第1話「分別を持とう!」
出発したのが六時で今が九時を少し回った時間だから、約三時間を費やして僕達は三十キロ離れた白岩市に到着した。
白岩市は僕の住んでいる町よりはずっと大きくて、この辺では都会と呼ばれている。勿論、東京とは比べるべくもなく、田舎なんだけどね。
大きなショッピングモールの横を通り過ぎる時にノッポと変態が、
「うっわ、超都会じゃねぇ!? マジやべぇよ〜!」
などと騒いで少し恥ずかしかった。そりゃ、僕達の町よりかは都会だけどさ。騒ぐほどのことでもないでしょうが。
先はまだまだ長いので、僕は遅い朝飯を食べることを提案して、それに二人も賛成した。適当に食べる場所を探していると、東湖公園という場所にたどり着いた。
なんでも、日本一古い公園らしく伝統も由緒も溢れる場所らしい。そんな公園の芝生の上で僕達三人は大きな背負い鞄からおにぎりを取り出す。
僕の鞄には自転車修理用のキットや医療品に水筒。それに少しばかりのインスタント食料入っている。後は着替えと下着だ。軍資金は三万円。他の二人の分も足せば十万を超えるので金に困ることはないだろう。
おにぎりを食べながら辺りを見回す。
桜並木の道は春になると言葉に出来ない程、綺麗に彩られるらしいが、残念な事に今は夏だ。しかし、太陽の光を反射して銀色に光る湖や、手入れの行き届いた綺麗な噴水。それを見ているだけでも心が洗われる気がする。こういうのを風流というのだろうか。
「すげえな」
隣で変態が感嘆の声を上げた。芸術などに全く興味がない変態でも何かを感じ取れたのか、僕は少しだけ嬉しくなった。
「おっ、お前もそう思う?」
だけど、変態に少しでも期待した僕がバカだったのかもしれない。
「あぁ、すげぇよな。あの女子高生のスカートの丈の短さ! ほら! あれなんかもう見えそうじゃねぇか。くぅたまんねぇ!!」
「……あっ?」
変態の視線の先には地元の女子高生の集団がいた。確かに僕達の学校の女子より遙かにミニスカートだ。生足だ。いや、その魅力は確かに否定できないけどさ。
「やっべやっべ、オレ、ナンパしてきちゃってもいい?」
「勝手に行ってろ」
冗談のつもりでノッポは言ったのだろうけど、変態にその手の冗談は通じない。本当に変態は女子高生をナンパしに走って行ってしまったのだ。残された僕達二人は遠巻きに変態の背中を見ながら呟きあう。
「あいつ、置いてくか?」
「いや、まぁ。そうしたいけどね……」
正直、飲料と食料担当のあいつが居なくなるとこの旅自体、続行が厳しくなってしまう。だからこそ、少しは大目に見てやらないといけないのだ。
自転車でしかも子供達だけで旅行と言う普段の生活とは違うので、気分が高揚してハイになってしまう気持ちも分からなくもないのだが、もう少し高校生として分別を持って……あぁ、今時の高校生に分別を持っている人が居るほうが稀か。
スキップらんらんで走って行った変態は遠めでも分かるくらいに戸惑いもなく歩いていた女子高生に話し掛けていた。
数十秒後、女子高生が走って逃げ出して行った。きっと真面目な子だったのだろう。今日の経験がトラウマにならないことを切に願う。合掌。
おにぎりを食べ終わり、お茶を飲み一息つく。まだまだ変態は元気で今度は三人組の女子高生と何やら話し込んでいた。
「あっ、あれ、さっき逃げてった奴じゃね?」
ノッポが指差した先を僕も見ると。確かにさっき逃げ出して行った真面目な子だった。隣に誰か一緒に居る。青い服を着ただれか……、
「って警察じゃねぇか!?」
道のはるか向こうからやって来ている独特の青い服を身に纏った大人は間違いようもなく警察官だった。
きっと変態に声を掛けられた真面目な子が交番にでも駆け込み、変質者が居ると言って連れて来たのだろう、はっきり言ってやばい状況だ。
僕とノッポはさっさとずらかりたかったので、大急ぎで荷物をまとめて変態に早く戻って来いと声で伝えるが、何を思ったのか変態のバカはこっちを振り向いたのだが、笑顔で手を振るだけだった。
「あのボケっ死なす!」
至極正論だった。そして僕は悟った。今から走って行って変態を無理矢理に連れて来るよりも、絶対に警察官が変態に声を掛ける方が早いと言う現実を。
僕達は駆け出そうともせずに、諦めの境地で警察官が変態の肩を叩く瞬間をただ見ているだけだった。
あぁ、もう。いっそのことそいつを留置所にぶち込んで欲しいくらいだ!