第四十四話 指環
私たちは、御徒町にやってきた。
「ここに、指輪のお店とかあるの?」
「先輩、ここを知らないんですか?」
「知らないよ」
「宝飾品の卸売り店が、結構集まっているんですよ」
「へえ~、そうなんだ。咲良さんは、物知りなんだね」
「先輩が、知らなすぎるんですよ」
「まあ、指輪なんて、もう一生縁が無いと思っていたからね」
「そうだと思いました。ああ、ここに入りましょう」
目星を付けていたお店に、私たちは入ることにした。
店内は意外に混雑しており、そこかしこにカップルがいた。
以前ならこの光景にむかついたけど、今や私たちもそのお仲間だから。
いくらでも、むかつきなさい!
おおっと、それどころではないな。指環を見ないと。
「マリッジリングを見せてください」
少し化粧の濃い店員さんに訊ねたら、先輩が横やりを入れてきた。
「結婚指輪じゃないの?」
「先輩?」
「同じですよ、お客様」
「ああ、そうなんだ」
私以外の女と、仲良く話さないでください。
男の人って、ちょっとキレイな女の人を見ると、すぐに鼻の下を伸ばす。だいたい、その女は化粧が濃いだけですよ?
でも、やっぱりキレイだな。
私ももっと、メイクの勉強をしようかな。
「先輩、どういう感じのにしますか?」
「分からないから、任せるよ」
「少しぐらい、考えてください」
「う~ん、これはどう?」
「これは、お得ですよ」
「じゃあ、これは?」
「若い方に人気です」
「なら、これは?」
おい?
「先輩?」
「え?何?」
「いえ、何でもありません。これを見せてください」
シンプルなデザインのモノを選んだ。
先輩が選んでいたのは、見た目が派手なリングだったけど、先輩はそういうのが趣味なんですね。
女性の好みも、そういう派手めなんですね?
よく、覚えておきます。
「長く使うモノですから、シンプルな方がいいんですよ」
「そうなんだ、いい品のようだね」
いい品かどうかは分からないけど、悪くは無いと思いますよ。
「センスいいね。さすが、咲良さんだ」
また、そんなことを言う。恥ずかしいから、止めてもらえませんかね?
「あの~」
なんで、そこで怯えますか?化粧の濃い店員さんが、笑っているじゃないですか?
「なんでもありません」
後で、きっちり教育しよう。
指環をオーダーし、私たちは街を散歩した。
ゆっくり、散歩できるような街ではなかったけど、雑踏にはぐれないように先輩の腕を組んで歩くのは、ちょっといい気分だった。
先輩は、どうかな?
休み明け、出勤したら私たちのお祝いの席についての告知が、何故か職場の掲示板に貼り出されていた。
いったい、誰の仕業だ?
まあ、想像つくけど。
「やれやれ。困った、先輩方ですね」
「レストランを貸し切ってのパーティなんて、ちょっと派手じゃないかな?」
「まあ、あの先輩方も、出会いが欲しいんでしょう」
「そうなの?」
「はい、そうなんですよ」
「ふ~ん」
「でも、よく一つ星レストランをリザーブ出来ましたよね。びっくりです」
「一つ星?三ツ星よりは、楽に予約が出来たんじゃないの?」
「先輩」
「え?また?」
「一つ星だって、大変なんですよ」
「そうなんだ」
「まあ、この前先輩とご一緒したお店ですので」
「そうなんだ」
「もしかして、お忘れですか」
「覚えているけど、店の名前まで覚えていないけどね」
「ふ~ん」
「それで、私たちは何をすればいいの?」
「私たちは、まな板の上に載った鯉ですから、あとは先輩方にお任せしましょう」
そこに、課長が現れた。私の直属の上司だ。ちょっと、セクハラめいたことをしたので、一度凄んだことがある。
「勝呂さん」
課長待遇だった須黒さんは異動したので、新しく課長に就任した人だけど、そういえばお名前はなんだったかな?どうでもいいか。
「ああ、課長。おはようございます」
「ご結婚、おめでとう」
「わざわざ、ありがとうございます」
「新婚旅行は、行くの?」
「いいえ」「はい、行きます」
先輩と私は同時に返事をしたけど、中身がバラバラでは意味がないでしょう。
夫婦なんだから。しっかりしてください、先輩。
「ええっと、どっちかな?」
ほら、課長が戸惑っている。先輩のせいですよ。
「こういうのは、妻が決めますので」
そう、私が決めます。先輩は、私に付いてくればいいんです。
私が、先輩を幸せにしてみせますから。
「そう、なら休暇の申請は出しておいてね」
「国内で一泊だけにしますので、大丈夫です」
「へ~、そうなんだ」
「はい」
「仲人はいる?」
「特に必要はありません。結婚式もやりませんので」
「ええ?坂上さんのウェディングドレス姿、是非見たかったなあ。そう思わないかな、勝呂さん」
「そうですね」
「先輩、見たかったんですか?」
「え?ああ、そうだね」
「浴衣姿を見せろとか、次にはウェディングドレス姿を見せろですか?私は、ビスクドールではありませんよ」
「え?ビスケット?」
「もう、いいです」
そのうち、裸エプロンでも見せろとか言うのかな?
想像してみたけど、そんなことを言う先輩では無いか。
でも、頼まれたらやってあげてもいいな。
お帰りなさいって三つ指ついて、しかも裸エプロンで旦那さまをお迎えするなんて、ああ、先輩を殴りたくなるぐらい、恥ずかしい!
ホント、先輩って面倒。
「仲いいね」
「はい、新婚ですから」
「羨ましいね。とにかく、おめでとう。勝呂さんも、再雇用出来るように骨を折るから」
「はい、ありがとうございます」
課長はそそくさと、その場を去った。
「あのおっさん、私に恩を着せるつもりですね」
新任当初、食事に行こうとか呑みに行こうって、誘ってきていたし。ウザイおっさんだ。いつか、追い出してやる。
「ええ?考え過ぎじゃあ」
「先輩?」
「何?」
「先輩は知らないようですけど、私って、結構もてるんですよ」
「知っているよ。だって、美人だし、カッコいいし」
「先輩?」
「だから、何で正拳突きの姿勢になるの?」
すみません、無意識です。
「先輩が、私をからかったからですけど?」
「自分で言ったんじゃないか?もてるって」
「もてるとカッコいいは、関係ありません」
「とにかく、君は美人。終わり」
「何ですか、それ?」
「いいじゃないか、もう」
「あのおっさんですけど、私を食事に誘ったりするんですよ。既婚者のくせに、許せないですよね」
ホント、どいつもこいつも、ブタ野郎なんだから。
「先輩も、そう思いませんか?」
「でもなあ、君のような素敵な女性を食事に誘いたいって思うの、男ならあると思うよ」
「私は先輩から、一度だって食事はおろか、ランチにすら誘われたことないんですよ?」
「ええ?何度も、一緒に食事をしたじゃないか?」
「私が行きましょうとお誘いしただけで、先輩から誘われたことは一度もありませんよ。ホント、グズなんですから」
「誘う訳ないじゃないか?」
「ほら、やっぱり」
「だってさ、こっちは定年間際のただのおっさん。君は将来有望な、若手キャリアウーマン。誘うにしても、身分が違い過ぎるよ」
「先輩、建前はいいです。本音でお願いします」
「だから、本当のことだって」
「分かりました」
「そう、分かってくれたか」
「今夜、お風呂でたっぷりお聞きしますので」
髪の毛を洗ってもらいますから。
ゆっくりと丁寧にね。
ああ、楽しみだ。
「坂上ちゃん!」
すると、先輩女子社員が声を掛けてきた。
「ああ、どうも。色々とありがとうございます」
「いいのよ!私だって、新しい出会いが欲しいし!」
だと思った。いい人を見つけて、今の旦那と別れたいとか言っていたから。
「私、先輩のそういう前向きなところ、見習いたいと思っています」
嫌味が通じなかったみたい。何だか、嬉しそうだ。
「ちょっと、今夜時間ある?」
「あると思いますけど?」
「じゃあ、衣装合わせしよう」
小声で話したので、先輩には聞こえなかったようだ。でも、どんな衣装なんだろう?
「先輩、先に帰ってください。私、用事が出来ましたので」
「付き合おうか?」
「いえ、悪いですので」
どしてかな?先輩、うれしそうなんですけど?
私たち、新婚ですよね?
一緒に居たいですよね?
片時も、離れたくないですよね?
そこ、どうなんですか?
「先輩、念の為に言っておきますけど、まっすぐ帰るんですよ」
「はい、分かりました」
ホント、先輩って面倒。
でもそういう所が、可愛いと思う。
ああ、私って、ダメなオンナ。
どんどん、ダメなオンナになっていく。
みんな、先輩のせいですよ。
責任取ってください。




