表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の先輩  作者: せいじ
21/60

第二十一話 愛が生まれる日に

 私と先輩は、課内の人達と居酒屋に集まった。

 手配はすでに済んでいたらしく、お店は貸し切りになっていた。

 ちなみに、手配したのは先輩ではありません。先輩は、まな板の上の鯉のような状態です。

「じゃ、純さん。スピーチよろしく」

「ええ?何で?食品の須黒さんの方が、役では上じゃないかな?」

「今回の立役者は、純さんですよ」

「仕方がないなあ」

 先輩は頭をポリポリ掻きながら、マイクをもらいながら席から立ちあがった。


 先輩は咳ばらいをし、スピーチを始めた。

「ええ!今日はどうもありがとう!乾杯!」

 どうもこれは想定内らしく、まるで申し合わせたようなブーイングが一斉に出た。

「そりゃあ、スピーチって言わないですよ?」

「もっと、真面目にやってくださいよ!」

「せめて、社長の100分の1ぐらいは、何か喋ってくださいよ」

 そこで笑いが出た。

 私にはよく分からなかったけど、どうも社長のスピーチは長いみたいだ。いや、入社式では確かに長かったけど、それなりに良かったと思う。

「ダメかな?」

「はい、やり直し」

「ええっと。みんな、今日は助かったよ。私一人だけでは、どうにも出来ませんでした。皆様のご協力が、あってのことです」

 拍手が出た。私も拍手した。だって、私は当事者だし。

「会社とは出身もバラバラな個人一人一人が集まり、互いに切磋琢磨します。しかも、お互いにライバルでもありますが、ここぞという時は皆で集まって知恵を出し合い、協力一致をすることで乗り切れないことは何もありません。それが、会社というものです。みんなは、大事な仲間です!今日は本当に、ありがとうございました!乾杯!」

 先輩はハンカチで額の汗を拭きながら、なんとかスピーチをこなしたようだ。もしかして先輩は、人前で話すのって、苦手なのかな?

 店内は拍手で包まれたけど、飲み放題っすよね?何でも食べていいんですよねという声には、先輩はすぐに返した。

「ええっと、一人3千円までとします。後は、各自個々で清算をお願いします」

 ええ?というブーイングが出たけど、ここに役員がいない以上、このご時世ではこれでも十分だろうと、須黒さんはおっしゃっていた。

「まあ、食品からも少し出すから、それで勘弁ね」

 やったあ!という声が出た。須黒さんは先輩に、何か耳打ちをしたようだけど、何を話したのかな?というか、ふたりは仲がいいような。どういうこと?


 すると先輩と須黒さんはすぐに席から立ち上がり、それぞれの席に居る社員にお酌をして回っていた。私もお酌をしようとしたら、いいのよと他の先輩女子社員に止められた。

「若い女子社員がお酌なんかしたら、それだけで問題になるわよ」

「そんなに、うるさいんですか?」

「分かんないけど、気を付けないとね」

「はい。でも、今日はありがとうございました」

「分かってるわよ。あなたのせいじゃないって」

「え?」

「おかしいなと思っていたのよ。須黒さんの不在中に、無断で決済した案件だからね。後で、問題になるわよ。須黒さんの、監督責任にならないといいんだけど」

「私は」

「あなたは、関係無いわよ。もちろん、総務の勝呂さんもね」

「でも」

「組織ってね、そういうところだから。後始末をする為に、責任者が居るんだから」

「そう言えば、須黒さんの役職はなんでしょうか?私、知らないんですけど」

「ああ、そうね。課長待遇よ」

「課長待遇ですか?」

「曖昧よねえ。うちの課長が他の課長を兼務しているから、須黒さんがうちの実質的な責任者なんだけどねえ。いっそ、須黒さんがそのまま課長になればいいのにね」

「何で、ならないんでしょうか?」

「それこそ、大人の事情って、奴よ。いつか、坂上ちゃんも分かるわ」

 私に分かる日が、来るのだろうか?


 ただ、無邪気な顔で笑っている先輩を見ると、私は心から安心した。どうしてだろうか?

 先輩を目で追っていたら、先輩と目が合ってしまった。

 すると先輩は、私の前にやってきた。

「ほら、飲んで飲んで」

 先輩が私のコップに、ビールを注いでくれた。

「先輩、本日はありがとうございました」

「いいんだよ、別に。こういう時の為に、総務はあるんだから」

「でも、嬉しかったです」

「そう、それは良かった」

 すると、先輩を呼ぶ声がした。

 誰かが、カラオケをセットしたようだ。

 カラオケボックス以外で、初めて見る機材だ。

 音楽が鳴り始め、先輩と須黒さんのデュエットのようだけど、先輩が女性パートを歌っていたので、店内は笑いに包まれた。女性っぽく、小指を立てながら。

「へえ~、ああいうこともするんだ」

 先輩の新たな一面が見れたけど、ちょっとやり過ぎじゃないかな?

 お互いを見つめ合うなんて、確かに盛り上がるけど。

 何だろう、ちょっとだけムッとする。


 でも、先輩らしいと思った。


 私には、聞いたことの無い曲だった。


 私が先輩や須黒さんの、のけ者になったような、どこか疎外感があった。


 それでも曲の歌詞は、いい感じの歌詞だと思った。


 先輩の歌はというと、ちょっとねえ。


 歌い終わった先輩は、私にマイクを手渡そうとした。

「坂上さん、歌うかい?」

「ああ、はい」

 先輩からのリクエストだから、応えないと。

 なんとなく、他の人に取られたくないというか、先輩からのバトンを受け取りたいといった、そんな気分だった。

「せっかくだから、デュエットしてくださいよ!」

「いいぞ!いいぞ!」

 いいぞ、いいぞ。先輩の横は、私の占有です!

「先輩、いいですか?」

「いいけど、私の分かる曲にして」

「いいですよ。なら、これはどうですか?」

「ああ、これなら何とか行けるかな?」


 私は、曲をセットした。

 「愛が生まれた日」という、私でも知っているデュエット曲だ。


 私は先輩と共に、精一杯歌った。


 でも先輩は、どこか恥ずかしそうだった。


 私はそんな先輩の肩に、もたれかかるような仕草をしたら、店内は喝采に満ち溢れた。


 先輩は、ちょっとぎこちなくなったけど。



 私はそんな先輩を、可愛い人だと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ