第五話 人の温もり
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
声を掛けてきたのは、中年の男性だった。
不思議なのは、中年の男性のすぐ後ろに、若い女性が控えていたことだ。それも無表情で。
もしかして、警察の人かな?
はあ~、ここまでだったか。
せめて、処女を捨ててからにして欲しかった。
結局、私はあの男とセックスするしかないのか。
あの男が、私の初めての相手になるのか。
それが、私の運命だったんだ。
きっと、これが天罰なんだろう。
もう、どうにでもなれ。
「すみませんが、お二人はどのようなご関係でしょうか?」
「な、なんなんですか?あなた方は?」
「ああ、そうでしたね」
中年の男は、胸に下げてある身分証を見せた。
「私は、児童相談所の滝川と申します」
「ああ、そうでしたか。ご苦労様です」
男は、あからさまに安堵していた。
私には分からなかったけど、もしかしたらこれで、家に戻らなくて済むかもしれない。
処女を捨てる事が、出来るかもしれない。
あの男と、セックスしなくて済むかもしれない。
「それで失礼ですけど、お二人はどのようなご関係でしょうか?」
「ああ、ええっと、親類です」
よく言うよ。でも、別にどうでもいいか。でも、うまく合わせないと。
「ほう!そうでしたか?でも、このようなホテルに入ろうとされていましたけど、どのような理由ででしょうか?」
「この子がね、家出をしたんですよ。それで私が、親に代わって保護をしたまでです。善意なんです、ボランティアなんですよ」
「そうでしたか、それはご苦労様です」
何だ、それ?
保護?
ボランティア?
私とセックスすることが、ボランティアだったなんて、滑稽だと思う。
いや、間違っていないかも。
あの男に処女をあげたくないから、この男が代わって処女を貰ってくれるから、ボランティアには違いがないかも。
きっと、私では男を喜ばせてあげることは、出来ないから。
私は、やり方を知らないから。
でも、なんか変なの。
「良かったら、詳しいお話をお聞きしたいので、近くの交番までご足労願えませんか?」
「いいですけど、もう時間が時間ですので、この子を寝かせたいんですよ。明日にしてもらえませんか?」
「このホテルで、でしょうか?」
「いえ、休憩させようとしただけです」
「ほ、ほう。休憩ですか?」
「そうです、ここで休ませてから、家に帰そうと思っていました」
「失礼ですけど」
女性が話しかけてきた。ちょっと、怖い顔をしていた。
面倒だなあ。
もう、いいでしょう。
ボランティアなんだから。
「家出少女をいかがわしい場所に連れ込むといった、そんな事案が発生しています。このホテルは、一般的にいかがわしい場所に分類されます」
「言いがかりです。デザイナーズホテルって、ご存知ないんですか?」
「まあまあ。落ち着いてください」
「でも、このオンナが俺に言いがかりを」
「落ち着いてください」
男がたじろいだ。
私には見えなかったけど、中年の男性の雰囲気が変わったような感じがした。
「いいですか。未成年、特に、ええっと、その制服は中学生かな?」
私はこくりと頷いた。
誤魔化しても、仕方が無いし。
「その中学生を、親の同意無くしてこんな時間にこのような場所に連れまわすのは、青少年健全育成条例違反になります。ご存知でしょうか?」
「し、知りません」
「他にも、条例、法令に違反している可能性がありますけど?」
女性がさらに、前に出てきて詰問してきた。その時、私をチラッとだけ見た。私は咄嗟に、目を逸らしてしまった。
「まあまあ。どうでしょうね、交番までご足労願いませんか?」
「な、なんで?」
「なに、確認するだけですよ。念のために」
中年の男性は、私の方を見た。その瞬間だった。
「ああ、そう」
男は私を中年の男性の方に突き飛ばし、私を置いて逃げ出した。
「待ちなさい!」
「柿田さん、もういいです」
「しかし」
「今はこの少女の保護が、最優先ですよ」
「ああ、そうでした」
「まあ、一応警察には巡回を増やすように、要請しておいてください」
「了解しました」
「大丈夫ですか?」
私は中年の男性に抱きかかえられていたけど、不思議と嫌な感じがしなかった。
あの男とも、さっきの男とも違う感じがした。温かいって、そんな感じがした。
この人なら、セックスしてもいいかもしれないと、私は感じた。ううん、するならこの人がいい。
でも、きっとしてくれないだろう。
それも、よく分かった。
だから、私はただ首を振るだけだった。
「名前を教えてくれませんか?」
「わ、わたしは、坂上咲良と言います」
咄嗟に、旧姓を名乗った。どうしてか、分からなかった。本名を、母の姓を名乗りたくなかった。
「そうですか、さくらさんですか。とても、いいお名前ですね」
何だか、可愛い笑顔だと思った。おじさんなのに、変なの。
あの男の笑顔とも、さっきまで居た男とも違う笑顔だと思う。
不思議な笑顔だ。
昔、こんな笑顔を、見た記憶がある。
もう、思い出せないけど。
「私は、滝川浩二と言います。こちらは、柿田さんです」
ふたりは、私に身分証を見せた。正直、どうでもいいと思ったけど、私はただ頷いた。
「良かったら、詳しいお話を聞かせて頂けませんか?」
「あの」
「はい?」
「私、家に帰りたくないんです」
「家出はダメよ」
「まあまあ、お話を聞いてからですよ」
「親に連絡しますか?」
「それもお話を聞いてからですけど、もう時間が時間なので、児童相談所に泊まってもらいましょう」
「家に帰らなくていいんですか?」
「とりあえずになりますけど、今夜は児童相談所に泊めてあげますよ」
「ああ、良かった」
「安心しましたか?」
「はい。これであの男と、セックスしなくて済みましたから」
「!?」
「!!」
安心した私は、そのまま気を失ってしまった。
そう言えば、ここ数日、殆ど寝ていなかったから。
温かくて、安心したから。
見守られてるって、やっぱり嬉しかったから。
人の温もりって、こんなに良かったんだ。
こんな人となら、セックスしてもいいな。
ううん、セックスしたい。
明日、起きたらお願いしよう。
あの男に犯される前に、私の処女を貰ってくださいって。
きっとお願いすれば、分かってくれるはずだから。
だって、ずっと、私を気遣ってくれるんだもん。
でも、きっとダメだろうな。
はあ~、思い通りにならないなあ。