008 夜の姿(仔猫視点)
その声の主である紫色の仔猫は立ち上がると、眠る神獣に歩み寄り顔を覗き込んだ。
「本当に五秒で寝たな。オレの部屋と何が違うんだ」
紫色の仔猫は部屋をぐるりと見渡した。
特に変わったものなどなにもない質素な部屋だ。
むしろ神獣の守り人に用意された客室の方が豪華な設えだ。
まだ幼き神獣は、守り人であるノエルの言葉を素直に聞き客室で休む予定であったが、眠りにつく寸前に起き上がり、クラルテのベッドなら五秒で寝られると言い部屋を飛び出したのだ。
しかし、自分まで部屋に入れてもらえるとは思わなかった。まぁ、仔猫の姿だったから油断したのだろう。
まだ成獣となっていない獣人の子は、人型が安定しない者も多くノエルもそうだった。ノエルは夜になると更に魔力が増す為コントロールが難しく、本来の姿である仔猫の姿で身体を休めている。
だが、聞いていた印象とトルシュの王女は大分異なっていた。もっと人間の屑の象徴たる下衆姫だと思っていたのに、兄のネージュには一目置かれ、小動物に優しく、ノエルと気が合いそうだと話す。
それに、巫女代理だ。異世界から来た得体のしれない人間ではなく、この世界の人間なら巫女だとしても安心感がある。ただ、奴隷にすべく憎きトルシュの王女が、守り人として守るべく対象の巫女になるなんて、どう接すれば良いのか頭が追いつかなかった。
「だが、こいつが巫女であるなら、オレは守り人として守るまで。今のところ、そんなに嫌なやつじゃないしな」
眠るクラルテに近づくと、甘く豊潤な魔力を感じた。
それは神獣から感じる魔力と同じ物。巫女として神獣と同調し魔力が混ざり合っている状態なのだろう。
王女の魔力に身を委ねると、自然と欠伸が出て眠気に誘われる。
「確かに……。心地よい」
魔力の気配は嫌いじゃない。
むしろ――。
ノエルはブルッと首を振り、思考を止めて寝ることにした。身体を丸め瞳を閉じると、早速眠気に誘われる。
「オレも五秒で寝れそ……」
ノエルが瞳を閉じて夢の中へと落ちる時、クラルテの指に嵌められた神獣の指輪から紫色の光が溢れ、無色透明の水晶が紫と黄色の宝石――アメトリンへと、人知れず変化していった。
扉が開く音で目が覚めた。
気持ちよくて普通に寝てしまっていた。
音のする方へ目を向けると、執事が神獣様用の止り木やオイルをセットしていた。
ここに神獣様がいると知っているということは、オレが部屋にいないことも知っているかもしれない。
よく考えてみれば、王女の部屋で一夜を過ごすなど、許されないことなのではないだろうか。
気づいていないことを祈りつつ、寝たフリを続けていると、執事がベッドの前で足を止めた。
「ノエル様。昨晩はゆっくりお休みになられましたでしょうか?」
真っ直ぐに猫のオレを見下ろして、執事は笑顔を向けるが、目が全く笑っていない。
逃れられないと分かりオレは立ち上がり口を開いた。
「………ああ。神獣様がどうしても、この部屋がいいと言ったんだ」
「左様ですか。守り人の立場がどのようなものか、私には計り兼ねますので苦言を呈するつもりはありません。一晩観察させていただきましたが、邪な御心はないようでしたので。それに夜間は獣に戻る幼獣の身のようですので、安心しております」
獣人の知識もあり、一晩オレに気付かれずに見張るとは、中々抜け目のない男のようだ。
「王女は兄の婚約者。その様なことは起こり得ない。――神獣様と朝の散歩に出かけてくる」
「畏まりました。呪いの森が侵食を進めております。お気をつけくださいませ」




