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004 私の運命

「クラルテ様。お食事をお持ちしました」


 呆然と虚空を見つめていると、ノックの音と共にダンテさんの声が響く。

 ダンテさんなら、知っているはずだ。

 ここが何処なのか。

 私はそれを確かめたくて、声を振り絞った。


「だ、ダンテさん!?」


 扉越しに私が名前を叫ぶと、ダンテさんは血相を変えて部屋に駆け入り、窓辺で床に座り込んだ私の隣に膝を付き、心配そうに尋ねた。


「いかがされましたか?」

「そ、外にドラゴンみたいな生き物がいたの」

「大丈夫ですよ。城の裏手にあるコリーヌ山に住まう野生のドラゴンです」

「や、野生のドラゴンですか!? ほ、本物の?」

「はい。ですが、彼らは草食ですし、国内に天敵もおりません。餌場も国の外ですので、他種族と揉めたとしても国内まで被害が及ぶことはありません。ご安心くださいませ」


 ダンテさんは当たり前だと言わんばかりに流暢に答えた。

 野生のドラゴンがいる世界。私の知っている『トルシュの灯』にも、ドラゴンがいる。草食なのは知らなかったけれど、やはりここはゲームの世界そっくりだ。



「クラルテ様。無理に思い出そうとなさらなくても良いのです。知りたい事があれば、私がお答えしますので」

「じゃあ。……どうして私が王女なのですか? 王女は――」


 国を追われるか、神獣の業火に焼き尽くされるか、どちらかの末路しかない。どんなモブよりもなりたくない。推しに殺されるかもしれない役だから。

 死、という言葉が脳裏を過り、急な寒気と目眩に襲われた。震える手で腕を握りしめ自身を抱き寄せると、ダンテさんがケープを掛けてくれた。


「クラルテ様。落ち着いてくださいませ。ゆっくりと呼吸をしてください」

「は、はい」

「クラルテ様は、記憶を失い混乱されているのです。ですが、ご安心くださいませ。このダンテが付いております。トルシュ王国は今、国の存続すら危うい状況です。しかし、クラルテ様のお力で神獣様をお迎えし、やっと国に光が灯されようとしております」


 ダンテさんの話は『トルシュの灯』の冒頭と同じ。

 魔族の襲来により闇に覆われた世界に、小さな島の王子と姫が、異界から神獣の巫女を召喚し、世界を救うRPG型の乙女ゲームの話だ。

 

「それ、本気で言ってますか?」

「勿論です。記憶が無くても、何も分からなくても、クラルテ様は私が必ず完璧なレディとして振る舞えるよう助力いたします。どうか、悲観なさらず、ご自身の運命を受け入れて下さいませ」

「私の、運命……」


 両親が亡くなって、燿と二人きりになった。

 それでも燿がいたから、嫌なことがあっても立っていることが出来た。会社を辞めて、やっとこれから好きな事が出来るって嬉しかったのに、私はもう……。


「クラルテ……様?」


 私じゃない名前でダンテさんは私を呼ぶ。

 もう、私の名前を呼んでくれる人はいないのだろうか。

 そう気付いた時、目頭が熱くなって、息が苦しくて、私は我慢の糸が切れたみたいにボロボロと大粒の涙を溢れさせていた。


「気負いされずとも良いのですよ、王女としての責務は、召喚の儀で果たされておりますので」


 優しく言葉を紡いだ後、ダンテさんはシルクのハンカチで私の涙を拭ってくれた。

 『トルシュの灯』での執事は、異世界から来た主人公の教育係のような立場で登場する。主人公目線では気付かなかったけれど、執事として隣りにいてくれると、こんなにも頼れる存在になるなんて。

 

「これからトルシュの事は、アレク様にお任せすれば良いのです。クラルテ様は、テニエ王国第一王子ネージュ=テニエ様とのご婚約が決まっております。ネージュ様は前々からクラルテ様の事を気に入っていらして、ご婚約を願い出て下さったのですよ。きっと大切にしてくださいます」

「ネージュ=テニエ……」


 テニエは猫獣人の王国の名前。『トルシュの灯』と同じ様に、王女はテニエ王国の王子と婚約しているんだ。

 『トルシュの灯』の攻略キャラであるジン=テニエは、ツンデレ系猫王子で神獣の守護を司る一族だ。猫耳とか尻尾とか可愛いけど、あんまり攻略対象に選んだことはない。


 不思議だな。会話を重ねれば重ねるほど、本当にトルシュの世界に来てしまったみたい。

 もし……、もしも私がもう死んでしまっているのなら、悪役王女だとしても、ここに生を受けただけでも運が良いのかもしれない。

 

 悪役王女に未来はないようなものだけれど。

 でも、もし巫女と良好な関係が築けたら……。

 そう言えば、この世界の巫女はアレクが探すと言っていたような。

 

「ダンテさん。アレクは、神獣の巫女を探していたわよね?」

「はい。召喚の祭壇には、神獣のたまごを抱いたクラルテ様しかいらっしゃいませんでした。儀式によってコリーヌ山が活性化し噴火を起こした為、巫女様は迷子になられたのかもしれません。アレク様が捜索中にございます。ご心配なさらず」

 

 物語のスタートはトルシュ王国だったのに。

 巫女は、何処へ行ってしまったのだろう。

 巫女は行方不明中。そんな冒頭は知らない。

 それに、王子も執事も婚約者も攻略対象にいるけれど、名前が違う。王女の名前だって。


 『トルシュの灯』に似ているけれど、全く同じと言う訳ではないようだ。


 でもそれなら――乙女ゲームとは違う未来が開けるかもしれない。


 



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