第十話 大事にしてくれる人たち
しばらく経った、ある日の事だった。
滝川さんではなく、柿田さんが私を訪ねてきた。
「元気そうね」
「はい、柿田さんも」
柿田さんは以前と比べて、少し柔らかい感じになっていた。
よく見ると、耳にピアスをしていた。
大人の女性って感じがして、とても素敵だと思う。
私もしてみたいなあ。
そんなことを考えていたら、びっくりするお話をしてきた。
「今日は、お別れを言いに来たの」
「お別れですか?」
「今度、転勤することになったの」
「そうなんですか」
組織って、そういうところだって、私でも分かる。
担当が外れるなら、もう無関係になるように。
転校していく友達が、いくらずっと友達だと言っていても、それは最初だけで、いつかは離れていくように。
出会いがあれば、いつかあるのが別れなんだと思う。
「それと、牧田さんからの伝言なんだけど」
「牧田さん?」
「検事さんよ」
「ああ、あの時のお姉さんですか」
「裁判でね、勝てなかったって」
「え?」
「執行猶予付きの判決になったそうよ。あなたに申し訳ないって、彼女は言っていたわ」
「でも、それは仕方が無いですよね」
「牧田さんは控訴して、最後まで戦うって言っていたわ。それを伝えたかったの」
「そうですか。わざわざ、ありがとうございます。でももう、私は大丈夫です。私はあの人たちと、関りを持つ気はありませんから」
「そう」
「はい」
「あと、これね」
柿田さんはカバンから、パンフレットと手紙を出してきた。
「滝川先生からよ。奨学金と生活費が支給される、企業の資料と申込書が入っているわ。滝川さんが保証人として、すでに名前が連なっているから」
本当に、何から何まで。
塾に通えたお陰で、私の成績は学年でもトップクラスに舞い踊り、6大学も狙える位置になった。
全部、滝川さんのお陰だ。
「本当に良かった。これで、お母さんに報告できそう」
「お母さん?」
「ああ、すみません。滝川さんの奥様のことです」
「・・・・・・・・・・」
「あの~?」
「ええっと、どうしようかな」
柿田さんらしくなく、首を上下に動かし、頭をかいていた。
「どうかしたんですか?」
「滝川先生は、何もおっしゃってないの?」
「私が受験に成功したら、皆でお祝いしようって、そう言ってくれました」
「そう」
「柿田さん、何かあったんですか?」
「落ち着いて、聞いてね」
「はい」
嫌な予感がした。
とても嫌な、本当に胸が苦しくなるような感じがした。
「滝川先生の奥様は」
「奥様は?」
「すでに、お亡くなりになっています」
「え?うそ!」
私は、茫然自失した。
柿田さんはそれから、私に何か話しかけていたけど、私の耳に入らなかった。
目の前が、真っ白になった。
お母さんが亡くなった。
何で?
どうして?
あんなにいい人なのに。
あんなにやさしい人なのに。
あんなに、素敵な人なのに。
嘘よ。そうだ、私を騙そうとしているんだ。
私を受験に集中させるために、そんな嘘を吐いてるんだ。
「嫌だなあ。お母さんが、亡くなるはずないじゃないですか」
「・・・・」
「きっと、私を驚かせようとしているんですよね」
「・・・・」
「もう、びっくりするじゃないですか」
「咲良さん」
「大丈夫ですよ。一応、信じたふりをしますよ」
「咲良さん」
「だって、だって、お母さんが亡くなるなんて、ありえないじゃないですか」
「咲良さん」
「いつでも来なさいって、私に言ってくれたんですよ」
「そうね」
「だって、お母さんは、お母さんは・・・・」
ダメだ。涙が出てしまった。
どうしてだろう?悲しくて、悲しくて仕方がない。
柿田さんが、こんな嘘を吐くはずないのに。
「咲良さん?」
「あの、柿田さんにお願いがあります」
「なに?」
「お家に行きたいです。お母さんのお家に」
「そうね。いつがいい?」
「今すぐにです」
「・・・・」
「お願いします」
「滝川先生に確認するから、少し待ってて」
柿田さんは携帯で連絡を取っているようだけど、もしダメって言われても、私は行こうと思う。
お母さんが、私が来るのを待っているから。
きっと、待っててくれるから。
「いいわ。これから向かいましょう」
「ありがとうございます」
私は柿田さんと一緒にタクシーで、お母さんのお家に向かった。
私は、急に不安になった。
さっきとは違う、何だか胸がどきどきしてきた。
「大丈夫?顔色が悪いわよ」
「あ、はい。平気です」
だめ。しっかりしないと。
お母さんが待ってるから。




