第二十一話 愛が生まれる日に
私と先輩は、課内の人達と居酒屋に集まった。
手配はすでに済んでいたらしく、お店は貸し切りになっていた。
ちなみに、手配したのは先輩ではありません。先輩は、まな板の上の鯉のような状態です。
「じゃ、純さん。スピーチよろしく」
「ええ?何で?食品の須黒さんの方が、役では上じゃないかな?」
「今回の立役者は、純さんですよ」
「仕方がないなあ」
先輩は頭をポリポリ掻きながら、マイクをもらいながら席から立ちあがった。
先輩は咳ばらいをし、スピーチを始めた。
「ええ!今日はどうもありがとう!乾杯!」
どうもこれは想定内らしく、まるで申し合わせたようなブーイングが一斉に出た。
「そりゃあ、スピーチって言わないですよ?」
「もっと、真面目にやってくださいよ!」
「せめて、社長の100分の1ぐらいは、何か喋ってくださいよ」
そこで笑いが出た。
私にはよく分からなかったけど、どうも社長のスピーチは長いみたいだ。いや、入社式では確かに長かったけど、それなりに良かったと思う。
「ダメかな?」
「はい、やり直し」
「ええっと。みんな、今日は助かったよ。私一人だけでは、どうにも出来ませんでした。皆様のご協力が、あってのことです」
拍手が出た。私も拍手した。だって、私は当事者だし。
「会社とは出身もバラバラな個人一人一人が集まり、互いに切磋琢磨します。しかも、お互いにライバルでもありますが、ここぞという時は皆で集まって知恵を出し合い、協力一致をすることで乗り切れないことは何もありません。それが、会社というものです。みんなは、大事な仲間です!今日は本当に、ありがとうございました!乾杯!」
先輩はハンカチで額の汗を拭きながら、なんとかスピーチをこなしたようだ。もしかして先輩は、人前で話すのって、苦手なのかな?
店内は拍手で包まれたけど、飲み放題っすよね?何でも食べていいんですよねという声には、先輩はすぐに返した。
「ええっと、一人3千円までとします。後は、各自個々で清算をお願いします」
ええ?というブーイングが出たけど、ここに役員がいない以上、このご時世ではこれでも十分だろうと、須黒さんはおっしゃっていた。
「まあ、食品からも少し出すから、それで勘弁ね」
やったあ!という声が出た。須黒さんは先輩に、何か耳打ちをしたようだけど、何を話したのかな?というか、ふたりは仲がいいような。どういうこと?
すると先輩と須黒さんはすぐに席から立ち上がり、それぞれの席に居る社員にお酌をして回っていた。私もお酌をしようとしたら、いいのよと他の先輩女子社員に止められた。
「若い女子社員がお酌なんかしたら、それだけで問題になるわよ」
「そんなに、うるさいんですか?」
「分かんないけど、気を付けないとね」
「はい。でも、今日はありがとうございました」
「分かってるわよ。あなたのせいじゃないって」
「え?」
「おかしいなと思っていたのよ。須黒さんの不在中に、無断で決済した案件だからね。後で、問題になるわよ。須黒さんの、監督責任にならないといいんだけど」
「私は」
「あなたは、関係無いわよ。もちろん、総務の勝呂さんもね」
「でも」
「組織ってね、そういうところだから。後始末をする為に、責任者が居るんだから」
「そう言えば、須黒さんの役職はなんでしょうか?私、知らないんですけど」
「ああ、そうね。課長待遇よ」
「課長待遇ですか?」
「曖昧よねえ。うちの課長が他の課長を兼務しているから、須黒さんがうちの実質的な責任者なんだけどねえ。いっそ、須黒さんがそのまま課長になればいいのにね」
「何で、ならないんでしょうか?」
「それこそ、大人の事情って、奴よ。いつか、坂上ちゃんも分かるわ」
私に分かる日が、来るのだろうか?
ただ、無邪気な顔で笑っている先輩を見ると、私は心から安心した。どうしてだろうか?
先輩を目で追っていたら、先輩と目が合ってしまった。
すると先輩は、私の前にやってきた。
「ほら、飲んで飲んで」
先輩が私のコップに、ビールを注いでくれた。
「先輩、本日はありがとうございました」
「いいんだよ、別に。こういう時の為に、総務はあるんだから」
「でも、嬉しかったです」
「そう、それは良かった」
すると、先輩を呼ぶ声がした。
誰かが、カラオケをセットしたようだ。
カラオケボックス以外で、初めて見る機材だ。
音楽が鳴り始め、先輩と須黒さんのデュエットのようだけど、先輩が女性パートを歌っていたので、店内は笑いに包まれた。女性っぽく、小指を立てながら。
「へえ~、ああいうこともするんだ」
先輩の新たな一面が見れたけど、ちょっとやり過ぎじゃないかな?
お互いを見つめ合うなんて、確かに盛り上がるけど。
何だろう、ちょっとだけムッとする。
でも、先輩らしいと思った。
私には、聞いたことの無い曲だった。
私が先輩や須黒さんの、のけ者になったような、どこか疎外感があった。
それでも曲の歌詞は、いい感じの歌詞だと思った。
先輩の歌はというと、ちょっとねえ。
歌い終わった先輩は、私にマイクを手渡そうとした。
「坂上さん、歌うかい?」
「ああ、はい」
先輩からのリクエストだから、応えないと。
なんとなく、他の人に取られたくないというか、先輩からのバトンを受け取りたいといった、そんな気分だった。
「せっかくだから、デュエットしてくださいよ!」
「いいぞ!いいぞ!」
いいぞ、いいぞ。先輩の横は、私の占有です!
「先輩、いいですか?」
「いいけど、私の分かる曲にして」
「いいですよ。なら、これはどうですか?」
「ああ、これなら何とか行けるかな?」
私は、曲をセットした。
「愛が生まれた日」という、私でも知っているデュエット曲だ。
私は先輩と共に、精一杯歌った。
でも先輩は、どこか恥ずかしそうだった。
私はそんな先輩の肩に、もたれかかるような仕草をしたら、店内は喝采に満ち溢れた。
先輩は、ちょっとぎこちなくなったけど。
私はそんな先輩を、可愛い人だと思った。




