


 想定外だよ。


「先輩」

「何だい」

 いつものように、先輩に髪の毛を洗ってもらっている。

 というか、先輩いつも通りなんですけど。人の気も知らないで。

「もし、このまま先輩と出来なかったら」

「うん?」

「離婚してもいいですよ」

「どうして?」

「だって、私は先輩の役に立ってないじゃないですか?」

「役に立っていると思うけど?」

「違います。そういう話しではなくて、私が女として使えないんです」

「う~ん、考え過ぎじゃないかな?」

「だって、もうどうしていいのか」

「まあ、その内出来るよ」

 シャワーでシャンプーの泡を落としながら、先輩は私を慰めてくれるけど。

 でもね、この際、私を罵ってくれた方が、むしろ楽なんですけど。

「先輩。もしも好きな人が出来たら、私は構いませんから」

 すると、先輩が私の頭をわしゃわしゃしてきた。また?

「せ、せんぱい?」

「ホント、君は面倒だ」

「だ、だって」

「私は君と、セックスする為だけに、結婚したんじゃないんだよ」

「でも、夫婦ってそうなんじゃないんですか?セックスレスが、離婚の理由になるって、ネットで書いてありましたよ」

 いや、そもそもセックスの経験が無い夫婦なのに、これをセックスレスと呼んでいいのか?

 これって、私たちだけですか?

「へ~、そうなんだ。じゃあ、私も頑張らないと」

「先輩は、もう勃つからいいじゃないですか。私なんです、問題は」

「まあ、言い方がね」

「まさか、私がそうなるなんて」

「ふたりで頑張るんだよ」

 先輩は私の髪や頭に、トリートメントを流した。髪の毛に、冷たい液体が注がれるその瞬間は、意外にゾクゾクっとする。

 もしかしたらセックスも、こんな感じなのかな?経験が無いから、私には分からない。想像するしかない。

 同僚の女性社員達が話す、セックスの快楽や適当なセックスしかしてくれなくなった旦那の悪口に、私は付いていけなかったぐらいだから。

 だって、私はまだ処女だから。

 先輩と結婚してずいぶん経つのに、まだセックスの経験が無いなんて、恥ずかしくて同僚には話せない。先輩との夜の生活について聞かれても、曖昧にしてただ適当に流すだけだった。


 私はいわゆる、女子としては勝ち組にカテゴライズされているようだけど、こうなると負け犬になるのか?私のせいか?というか、努力してどうにかなるものなのか?


 だから、頑張ると言われても、どうしていいのか私には本当に分からなかったし、誰にも相談出来なかった。

「どうやって?」

「そうだね。まずは、君がリラックス出来るように、環境を整える事かな?」

「私、リラックスしてますけど?」

「君はね。でもね、君の身体は、私を警戒しているんだよ」

「そんなことは」

 だって、先輩に触れられるだけで、私には喜びになるんですよ?なんで、警戒しないといけない?

「君も言っていただろう?カッターナイフや包丁で武装しないと、貞操の危機になったって」

「確かにそうですけど、それはもう10年以上も昔の話です」

「トラウマってね、時間では解決しないんだよ」

「え?」

「今だから言うけどね、私もね、実はちょっと前まで、前の妻、つまり君のお母さんが夢に出てきてたんだよ」

「それって?」

「夢ではね、私は色々と罵られたよ。本当に、辛かったんだよ」

「やっぱり、もう一発殴っておけば良かった」

「はははは、咲良さんらしい」

「でも、ちょっと前って言うことは、今はどうなんですか?」

「今は、見ていないなあ」

「そうなんですか?」

「おかしな話だけどね、君のお母さんの夢を見なくなってから、私はその、勃つようになったんだよ」

「やっぱり先輩のEDは、あの女のせいでしたか?」

「私のせいだよ。だからね、次は君の番なんだよ。だって、私が君のお母さんの夢を見なくなった代わりに、咲良さんの夢を見るようになったんだから」

「なるほど、私が卑猥な格好をして、先輩を誘惑している夢ですね?」

「いや、違うよ」

「だって、私の夢を見たら、勃ったんですよね?それってもしかして、私は裸エプロン姿でしたか?」

「だから、違うって。本当に、リラックスしたんだよ」

「冗談ですよ。でも、嬉しいな。私が夢に出るなんて。ところで、どんな夢ですか?」

「え?」

「せ・ん・ぱ・い?ど・ん・な・ゆ・め・を・み・た・ん・で・す・か?」

「ええっとね。うん。君が可愛い夢だよ」

「抽象的でよく分かりません。もっと、具体的にお願いします。大きな声で、はっきりとお願いします」

「うん。実はね」

「実は?」

「忘れました!」

 先輩は脱兎のごとく、浴室から逃げ出した。

「せ、先輩!」

 まだ、髪の毛は洗い終わってないのに。

 ホント、先輩ったら、可愛いんだから。



 でもね、私は先輩にして欲しいんです。

 先輩に喜んで欲しいんです。

 だからね、私は多少は痛くても我慢しますよ。



 だからね、先輩のその優しさが、今の私にはとっても残酷なんです。


 

 会社の帰り道にスーパーに寄ったら、ボージョレ―ヌーボーが入荷しましたって、ポスターが貼りだしてあった。

 私の所属する食品事業本部では、このボージョレ―ヌーボーの手配はとっくに終わっていたので、今になって店頭に並んでいるのを見ると、むしろ新鮮な驚きだった。今まで、気にした事が無かったから。

「先輩、せっかくだから買っていきましょうよ」

「そうだね」

 私は手ごろな価格のボージョレ―ヌーボーを選んだけど、先輩はせっかくだからもう少し頑張ろうよと、ちょっと高級なのを選んでくれた。

「珍しいですね?」

「たまにはね」

 熱海で高級ワインを飲んで以来、先輩はどちらかと言えばビールよりもワインを嗜むようになった。基本、安い価格帯のワインだけど。

 とは言え、お風呂上りには、やっぱりビールがいいらしいけど。

 と言うか、酒量増えてません?


 は~、今夜はやけ酒かなあ。

 そういえば、人前で思いっきり飲むことは、今まで無かったなあ。

 先輩の前だけですよ。

 倒れるまで飲めるのも、夫婦だからかな?

 それで、満足しよう。



「かんぱ~い♪」

「かんぱ~い!」

 チーズとクラッカーを用意し、ボージョレ―ヌーボーを開けた。

「へえ~、結構美味しいね」

「はい。口当たりも滑らかで、これならいくらでも飲めますね」

「まあ、ほどほどにね」

「これなら、もう一本買ってくれば良かった」

「ほら、もう一杯」

「先輩、人妻を酔わせて、どうする気ですか?」

「う~ん、どうしようかな?」

「いいですよ。裸エプロンぐらいなら、私頑張ります~」

「咲良さんはもしかして、裸エプロンがやってみたいんじゃないの?」

「そうです~よ~。先輩も裸エプロンしてください!」

「え?私も?」

「そうです~。ああ、ついでに~、今夜は、スカート履いて~、休んでくださいね」

「私が履けるサイズのスカートって、うちにあったのかな?」

「今度~、しまむらで~買ってきます」

「今度ね。ああ、それならついでに、咲良さんの服も新調しようか」

「エッチな~、下着ですか?」

「はははは。そうだね。エッチな下着でも、選んであげるよ」

「先輩~」

「はい?」

「えっち!」

 何だか分からないけど、今夜の私は、普段以上に酔っていた。

 

 でも、とても心地よかった。


 愛してます。


 気が付くと、私はベッドの上だった。

「ああ、先輩が運んでくれたのかな」

 その肝腎の先輩は、私の隣ですやすやお休み中みたいだ。私に背中を向けて。


 私はその背中を指でなぞり、額を背中にくっつけた。すると。

「あれ?」

 下腹部と言うか、そのあたりが熱くなっている感じがした。

「なんだろう?生理かな?」

 ちょっと、生理には早いような気がした。

 私は自分の下着の上から、私自身を触って見たら、しっかりと濡れていた。

「え?うそ?」

 私自身に指をそっとなぞって見たら、指がするっと中に入った。

 なんと、開いていた。これなら、出来るかもしれない。

 私は確信した。

「先輩!先輩!先輩!」

「もう、お腹いっぱいだよ~」

「おい!起きろ!!バカ!!!」

 パッシーンと、私は先輩に平手打ちをした。ごめんなさい、緊急なものなので。後で、私を殴っていいですから、とにかく今は起きてください。

「は、はい?」

「先輩、今すぐしましょう。セックスしましょう」

「ええ?」

「今なら、私出来そうです。これを逃したら、一生出来ません。お願いですから、協力してください」

「明日じゃ、ダメ?」

「ダメです!」

「何で?」

「女に明日なんて、無いんですよ」

「ああ、分かったよ」

「いいです、先輩はそのままで」

 先輩はのろのろと動くので、これでは間に合わないかもしれない。それだけ、私は焦っていた。

 私は先輩のズボンを脱がせ、下着も剥ぎ取った。でも、先輩の準備が出来ていなかった。チッ!

 私は先輩に口づけをし、女性誌のセックス特集を思い出しながら、先輩の身体を愛撫した。先輩を悦ばせないと。


 とにかく、私は必死だった。どうしてこんなに焦っているのか、実はよく分からなかったけど。

 色々としていたら、先輩がうめき声みたいな声を出した。男の人も、声を出すんだと思った。いや、これは可愛いかも。もっと、声が出るまでしたいと思ったけど、今はそんなことをして遊んでいる場合ではない。そう言えば、私はどんな声を出しているんだろうか?変な声でなければ、いいなとその時は思った。

 そうこうしていたら、先輩が反応してくれた。

 私は急いで先輩の身体の上にまたがり、先輩自身を受け入れようとしたけど、中々入らなかった。

「あれ?」

 何度やっても、すべる。どうしても、入らない。

 ダメなのか。やっぱり、私は使えない女なのか?

「だ、だめ」

 私は泣きそうになった。もう、耐えられない。死にたい。いっそ、私を罵倒して。

 同情だけは、しないでください。それだけは、私には堪えられそうにないので。


 すると先輩は、私の頬に触れた。

「代わろう」

 先輩は私を抱き抱えながら、そっとベッドに寝かせてくれた。

 先輩は私の足を抱え、その間に先輩が身体を入れてきた。

 すごい恰好になった。

 私は急に、恥ずかしくなった。

 一体、私はなにをしていたんだろう?

「せ、先輩、恥ずかしいです」

「ゴメンね。すぐに終わるから」

 私は恥ずかしさのあまり、顔を手で覆い、そのすぐを待った。


 下半身に何か違和感を感じたその瞬間、今まで経験をしたことのない、圧迫感があった。

「先輩?」

「入ったよ」

「え?」

 痛みは無かったけど、不思議な感じの圧迫感があった。もしかして、これがセックスというものですか?想像と違うんですけど。

「入ったんですか?本当に?」

「本当だよ。見る?」

 私は見ようとしたけど、良く見えなかった。

「少し、我慢してね」

 先輩が動き始めたその瞬間、私は女になったんだと、全身で理解した。

 そう思うと、私は感極まってしまった。

「せ、先輩。先輩、せんぱい~」

 私は、泣いてしまった。涙が溢れてきた。

 セックス出来たんだ。

 先輩を受け入れることが出来たんだ。

 私は、ちゃんと出来たんだ。

 役立たずじゃなかったんだ。

 使えない女じゃなかったんだ。

「咲良さん?痛いなら、ここでやめるよ」

 先輩は私の涙を、所謂破瓜の痛みによる涙と勘違いしたようだった。でも、聞いた話と違って、痛みは無かった。圧迫感と、少々の違和感があるぐらいだった。

「大丈夫です。お願いです、そのまま続けてください、これは、うれし涙ですから」

 もしかしたら、今夜一回しか出来ないかもしれない。次には、もう出来ないかもしれない。だから、出来る今夜は、最後までしてほしい。痛くてもいい。血を流してもいい。お願いだから、やめないで。

 せめて、せめて、これで妊娠したい。

 私は願った。ただ、願った。

 祈った。本当に、心から。

 心から祈るって、こういうことなんだと、私は初めて知った。


 やがて先輩は動きを速め、息を切らせながら、私の上に覆いかぶさってきた。

「先輩?」

「ゴ、ゴメン、すぐにどくから」

 終わったのかな?よく分からなかった。でも、無事に終わって良かった。本当に良かった。

「いいえ。このままでいいんですよ」

 この重さ、圧迫感があるけど、どこか幸せな感じがする。すごく、感謝したい気持ちが、胸の内から溢れてくる。

 まるで、世界に感謝したい気持ちだ。

 正直、セックスしても気持ちよさは分からなかったけど、この重みには幸せを感じる。

 私の奥底にあるオンナが、すごく喜んでいるのがよく分かる。

 私は、先輩の頭を、背中を撫でた。先輩も、私を撫でてくれた。

 頬にキスをしてくれた。私もしてあげた。


 ああ、わたしはなんて幸せなんだろう。


 全身で、幸福を感じた。


 女性がセックスを好きになる理由が、ようやくわかった。


 ひとりじゃないって、そう感じる事が出来るからなんだと思う。


 繋がっているって、身体の奥から分かるから。


 女に生まれてきて、本当に良かったと思う。


 経験出来て、本当に良かった。



 先輩、ありがとうございます。

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