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私の先輩  作者: せいじ
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第十五話   スピーチ

 私があれからどうなったのか、それを彼女に詳細に話したら、何故か彼女はゼミを辞めてしまった。

 大学にも見かけなくなり、風の噂で別の学部に移ったと聞いた。

 私をレイプしようとした男も、姿を見なくなった。

 最初は報復を警戒し、一応護身グッズも用意していたけど、杞憂に過ぎなかった。

「まあ、これで良かったのかな」

 とは言え、ゼミトップの彼女が居なくなったので、私の負担が増えたのは想定外だった。

「正直、これは困る。バイトを減らさないと、どうにも出来ない」

 

 そんな中だった、柿田さんが大学を訪ねてきたのは。

「久しぶりね。元気そうで」

「お久しぶりです。柿田さんも、お元気そうで」

「私はダメよ、もうへとへとよ」

 柿田さんはネックレスを身に着け、メイクもばっちりな、出来る女の風情だった。

 いまや立派な、やり手女性キャリアで通っている。

「大学にはどのような?」

「あれ、聞いてない?」

「確か、各省から次官級の官僚の方々が講演にくるって、私は聞いていましたけど?」

 その世話役を、私は仰せつかった訳だけど、うちのボス、人使い荒くないか?

「一応ね、その次官級の代理を仰せつかったのよ」

「柿田さんも、出世されたんですね?」

「嫌味?」

「ええ?まさか?」

「冗談よ。今回はね、滝川先生の代理なのよ」

「そうなんですか?そういえば、滝川さんはお元気ですか?」

「ええ。今度、本省の次官になるそうよ」

「そうなんですか!それはすごい!」

「もっとも、本人は子ども家庭庁に入りたがっていたけどね」

「どうしてですか?本省の事務次官の方が、役は上ではありませんか?」

「やりたい仕事が出来ないって、最初は断っていたそうよ」

「ええ?他の人が聞いたら、びっくりを通り越して、変人扱いされそうですよ」

「実際、省内では変人扱いされているわよ。だから時々、変な場所に飛ばされるのよ」

「そうですか、滝川さんらしい」

 私は公務員の妻になった覚えはない、滝川浩二の妻になった。

 あの時お母さんは、そう言っていたっけ。

 そうか、こういうことだったのか。

「まあ、今回の省内での不祥事で、次官の成り手が急に居なくなったからね、滝川先生が、急遽抜擢された訳。まあ、そんな訳で私も急遽駆り出されたと、そういう訳なのよ。ホント、いい、迷惑よ」

「あははははは」

 出世や抜擢を、迷惑と言い切るところが、やっぱりすごいと思う。

 私なら、どうするだろうか?

 それとも、そんなに熱意を持てる仕事に、出会えば私もそうなるのかな?

「だからね、滝川先生も急に忙しくなって、今回の講演にも来たくても来れなくなったのよ。講演依頼を受けた時は、まだ先生は審議官だったから」

「そうですか。じゃあ、柿田さんの講演を、私も楽しみですよ」

「やめてよ。私、こういうのは苦手なんだから。人前で偉そうに話すのって、柄じゃないし」

「でも、人生の先輩のお話って、やっぱり聞きたいですよ」

「牧田さんも来るはずだったんだけど、彼女産休に入ったのよ」

「ええ!」

「ああ、そうそう。あなたをその乱暴した元家族の男だけど」

 何だろう、随分な遠回しな言い方だけど。別にあの男でいいと思うけど、立場が立場だから、言い回しには気を付けないといけないのかな?

「有罪が確定したそうよ。懲役8年6ヶ月に」

「そうでしたか、何から何までありがとうございます」

 私は頭を下げた、本当に、牧田さんの執念だと思う。

 私はただ、あの時何があったかを、牧田さんにお話しただけだから。

「咲良さんの方は、どうなの?何か変化はあった」

 レイプ未遂のことを話すべきかどうか、ちょっと悩んでしまった。

「何もありません」

 柿田さんが、私のことをジッと見ていた。

 見透かされたかな?

「まあ、いいわ。何かあれば、私に連絡を頂戴。名刺の裏に、私のプライベートの番号が書いてあるから」

 柿田さんは、私に名刺をくれた。

 そこには、厚生労働省大臣官房付柿田麻弥と書かれていた。 



 柿田さんの行った講演は、女性が輝く社会の実現と、霞が関における男社会についてだった。



「女性が男性になる必要はないわ。今までは、女性の官僚は男性の官僚のように働く、異動も黙って受け入れることがいい官僚の証明だったけど、今は育休も取得出来るし、異動だって理由さえあれば断れる。でもね、まだまだ男社会なところがあります。特に国会開会中は、夜は遅くまで仕事が続くし、答弁書が気に入らなければ突き返され、しかも大臣答弁の直前まで文言を詰めることもあります。徹夜も普通のことです。だから、女性が活躍し易い霞ヶ関と今は言わているけど、実際はそうはいきません。しかし、我々の先輩方のたゆまぬ努力と、流した血と汗と涙のお陰で、ようやく制度も整ってきました。だけどね、いつそれがひっくり返るか分かりません。だから我々は、不断の努力で勝ち得た権利を保持し、次の世代、つまり、あなた方に引き継がないといけません。その意味で、改革に終わりはないのです。次は、あなた方の番です!」


 講演会は、熱狂に包まれた。

 私は袖で聞いていたけど、柿田さんってこういうことを話す人なんだと、初めて知った。

 カッコいいと、純粋に思った。


 満場の拍手に包まれ、柿田さんは演壇から颯爽と退場してきた。

 講演は柿田さんだけではなく、各省庁からも来ていたけど、柿田さんの後をやる人は、ちょっと気の毒な気がした。

 内容が各省庁の仕事の内容とか、役割とかになり、講演と言うよりは職場説明会のような感じがしたからだ。

 はっきり言って、会場はしらけていた。


「柿田さん。お疲れ様です。とても素敵でした」

 私はお茶の入った、紙コップを柿田さんに手渡した。

「そう?」

 柿田さんはお茶を、一息で飲み干した。意外に、喉が渇いていたのかな?でも、お代わりは要らないって。

「これはね、滝川先生の真似なのよ」

「そうなんですか?」

「私がここの学生だった頃、滝川先生が講演をしてくださったの」

「そうなんですか」

「官僚とは何か?公務員とは、そもそもどんな存在かってね」

「へえ~」

「私、それですっかりまいっちゃって」

 はにかむ柿田さんは、大人の女性というより、どこか恋する少女の雰囲気を醸し出していた。

 とても、可愛らしかった。

「その後、滝川先生はこの大学に招かれ、客員教授として我々を指導してくださったのよ。それが縁よ」

「そうだったんですか。私も、講義を受けて見たかったです」

「機会があればだけど、私も受け直したいのよ」

 私に向かってウィンクする柿田さんは、本当に素敵な女性だと思う。

 きっと、私みたいに暴力で、解決するような人ではないだろう。

「私も、柿田さんに憧れます」

「なら、公務員になったら?」

「そうもいきません。私は企業から支援を受けていますから、少なくとも3年は奉職しないといけません」

「そうだったわね。悪かったわ」

「いいえ。私がこの大学に通えるのも、こうして柿田さんの講演を聞けたのも、すべて滝川さんと柿田さんのお陰です。感謝しています」

 柿田さんは、首を振る。

「すべては、あなた自身の力よ」

「いいえ、色んな人の力があってだと思います」

「そのうち、分かるわ。私たちは、そのお手伝いをしただけだってね」

「はい」

 いつか、分かる日が来るのだろうか?

 それは、いつなのだろうか?

「じゃ、私は戻らないと」

「あ、はい。お疲れさまでした」

 柿田さんは迎えの車に颯爽と乗り込み、恐らくは霞ヶ関に戻ったのだろう。


 私も頑張らないと。

 三年奉職したら、転職も自由だから。


 その時、私はどうなっているのだろうか?


 柿田さんみたいな人と、一緒に仕事がしたいなと、私は純粋に思った。


 そう思えるのが、とても素敵なことだと思う。


 もしあの時、道を踏み外していたら。


 あの時、滝川さんと柿田さんに出会えていなかったら、一体、どうなっていたのだろうか?


 お母さんと会えなかったら、今の私はあるんだろうか?


 今言えることは、生きていて、本当に良かったと思う。



 出会いって、大事だと思う。



 お母さん、私を見ていてください。



 私、必ず幸せになってみせますから。

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