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DAY"BREAK"/IN FRONTIER  作者: 祐機系触媒 -Yuganic Catalyst-
第0章 黄昏時
1/1

プロローグ

【注意】

この作品には暴力的あるいはグロテスクな表現が含まれています。

閲覧の際はご自身の心理面に配慮していただきますよう、お願い致します。

 かつてある国の指導者は、戦争の終結を"夜明け"と表現した。それならば、すべてこれまでなされてきたあらゆる戦争諸行為は"夜"の生成物たる事象であり、一方で平和を享受している我々は"昼"に生きる者だ。


 しかしながら、"昼"に生まれ落ちた我々はまた、"夜"の景色を知らない。それゆえ"夜"は常に我々にとって非現実的な空想の産物でしかなり得なかった。


 ――緋衣 和人 『回顧録』


 ――――――


『世界に"夜"が訪れる』


 漆黒の画面に表示された白色の文字列は、その前に立つ男の(うつ)ろな双眸を照らす。その淡い光を反射し炯々(けいけい)と煌めく眼光は、その刹那、一層の輝きを増した。輪郭の薄れる暗闇の中、彼はその華奢(きゃしゃ)な指を動かし、PASSCODEの欄に文字列を入力した。


『彼は誰時、汝は何を望む』


 その抽象的な文言にどのような意味が含まれていたのか、最早誰にも分からない。天涯孤独であった彼の真意を理解する者は未だ現れず、その上彼が自ら理解を求めることもなかったからだ。いや、むしろ彼は理解されることを拒んでいたのかもしれない。それゆえにこのような文言は彼の真意を理解するに相応(ふさわ)しい者を選別するという役割を担っていたのだろう。無論、これも憶測に過ぎないが。


 画面が切り替わり、複数のブラウザが表示される。彼以外に、いや、彼にでさえも生物の気配が失せた空間の中、遠方で鳴り響く空調設備のファンの音とキーボードを叩く音のみが散乱する。


 そんな(わび)しい空間を照らすのは彼の眼前に(そび)え立つ巨大なモニターと、背後の彼方で浮かび上がる非常口の緑色灯のみ。暗闇に沈みつつあったコンソールと地面を這う太いケーブルはただ唯々諾々(ゆいゆいだくだく)と主の呼びかけに応える。


 己の実存と、有象無象に宿るその意義について問いかけながら。


 しかしそれでも仮面の如く無表情な彼はORDERと表示された欄に次の文字列を入力した。


『丑ノ刻、今、立ち別れの時』


 それを承認した旨のテキストが表示されると彼はその画面を閉じ、1枚のフロッピーディスクを眼前の機器から取り出した。その側面には乱雑な手書きの文字で(Nox)と印字されている。


 それをコンソールの上に置くと、彼は1歩下がって左の虚空を振り仰いだ。


 革靴の底が金属製の床を叩く。その音は広漠(こうばく)たる廓寥(かくりょう)へと伝導し、此岸の彼方を満たしていく。その揺蕩(たゆた)う視線の先、遙か晦冥(かいめい)には希薄な日光の煌めきを受けて鋼の大樹が聳え立つ。幹と(こずえ)で浮かび上がる(ほの)明るい赤色灯と樹葉たる無数の培養槽の黄緑色に反射する光を点々と輝かせながら。


 ――"評議会"。その名を冠する巨大樹は彼の生涯の叡智(えいち)の結晶であり、最も愛情を注いだ存在でもある。


 その(たた)える特異な威容(いよう)は、そう、まさしく古代の神話に登場する知恵を(つかさど)る大樹か。


 恍惚(こうこつ)な感傷に浸りながら啓蒙するが如く彼は白衣の下から自動拳銃を取り出し、銃口を自身のこめかみに向けた。


 頬が緩み、微笑が浮かぶ。それは悪意に満ちた(あざけ)りの笑み。


 そして、彼はゆっくりと引き金を引いた。


 ――――――


 1発の銃声が静謐(せいひつ)な空間を引き裂き、脳髄を撃ち抜かれた身体は綿を抜いた人形の如く崩れ落ちる。


 モニターの青白い光が血の海に沈む1体の(むくろ)を照らし出す。昼夜の分からぬ地下空間で、ただ"夜"のみが佇む。


 誰に知られることなく、地の底で男は静かに嘲笑う。それはまるで彼が、この後に起こる全てを予見していたかのように。


 ただ、(わら)い続けた。

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