第四話 自傷行為と生きる力
色々なことを考えながら、当てもなく街を歩いた。
でも、これからどうすればいいのか、私には分からなかった。
カッターナイフも包丁も、あの男には通用しなかった。
このままじゃ、補導されてしまうかもしれない。
制服のままだから、おまわりさんに見つかったら、すぐに補導されるだろう。
せめて、着替えを持ってくれば良かった。
でも、どうしよう。
何も持たないまま、家に戻されるのだろうか?
家には戻りたくないけど、多分戻されるだろう。
それが、未成年を保護するって、ことなんだろうから。
私をあの男に差し出すために、私は保護されるんだろう。
でも、それが本当に保護になるの?
私があの男に犯されることで、すべてが丸く収まるのだとしたら、やっぱり私が悪いのかな?
何が悪いのかな?
あの男に抵抗したから?
刃物で抵抗したから?
違う、私は悪くない。
あっちから来たんだ。私からではない。
でも、何で?どうして?
私が悪くないとしたら、どうしたらいいの?
逃げる以外に、私には出来ないの?
だったら、家出の何が悪いの?
援助交際の、何が悪いの?
誰も私を守ってくれないなら、私が私を守るしかないじゃない。
私しか、私の身体を守れないから。
私の意思で、私は私をなんとかする。
そうだ、それが自己責任って奴なんだ。
だからまずは、処女を捨てよう。
どうせセックスするなら、あの男以外がいいから。
私が処女じゃないって知ったら、あの男はどんな顔をするんだろう。
自分よりも先に、私とセックスした男が居るって知ったら、あいつはどう反応するだろう?
そう思ったら、何だか嬉しくなってきた。
そうだ、そうすれば良かったんだ。
もっと早く、セックスしておけば良かった。
私に気があるって言う同級生と、セックスしておけば良かった。
二年の時に私に告白してきた、上級生とセックスしておけば、良かったのかな?
そうすれば、あの男を受け入れることが、私には出来たかもしれない。
そう、所詮はたかがセックスだ。
男の身体を受け入れるのがセックスなら、女の子なら誰でもやっていることなんだ。
いつかは、やることなんだ。
それが、女の子なんだから。
私には経験が無いから、あの男とセックスが出来なかったし、したくなかったんだろう。
セックスをしたことが無いから、あの男とセックスするのが怖かったんだ。
もしかしたら、男の子とセックスするのが怖かったから、上級生からの告白も、同級生の私への気持ちも、受け入れることが出来なかったのかもしれない。
ああ、私は馬鹿だった。
本当に馬鹿だった。
さっさとセックスしておけば、こんなことにはならなかった。
そうすれば、あの男の言うことを聞いて、身体を開いてあげることが出来たんだ。
あの男を、受け入れることが出来たんだ。
そうすれば、こんなことにはならなかった。
母から、酷いことを言われなくて済んだんだ。
淫乱呼ばわりされなかったんだ。
機会があれば、すぐにセックスしておけば良かったんだ。
私がいつまでも処女だったから、いけなかったんだ。
ああ、だから処女なんか捨てたいって、みんな言ってたんだ。
処女なんかを大事にしたツケを、私はこうして払わされたんだ。
みんなの話を、馬鹿にしなければ良かった。
セックスを一杯して、ヤリマにでも何でも、なれば良かったんだ。
違う。
違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!
違う!
違う!
違う!
違うよ。
間違ってるよ。
嫌なモノは嫌なんだ。
受け入れたくないことは、やっぱり嫌なんだ。
セックスするなら、やっぱり好きになった人じゃないと、嫌なんだよ。
それに私の身体が、あいつは嫌だと言っている。
あいつだけは、絶対に無理だと身体が叫んでいる。
嫌だから、私の身体は、あの男を受け入れなかった。
だからあの男は、私の身体の中に、入ることが出来なかったんだ。
じゃあ、どうすればいいの?
どうしたらいいの?
ねえ?
誰か、教えてよ。
私を助けてよ。
どうしたら、私を助けてくれるの?
助けてくれないなら、もうほっといてよ。
ほっといてくれないのなら、ほっといてくれないのなら・・・・
だったら、もう私を殺して。
死にたい。
死にたくないよ。
頭の中が、ぐじゃぐじゃになった。
叫びたくなったけど、何も叫べなかった。
私は何を、叫びたかったんだろう?
もう、疲れた。
私は、繁華街を歩いた。
いや、さ迷っていた。
でも、誰も私に声を掛けてくれなかった。
「街を歩いていたら、いかがわしい男が声を掛けてくるなんて、マンガの中の話か」
疲れ切った私は、道の端に腰掛けた。
お尻が、冷たかった。
でも、不思議と悲しくなかった。
あの男に触られた時、特に身体の中に指を入れられた時が、一番悲しかった。
私の身体の中に、初めて指を入れた男が、あの男であることが私には許せなかった。
私は私を、許せなかった。
だからあの男を、殺したかった。
躊躇したから、あの男を殺せなかった。
殺すことが怖かったから、あの男を殺せなかった。
だから、私が殺されるんだろう。
殺さなければ、私が殺されるんだ。
そう、私を殺すんだろう。
私自身の手で。
私の代わりに、私を殺してくれる誰かを。
見知らぬ男の手で、私を殺してくれるだろう。
私が選んだ、いかがわしい男の手で、私を殺してもらうんだ。
あの男よりも先に、私が殺すんだ。
私を。
そう思ったら、もうどうでも良くなった。
楽になったら、お腹が鳴った。
「お腹、空いたなあ」
コンビニで、何か買おう。
そう思って立ち上がったら、サラリーマン風のおじさんに声を掛けられた。
ふと、思った。
どっちだろうか?
身体が目的か?
説教が目的か?
私の命が、目的だろうか?
お金じゃないだろう。
「ねえ、君」
「はい」
「君、ひとり?」
「はい、ひとりです。おじさんは?」
「おじさんは酷いな。でも、一人だよ」
「ごめんなさい。じゃあ、お兄さん」
「うん、それでいいよ」
何がお兄さんなんだか。
男は男、それ以外にない。
どうせ、この男も私の身体が目当てだろう。
私の身体の中に、入りたいんだろう。
気持ち悪い。
男が、気持ち悪い。
私が一番、気持ち悪い。
「遊びに行かない?」
「いいですよ。奢ってくれるなら」
「もちろんだよ」
「お腹空きました」
「じゃあ、まずは食事にしよう」
男に肩を触られた。
全身に悪寒が走った。
ゾクッとしたけど、あの男よりはまだマシだろう。
いきなり、寝込みを襲ったり、親切心を装うより、この下心見え見えの男の方が、まだマシだと思った。
君のことを思っているんだとか、君を心配しているんだって、心にもないことを言う奴より、このいかがわしい男の方が、何倍もマシだろう。
私の身体を欲しがっているって、正直だから。
家族になろうとか、ひとつになろうとか、嘘を言うクズよりは、遥かにいい人だと思う。
だって、私も同じ穴のムジナだから。
どうせ、クズだから。
あの男も、この男も。
私も、クズだから。
どいつもこいつも、みんなクズだから。
私の初めての男に、相応しいと思う。
きっと、記憶にも残らないだろう。
あの男のように、息が臭ければもっといい。
私を、もっともっと汚いモノにしてほしかった。
汚してくれれば、私が汚いってことを、隠すことが出来るから。
誰から?
何のために?
分からない。
多分、私自身の為かも。
変なの。
だから私は、この男の顔を見ないようにした。
どうせ、男は皆同じだから。
男はいきなり、ホテルに入ろうとした。
「私、お腹空いたんですけど?」
「ああ、ホテルでルームサービスを取ろう。ここ、結構美味しい食事が出るよ」
「ふ~ん」
嘘かもしれないし、本当かもしれない。
今の私は、食事がしたい。
シャワーを浴びたい。
ふかふかのお布団で、ゆっくり休みたい。
それが叶うのなら、この身体をいくらでも好きにすればいい。
指でもなんでも、好きなだけ入れればいい。
どうせ、あの男に汚された身体なんだから。
もっと汚れれば、私の中の汚い部分は、見えなくなるから。
私はもう、抵抗したりしないから。
私は男に連れられ、ホテルに入ろうとした。
その時だった。
見知らぬ男性に、声を掛けられた。
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
私よりも、男が動揺していた。
私には、それが滑稽だった。