僕なんか、普通だ。
拙い箇所が多くあると思いますが楽しんでいただけたら幸いです。
最後まで読んでくれたらうれしいな。
僕は。僕は。普通だ。そしてそれがとびっきり嫌いだ。齢約21にしてありふれている、ありふれすぎている21年間を過ごしてきた。これから話すのは普通な僕の誕生日とそれまでの普通の10日間だ。
2月24日 誕生日の10日前 『雑感』
インスタグラムが僕に一件のダイレクトメッセージを知らせた午前8時。大学は春休みだが朝は早く起きたい方なのでいつも7時には目が覚めている。インスタグラムを開くと懐かしい人からメッセージが届いていた。「優くん!今日誕生日だっけ?おめでとうであってる?」僕は菊池優。都内のいわゆるランクフリーといわれる大学に通う来年度四年生になる大学生である。大学にネームヴァリューがないため早めに就職活動を始めるべきと思い三年生の秋頃から始めた結果なんとかうまくいきそうである。話を戻すが僕の誕生日は10日後の3月6日である。つまりこの人、しおり先輩は全然僕の誕生日を間違えている。彼女は僕の高校時代の水泳部の先輩である。よく面倒を見てもらっていたので年上の知り合いにしては仲が良い方だ。「ちょっと早いです!笑 来月の6日ですよ~」大方ほかの人と間違えられているだけだなと思い特にショックではなかった。一つ不思議だったのは僕が卒業してから一度も先輩には誕生日を祝われたことはなかったので急にどうしたのだろうというところであった。先輩はその後おごるからご飯行こうよと言ってきたので僕は快く承諾し、明後日二人でご飯に行くことになった。いくらあまり絡みがなかったとはいえ、祝ってもらえるとうれしいものだなと思った。その日はやけによく眠れた気がする。
2月25日 誕生日の9日前 『ラムネ』
この日は同じ大学の友人と遊ぶ予定があった。吉祥寺の駅に11時に集合。いつものように僕が一番に着いた。一番に着いたらめちゃめちゃ祝われたい人みたいにならないかなと思いつつもいつもの2人を待つ。5分前に来たまさに大学生と言わんばかりの装いに身を包んで来た男、タカヒロである。漢字はどう書くのか知らない。ほぼ同タイミングで来た少し身長が低めな女の子、愛である。漢字はどう書くのかは知らないがこれ以外の愛って多分ないでしょ。余談だが僕は男のことを総称して男と呼ぶことは出来るが女のことは女とは言えない。女の子って言っちゃう。なんでだろう。わかんね。女の子の持ち前のセンスで選ばれた外れにあり尚且つ個室があるおしゃれなレストラン(マジ女の子ってどこでおしゃれなレストランの情報収集してるの?すごくね?)で昼食としてオシャ過ぎてよくわからないオムライスを平らげそのままその個室で2人から誕生日のプレゼントをもらった。その後カラオケに行き、3時間ほど雑談をしたり歌ったり普通に楽しんだ。愛がふと、なぜ私みたいな人は変な男ばかりに引っかかるのかと漏らした。僕は今まで普通に彼女もいたことがあるが恋愛のことはよくわからなかったので、ひとことだけ「相手のことをこの人ほっとけないって思っちゃってるんじゃない?多分優しすぎるんだよ。」と言った。なんともありきたりな... 我ながらあきれる。タカヒロがとなりで良いこというやん、とつぶやいた。かっこつけんな。外走ってこい。
2月26日 誕生日の8日前 『名前は片想い』
今日は先輩と夜ご飯に行く。誕生日だからといってちゃんとしたところに行くと緊張してしまうので近場の八王子で割と長居しても大丈夫そうな先輩の行きつけに言った。店長と顔見知りらしくてすごい彼氏かどうか聞かれた。店長、僕もう三回くらい違うって言いましたよ。余談だが先輩は正直言って部活の中ではあまり好かれている方ではなかった。ある良くない噂があったのだ。僕は噂話の情報網がとても狭いのでほとんど知らない。厳密には一度別の先輩から聞いたのだが腹が痛くてそれどころではなかったので全く覚えてない。久しぶりの先輩は思ってるよりも変わっていなかった。僕は見た目が大人っぽいのに性格が子供っぽい先輩が人として好きだった。良かった。変わってなかった。20分くらいたった時、先輩は急に少し真面目な顔になって僕に聞いた。「なんで優くんはわたしと普通に接してくれるの?」僕がどういうことですか?と聞くと先輩は歯切れが悪そうにこう言った。「ほら、優くんも知ってるでしょ?私の、、なんていうかな、、、噂話?」「まぁ、一応知ってます。」 いや知らんよ。「それなのになんでかなって、、、だって引くでしょ?」先輩の小出しのヒントから噂が何か推測して対応する激ムズミニゲームが始まってしまった。よく知らないがこの噂のせいで先輩は大学でもあまり友達がいないらしい。可哀想。いい人なのにな。「最初は可哀想だからいっぱい話しかけてきてくれてるのかと思ったけど私が卒業するまで私になついてたから何でだろうって、周りの人の目とか気にならなかったのかな~って」先輩急にヒントくれなくなるじゃん。びっくりなんだけど。僕は先輩の話を聞きながら人間関係ってやっぱりちょっぴりめんどくさいよねと思った。僕はあまり頭がいい方ではないから思ったことをそのまま言うことにした。「先輩、スケールの大きい話になっちゃうかもですけど人生って一個のミスでそんな不幸になっちゃいけないと思うんですよ。」先輩はこいつは何を言っているのだろうという顔をした。「先輩の周りには人生がたった一回のミスだけでだめになっちゃうくらい脆い薄い人生を過ごしてきた人がいっぱいいたんですね。でも先輩こっからも先輩はいろんな人に会うんですよ。そんな考えを持っている人はそのいっぱいの中のほんの一部ですよ。気にしちゃだめです。まぁ気にしちゃだめって言われても気になっちゃうのすごいわかるんですけどね。」話したいことがあまりまとまらなくて水を飲んでもう一度話し始めた。「先輩、もしこれから先輩が会う人が全員いやなやつだったらまた連絡してください。僕はいつでも先輩とご飯でも何でも行きますよ。」先輩は少し震えた声でなんでと聞いた。だから僕は僕の中でとても当たり前なことを言った。「だって先輩、僕が尊敬していて見てるのは”今の”先輩ですから。」その後先輩と僕は普通に他愛のない会話をしてわかれた。僕は最後まで先輩の手首の傷には気づけなかった。しかしその日を境に僕と先輩は今までより仲良くなった。うれしい。
2月27日 誕生日の7日前 『ネタンダルタール人』
ここまでの三日間でこいつ普通に充実した毎日じゃね?って思った人がたくさんいると思うが安心してほしい。この日は何もなかった。誕生日7日前にして突然何もない日が訪れたのである。何でだよ。何でかわからないけどすごいくやしいわ。先述したとおり何もなかったが一つこの日に起こった出来事といえば、兄が誕生日プレゼントはなにがいいかと聞かれたぐらいだ。僕には3つ上の兄がいる。僕は兄が苦手である。これは別に僕と兄が仲が悪いとかよくケンカをするとかそういうことではない。むしろ僕と兄は他のいわゆる一般的な兄弟よりも遙かに仲が良い。兄弟と言うより友達という表現の方がむしろ適切であるとまで言える。そこまで兄と仲いいといっておきながらなぜ僕が兄のことが苦手なのかというとそれは僕と兄と格差のせいである。僕は至極普通の人間なのだがそれは決して内面に限った話ではない。外見もそうである。僕は過去に何人か彼女がいたことがあるのでおそらく顔が不細工なのではないと思う。しかし生まれてこの方モテたことがないし、毎日鏡を見ているのでお世辞にもイケメンであるとはいえないというのはわかっている。それに比べて兄は。兄は初対面の人にどこかの国とのハーフの人?と聞かれるくらいには顔が整っている。それに加えて兄は一浪して医学部に入学している。医学部的にはそこまでレベルが高い方ではないらしいが、だとしてもだとしてもだろ、とは思う。僕と兄の格差はこんなものではない。兄はスポーツが基本的にほぼ全て出来る。かくいう僕は運動神経に関しても普通である。一つ運動神経が普通な人と異なることはいくつかのスポーツはかなり出来る代わりにそれ以外のスポーツが全く出来ないのだ。一旦僕の話は置いておいて、兄の話に戻そう。最後に一つ僕と兄との格差は身長である。僕は身長のみが普通ではない。163cm。お世辞にも背が高いとは言えない。比べて兄は176cmである。なんでや。このように兄は俗に言う完璧人間なのである。生まれて約21年間私は兄と比べられ続けた。皆さんは初恋の人に自分の兄弟の連絡先を聞かれたことがあるだろうか。私はある。このことが起こって以来兄とは変わらず仲は良いものも心のどこかで壁を作っていた。兄は社会人一年目で病院勤務なため実家暮らしではあるが話すのが久しかった。やはり心のどこかで壁を作ってしまった結果明日までには決めとくよ。とぶっきらぼうな返事をしてその日は床についてしまった。ごめんね。
2月28日 誕生日の6日前 『Happy Face』
この日は家から少し歩いたところにある小さめな映画館に映画を見に行った。僕が好きな映画は大体大きないわゆる大衆的な映画を多く放映している映画館では放映されておらず、ミニシアター的な場所でひっそりと放映されているものが多い。日常を切り取ったような映画が好きなのだ。思うに僕はマイナーな映画を見ている自分をかっこいいと思い込んでいる、または映画の中で行われる普通な生活を覗き見ることでこんなにも普通である自分の生活が正当化されるような気がしているのかもしれない。つまり面白くない普通の生活を送っているのが自分だけに限った話ではないと確認しているのだと思う。僕が見ているそれはフィクション作品だというのに。映画を見た帰りに僕は一人の女の子のことを思い出していた。その子に自分の過ごす日常、自分自身のことを普通だと言うと少し怒りながらそんなこと言っちゃだめだよ、と言われたことが過去にあった。その子の感性のそれが果たして普通なのかそれとも自己肯定感が高い人生を歩んできたのかはわからないが、きっと僕を慰めたかったのではなく彼女の過ごす日々に取り巻くものの中にネガティブな人がいるのが気に食わなかったんだろうな、と思った。それと同時にきっと愛されてここまで育ってきたんだなとそすこい羨ましくなった。これは別にここまで愛されて育ってこなかった訳ではないが、先述したように僕ら兄弟には格差がある。いくら生みの親であろうと優秀な方を無意識なうちに優遇してしまうのだろう。愛を感じたことがないと言うと嘘になるが兄へ対する優遇が始まった頃の当時小学生の優少年は子供ながらに親から注がれる少し冷ややかな視線に気づきつつあった。その当時から映画は人より好きだった。普通な人の普通な日常を切り取った映画。なんでそんな映画が好きになったんだろう。自分にはない”普通”に憧れていたのだろうか。いや。そんなはずはない。僕は。普通だ。違う。そうだ。普通だ。今まで普通に生きてきた。憧れるはずなんかない。やめろ。僕は普通で。そんな僕が嫌いで。親からの十分な愛はもらってないけど。僕は普通だ。いつも兄と比較されあざ笑れてきたけど。僕は普通だ。僕は普通で、そんな僕のことを僕は嫌いで。なのに何だろう。わかんないな。それとも。ずっと気づかないふりをしてた、だけなのかもしれない。ベットに入り天井を見つめる。目を覚ましたとき、僕は何も覚えていなかった。また普通な一日が始まった。
3月1日 誕生日の5日前 『窓に射す光のように』
春が訪れた。暖かい気候がとても気持ちよくて、散歩に出掛けた。花粉症の人にとってはつらい季節なんだろうなと思いつつ僕はいつもより少し少しだけ活気あふれる自然を堪能していた。春服っていいよね。優しい色がたくさんあってどれもかわいい気がして。前になにかのドラマで聞いたことがある台詞だ。まさにその通りだと思う。心が暖かくなる色をしているなと思う。そんな春服を身にまといいつものヘッドホンを身につけ岡村靖幸の Dog Days や柴田聡子の 後悔 を聴きながら歩いて行く。目的もなく歩くことは得意である。またその日の気分や天気に合わせた音楽を選ぶことも得意である。それは別に僕の音楽のセンスが良いとかそういう話ではなく、ただ僕が人より多く音楽を知っているからである。僕も今年で21である。いろいろ思うこともある。今日は夢のことを考えていた。僕は昔からずっと歌手になりたかった。画面の向こう側で楽しそうにかっこよく歌う彼らに憧れていた。僕は高校生の時にバンドを組んだ。もちろん僕はボーカルだった。高校一年生の時、すなわち僕が16歳の時。16歳はもう自分のことがよくわかるような年齢だ。僕は気づいた。僕に歌の才能などなかった。バンドは卒業まで続けたが、ずっとメンバーには申し訳ないこんなやつがボーカルだなんて、と心の片隅で思っていた。その後は音楽というアイデンティティがなくなると僕には何も残らないと思い楽器に少し挑戦してみたりしたが結局どれも僕は才能を持ち合わせていなかった。今は作曲と称して既存曲を少しいじくったり誰でも作れるような簡単な曲を作り音楽をやってる人ぶっている。本当に嫌いだ。こんな自分が。そんなことを思っていたら当時のバンドでドラムをやっていてくれた子から連絡が来た。SNSは繋がっているのであまり懐かしくは感じないがこうして直接連絡が来るのはかなり久しぶりなことだ。どうやら高校の同窓会のお誘いらしい。かなり大規模なやつを行うらしくまぁそこまでたくさん友達がいるわけではないが行くか、と思った。そのメッセージと同時にこんな一文が添えられていた。「バンドのメンバーで写真撮ろ!私またみんなで集まりたい!あのメンバーで練習したり馬鹿やってたりしたのが高校の一番の思い出だもん!」よかった。僕がどんなに自分の歌の下手さや他のメンバーへの申し訳なさを心の中で嘆いてたとしても、あの日々は誰かにとっての大切な日々になっていたんだ。大切だからこそ申し訳なくなってたのか。そうか。思い出した。僕もあの日々が好きだった。
3月2日 誕生日の4日前 『It's All Right』
この日は久しぶりにいつメンと会う予定があった。高校時代の同級生3人。誠也と綾乃と早希の3人である。綾乃と早希は水泳部時代の部員である。誠也は音楽の趣味が同じであったことから仲良くなった。最初は僕以外の3人が仲が良かったのでそこに入るのは気が引けたがもう四人で仲良くなってかれこれ5年くらいたつのでさすがに気にとめなくなってきた。綾乃は専門学校に進学したため2年で卒業し今は社会人である。僕は口には出したことがないが彼らにかなり助けられている。これ別に悩みをいつも聞いてくれるとかではない。3人とも僕と違い日々を明るく胸を張って歩いている。だからこそ高校時代の同級生からすればなんであんなやつがあのグループに?と白い目で見られ続けてきたのだが。とにかく3人はクラスの中心人物で何を隠そうそのような人たちは優しいのだ。ネガティブな僕をいつも意識しているのか無意識なのかはわからないが明るい方、明るい方へと手を引いてくれる。その日3人はちょっと早いけどと言って僕に誕生日プレゼントをくれた。最近悩みがちなことに気づいていたのかはわからないがなんかあったら何でも相談してねと言ってくれた。この人達はやっぱりすごいな。誕生日プレゼントは遊園地のチケットだった。4人分の。このときの僕はこのチケットをきっかけに僕が救われることを知らない。小さなことが僕の救いになることを。
3月3日 誕生日の3日前 『ロックスター』
この日、とても懐かしい人から連絡が来た。通知欄にはAliceという名前。まじか。心の中でつぶやいた。僕は大学2年生の時にオーストラリアに7ヶ月間留学をしていた。彼女とはそこで出会った。同じ寮に住んでいたイギリスから来た僕の一個下の女の子であり僕の直近の元カノである。彼女はいわゆる外人の女の子という様な自立していて年齢の割には大人びていてまじかよってくらい背が高くスタイルがいい感じではなく年相応な子で身長も僕とあまり変わらないくらいの子だった。だからこそ気軽に話せたのかもしれない。しかしながら他の人にしてみればそうではなかったらしい。子供っぽいと相手にされないか、チョロそうだと思われて”そのようなこと”だけを求められるかのどちらかだったらしい。だから僕が対等に接してくれること(もちろん最初は距離を置いて接していただけなのだが)がうれしかったらしいく、僕らが仲を深めるのにそれほど時間をかからなかった。彼女は僕が来る1年前からオーストラリアに来ていたためいろいろなところに僕を連れて行ってくれた。その結果僕らはえ、もう付き合ってるよねという感じになった。期間が期間であったため恋人らしいことができたと言うと嘘になるが僕が日本に帰るまでの短い期間楽しんだ。僕は彼女のことが好きだった。しかしオーストラリアと日本の遠距離恋愛。長続きするはずもなく僕たちは別れることになった。それ以来彼女とは連絡を取っていないし取ることはないだろうとまで思っていた。そんな彼女から連絡が来た。彼女は(以下アリスのメッセージの翻訳:菊池優)当日に連絡をしたかったが近々重要な試験があるらしく、その勉強に追われていてあまり時間がないためない時間の合間を縫って長めのメッセージを書いてくれたらしい。手書きのメッセージの写真が添付されていた。冒頭には見慣れた彼女の字で最後まで読んでくれたらうれしいなと書いてあった。内容は僕と過ごした思い出が書いてあった。どこに行ったのが楽しかったとか、もう少し連絡を取り合えば良かったとか。彼女の近況についても書いてあった。彼女はオーストラリアの大学を卒業した後イギリスに帰る予定らしい。今は彼氏はいないがいわゆるスクールカーストの一軍の友達ができてそれ以来安全に楽しく学校生活を過ごせているらしい。よかった~ってなった。手紙の最後はこんな文で締められていた。「優は間違いなく私の人生と恋愛の価値観を変えてくれた。私はまだ優ほど優しい男にまだ会えていない。つまりあなたは遠く離れた日本から今でも私の出会いを潰してるってことよ笑 実は新しくできた友達も有と仲良かったお陰でできた友達なんだよ。優はあの時の私を助けてくれただけじゃなくてこれからの未来の私も助けてくれたんだよ。これからもあの日々の優に助けられ続けるの。本当にありがとう。言葉では言い表せないくらい感謝してる。本当にありがとう。またいつか会おうね。アリス」 僕もだよ。アリス。助けていたようで助けられてたんだよ。こちらこそありがとう、アリス。そう返信して僕は外に出た。今日も散歩をしよう。今日は明るい歌が合うな。そう思い中村佳穂の きっとね! を流して僕は歩き出した。てかアリス文才すごない??
3月4日 誕生日の2日前 『忘らんないよ』
今日は無理を言って幼なじみ二人に集まってもらった。明日と誕生日は予定があるのでこれで会えるのが最後だと思って二人とあらかじめこの日に会う約束をしていた。僕が物心つく前から仲いい二人だ。友樹と達也だ。幼なじみだからといって別に誕生日プレゼントをもらったりしたことはない。別に欲しいなとかもあまり思ったこともない。そんなことも気にならないくらい仲が良いと言うことなのかもしれない。他愛のない話を昼ご飯を食べながらしてその日は何事もなくお開きとなった。家に帰っている途中。いつもの河川敷。一本の電話だった。僕の恩人が、佐々木さんがなくなった。自殺だったそうだ。僕と佐々木さんが会ったのは僕が高校1年生だった頃。その日僕はいつもの映画館に映画を見に行った。その映画を見ていたのは僕と彼女の2人だけだった。映画が終わって帰ろうと外に出るとその佐々木さんが映画館の隣の廃ビルに入っていったのが見えた。僕は不思議に思って彼女の後を追った。佐々木さんは廃ビルの屋上でたばこを吸っていた。僕に気づくと彼女は優しくさっきの映画どうだった?と、聞いてきた。僕は素直に「面白かったけど僕ならもっとハッピーエンドにすると思います」と言った。すると佐々木さんは「明後日の12時から同じ監督の映画やるよ。見る?」と聞いてきた。2日後僕たちはその映画を見た。そしてその後廃ビルの上で感想を語り合った。僕は彼女の名前すら知らなかったがそれはそれでいい。それぐらいの距離感で良いと思った。彼女とインスタを交換したときに名前が佐々木になっていたので佐々木という名前なのかと思っていたがその名前は映画の『佐々木、イン、マイマイン』からきていて本名ではないと言っていた。僕も彼女も名前も知らないどこの誰かも知らないだからこそ何でも話せたのかもしれない。悩みごとを打ち明けたりすることができた。しかしある日を境に僕たちは会うことがなくなった。しかし覚えてない。なぜだったが。たしかDM が来てそれを境に会えなくなった気が・・・。あった。佐々木という名のアカウント。震える手でDMを開く。長文を送っている。通院という字が見えた。あぁ、そっか。そうだった。思い出した。忘れたふりをずっとしていたんだ。
幕間 『Progress』
最近菊池優という同級生と仲良くなった。音楽の趣味がとても似ていて僕はとてもうれしい気持ちになった。その日優は遅れて学校に来た。病院によってから来ると聞いていたのでどこか怪我をしたか元々体が弱いとかなのだろうと思っていた。廊下を歩いていると優が僕の隣を走って駆け抜けていった。その時くしゃくしゃに丸められた紙を落とした。呼びかけようと思ったが走り去ってしまったので後で渡そうと思った。本当はこんなことするべきではないんだろうが、そのとき僕は興味本位で何を落としたのかくしゃくしゃにされた紙を広げてみた。それは心療内科から発行された診断書だった。病名はうつ病。自分ではどうすれば良いかわからなかったので担任のところに持って行った。「これ拾ったんですけど、興味本位で見てしまって・・・。」すると先生はこっちに来てくれ、と僕を別室に連れて行った。先生はこう話を始めた「最近優と仲いいだろ。あいつ中学生の時にいじめられてたらしいんだ。それが原因で今うつ病とパニック障害を患っているんだ。おまえはちゃんとしたやつだからこれを言ったら肩入れしすぎちゃうかと思って言えなかったんだ。ごめんな。誠也、いろいろあいつの面倒見てもらっても良いかな。」力強く頷けるほどの自信はなかった。優はこれといって特別に仲がいい人もいないようにみえたしもちろん積極的に友達を作るようなタイプではない。すぐに孤独になりがちな人なのである。だからこそ一緒にいてあげたかったが僕もずっと一緒にいれるわけではない。それに親しい友達ができる故の苦しみもあるだろうと思った。でも僕は見捨てたくなかったから、優と同じで尚且つ僕と仲いい2人に声をかけてその日から僕らは優を気にかけるようになった。元々同じ部活の二人は特別優と仲が良い方だったので仲良くなるまでにそこまで時間はかからなかった。優が病んでしまったときはみんなで集まって優の話を聞いてあげた。その上で僕を合わせて3人とも優のことを特別扱いはしなかった。ただの親友と接してくれたお陰で優も気負いなく僕たちと接してくれるようになった。卒業後は全員別の進路に進むことになるのでいつも一緒とはいかなかったが3人とも優のことを大切な親友だと思っていた。いつの日か優は全く自分の病気のことを話さなくなった。それが心配でなんとなく濁しつつ聞いてみても本人は何の話をしているのかわからないといった感じだった。まるで全て忘れてしまった様に。僕はずっと嫌な予感がしていた。ずっと。
3月5日 誕生日前日 『冬山惨淡として睡るが如し』
当時はなぜかわからないままこの日の予定を空けていた。でも今ならわかる。あの廃ビルに行って佐々木さんと会いたかったのだ。僕はあの廃ビルに向かって歩いた。昨日しおり先輩からメッセージが来ていた。7日を開けておいてと。あいにく無理なので心は痛むが断っておいた。廃ビルの屋上に献花しておいた。あの人は自殺をするならここを選びそうな気がして。こんなに広かったっけな。いやあの時は広さなんてどうでも良かっただけか。あの人がすっていた煙草に火をつける。気がつけばまたすぐそこに現れそうで寂しくは感じなかった。ビルから下を覗いてみるさすがに6階建てなだけあって高い。周りの景色を見回す。住宅街なので高い建物がなく遠くまで見ることができる。もうすぐ日が暮れ始める時間なので夕日が見たくて少しそこに留まった。明日で僕は21になる。なにか変わるかな。まぁ何も変わらないんだろうな。空が燃えるような色に侵食されまぶしいくらいの橙色の太陽が僕の目の前に現れる。あまりにもきれいだった。そして太陽は空の向こうに落ちていった。まだ少し寒い空の下で僕はライターをつけた。僕は明日ここで死ぬ。
遺書 『トレンチコートマフィア』
僕が死ぬ理由はなにも生きる希望がないとか辛いことがあったとか虐められているとかじゃないんです。ましてや病気が理由なんてのも全くの的外れですよ。まぁ正直な話兄貴と比べられるのにはもうこりごりなんでそれは理由の一つですけど。というかこれに関しては復讐ですね。少しでも罪悪感を味わって欲しくて。でもこれは一番の理由ではありません。ただ個人の見解で言うと死んだ人の気持ちなんて死んだ後には気にならないでしょ、とは思う派なんで別に言わなくて良いかなと思うんですけど。まぁそういう人が全てじゃないと思うので一応ここに一番の理由は書いときますね。高校生の時にバイトを始めたんです。うつ病だってばれるとどこも雇ってくれないと思ってうつ病を患ってるのは言わずにバイトを始めました。水泳部だったのでプールの監視員のバイトでした。始めてすこし経ってわかりました。僕は”ダメ”なタイプの人間でした。皆さんの周りにもたまにいますよね。仕事とかバイトとかどんな職種に挑戦してみても極端に仕事ができない人。僕は典型的なそのタイプの人でした。僕は運良く内定をもらえました。だからすごい安心なんです。誕生日前にして今までにないくらいの多くの人に祝われて僕は幸せなんです。僕は今が幸せで楽しいんです。でも。でもね。僕に幸せで楽しくて明るい未来はないんです。最初からわかってるんです。仕事を始めてもまたうまくいかなくてバイトの時と同じように死ぬほど怒られまくるんですよ笑 だったら今幸せなこの時に人生に早めのさよならをしておこうかなと思っただけなんですよ。だから別にこれを目にしてる皆さんは自分のせいだなんて思わないでください。誰のせいでもなく僕なりの考えですから。それではみなさんさようなら。来世でも良くしてください。バイバイ。
3月6日 誕生日当日 『未来予想図Ⅱ』
いつもの朝。いつものパン。いつもの情報番組。もう21だ。誕生日だからと言って何か特別なことが起こるわけではない。家族は普通に仕事へ出掛けていった。僕は別に妙に緊張していたり今になって後悔していたりはない。今日は僕の好きな映画のリバイバル上映がされる。言うのを忘れていたが僕は今日が誕生日だから今日死ぬことに決めたのではない。たまたま今日が好きな映画のリバイバル上映の日であってせめて最後にその作品を見てから死にたかった故今日なのだ。上映は1時半から。せっかくなので近所を散歩して目に焼き付けて置こうと思った。お昼過ぎに家を出て散歩を始めた。音楽を聴きながら歩き始める。ここのカレー屋さん結局行ったことなかったな。ここの坂で何回もこけたな、小学校の時に通ってた陸上教室ここでやってたな。初めての彼女とはここで喧嘩して別れたんだっけな笑 思い返せばそこそこ思い出はある。そんなことをしていたら上映が始まる20分前まで差し迫っていた。劇場に向かい35席の劇場の真ん中に座る。見る映画は『佐々木、イン、マイマイン』。あの人の、僕の大好きな映画だ。泣くような感動は正直ない。でも輝く高校生時代に限らずそこに友がいるということが尊いものだと教えてくれる。それと同時にこの映画は僕の輝いていた高校生活がもう過去のものなんだよ。と優しいナイフを僕に突き刺してくる。刃渡り3年間のナイフが僕の胸を切り裂く。その日僕は初めてこの映画で泣いた。上映が終わり僕は赤い目を押さえて廃ビルの屋上に向かった。涙でゆがむ視界が陽炎のようにゆらゆらと揺れる。縁に座り足を外に投げ出した。めいっぱい息を吸う。もしかしたら怖がってるのかもしれない。でも。もう。いい。全部。身を投げ出す覚悟をする刹那。着信音が鳴り響く。名前も見ずに電話に出る。聞きなじみのある声が僕の鼓膜を揺らす。「もしもし?」その声は誠也だった。
『いきるひとびと』
気づいたら僕は泣いていた。
何か話しているが僕の頭には何も入ってこない。ただただ僕は泣いていた。訳もわからず涙を流していた。あぁ、僕は何をしていたんだろう。何を救いなんてないと思い込んでいたんだろう。思い出したよ。僕が病気のことを忘れていたのはそんなの忘れるくらい楽しい生活を過ごせていたからじゃないか。震える声を抑えて僕は「ごめん、もっかい言って。何も聞いてなかったわ。」と笑った。誠也も笑って「遊園地、いつ行く?」と言った。
僕は。菊池優は。何も持っていない。整った容姿も、素晴らしい才能も、明晰な頭脳も。でも。だからこそいろいろな人に助けられて生きてきた。僕には友がいた。何もなかった僕は、この先、生きる意味なんてないと思っていたそんな僕はたった一本の電話に救われた。
菊池優の日記 『こっから』
あの後僕は何事もなかったかのように過ごしている。誰も僕が自殺しようとしてたことを知らない。今日も明日も普通の日が進む。いや、誰かにとっては特別なのかもしれない。親族の方にお誘いいただいて佐々木さんの葬式にも参列させてもらった。佐々木さん。ごめん。まだそっちには行けそうにないかな。誠也に誕生日の日どうして泣いていたのかと聞かれた。なんだ。気づいてたのか。今は言えないけど、そのうち話そう。きっと人は思いがけない些細なことで誰かを助けている。そして僕がそうだったように思いがけない些細なことに救われてる。死にかけた人の言うことなんだからきっと本当だよ笑 僕は決めたことがある。これからは。これからは逃げずに病気と向き合っていこう。明日が、未来が暗く見えたら止まってみよう。無理して前に進んで疲れちゃうなら立ち止まって景色を楽しんでみよう。普通だって良いじゃないか。僕を、僕の過ごす日々のことを特別だって胸を張って行ってくれる人が僕の周りにはたくさんいる。顔を上げて。僕の普通な日常がまた始まろうとしてる。
『暴れだす』
僕は。僕は。普通だ。そしてそれがとびっきり嫌いだ。でも。それでもそんな僕のことを好きでいてくれるみんなに囲まれて、僕は今日も、これからも普通な日々を生きていく。
『』内の曲のタイトルは登場人物の本心や各チャプターで描けなかったその後、幕間の部分を表しています。テーマソングだと思ってご一緒に楽しんでいただけたら幸いです。