第十六話 スグロジュンという名前
私は、金欠だった。
課題もやらなければならず、ゼミのお手伝いもしないといけないから、必然的にバイトをする時間が削られてしまう。しかし、研究には最低限のお金が必要で、バイトをしてお金を稼がないといけない。しかし、研究やゼミのお手伝いでバイトをしている時間が無い。研究をするにはお金が必要だから、バイトをして稼がないといけない。まさに、私は堂々巡りに陥っていた。
もはや、手詰まり感があった。
正直、私は本当にヘトヘトだった。
「このままだと、留年かな?」
それはまずい、奨学金が打ち切られるかもしれないから。
でも、どうしたらいいだろうか。
その時、あることを思い出した。
児童養護施設を出る時、施設長から分厚い封筒を渡された。
その中身は私宛の手紙で、児童相談所経由で来た、母からの手紙だった。
以前中身を読んだら、その身勝手な内容に愕然とし、段ボールに放り込んでいた。
やれあの時のことはもう怒っていないとか、お父さんも反省しているとか、皆でやり直そうといった、まるで自分達には一切の責任が無いかのごとき内容だった。
三人でやり直そうという文言には、正直吐き気がした。
あの男の、夜の相手をしろとでも言うのか。
でも、母とはそういう人だった。
いつでも自分を擁護し、保身しか考えていない人。
誰かに依存しないと、生きていけない人なんだろう。
でも、だったら子供である私は、どうなるの?
あの男に、私の身体を差し出せとでも言うの?
とどめになったのが、あの男が書いたと思われる私への手紙だ。
私のしていること(恐らくは裁判のこと)は家族の為にならないとか、母さんが傷ついているといった、まるで私がすべての元凶であるかのような書きぶりだった。
ちゃんと話し合おうと。
私は手紙を、くしゃくしゃにして放り投げた。
でも、もしかしたら裁判の証拠になるかもしれないから、しわを伸ばして捨てずに取っておいた。
ただもう、それ以上は考えないようにしていたけど。
その手紙の中の一つの封筒は、何か厚みのあるモノが入っていた。
開けたら、通帳とキャッシュカードだった。
通帳と一緒に同封されていた手紙には、この口座にはあなたが20歳になるまでお金が振り込まれます、お金が必要になったら使ってくださいと一筆認めてあった。
その時は、誰が母やあの男のお金なんか使うかと、そう思っていた。
でも、さすがに意地になってもいいことはなく、気が進まないけどお金を借りようと思った。
結局、私は子供なんだと、その時は自己嫌悪した。
私はしまっておいた段ボールから封筒を出して、通帳の中身を見た。
それによるとかなりのお金が入っていて、しかも毎月一定額が振り込まれていた。
その振込元を見ると、母やあの男の名前ではなく、こう書かれていた。
スグロジュン
誰?
スグロジュンって、一体だれなの?
男性?それとも女性?
母と、どんな関係なの?
どんな字で書くの?
今更、母に聞く訳にもいかない。
でも、このお金が、母やあの男のお金ではないと分かった。
それが私にとって、救いであり幸いなことだった。
誰だか分からないスグロジュンさんに感謝して、遠慮なくこのお金を使おうと思った。
そしていつか、スグロジュンさんに恩返ししようと思う。
その前に、このお金を使って勉強に励もう。
いい会社に就職しよう。
そうして、一杯お給料をもらって、スグロジュンさんにお返ししようと思う。
それが大人になることなんだと、今の私はそう理解した。
年齢だけで自動的に、大人になる訳では無いってことを。
責任を果たす、あるいは責任を果たせるようになって初めて、大人になるんだ。
そう考えると、就職先を考えずにはいられなかった。
支援してくれる企業に三年間奉職したら、私は転職が出来るけど、いいお給料を貰わないといけなかった。
公務員は給料が安いから、私の再就職先候補から、残念ながら外そうと思う。
柿田さんや滝川さんと、一緒にお仕事をしたかったけど、今やるべきことを見つけたから。
まずは、目の前のことをしよう。
私は、そう決意した。
誰だか分からない、スグロジュンさんに恩返しする為に。




