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<短編>異世界恋愛

婚約破棄された美しすぎる令嬢は、盲目の彼を一途に想う

設定ゆるめのお話ですm(__)m

「カリナ。君との婚約は破棄させてもらう。君がそんなに卑劣極まりない女性とは思わなかった」


 王城で開かれている夜会の最中。婚約者である私にそんな言葉を告げてきたのは、この国の第一王子――ロバート殿下。


「君の話はスーランから聞いている。その美しい仮面の裏に、君のそんな醜い姿が隠されていたとはな。まんまと騙されていたよ」


 そう言うと、ロバート殿下は落胆した様に溜息を付いた。

 ちなみに、私は仮面なんて着けていない。

 彼が仮面と言っているのは、『絶世の美女』とも謳われている私の素顔の事。

 つまり要約すると、『見た目は美人だけど性格ブス』と言いたいらしい。あ、ちょっと殴りたくなってきたわ。


 それにしても、卑劣極まりないだなんて、酷い事を言ってくれるわね。一体何を聞かされたのかしら?


 私は、ロバート殿下の後ろに隠れている女性――スーランに視線を移した。

 最近になって社交界デビューした彼女は、男性達の間で人気急上昇中だとか。

 聞いた話によると、私が『美しすぎる令嬢』と言われているのに対して、彼女は『可愛すぎる聖女』として注目を浴びているらしい。

 聖女と言っても、彼女の存在に特別な意味はなく、「聖女様の様に尊い存在」という、ただの比喩表現で聖女と呼ばれているだけの普通の令嬢。

 くりっとした大きな瞳に涙を浮かべて、少し上目遣いで子犬の様に見つめてくる彼女の姿は、さぞかし男心をくすぐるのでしょうね。


 でもこの子って、ちょっと変わった所あるのよね。

 少し肩が触れただけで大袈裟に転ぶし、道を塞ぐように男性と話す彼女に『ちょっとどいててくれる?』と言っただけで、『除け者にされた』とロバート殿下に泣きつくし。

 なんていうか、リアクション芸と被害妄想を組み合わせた、新しいギャグなのかなって思うのよね。彼女を見ていると。

 それがおかしくて時々笑っちゃうのだけど、それでまた『馬鹿にされた』って誤解されちゃうし。


 馬鹿にしてるつもりはないし、むしろ彼女をリスペクトしていると言っても過言ではないわ。

 人前で滅多に笑わない私を笑わせるなんて凄い才能だわ。泣いてないで、もっと誇って良いと思うの。

 

「カリナ。何か反論があれば聞いてやってもいい。だが私の心はもうスーランに――」

「あ、いえ。何もないです。婚約破棄を受け入れます」


 何か喋ろうとするロバート殿下の言葉を遮る様に、私は何の迷いも無く、この婚約破棄を受け入れた。

 すぐに踵を返し、軽やかな足取りで会場の出口へと歩き出す。


 ロバート殿下は、王位継承権を持つ正式な王太子。

 それなのに、事もあろうことか平民の私に一目惚れしてしまった。

 そのせいで、私は半ば強引に婚約者にされてしまったのだけど、代わりに私の父は男爵の爵位を授かることが出来た。

 今思えば、平民を婚約者にするわけにはいかない、王室側の根回しだったみたいだけど、育ててくれた親への恩返しが出来たのは願ってもない事だった。


 ただ1つだけ、どうしても我慢できない事があった。


 ロバート殿下はいずれ国王になる。つまり、私も王妃にならなければいけないという事。

 それだけは絶対に嫌。王妃教育なんて、考えただけで恐ろしくて吐き気がしてくる。だって貴族の作法なんて全く知らないんだもの。

 だから、スーランがロバート殿下に取り入ろうとしているのを見て、密かに応援していたのよね。


 ふふっ……。本当、期待通りの動きをしてくれたわ。やっぱり彼女って最高ね。

 ああ、どうしよう。嬉しすぎてスキップしたい。背中に羽が生えたかの様に体も軽いわ。


「ちょ……ちょっと待て!」


 会場の外まで、あと少しだったのに。

 背後から切羽詰まった様な声で引き止められて、せっかくの良い気分が台無し。

 溜息と共に仕方なく振り返ると、ロバート殿下が焦った様子で追いかけてきていた。


「そ、そんなあっさりと出ていかれてはこちらの立場的にも困る! もう少し悔しがったり怒ったりとかしてもらわないと……俺の顔が立たないだろうが!」

「は?」


 何を言っているの。この人は。

 

「婚約破棄はあなたが勝手に言い出した事でしょう。婚約破棄された側の私が、なんであなたに気を利かせないといけないのですか?」

「その通りだ。見苦しいぞ、ロバート王子」


 突然、私の背後から聞こえた声。振り返った先には、煌びやかな正装に身を包み佇む若い男性の姿。

 長い銀髪は一括りに纏め清潔感さえ感じられる。

 そして黒曜石の様な真っ黒な瞳。それは隣国であるウェンディ国の王家の証。


「な!? お前は……ウェンディ国のアストロス王子!? なぜお前がここにいる!?」

「ある噂を聞きましてね。周囲の反対を押し切り、平民の女性と婚約をした王太子が、今は別の女性に熱を上げ、その婚約を破棄しようとしていると」


 そう言うと、アストロス王子は鋭い目つきでロバート殿下を睨みつけた。

 そこへ、先程まで傍観していたスーランが、テケテケと小走りで駆け寄ってきた。


「アストロス様ぁ! カリナ様ったら酷いんですぅ! 誰もいないのを見計らってぇ、私に酷い罵声を浴びせてくるんですぅ! もう私……耐えられなくて……。うっううう……ひっく……」

 

 スーランは涙を流し、お得意の上目遣いアピールを披露しながらアストロス王子に手を伸ばした。

 それがアストロス王子の体に触れるよりも先に、彼の手によって払いのけられた。


「私に気安く触れないでもらいたい。それに、私の名前を呼ぶ許可もした覚えはない。初対面なのに馴れ馴れしい。お前の様な計算高い女性はこれまでに何度も見てきた。その欲にまみれた下心も全てお見通しだ」

「……!? そ、そんな……酷いですぅ! ロバート様ぁっ!」


 スーランは再びロバート殿下の方へと駆け寄ると、その胸元へ飛び込みメソメソと泣き始めた。

 ねえ、今何しに行ったの? 何をしたかったの? 新しいギャグを披露しようとして不発に終わったの? 気になるじゃない。


「カリナ嬢」


 名を呼ばれて我に返ると、アストロス王子は私の前で跪き、忠誠を誓う様に自分の胸に手を当てていた。


「ずっとお慕いしておりました。どうか私と一緒にウェンディ国まで来てくださいませんか? 貴方には何の苦労もさせるつもりはありません。貴方の居場所も私が用意します。貴方の幸せを一番近くで見守る権利を、僕に与えてくれませんか?」


 そう言うと、アストロス王子は、優しい笑顔で私を愛おしそうに見つめてきた。

 彼とは、王太子の婚約者として出席した他国交流パーティーで、一度だけ会った事がある。

 その彼が私に告げた言葉の意味――それが分からない程、私も馬鹿じゃない。


「ちょっと待ったぁ!」


 そこへ突然、ロバート殿下の叫び声が割り込んで来た。


「やっぱり無しだ! 先程の婚約破棄は破棄する! カリナ! 君を僕の婚約者とする!」


 なんでよ。さっきから一体なんなのよ?

 せっかく婚約破棄されて喜んでるのに、ぬか喜びさせる気? いい加減にしなさいよ。


 さすがの私もだんだんとイラついてくる。

 どうせ元婚約者が、目の前で他の男性に奪われる姿を見て、急に惜しくなってきたとかいうやつでしょ?


 スーランの事が好きなんじゃなかったの? 隣の彼女を見てみなさいよ。「てめぇふざけんな」って今にも言いそうな物凄い顔で睨まれてるわよ? あなたこのままだと彼女に刺されてしまうわ。


「今更何を言う! いい加減にしろ! さっきのお前の発言で、彼女がどれだけ傷ついたと思っているんだ!」


 アストロス王子も、かなり怒り心頭な様子で反論している。

 婚約破棄を破棄しようとするロバート殿下と、私と婚約すると言い出したアストロス王子の口論は、私を置きざりにしたまま段々とヒートアップしていく。

 その横では「ロバート殿下もアストロス王子も酷いわ!」と泣きわめくスーランとそれを宥める男性陣。って、あなた達はどこから湧いてきたの?


 はぁ……それにしてもうるさいわね。ていうか、何なの? この流れる様なテンプレ展開は。

 最近読んだ恋愛小説の中で、全く同じ展開を何度か見たわ。流行ってるのこれ? 私ってば、流行りに乗っかっちゃったわけ?

 ……ま、いいや。帰ろ。


 私が再び会場を後にしようとしたその時――


「カリナ! ちょっと待て!」

「カリナ嬢! お待ちください!」


 再び呼び止められてしまった。しかも一人増えてる。

 どうやら、この二人をどうにか納得させないと、この会場から出る事は不可能な様ね。

 私は渾身の力を込めて深い溜息をつくと、ロバート殿下の正面に立ち、真剣な表情で真っすぐ向き合った。


「ロバート殿下。私はこれまでに貴方を愛した事は一度もありません。この婚約も、貴方が強引に結んだようなもの。一度は不本意ながらも仕方なく受け入れましたが、二度目はありません。どうか自分の言葉には責任をお持ちください。それに貴方にはスーランという素敵な女性がいるではありませんか。どうか、彼女を裏切る様な発言は(刺される前に)お慎み下さい」

「う……うぐぅ」


 悔しそうに口を噤むロバート殿下は、とりあえず納得はしているみたい。

 それなら次はこの人ね。


「アストロス王子」


 その名を呼ぶと、彼は嬉しそうに顔をほころばせた。

 ……言いづらいな。だけど、ちゃんと言ってあげないと。


「申し訳ありませんが、貴方と婚約は出来ません」

「……! それは、まだ貴方が私の事を知らないというだけではありませんか? どうか私にチャンスを――」

「いえ、だいたい分かりました」

「え……?」


 隣国のアストロス王子は、その容姿の美しさもあって、この国の令嬢達の間で多大な人気を誇っている。

 だから特に興味がなくても、彼の噂は耳にしていた。


「貴方も最近、婚約破棄したらしいですね? それも、真実の愛を見つけたとかで。もしかしてそれ、私の事だったんですか? でも私とあなたって、まともに会話した事もないですよね? 実は私達は幼い頃に運命的な出会いを果たしていた、なんて過去も一切ありませんよね? 本当に一回だけ、顔を合わせただけで。それでよく真実の愛とか言えましたね? それって、ただの一目惚れじゃないのかしら。ていうか、せっかく王妃教育から逃れたのに、貴方と婚約したらまた王妃教育が戻ってきちゃうじゃないですか。ああ、考えただけで眩暈が……う、吐き気も……。ちょっと気分が悪いので帰らせてもらいますわ」


 私は口元を押さえると、アストロス王子に背を向け、再び歩き出した。

 チラッと見えたアストロス王子は、なんだか白目を向いて固まっている様だったけど、見なかった事にする。


「カリナ嬢!」


 ようやく会場の外へ出られた私は、長身でガタイの良い青年に呼び止められた。


「呼び止めてしまってすみません。私は王室所属騎士団に在籍する騎士でウエンツと申します。貴方が傷付いた姿を拝見して放っておけなくて……」

「自己紹介ありがとう。でもどうか、私の事は放っておいてください。さようなら」


 見知らぬ男性にすぐ別れを告げ、再び歩き出した私の前に、待ち伏せしていたかの様に次々と男性が現れ立ち塞がった。


「カリナ嬢! 私はずっと貴方の事が――」

「カリナお嬢様! どうか私と共に――」


 ああ、もう。さっきから次々と……一体誰なのよ?

 なんでまともに話をした事が無い女性を口説こうとするのかしら?


 自分で言っちゃうのもなんだけど、それもこれも、全てこの美しいともてはやされている顔のせい。

 結局皆、私の美しい顔しか見ていない。

 ロバート殿下もアストロス王子だって。近寄ってくる男の人はみんな同じ。


 ただ一人の男性を除いては――

 そう、彼だけは他の人とは違う。


 今までは婚約者がいるからと、この想いを封じ込めてきた。だけどその必要はもう無くなった。

 ああ、早く彼に会いたい。そして今まで言えなかった私の気持ちを伝えたい。


 はやる気持ちを抑えながら、私は帰りの馬車へ飛び込んだ。

 





 翌日、私は想い人の彼に会う為、家の近くにある森へとやってきた。

 森の中央を分断する様に流れる大きな川の側で、水桶に水を汲む彼の姿を発見した。

 近付いていくと、私の気配に気付いた彼がこちらを振り返った。


「おはよう、カリナ。今日も来てくれたんだね」


 短髪の焦げ茶色の髪からは水が滴り落ちている。

 目尻を下げて爽やかに笑う彼の姿は、男らしいというよりもどちらかというと小動物の様な……いわゆる草食系男子と呼ばれる部類に入るのだろう。なんていうか、言うと怒られるかもしれないけれど、可愛いのよね。童顔だし。


「おはよう、アル。また一人で水を汲みに来てたの? 私がやるっていつも言ってるじゃない」


 私はアルが持っている水桶を掴み、引き寄せようとしたけど、アルは手を放してくれない。


「大丈夫だよ。この森の事は熟知しているから。今更コケたりなんかしないさ」

「分からないじゃない。もしかしたら木が倒れてたり、道がぬかるんでるかもしれないでしょ?」

「問題ないよ。何年ここに一人で暮らしてきたと思ってるんだい? 君の力がいくら強いからと言っても、自分で出来る事を任せる訳にはいかないよ。それに、最近は僕も君を見習って体を鍛えているんだ」


 そう言うと、アルは水桶を片手に持ち換え、もう片方の腕を上げてグッと力を入れてみせた。

 確かに、出会った頃はヒョロヒョロとして細かった腕も、ここ数ヶ月で少し太くなり、力こぶが膨れ上がる程になった。


「本当、凄いわアル! でも、私に比べたらまだまだひよっこね」

「それは残念。もっと鍛えないといけないな。じゃあ尚更、これは僕が持っていないとね」


 まあ、上手いこと話をまとめたわね。

 私が仕方なく水桶から手を放すと、アルは満足そうに笑った。


 彼が私に向けている灰色の瞳は白く混濁していて、その焦点は定まっていない。

 幼い頃から弱視だった彼の目は、大人になるにつれて段々と見えなくなり、今は光を僅かに通すだけで、ほとんど見えていないらしい。


 私とアルが出会ったのは半年前。

 ロバート殿下から付き纏われ、逃げる様にこの森へやってきた私は、帰る道が分からなくなってしまった。

 そんな私の前に現れたのが彼――アルベルトだった。

 不思議な瞳だとは思ったけれど、その時は彼が盲目だとは気付かなかった。

 だってまるで全て見えているかの様に森の中を歩くから。


 彼の案内で無事に森の外へ出る事が出来た私は、後日、お礼をするためにクッキーを焼いて持って行った。

 その時に初めて、私は彼の目が見えていない事を知った。

 だから彼が、私の容姿に関係なく優しく接してくれた事がとても嬉しかった。

 生まれて初めて、自分から男性に近付きたいと思った。

 そんな思いから、私の口からとんでもない嘘が飛び出した。


 『私は筋肉だけが取り柄の通称ゴリラ女だから、力仕事があればなんでも任せてちょうだい』と。


 自分でもセンスの無い嘘を言ってしまったと思うけど、どうしても彼に会う口実が欲しかった。

 私の顔だけを見る人じゃなくて、私の内面を見てくれる人をずっと望んでいたから。


「へえ。それは頼もしいね。じゃあ、本当に困った時にはお願いしようかな」


 そんな私の提案を、アルは快く受け入れてくれた。

 こうして私はアルと友達になったのだけど、肝心の力仕事は未だに任された事がない。

 

 と言っても、実際に頼まれたとしても、その期待に応える事は出来ない。

 だから素直にアルの優しさに甘えている。


「そうそう! アル、私ね。婚約破棄されちゃったの!」

「え!? それって……大丈夫なのかい? 辛い思いをしたんじゃないのか?」


 アルは驚きの声をあげると、すぐに私を心配する様に眉を潜ませてジッと見つめてきた。


「え? 全っ然! むしろこんな晴れやかな気分久しぶりだわ! だって私はもう自由なの! 誰を好きになってもいいんだもの!」

「そ……そうかい。君が傷付いてないのなら良かった」


 アルは安心した様に笑った。だけど暫くして、少し寂しそうに表情を曇らせた。


「君ならすぐに、相応しい相手が見つかるよ。君の事を大事にしてくれる人が」

「さあ、それはどうかしら? こんなゴリラ女を相手にしてくれる人が現れるかしら? 『君の相手は野生のゴリラぐらいにしか務まらない』って言われちゃったのよ?」

「なに?  その婚約者は君にそんな事を言ったのか? それは許せないな。別れて正解だ」


 アルは瞳に怒りを滲ませて、悔しそうに唇を噛み締めている。

 あら? 今の、笑うところだったんだけど。

 やっぱり私のギャグセンスってダメね。スーランに弟子入りしてみようかしら。


「そんな見た目だけで判断するような奴は駄目だ。ちゃんと君の優しさを分かってくれる人でないと、僕も安心出来ないな」


 私の本当の姿を知らない彼は、私の容姿の醜さに耐え切れなくなった男が、一方的に婚約破棄を突き付けてきたと思っているみたい。

 でも不思議ね。違う意味で発せられた言葉だけど、その中身は間違っていない。

 

 私の周りに集まる男性は皆、私の容姿に惹かれてやってくる。

 私の内面なんて誰も見ようとしない。目に見える姿だけで勝手に惚れて、勝手に幻滅していくの。


 ふいに、ロバート殿下に言われた言葉が脳裏に過ぎった。


 『なんで君は笑わないんだ?』


 笑えないわよ。だって好きでもない人と婚約だなんて、笑えるはずがないじゃない。


 それでも時々、無理して笑ってみせたけど、彼は喜ばなかった。期待外れだと言いたげな顔で私に言ったの。


『君の笑顔は不自然だな。やっぱり極力、笑わないでくれ』


 あなたが笑えと言ったのに、勝手な事を言うのね。いくら好きじゃない人から言われた言葉でも、私だって傷付くのよ?


 その事を思い出して、私は両手をグッと握りしめた。


 悔しかった。みんなが口を揃えて『美しい』と言う、この顔が嫌いだった。

 いっそのこと、傷を付けて醜くしてしまおうかとも思った。

 だけどそれは出来なかった。

 この美しい仮面を失った私は、本当に何の取り柄もなくなってしまうんじゃないかって。

 それはまるで呪いの仮面のように――私を苦しめるくせに、それを自ら取り外す事は出来なかった。


「だいたいの男の人は、見た目ですぐ決めちゃうから駄目よ。私と結婚してくれる物好きなんて、きっともう現れないわ」

「そんなことないよ。君は素敵だ」


 その言葉を、今までどれだけの男性に言われてきただろうか。

 だけど、アルの口から発せられる言葉だけが、こんなにも私の胸を熱く苦しくさせる。


 彼の前では、こんな美貌なんて何の役にも立たない。

 それなのに、彼は私に優しくしてくれる。彼だけが、私の内面をちゃんと見てくれる。こんな私を素敵だと言ってくれる。

 そんな彼だから、私はだんだんと惹かれていった。


「じゃあ、アルが私と結婚してくれる?」

「それは駄目だよ。僕と一緒になっても、君に迷惑がかかるだけだから」

「そんな事ないわ。ねえ、アルは私の事を好きじゃないの? 私はアルの事が好きよ」

「え……?」


 私の突然の告白に、アルの手から水桶が滑り落ち、派手な音を立てて中の水が飛び散った。


「大変! 足に落ちなかった!? 大丈夫!?」

「あ……ああ、大丈夫だ。君の方こそ、服は濡れなかったかい?」

「私も大丈夫だけど……。アル、あなた顔が真っ赤だわ」

「え……?」


 アルは耳まで真っ赤になったその顔を、慌てながら私から隠す様に伏せた。

 その姿がまた可愛くて、ちょっといじめたくなってくる。

 私は彼の耳元へと顔を近付けた。


「ねえ、告白の返事してくれないの?」

「それは……嬉しいけど……でも、まだよく考えた方がいい。目が見えていない僕よりも、君の本当の姿を分かってくれる素敵な男性が現れるかもしれない」


 もう。そんなの目の前にいるじゃない。こういう所も草食系男子の特徴よね。もう少し自信を持ってほしいわ。


「じゃあ、婚約ならどう? いつでも婚約破棄して良いっていう条件付きで」

「そんな簡単に……て、どうせ君の事だから、何を言ってももう無駄なんだろうね」


 私の提案に、呆れた表情で返す彼だけど、少し嬉しそうにしているのを私は見逃さない。


「ふふっ……。じゃあ、私達は今日から婚約者って事ね!」

「それはいいけど、本当に良い人が現れたら、すぐに婚約破棄するんだよ?」

「ええ! だけど貴方にも良い人が現れたら、その時は遠慮なく言ってちょうだい」


 もちろん、今度はそう簡単に手放すつもりはないけど。


「それはないよ。僕から婚約破棄する事は絶対にない」

「あら? そんな事言ってもいいの? もしも急に、あなたの目が見える様になったら大変よ? 『こんなゴリラ女だとは思わなかった! 婚約破棄だ!』とか言いたくなるかもしれないわよ?」

「それもない。君がどんな姿だろうと、僕は君の事を――」


 そこまで言って、アルはハッと口を噤んだ。

 くっ……! 今のは惜しかったわね。


「でも、そうだな。君の姿を一目だけでいいから、見てみたいな」

「ふふっ。見たらきっとびっくりするわよ」

「どうかな? 一応、僕の中で君の姿はイメージ出来ているんだけどね」

「あら、ちょっとどんな姿をしてるのか、言ってみてくれる? 答え合わせをしてあげるわ」

 

 アルは天を仰ぐ様に目を閉じ、優しい笑みを浮かべながらゆっくりと口を開いた。


「少し小さめな瞳……だけど丸くて可愛いつぶらな瞳だ。髪色は黒髪かな? 少し直毛で張りがあって……君の真っすぐな性格を表すような、力強さを感じる髪だ。お散歩が好きな君は、少し日に焼けていて小麦色の肌をしている。女性にしては少しガタイが良くて筋肉質な逞しい腕をした、とても頼りがいのある姿だ」


 自信満々に言う彼の言葉を聞いて、私は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 だって彼がイメージしてる私の姿って、本当にゴリラ女なんだもの。


 私のアクアマリンを彷彿とさせる大きな瞳も、柔らかくしなやかで透き通るような亜麻色の髪も、日に当たっても焼けない色白な肌も、小柄な体格も何一つ、彼の思い描く私のイメージに当てはまらない。


「ふ……ふふっ。いい線いってるわよ」


 本当、きっと私の姿を見たら驚くわよ。


「あとは、そうだな……よく笑う君の笑顔は眩しい太陽の様だ」


 そう言ってアルは目を開き、私を愛おしそうに見つめてきた。


 目が見えない彼にとって、唯一存在を確認できる太陽がどれほど大事な存在なのか――その意味を知っているからこそ、彼の言葉が嬉しくて視界が歪んだ。


 貴方はきっと知らないでしょうね。

 私が笑えるようになったのは、貴方のおかげ。

 貴方が私の隣にいてくれるだけで、自然に笑みがこぼれるの。


 私は彼の体に寄り添い、その胸に顔を埋めた。

 顔が触れた瞬間、彼はビクッと震えて暫く固まっていたけど、恐る恐る私を抱きしめてくれた。


「……あれ? 君って、思ったよりも小柄じゃないか? それに髪も凄いフワフワだし……本当にゴリラ女なんて呼ばれているのかい?」

「あ……。そうだわ!もしかして私のゴリラ姿って、実は呪いがかかっていただけで、真実の愛で元の姿に戻ろうとしているのかもしれないわ!」

「え……ええ?」


 突然の私の三文芝居に、彼は気が抜けたような声を漏らした。

 でも私はこのまま強引にこの設定を突き通す。


「あとは愛のキスさえすれば、完全に呪いが解けて美しい令嬢の姿に戻れるはずだわ!」

「……それは……困るな」


 あら、口付けの口実にしようとしたのに、逆に拒まれてしまったわ。

 だけどもう、私の方は完全にその気になってしまっている。


 私はアルの首に手を回し、その唇に自分の唇を重ねた。

 本当に触れるだけのキス。だけど、きっと真っ赤な顔して驚いてるに違いないわ。

 そんな彼の顔を見たくて、私が離れようとしたその時、背中に回されていた彼の手によって一気に引き寄せられた。

 先程触れ合ったばかりの唇が再び重ねられた。

 それはとても深くて、絡め取る様に私を欲しがるとても情欲的な口づけ。

 彼の腕に強く抱きしめられ、私はなされるがままに身を委ねるしかなかった。


 長い口づけの後、ようやく解放された私は突然の出来事に混乱したまま、暫く惚けていた。


「……君のせいだからな。もう、手放すつもりはないよ」


 いつもの優しい彼の声とは違う、少し色気を感じる声に、私の胸の鼓動は速さを増すばかり。


 どうやら、見た目に振り回されていたのは私の方みたい。

 草食系だと思っていた彼が、実は肉食系だったなんて。


 多分、私の顔はありえない程真っ赤に染まっている。

 今だけは、彼の目が見えていない事をありがたく思う程に――

 だけど、チラリと覗いた彼の顔は、まるで全て見透かしているかの様に微笑んでいた。


 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!


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[良い点] 主人公のさばさばとした性格が気持ちよかったです。 とてもすっきりとしていて面白かったですが、これは目が見えるようになっていたてだきたい!! 目が見えるようになって、「え?ゴリラは?」って…
[良い点] 明るいお話で楽しかったです。 『先程の婚約破棄は破棄する!』って突然言い出したので笑ってしまいました。 でも、カリナが婚約破棄してもらいたかった理由がよくわかりました。素敵な相手がいたので…
[一言] 面白かったです。 しかしアルの正体が実は亡国の王子で祖国を取り戻してから結婚して欲しいと言う裏設定があればウケたかも知れない。 王子から逃げられない運命とか(笑)
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