第十九話 先輩の個人情報
研修も終え、私は食品事業本部に配属となった。
エネルギー事業本部の方が面白そうだったけど、あっちは概ね男子、食品は女子となっているようだ。
男女平等とは言え、エネルギー関連事業のカウンターパートナーは、ちょっと荒っぽい連中が多いので、女子には遠慮してもらっていると、そういうことらしい。ある程度のキャリアを積むと、女子でも配属されることもあるという。
とは言え、総務部を離れるのはちょっと残念だった。
勝呂さんともっと色々なお話をしたかったけど、何と言ってもあの人は昼行燈の異名を取っており、他の社員と違って、あまりギラギラしたところがなかった。
つまり、私にちょっかいを掛けてこない人だった。
もちろん、私を呑みに誘うどころか、食事にすら誘ってくれない。
お昼休みのランチだって、私から誘ったぐらいだし。
とは言え、新人の女子社員が先輩社員にあれこれ聞くのもおかしいので、やっぱり何も聞けなかった。
ただ、あることをお願いしたら、私が真に欲しい情報のひとつを得る事が出来た。
「勝呂さん」
「何かな?」
「私、今住んでいるアパートを引き払い、セキュリティの高いマンションに引っ越そうと思っているんです」
「そうなんだ。手伝いいる?」
「はい、その際はお願いします」
「ええ?マジ?腰悪いんだけど?」
勝呂さんとの会話は、概ねこんな感じになる。
だったら、最初に断れよと言いたいけど、社交辞令を前面に出す人なんだろう。
最初は戸惑っていたけど、慣れるといつもの感じになる。
「腰なら、私がマッサージしてあげますよ」
「ああ、それなら考えておくよ」
「予定があるので、はっきりしてください」
「ああ、分かったよ。やるよ」
「あと、もう一つ」
「ええ?まだあるの?」
「そんなに警戒しなくても」
「いや、もう力仕事は勘弁だよ」
「大丈夫です。保証人になって欲しいだけですから」
「ええ?借金の保証人なんて、私には無理だよ」
「あの~、今の流れでどうして、私が借金の保証人をお願いしたことになるんですか?」
「え、違うの?」
「はい。マンションを借りるのに、保証人が要るんです。勝呂さんに、それをお願いしたいだけです」
「ああ、それならいいよ」
「じゃあ、早速」
私はカバンから、マンションの賃貸借契約書の書類を取り出し、勝呂さんに書くようにお願いした。
「君、用意いいね」
「はい、先輩のご指導の賜物です」
もちろん、反面教師という意味でだけど、通じなかったみたいだ。さっすが、昼行燈。
「そんな指導したっけかな?」
してませんよ、もちろん。
「それに鉄は熱い内に打ては、私の座右の銘ですので」
「そりゃあ」
「そりゃあ?」
「えらいこっちゃ」
勝呂さんはそのまま、書類に住所氏名電話番号を記し、ハンコを押してくれた。
「ありがとうございます」
これで勝呂さんの住所を、私は無事にゲットした。
「引っ越ししたら、お祝いしてくれますか?」
「いいよ」
「本当ですね?」
「うん」
この「うん」に、何度騙されたことか。
ええ?あれって本気だったのとか、ゴメン、忘れてたとなるからだ。
まあ、私に対してガツガツしてこないのが、勝呂さんのいいところなんだろうけど。
でも、ここまで私の女の部分を否定されると、ちょっと傷つくなあ。
もしかして、本能で私のことを、実の娘とか思っているのかな?
それはそれで嬉しいけど、ちょっと残念な気がする。
大学在学中に、役所で母の戸籍謄本証明書を所得したことがある。
出来上がったマイナンバーカードを、役所まで取りに行った時に、ついでに戸籍謄本の移しを取得することにした。
戸籍の記載内容を見て驚いたのが、私には父の記載が無かったことだ。
前の父は、養父だった。
正直、私にはショックだった。本当の父と思っていた人が、実は他人だったなんて。
あの男と、立場は同じだった。
いや、違う。
あの男と父は、同じではない。少なくとも、父は私をレイプしようとはしなかった。
身体のあっちこっちを、触ろうとはしなかった。
それに私が父と暮らしたいって言っても、お母さんをひとりにしないでと言ってくれたからだ。
あの男なら、喜んで私を引き取っただろう。
そして毎日、私をレイプしただろう。
そう思うと、どこか安心出来た。
血の繋がりの有る無しは、関係ないんだと。
しかし、これではよく分からないことがある。
父と結婚する前の、母の記録が記載されていないからだ。
確か、役所って産まれてから亡くなるまで、人の一生の記録は残るって聞いていたから。
だったらと思い、母の詳細な戸籍を知りたいと役所の人に相談したら、改製原戸籍証明書を取るといいよと教えてくれた。
せっかくなので、勧めに従って改製原戸籍証明書の写しを取得することにした。
改製原戸籍証明書は今の戸籍謄本証明書と違って、記載の仕方がいかにも昭和な感じで、ちょっと読みにくかった。
しかし、欲しい情報は記載されていた。
そこには、いわゆるバツ印が記載してあった。
良く聞くバツ一、バツ二の由来は、どうもここかららしい。
とは言え、そこは分かりやすいと思うけど、バツ印は無いよなあと素朴に思ったけど。
ただ、私が本当に知りたい情報がそこにあるのかは、未知数だった。
私は期待と不安を胸に、証明書の記載内容を丹念に見ることにした。
そこには、前の父と結婚する前に、もう一人の男性と結婚していた事実が分かった。
そのお相手が、勝呂純だった。
口座にお金を振り込んでくれたスグロジュンと言う人は、きっとこの人だろう。
だとすると、母に対する慰謝料なのだろうか?
しかし、真実は分からない。
分かっているのは、私には産みの父が居ないこと。早産であること。それにも関わらず、未熟児として産まれていないことだ。
高校時代の同級生に、早産の子が居たから、同じ早産同士気が合った。
でも、話しが噛み合わないことがあった。もしかしたら、私は早産では無かったのではないかと、その時は疑問に思った。
つまり、私の出生には何か秘密があり、母が私を妊娠した日は、もしかしたらもっと前の事かもしれないと。
だから、もしかしたら勝呂さんこそ、私の本当の父かもしれない。
当時はまだ本人に出会えてないので、そこで壁にぶち当たっていた。
これ以上は、当時の私では分からないからだ。
母に聞くか、勝呂純さんに直接聞くしか無いからだ。
戸籍の住所が現住所かどうかも分からないし、あえてそこまで行く勇気も、当時の私には無かったから。
「私って、ダメな女だ」
その時の私は、そう思っていた。
だから今回知り得た、勝呂さんの住所と改製原戸籍証明書に記載されている、離婚前の記録を突き合わせてみることにした。
すると、母と離婚する前の本籍と保証人欄に記載された住所が、ほぼ同じだった。
違いはわずかで、地番が漢数字かアラビア数字の違いだけだった。
私は、ちょっと嬉しかった。
そのままでいてくれたことが、なんとなくだけど、私を待っていてくれたような感じがしたからだ。
勝呂さん。
もし、私があなたの本当の娘だったら、あなたは私を受け入れてくれますか?
でも、親子であると言う、それを証明する手立てが無い。
私と勝呂さんが、本当の親子かどうか?
いつか調べないといけないし、調べたいと強く思う。
私にとっての、ルーツでもあるんだから。
今は、焦らないこと。
だって、今は目の前に居るんだから。
でも、もっとシャンとして欲しいと思う。
私のお父さんなら。




