第十四話 護身術
目が覚めたら、そこは知らない場所だった。
「やあ、起きた?」
誰?
ああ、名前は思い出せないけど、確かクズの一人だったな。
それにしても、頭が痛い。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
大丈夫じゃないけど、ここを出ないといけないと思った。
「ほら、休んでいきなよ」
この時、この男の目的が分かった。
私の衣服に、手を掛けたからだ。
やっぱり、この男はクズだった。
二次会はジャズが流れる、コンクリート打ちっぱなしの内装の、いかにもお洒落な店だった。
「私、払えないよ?」
高そうな店だったので、彼女にそう訊ねた。
「大丈夫だよ、払いは男どもがやるから」
「え?」
何だか、嫌な予感がした。
一応、教授や助教が居るから、安心だとは思うけど。
何にしても、すぐに帰ろうと思ったら、彼女が飲み物を勧めてきた。
「美味しいよ」
「私、お酒飲めないよ」
「これ、ノンアルコールだから大丈夫だよ」
「そう?」
一口飲んだら、とても美味しかった。
初めての味だった。
「美味しい」
「でしょう?」
「でも、これで帰るから」
「そう言わずに。今度は、こっちを飲んでみてよ」
また、違う味だったけど、とても美味しかった。
すると、何だか目の前がぐるぐる回り始めた。
「あ、あれ?」
「坂上さん、大丈夫?」
「大丈夫です」
いや、大丈夫じゃない。
お水を飲まないと。
「お水をください」
「ほら、これを飲んで」
飲んだけど、甘い味がした。
お水では無かった。
「坂上さん?」
「はい~、らいじょうふれす」
まずい、ろれつが回らなくなってきた。マズイ、足腰にもきた。最悪だ。
「ねえ、坂上さんを送ってあげて」
いいです、大丈夫です。
でも、聞こえなかったみたいだ。
私は知らない誰かの肩を借りて、店を出ることになった。教授や助教に助けを求めようとしたけど、彼らがどこに居るのか分からなかった。
その後、記憶が途切れた。
起きた時、男と二人きりだった。
どうも、ホテルの部屋のようだった。
私はジャケットは脱がされ、ブラウスのボタンは外されていたけど、下はまだ脱がされていなかった。
「もう、帰ります」
「何を言ってるんだい?僕が君を、ここまで運んであげたんだよ?」
「ああ、そうですか。それはどうも」
そんなの構うか。私は帰る。
「ほら、ふらふらしている。とりあえず、服を脱ぎなよ」
男が私の着ているデニムに、手を掛けてきた。
私は、悪寒が走った。
「やめてください!」
「楽にしなよ。それに、すぐ済むから。しかし、脱がせにくいなあ。何で、スカートで来なかったの?」
そうか、だからスカートで来いってあの女は言っていたのか。
ホント、私ってお人好しの世間知らずだ。
「触るな!」
「大丈夫だから。僕、結構うまいよ」
ぞっとした。
だから私は、私のデニムを脱がそうとしている男を、思いっきり蹴った。
男の腹に当たった。
男と距離を、取ることが出来た。
「おい!こっちが下出に出てりゃあ、調子に乗りやがって」
お里が知れるなあと、冷静になった私はそう思った。
男は、私との距離を詰めてきた。
私を、レイプする気だろう。
その前に、マウントを取る気だ。
ホント、最低な気分だ。
男は私に向かってタックルしてきたけど、私はそのまま膝を上にあげた。
膝は見事に、男の顎にヒットした。
男はひっくり返ってもがいているので、そのまま足で男のお腹を踏んだ。
男は私の足を掴み、なんとか離そうとするけど、私は全体重を掛けているので離せない。
マウントを取ってるんだから、女性相手でもその姿勢では無理だろう。
まあ、男は焦っているから、もがく以外に出来ないけど。
考えれば分かることなのに、パニックになるとむしろまともに動けなくなるようだ。ただ身体を、回転すればいいのにね。
女にこんなことをされるなんて、想定してなかったんだろうなあ。
私はガンガンと頭痛がする反面、それとは逆に酷く冷静になっていた。
この男は、今まで何人の女性を、レイプしてきたんだろうか?
いっそ、このまま殺してやろうか。
そう思ったら、男は手を合わせてきた。
「や、やめて」
男は涙目になって、私に懇願してきた。
仕方がないと思い、私は男から足を離すと、男はまた襲ってきた。
それも、笑いながら。なんというか、やっぱり女は馬鹿だと、雄弁に語っているようだ。
ああ、本当に男は愚かだ。
私は姿勢を下げ、握ったこぶしを前に突き出した。
こぶしはそのまま男の顔にヒットし、男が転んだついでに股間を蹴ってやった。
男はまるで、股間を押さえながらヒキガエルのように引きつっていた。
正直、手が痛かったけど、カウンターを見事に喰らったんだから、まあ倒れるわな。
その分私の手は、かなり痛かった。後で、病院に行こう。
「ああ、本当に最低」
施設に居た当時、柿田さんが私に、護身術を習うようにと助言してきた。
費用は自治体から出るから、是非やるべきだと。
その護身術を習っていたのが、私にとって幸いだった。
いつか、あの男と対決する日が来てもいいようにと、施設を出るまで週に2回から3回は、格闘技の道場に通っていたし。
とは言え、施設を出たら、費用は自己負担となった。そうなるとさすがに月謝の負担が重いので、自主練で勘を失わないようにしていた。そんな矢先だった。
でもまさか、あの男と対決する前に、こんな愚かな男とやり合うなんて、むしろいい機会だったと思う。
だって、本当に護身術が実戦で使えるのか、正直分からなかったからだ。
女のカラダ目当ての男は興奮しているから、少し冷静になれば余裕で対処出来る。
しかも、相手を非力な女と馬鹿にしているから、最初の一撃で心を挫くことが出来たら、まずまずだ。
その際は、絶対にマウントを取られてはいけない。
仮にマウントを取られても、まだ最終手段はあるって、師範は教えてくれたけど。
でも師範は、逃げる事が一番の護身術だとおっしゃていたけど。
そうなると、私は不肖の弟子のようだ。
「こういう場合、逃げるも何も無いよなあ。密室だし」
いつか、師範に聞いてみよう。密室に連れ込まれた場合の、対処法を。
やっぱり、殺すつもりでやるしかないのかな?
「おい、お前?」
私はドスの利いた声で、男に声を掛けた。聞きたいことがあるので。
男は涙目になり、鼻血を出していた。
「も、もうゆるひて」
「誰が、仕組んだ?」
「ひ、ひらない」
「そう」
私は男の耳を引っ張り、引きちぎってやろうと思った。
レイプ犯のような奴には、丁度いい目印だと思った。
「や、やめて」
男は、本気で怯えていた。ちょっと、気分いいかも。
もっと、壊してやろうか?
私の目に弑逆性が宿ったのか、本気度が伝わったのか分からない。
そう考えていたら、男は洗いざらい話した。
腰だけではなく、口の軽い男だ。
男の話によると、元々、ゼミで彼女と私が人気争いをしており、どうにかして私を蹴落とそうと画策したそうだ。
一番人気が私で、二番人気が彼女らしい。
思わず、なんだそりゃあと思った。
どこの情報だよ。思い込みというより、もはや妄想だろう。
男どもの群がりようを見れば、一目瞭然だろうに。
だいたい、私は一番はおろか、二番だって怪しいのに。
本当に馬鹿馬鹿しい。
それで私に気がある、この男を使ったという訳だ。
もっとも、彼女にこれを話しても、どうせシラを切るだけだろう。
「おい、お前」
「はい!」
「もう、私に付きまとうな。もし付きまとったり、おかしな噂が流れたら、分かってるよな?」
男はうんうんと、首を縦に振るだけだった。
鼻血を流し、涙を流す男は、滑稽にしか見えなかった。
この男は、今まで力づくで女を従わせてきたんだろう。
いっそ、警察に突き出すか?
まあ、被害者が居ない以上、どうにも出来ないだろうけど。
「じゃ、私はもう行くけど、会計は済ませておく」
正直、お金は払いたくないけど、行きがかり上ここは払っておくべきだろう。
もっとも、お金は前金制らしく、私が負担することは無かったけど。
はあ~、ホント、男ってクズばかりだ。
いや、女もクズなのかな。
でも、お酒って、結構美味しかったなあ。
いつか、信頼出来る誰かと、思いっきり飲んでみたいと思った。
倒れるまで、いっぱい飲んでみたかった。
安心して、飲んでみたかった。
いつか。
その時がいつ来るか分からないけど、私はこう宣言する。
女を舐めるなと。




