悪疫と反逆
パーシとイタカはティラナス公の館を目指してひたすら真っ直ぐに突き進んでいた。
最初の頃こそ最寄りの村々を経由していたのだが、どの村も先の崩壊した村と同じ有様で、最早生存者を望むべくも無い事が判明していたからだった。
或いはしっかりと捜索すれば今もまだ命を繋いでいた人間もいたかもしれない。
だが二人は居るか居ないかも判らぬ可能性に期待するよりも、根本的な原因の追求に務めることに方針を決めていた。
それが正しい選択だと二人は信じて疑わなかった。
とはいえ文字通り一直線に進むことは難しい。
途中には胞子濃度の厳しい群生地帯もあれば、湧き出た酸が一面に広がっている湖もある。
なるべく危険な場所は迂回しつつ、されどて足を止めないように気を付けながら進む必要性があった。
「……ここらで少し、休憩にしましょうか」
やや先行していたパーシがイタカにそう告げ、二人は最寄り池溜まりの近くへ腰を下ろす。
色見や臭気からしてそう濃度の濃い酸ではない。
そのまま飲むには適さないが、水際に生えている竹の中身に関しては別だった。
二人は若い竹を選び、胸の位置あたりを狙ってえいやと真横に切断する。
すると不思議な事に断面から水があふれ出る。酸の池水をろ過しながら蓄えた、ほぼ中性の竹水だ。
「火操師の方々は、上手くやっていますかね?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。彼らも職人ですから。それに、菌糸に寄生された時のために血錠の残りも渡しておきましたからね。恐らく問題は無いはずですよ」
イタカの質問に対し、パーシは竹水でのどを潤しながら返答する。
パーシも当然楽観視しているつもりはないが、いまさら考え込んだところでどうしようもないと割り切っているため、彼らの身の上を案じるつもりは無いようだった。
その代わり、これからの相談をイタカに持ち掛けた。
「ここからティラナス様のお屋敷までの距離は、そう離れてはいないわ。徒歩で歩いて一日といったところかしら。急ぎたい気持ちはあるけれど、一度食事と睡眠をとってから進んだ方がいいと思うわ。イタカさん、貴方はどう思うかしら?」
「そうですねえ。まあ水は豊富に取れるわけですから、ここでしっかりと休息をとるのもやぶさかでは……」
返答しながら酸の池に視線を移していたイタカだが、ふと何かに気を取られたようで、言葉が途中からかすれて小声になっていった。
一体何事かとパーシもその視線の先を追いかけてみると、目に映るのは斜めに切られた竹の跡。
二人は黙って立ち上がり、竹に近づきその断面を覗いてみると、中には竹水が並々と溜まっていて断面も潤っている。
切られてからそれなりに時間は経っているが、枯れたり成長したりするほど時間はまだ過ぎてない。
おそらく誰かが同じように切断して、水を採取してからそう日付は経っていない事が予想できた。
「この近くって、村があったりします?」
「……あるわ。大きさはさほどではないけれど、ミストレスもよく駐屯している交関向けの村がね」
二人は顔を見合わせて、酸の池から離れた場所に素早く移動し物陰に座り込む。
そしてお互いのおでこが引っ付き合うくらいの距離で、ひそひそ話を開始する。
「遠方だけが見放されたという可能性、ありますかね?」
「正直情報が少なすぎて予測ができないわ。ただ、この付近の村に関してはまだ生存者が残っていることが予想できるし、どころか寄生茸の災禍が巻き起こっていない可能性もあるわ」
「少なくとも水を取りに来れる人間が居るのは確かですね」
ついでに運んできた切り取った竹を、目の高さにまで掲げながらイタカは想像力を働かせてみる。
主であるティラナス公が亡くなられた可能性。
血を飲む力あるいは飲んだ血から血錠を生成する能力の衰え。
領地の境界線付近でのみ発生した謎の災厄。
そのどれもが可能性が低いとしか考えられず、イタカは即座に仮定を投げ捨てる。
手持ちの情報が足りなさすぎてまともな予想も行えない。ならばとイタカは一つ博打の妙案をパーシに説いてみることにした。
「もういっそ、私が近くの村に偶然訪れた風を装って訪問してみるのはどうかな」
「貴方、何を言っているの? 事態がどんな展開に陥っているのかもわからないのに、そんな無謀なことを……」
「いやあ我ながら良い案だと思うけれどね。もちろん捕まったり、どこかに連行される可能性は織り込み済みだよ。だけど顔が割れているパーシさんと違って、私は本当に新入りだからね。道に迷ったとか色々言い訳を通せると思うんだよね」
こともなげにあっけらかんと言い放つ楽天家な言葉にパーシは軽く怒りを覚えるが、案そのものはそこまで悪いものではないため揺らいだ感情を引っ込めた。
確かに博打ではあり危険は伴うものの、分の悪い賭けでもない。
即座に命のやり取りに発展しないのであれば、やらせてみるのもやぶさかではないとパーシも少なからず認めている面もあった。
とはいえ、後輩を危険にさらすのは気が引けるものである。
特に、相手が敵対的な態度をとってきた際に、逃げ出そうにもイタカは第三の腕が巨大な分脚が遅いため、逃げ切れるとは思えない。
最悪な場面を想像すると、どうしても二の足を踏めずにいたのだった。
「迷子になった……という言い訳だけど、額面通りに受け取ってもらえるとは思えないわね。途中から近寄りすらしなかったけど、ここにたどり着くまでにいくつの村を通り過ぎたと思っているの? 間違いなく惨劇を目撃したはずだと突っ込まれること請け合いよ」
「でもこのまま二人だけで直にティラナス様のお館まで突き進むという計画は、すでに破綻したと言っても過言じゃないと思うんだよね。というか、何が起こったのかを調べに来たわけであって、必ずしもお館にたどり着くのが目的なわけでは無いわけだし、ここで情報が得られるっていうのなら、試してみるべきだと思うんだよね」
「それは……そうなのだけれど」
痛いところを突かれ、パーシの顔が曇る。
事実イタカの言う通り何が起きたのかを知ることが重要なので、方法を問うべきではない事はパーシにも判っていた。
「……村の住民に襲われそうになったら、必ず逃げるのよ」
「程度にもよるかなあ。二、三人くらいなら返り討ちにできるからね。判ってる、そう危険なまではするつもりは無いさ。それよりも、そっちも見つからないように気を付けて監視してほしいものだね」
「あら、新人が生意気を言うようになったわね。わたし、こう見えてもかくれんぼは得意なのよ」
くすりと二人は笑い、別れの挨拶とばかりに手を握る。
と、イタカは四振りの刀のうち二つを腰から鞘ごと抜き取って、パーシに手渡した。
「これ、預かってて貰えるかな。一つ捕まった時の為の言い訳を思い付いてね、それの実行する際多分邪魔になると思うんだ。いいかな?」
「何を考えているのかは知りませんが、お預かりしておきますね。お気をつけて」
「そちらも」
イタカは立ち上がり、村の方角へと歩き出す。
少し歩幅を小さ目にしつつ、どこか浮かれたような歩き方で進んでいく。
無警戒を装って、まっすぐ突き進む馬鹿な小娘の演技だった。
そのままの調子であるき続けると、そう時間もかからないうちに村の入口へとたどり着く。
特に目立った異変は見受けられない。見張りは居ないし獣除けのために建てられた骨柵などにも変化はない。
いたって普通の村に見えた。
「んっんんん~~~~~~っ! あーっ、ようやく到着かぁ!」
イタカはわざとらしく伸びをしながら大声を出す。
あからさま過ぎてわざとらしさすら感じるが、いっそこの位馬鹿なふりをした方が新人らしさを表現できて丁度良いと考えていた。
そのまま無造作に門を潜る。何の反応もない。
ならばと今度は大通りを練り歩くと、流石に見咎められたようで一人の人影が正面に立ちふさがる。
当然気配は複数ある。囲まれたかとイタカはちらりと目を向けた。
「何者だ、お前は」
正面の影が問いかける。女の声だった。
イタカが一歩二歩と近づくと、警戒したのかわずかに身構えるそぶりを見せる。
だがイタカはさらにもう一歩踏み込んだ。
「いやぁーよかった、人が居て。さっきから何処歩いているんだか判んなくて、心細くて泣きそうな気分だったんだよ」
「……もう一度聞く、何者だお前は」
「ああ、すみませんねえ名乗るのが遅くて。私、シディアス様に新たにお仕えすることになったイタカといいます。どうぞお見知りおきを」
今度は女の方から近づいて、じろじろとイタカの事を観察し始めた。だが相手を窺うのはお互い様と、イタカも躊躇なく相手の態度を注視する。
歳はイタカよりも上だろうか。黄色い蛇類の服を着ていて、腰には手斧をかけている。
下履きは膝上丈と短めで、その下はふさふさとした長毛に覆われている。
その風貌にイタカも即座に相手がミストレスに違いない事を悟る。
「確かに見ない顔だな。それで、シディアス公の部下がここまで何をしにやって来た?」
「あーそれなんだけどねえ、ちょっとこれを見てはくれないかな」
「なっ……お前っ」
警戒心を隠そうともしない相手に対してイタカが無造作に剣を引き抜くものだから、女は却って戸惑いを隠せずにいた。
前提として女は完全にイタカを疑ってかかっていたのだが、それに対する行動が、この迂闊ともとれる浅はかな抜刀行為である。
完全に相手の油断を誘えた。
確実に間抜けなやつだと思わせることにイタカは成功していた。
演技が通ったことに確信を得たイタカは、さらに警戒度を下げることにした。
「ほら、この鍔の領紋のところ、ティラナス様の印が刻まれてるでしょ? ひょんなことから拾ったこの剣なんだけど、何か曰くがありそうって気になってしまってね、ついつい飛び出してこちらに尋ねにやってきたんだ」
「飛び出してってお前……シディアス公の許可は得ていないのか?」
「え? 許可って何の?」
「……いや、いい。お前が正規の訓練を受けていない事も、浅はかな行動をとりがちな間抜けであることがよおく判った」
はぁーと深々としたため息をつき、軽く手を振って合図を送る仕草をとる。
密かにイタカを囲んでいた三人のミストレスたちも姿を現して、無警戒に近づいてきた。
「キダンナ、だから言っただろう? こんな間抜けそうな奴を警戒する必要はないって」
「黙れドレアン。何事にも警戒は必要だ。おい、イタカといったか。お前、ここに来るまでに何か見なかったか?」
キダンナと呼ばれた獣脚の女がうろんげに尋ねる。
これは疑っていると言うよりも、返答次第でどう扱うか決めるための訪ね方だなとイタカは悟り、無難かつ間抜けな答えを口にする。
「茸に覆われた村の事ですかあ? 怖いんで、とっとと逃げて来ましたよ」
「逃げた……だけなのか……?」
「え? 逃げちゃまずかった?」
「……誰かに伝えたりはしたのか?」
「……? 他領の事ですよね? 他所の統治に口出ししちゃ、まずいと思ったんだけど?」
「……いや、いい。その判断で間違っていない。……命拾いしたな」
キダンナは馬鹿な受け答えに頭を抱えて唸っている。
余程教育を受けていない大物の馬鹿が来たと信じ込ませる事には成功したが、それにしたって大っぴらに不穏な発言を漏らすものだから、イタカは演技が上手く働いたことを確信してほくそ笑む。
第一接触の手応えは大満足の結果だった。
「まあ、他所様の事情はよく分からないから良いんですけど、この剣の持ち主のお墓参りみたいな事をしたいんですけど、駄目ですかね?」
「いや、それは……」
ここはもう一歩斬り込んでみる場面と判断し、イタカは墓参りと称してティラナス領を徘徊する許可を求めてみる。
すると彼女達は顔を見合わせて、誰もが困惑の表情を浮かべている。
どう扱って良いのか思い悩んでいる様だった。
「別にお墓参りくらいいいじゃないですか。それとも、何か問題がありますかね?」
「も、問題ってお前、何を言いたい?」
「いやだって、向こ〜の方ですけど、村の中まで茸に覆われていましたよ? 駆除とか大変なのかなぁって思ったんですけど、違いますかね?」
「………………ッ!」
彼女たちに緊張が走る。
この場に口封じするべきか、言いくるめるべきかで悩んでいるのだろう。
だが即座に武器を抜くほどには核心には触れていないことをイタカは察知した。
もっとも、正面に立つキダンナに背を向け、馬鹿正直に明後日の方角へ指をさしていた間抜けな格好が功を奏していた事も忘れてはならなかった。
とことん間抜けを演じつつ、踏み込める所はとにかく突き進む。
イタカなりに覚悟を決めた腹芸が、彼女たちの油断や慢心を上回った結果だった。
「……問題は、無い。どうも新手の流行り病と悪性の寄生茸の繁殖が重なったようでな、それもつい先日収まったのだ。今は避難した村人たちの容態を調べているところだ」
「あー、なるほどなるほど、それは大変でしたねえ。じゃああの村々は、そのうち炎で殺菌するんですねー」
「そうだ、だから何も問題はないんだ。そう遠くない内に、除菌は終わる」
「そうなんですか、お勤めご苦労さまです」
キダンナは誤魔化し切れたと胸をなでおろしている。
もちろんイタカには彼女の嘘はお見通しだった。
そもそも嘘を付き慣れていないこの島の住民たちは、まともな嘘を付く能力も低ければ、嘘を見破る能力も低かった。
何故ならば胞子霧という常に襲いかかる寄生茸病の素や、人食い鬼という危険に常に晒されている環境下である事が大きい。
互いに正直でいる事で村社会の平和を維持し続けなければならない島民にとって、態々嘘を付く必要性が薄いのが原因だった。
それに対し、育ての親代わりであるパルタマーニャから口酸っぱく嘘の重要性を教え込まれたイタカとは、嘘付きの経験に雲泥の差があったのだ。
「うーん、火で村を浄化するとなると、不用意に歩き回るのはやっぱり危険ですかね? 火傷しちゃいそうですし」
「そうだな、墓参りは兎も角として、我々の案内無しに出歩くのは危険だとも。どうせ行く宛も無いのだろう、我々の館に来るといい」
イタカは不自然にならない程度に話題を変え、館までの案内の相手に申し出させた。
これで堂々と、正面から乗り込める。
少し口元を綻ばせつつ了承の返事を返す。
「いいですよ、いい加減虫の踊り食いにも飽きてきちゃったんで、茸料理が食べたいなあ」
「お、踊り食いぃ……ッ!?」
踊り食い発言に周りは三歩ほど後ろに下がって引いている。
ここでも不評かと、イタカは敬愛する御姉様が実は悪食だった事を悟る。
とはいえ他三人のミストレスと別れ、キダンナ一人に案内役をさせる事に成功したのはイタカにとって行幸だった。
万が一の場合でも、一対一なら負けない自信があるからだ。
どころか、隠れ潜んで追跡しているであろうパーシの存在もある。
下手さえ打たなければ問題は無いはずと、先程よりも随分と気は明るくなっていた。
「そういえばお前、その服……随分と年季物のようだが、それも拾ったものか?」
前を歩くキダンナが、横目でチラリと振り返りながら問うてきた。
イタカはどう答えたものかと一瞬悩んだがこれに関しては素直に受け答えすることにした。
「育ててくれたお婆ちゃんのお下がりなんですよ、これ」
本人の目の前でお婆ちゃんなんて呼んだら殺されてしまうかもなと思いながらイタカが答えると、キダンナ予想外にもその話に食いついた。
「祖母殿はミストレスだったのか。なるほど、ならお前は……我らの同志になれるやもしれんな」
「同志とはどういう意味です? 私達同じミストレスですよね?」
「ああいや、そうじゃなくてだな……ううむ、今この場ですぐに話すのは難しいが、我々にも考えがあってのことでな。まあ、館にまで来てくれれば話すよ」
「はあ……まあ、よろしくおねがいしますね……?」
「うむ」
それからはずっと無言が続いた。
村を出て、茸のあぜ道を進み、ある程度の距離を進んだところでイタカははたと立ち止まる。
数歩進んだところで背後のイタカが付いて来ていないことに気づき、キダンナは振り返って是非を問おうとする。
その瞬間、図ったかのように正面からパーシが飛び出してキダンナの頭部へ剣を鞘ごと振り抜いて強打する。
ほぼ後頭部へ吸い込まれるように当たったその一撃で昏倒したのを確認し、イタカとパーシは協力して気絶したキダンナを横道へと運び込む。
「はぁーっ、ひやひやしましたよ」
「いやぁ、案外ちょろいもんだったね。何度もやりたくは無いけど」
二人は顔を見合わせて小声で笑う。
そのままパーシは手にしていた剣をイタカへ投げ返す。
「それで、どういう状況なのか、教えてもらえるかしら? 半分以上聞き取れなくて、まだよく分かっていないのよ」
「うーん……一言で言っちゃうと、あれだねぇ。反逆、かなあ」
「は……反逆っ!? 馬鹿な、そんな事どうして……ッ!!」
懐に仕舞い込んでいた竹筒を取り出して水を飲み干しながら、イタカは所感を述べた。
「飽くまで予想だけど、多分ミストレスだけの王国を作ろうとしてるんだよ。ただの人間を排除して、ね」
「ただの人間って……わたしたちも、人間の母親から生まれたっていうのに?」
「お婆ちゃんがミストレスだって言ってみたら、そこのカノジョは私を説得する気満々だったよ。そこから考えてみたんだけど、自分達でミストレスを増やそうとしてるんじゃないかな、近親相姦で何でもしてさ」
パーシは信じられない様なものを見る目でイタカと気絶したキダンナを見る。
どうしてそんな発想に至ったのかが判らないといっ顔だった。
「一応、ミストレスからミストレスが産まれる可能性は高いって話を御姉様から聞いていたから、そう思ったんだよね」
「……どのくらい高いのかしら」
「そこそこ。具体的な数は私も知らないかなあ」
パーシは暫し考え込む。
イタカが述べたミストレスたちの独立建国計画の可能性は、確かにある。
だが全員のミストレスがそれに従うとは考え辛い。
もっと他に、別の計画があるのではないかと想像してみるが――どうしても、ミストレス建国計画の案が頭を過ぎって思考の邪魔をしてしまう。
「貴方はその計画に、ティラナス様配下のミストレス皆乗ったと言いたいのね」
「いや、皆じゃあないと思うけど? さっき私を囲んでいたミストレスたちは、この人ともう一人を除いてかなり消極的だったし。内心じゃ不満を抱えているかもね」
「……何人か見せしめで殺されたり、脅されたりして強要されていると?」
「というか、極論から言ってしまうと吸血鬼であるティラナス様を抑えてしまうだけで計画は実行できるからね。血錠の精製が出来なくなるから」
はっと顔を上げて、得心に至る。
血錠の供給が滞るだけで、島の住民の殆どが寄生茸の毒にやられて死んでしまうことに気がついたからだ。
「なるほど、同意を得る必要性も無いというわけね。武力で公の身柄を抑え続けるだけで計画は実行できるし、他のミストレスたちも住民がみな死んでしまえば、その計画に乗る他に術がないというわけね」
「罪悪感なんかもあるしね。扇動者が必要な犠牲だったと叫べば、それに乗っかっちゃうんじゃあ無いかな」
「最悪ね、そいつ。人食い鬼よりたちが悪いわ」
吐き捨てるように文句を述べ、パーシはキダンナを見下ろした。
眼は殺すべきだと言っていた。
イタカも特に止めるつもりは無かった。
だがそれでも、予想が外れていた可能性も踏まえ、イタカは手で殺意の視線を阻んでおいた。
「ぐるぐる巻きにして、茸の山に埋めておくだけに留めておきましょう。それだけで、当分身動きは取れないはずです」
「少し、いいえ、かなり不満は残るけれど、貴方の提案に従いましょう。それで、その後は? シディアス様へ伝えて、戦争でも起こす?」
「いえ、そこまでやっちゃうと、逆に非協力的だった敵対側のミストレスたちも自暴自棄になって反逆派に加わってしまう可能性もあるから悪手かな」
「じゃあどうすればいいと思うのよ」
感情的になって叫びだしそうなパーシに対し、飽くまで冷静さを崩さないままイタカは一つ策略を口にした。
「何、決まってる事ですよ。いつもどおりの仕事をするだけです」
「いつも通りというのは……」
キダンナを埋める為の穴を掘り始めながら、イタカは告げる。
「いつも通りの人助けですね」