時の天使
気づいたら僕はそこに居た。
身体はふわふわと軽く、
背中には白く、大きな翼があった。
"神"と名乗る人が現れて言った。
『君は時の天使だ』と。
『時の天使はその名のとおり、時を司る天使。
いつでも好きな時に、時間を進めたり、戻したりできる。
その大きな翼で空を舞い、セカイを俯瞰するのだ。
気になることがあれば、その力を行使してみよ。
何かが変わるやも知れん。』
○
ブオオオオ
ザワザワザワザワ
今日も町の喧騒が耳につく。
振動も空気に伝わり、ピリリと羽が痺れる。
あまり居心地が良い場所とは言えないな。
でも、僕はここに居る。
ここであの人を待っている。
「あっ…来た」
白い服を着た子供と、母親と思わしき女性。
手を繋いで歩いている。
他愛もない会話をして笑っている。
すると、後ろから自転車が近づいてくる。
すごいスピードで、あまり避ける気がなさそう。
母親はすぐ察知して、仕方なしに子供を車道側に寄せるが、
それでも自転車は母親の肩をかすめる。
バランスを崩した拍子に2人は手を離し、
子供は弾みで放り出される。
そこは多くの車が行き交う道路。
子供は一瞬で吹き飛ばされ、紅に染まる。
僕が気になってるのはこの後だ。
母親が駆けつけ、見たこともないような表情で、声で咽び泣くのだ。
その姿はあまりにも悲痛で、心が痛くて。
ーーーーそれで、何回も繰り返してる。
時を巻き戻しては、子が死んで、泣く女性を見ている。
神様が言ってた。何回か繰り返せば、何か変わるかもしれないと。
…でも
変わりゃしない。何回戻して、再生しても、この子は死ぬし、母親は泣く。
いつもどおり。
神様の言うことも100%本当のこととは限らないのだな。
それでも僕は繰り返す。
気になってしょうがないのだ。
なぜだか分からないけど。
どうせ他にすることもないし、とりあえずやってみる。
ああまた、後ろから自転車が近づいてくる。
すごいスピードで、あまり避ける気がない。
母親はすぐ察知して、仕方なしに子供を車道側に寄せるが、
それでも自転車は母親の肩をかすめる。
…んで、
バランスを崩した拍子に2人は手を離し、
子供は弾みで放り出される。
そこは多くの車が行き交う道路。
子供は一瞬で吹き飛ばされ、紅に…
はいはいつまんないつまんない!!って、あれ…?
いつも子供が倒れている場所に、子供が倒れていない。
代わりに倒れていたのは、母親だ。
な、何故…!?それじゃあ意味が無いじゃないか。
どうして…!?…また巻き戻すしか…
ーー仁
突然、女性の声で名前を呼ばれる。
振り返ると、そこには先程まで観測していた少年の母親がいた。
背中には白くて大きな翼。
「なんで…!?僕と同じ 」
女性がゆっくり首を振る。
ふと自分の背中を触ると、翼が無くなっていることに気がついた。
…!?
「待ってたよ、あなたに会える日を。
こんなところで、何してるの。」
この人はたぶん、死んだんだろう。
僕が、時間を戻したことで…
「最近なんかおかしいと思ってたの。
同じことを繰り返してるような、同じものをずっとみてるような、不思議な感覚だった。
あなただったのね。」
とてつもなく重い罪悪感に襲われる。
「ご、ごめんなさ…」
「会えて嬉しかった」
そういうと女性は僕を抱きしめる。
優しく、優しく。
あたたかくて、柔らかくて、顔の近くで名前を呼ばれるこの感覚は
どこかで感じたことのあるものだ。
「母さん、ごめん、僕…僕…。」
じゃああの、白い服を着た少年は…
僕は死んだんだ。そして、生き返った。
「母さん…!!」
「幸せに生きて。」
気づいたら泣き叫んでいた。
抱きしめた母親の身体は重く、小さな身体にのしかかり、白い服に紅の染みをつくっていく。
僕は、僕はこんなことがしたかったんじゃない。
僕は母さんに、笑っていて欲しかっただけなんだ…。
母さん、母さあああああああん
うわぁああああああああああ
ぁあああああああぁぁ
○
ふっふっふっ
どうされましたか?
時の天使だよ
また1人、新しく任命された
任命…というと、あの子は?
生き返ったのだ
生き返っ!?…そんなことが
ふふふ、面白くなってきたなあ、"時の天使計画"
神様は暇ですからね…
ああ、今度はあの母親に何をさせようか
ふふふ…
○
ちゅん、ちゅんちゅん
鳥のさえずりが聞こえる。
カーテンの隙間から陽光が差し込み
布団にいるにはあたたかすぎて、
たまらずモゾモゾと布団から抜け出す。
隣にいる小さな山をポンと叩いて、
「仁、起きて、朝よ」
ん…んーん。
ふふ。
今日は仁の好きな公園に行くと約束してた日。
仁を起こさないようにヘッドフォンで好きな音楽をかけながら、炊飯器から残った白ご飯をかき集め、仁の好きな鮭を入れて、ラップでくるむ。
窓辺に置いたシルバーリングが鈍く光り、
クローバーを閉じ込めた栞が揺れる。
ああ、あの雨の日、あなたが居なくなって、もう数年が経つのね。
早いわね、時が過ぎるのは。
でもあなたは、ここにいるものね。
ねえ最近ね、不思議なことを感じてるの。
同じことを繰り返してるような、同じものをずっとみてるような、おかしな感覚。
なんだかね、この子の手を離してはいけないと強く感じるの。
おかしいわよね。きっと、もう何も失いたくないのよね、私、
弱い人間だもんね。ね、今日も見守っててね。
ーーーーあなた
○
ブオオオオ
ザワザワザワザワ
今日も町は喧騒に包まれる。
空気がピリリと揺れている。
ああ、後ろから自転車が近づいてくる。
なんだか余裕が無い感じね。
仕方ないし、仁を車道側に…、
っ…この光景
ダメだ、なんだか、手を離しちゃ。
ダメだ、失ってしまう。
はあ…はあ…
じんんんんんんんんん
キキィーーーーーーー
○
男の子の咽び泣く声が聞こえる。
どうして…泣いているの?
胸が生ぬるくて気持ち悪い。
『ここは…』
「起きたか。」
「あなたは?」
「私は"神"。おまえはーーー」
ーーーおまえは、時の天使だ