002 悪役王女
トルシュ王国の王女といえば、主人公である神獣の巫女を召喚する役目を持つ、モブに毛が生えたくらいの登場人物だ。
攻略対象の好感度を上げていくと、主人公に意地悪をするようになって、結果的に国を追い出されるか、神獣の業火に焼かれて処刑されるエンドを持つ。攻略対象の中には王女の婚約者もいるが、婚約者を対象キャラに選ばなくても嫌がらせをしてくる安定の悪役キャラ。
何故、王女で企画を作ったの!?
毒舌王子の新たな一面を見せようとした?
だとしても、私の推しは王子ではない。
ツアー前のアンケートにも書いたのに……。
アレクは困り顔で髪をかき上げ、ため息を吐いた。その所作が余りにも自然で高貴で、推しではないと言え、イケメンがやると絵になるなぁ、何て感心してしまった。
「早く神獣の巫女を探し出さなくてはならないのに。――姉様。これを」
アレクは私に大きな卵を手渡した。ただの小道具かと思っていたそれは、とても暖かく、ほんのりとオレンジ色の光を纏っている。
「神獣のたまごです。何か思い出しませんか?」
「えっと……」
何を思い出すかと言われたら……。
やっぱり、神獣様が人型になった姿。
白銀に橙色のグラデーションがかった髪に、切れ長な琥珀色の瞳。人外のみに許された神秘な輝きを放つ、私の推し。
もしも本当に、ここから推しが生まれたら――。
「姉様。これは食べちゃ駄目ですよ」
「えっ?」
「今にも涎を垂らしそうな、だらしない顔で見つめてらっしゃるので。食べることがお好きで、国の誰よりも食い意地がはっていることも知っていますし、記憶がないのでしたら、このたまごの重要性をご存知ないと言う事も分かります。ですが……念のため失礼します」
私の妄想を打ち消したアレクは、卵を大切そうに取り上げた。王女は食い意地が張っているって……一体、誰得設定なのよ。
「食べようなどと考えていません。私はただ、もしも、このたまごから神獣様が生まれたらって考えたら……う、美しいだろうなって」
「……は?」
「え?」
真顔で私を見つめたまま固まるアレク。
何よ。その反応は!?
執事へ視線を送ると、彼は苦笑いしている。
「アレク様。今のクラルテ様は記憶を失っていらっしゃるのです。普通のレディと同じように扱うべきかと」
「そうだな。――失礼致しました。姉様が何かを愛でたり、褒めたりする姿は見たことがありませんでしたので……驚きました。粗雑で高飛車で自分本位な性格は、後天的に備わったものだったと言うことでしょうか」
「わ、私に聞かれても分かりません」
アレクは物珍しそうに私を見ながら尋ねたので、つい言い返すように答えてしまった。
でも、さすが毒舌王子。
姉である王女に向かって酷い言い草だ。もしかしたら、その設定で演じろと遠回しに教えてくれたのかもしれない。
アレクは部屋の隅の台座に卵を置き、暫し黙り込み考えた後、私へと目を向けた。
「私の言葉で激昂しないと言う事は、本当に記憶がないのですね。私は神獣の巫女を探しますので、姉様は身体を休めてください。何かあれば、執事のダンテに申し付けてください」
「は、はい」
私の返事を聞くと、アレクは「参ったな」と言葉を漏らし、一礼した後部屋を出て行った。
やっとワンシーン終わった雰囲気なので、ここで企画は終わりかな。と思ったけれど、執事のダンテさんは、壁と同一化したかの如く、微動だにせずその場に待機中だ。
「あ、あの。これはいつまで続くのでしょうか?」
「……これ。とは、何のお話でしょうか? クラルテ様」
どうやら、執事はこの企画をまだ続ける気みたいだ。