表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

人食い鬼と四振りのつるぎ

 三人の霧歩む乙女(ミストレス)は、一向に訪れる気配を見せない最後の仲間を今か今かと苛立ちながら待ち続けていた。

 比較的早くに三人目までそろってしまったものだから、最後の一人の到着が遅れていると、どうしても気分を害してしまうのだ。

 正直言って最後の一人を待つことなく、三人がかりで討伐してしまいたくもあったが、島主の命令は絶対だ。

 だから三人のミストレスは多少苛立ちを感じつつも、律儀にもう一人を待ち続けているのだ。


「遅い……っ!」


 ミストレスの一人がいう。臀部から蛸の触手のようなものを生やした筋肉隆々の大柄な女性だ。

 色味は赤と紫の中間ぐらいだろうか。燃え立つように長い髪色と同じ色合いでひと目見たら目に焼き付きそうなくらい印象的な色彩だ。

 彼女は先ほどからその触手をぶんぶんと尻尾のように振りながら、鼻息も荒く部屋の中を何度も往復している。


「ええい、遅すぎるだろ! どんだけノロマなんだ最後の奴は!」

「落ち着きなさいよスコルト。歩き回るのはいいけれど、腕を振り回すのは止めて頂戴」

「なんだよパーシ、お前だっていら立ってるくせに。おいネウチ、お前も食ってばっかいないでなんか言ってやれ」

「もぐ……ふえぇ~、お二人とも喧嘩は外でやってくださいね~」

「いや、そうじゃなくてだなぁ……」


 パーシと呼ばれた女性はこの中では一番の妙齢だ。世代で言えば一回りほど上だろうか。

 彼女は左鎖骨のあたりから一本のカマキリの腕がにょっきりと伸びていて、先端の大鎌を手にした皮布でせっせと磨いて手入れをしている。

 髪の長さは一番短い。ぴたりと撫で付けられた茶色の髪は品の良さを感じさせるが、如何せん緑色の鎌がその印象をかき消してしまう。

 はっきりと言ってしまえば、不気味である。昆虫類の特徴を持つミストレスは、あまり人に好まれにくい傾向があるからだ。


 一方ネウチと呼ばれた女性は、豊満な体型をしている反面、一見して第三の腕が見受けられないごくごく普通の姿に見えた。

 年はおそらく一番若い。肩口で切りそろえている豊かな金髪が特徴的だった。

 彼女は焼き立ての茸を両手にもって、せっせと口元に運んでいた。かなり食欲旺盛だ。だがよくよく観察してみると帽子に付いた飾り物が時折うごめいているのが見て取れる。

 (だいだい)色の蛙の手のひらだった。両方のこめかみから蛙の手のひらがにょっきりと生えている。

 大きさは人間の手のひらと同じくらいだろうか。水かきは付いていないが先端の赤くて丸い吸盤は健在だった。

 ネウチもやはり、異形の腕を持つミストレスの一員だった。


 ミストレスとは、第三あるいは第四までの異形腕を持って生まれた特異な人間の事を指す。

 部位の形や場所は問われない。一律皆がそう呼ばれる。

 特異な生態は追加の腕だけに非ず、高い身体能力と、菌への強い抗体力を持ち合わせた生き物だ。

 比較的中濃度の胞子霧の中でも菌の侵入を防ぐ口覆いを必要とせず、自由自在に歩き回ることが出来る存在――それ故霧歩む乙女(ミストレス)と彼女たちは呼ばれるのだ。


 先程から部屋をうろつき回っているミストレス――スコルトと呼ばれた女性は、ミストレスとして生きる自分の生き方に誇りと充実感を持っていた。

 巨大茸をねじ切ることが出来る第三の触手と、それに負けず劣らず力がみなぎった肉体。

 彼女にとって人食い鬼の討伐とは、他の退屈な任務と違って持て余し気味な暴力衝動を十二分にぶつけることが出来る恰好の舞台なのだが、最後の一人がいつまでの到着しないでそれに待ったをかけられている状態なので、怒りもひとしおだった。


「ああもう! 遅刻野郎め、腹が立つ! やってきたらぶん殴ってやろうか!」

「それで怪我でもしちゃったら~、島主様に怒られちゃいますよ~」

「構うもんか、遅刻するような奴、はなから戦力にゃあならんだろ!」

「……その意見には少し同意するけど、本当に怪我をさせたら大事よ。骨でも折れたらわたし達三人で任務を遂行する事になるわ。……それだと、島主様の命令に違反することになるでしょうね」

「……くそっ!」


 スコルトは気が短い方だが、島主の命令には逆らうつもりは毛頭無い。不満不平を口ではまくし立てているが、パーシの言う事も尤もだと無理矢理怒りを押し込める他に無かった。

 だがネウチは特に気にするでもなく、ひときわ大きな焼き茸をほおばりながら、


「お仕事が~終わっちゃってからぁ〜殴っちゃえばいいんじゃないの~?」

「それだっ!」

「それだ、じゃないわよ。ネウチも煽らないで。食べるのもそろそろおよしなさい」

「えぇ~」


 短気と自由本譜過ぎる同僚たちの言動に、パーシは軽い頭痛を覚えていた。

 スコルトの言ではないが、確かに文句の一つでも言ってやりたいものだと内心では不満を述べつつ、大鎌をもう一度付け根の部分から磨き始めた。

 実際のところは彼女たちが早くに到着しすぎただけなのだが、誰もそのことには触れずにいた。


「もう少し待ってみて~それでも来なかったら~誰か一人群れの様子~見に行きません~?」

「あ、なんでだよ?」


 沸点の低いスコルトは言葉の意図にも気づかずすぐさま食って掛かるが、パーシはすぐに発言の意味を理解した。


「遅刻しているわけではなくて、一人で勝手に襲撃しているかもしれないから、その確認をするために向かうのね」

「おいおい、流石にそれは無いだろ? 命令違反だぜそれは」

「そのつもりはなくても、道を間違えてうっかり人食い鬼の群れの側からやってきて、鉢合わせてしまった可能性もあるわ」

「だとしたら、とんだお間抜けだなそいつは」


 がははと品のない笑い声をあげるスコルトを無視して、パーシは付け根から数えて三つ目の棘を皮布で磨く。丹念に丹念に、磨く。

 たっぷりの時間をかけて満足のいく仕上がりになったあたりで、丁度小屋の外から気配を感じた。

 やっときた。目をつぶり、ようやく退屈な時間から解放されるなと全身から力を抜くと同時に、びいいと不快な音が胸元から響く。

 目を見張る。皮布が棘の一つに引っかかって破けてしまっていた。

 パーシは今すぐ扉を開けて、遅刻者の顔面でもぶん殴ってやりたい衝動に襲われた――が、二人の手前、必死にその怒りを抑え込んだ。


「おっせーぞ、お前。どこぞの茸のかじり虫にでもなってたのか、ああ?」


 スコルトがこの島独自の言い回しで相手をけなす姿を片目に、パーシは駄目になってしまった皮布を放り投げる。

 この島に草は無い。故に道草を食べることはできなかった。


「わたしたち~ずぅ~っとここで~待ってたんですからね~」


 ようやく食べ物を手放して、ネウチも相手を非難する。

 ふわふわとした言動のため余り感情を読むことはできないが、これでも一応怒ってはいるらしい。


「あーいやあ、お待たせしちゃったようで申し訳ない。この通り、私は少し()()でねえ。村の入口まで続く洞窟を抜けるのに時間がかかってしまったんだよ。本当に申し訳ない」


 言葉と共にずるりと侵入してきた同僚の姿に、おもわずぎょっとする。

 同じミストレス同士、互いの腕を不気味と嘲笑う事は無かったが、遅刻してきた彼女の腕には流石に皆が驚いた。

 でかい。巨大で、長い。圧倒的に大きな腕だ。

 付け根の辺りは角度的に見えないが、丁度人間の腕で呼ぶところの肘辺りから極端に太くなり、手の甲に至っては彼女の肩幅くらいはありそうだった。

 スコルトは今まで自分の触手が一番大きい――とは言わなくとも、かなり大振りなつもりでいたが、遅刻者の第三腕は彼女のそれを凌駕していた。

 ミストレスの中でもひときわ異様に大きな腕が、たった今小屋の中に入ってきた彼女――イタカには備わっていた。


「お、おう。ならまあ……しょうがねえなぁ……」


 さすがのスコルトも気圧されていた。怒りよりも驚きの方がでかい。

 パーシも絶句していた。変わり無い様に見えたのはネウチくらいのものだったが、彼女も内心ではどう思っているのやら、何処とも知れなかった。


「……ええとぉ~、初めて見る腕の方ですね~」


 ネウチの言葉にスコルトとパーシははっとする。

 ひと目見ればこんな特徴的な腕の持ち主、決して忘れるはずがない。

 なのに見覚えが無いという事は、きっと新入りに違いない。三人はそう考えた。


「お前、新入りだな。一体どちらの島主様に仕えてるんだ?」

「シディアス様ですね」

「シディアス様ぁ? おい、パーシにネウチ。シディアス様と言えばお前らの主だったよな? お前ら、こいつのこと知らなかったのか?」

「見た事無いわ、こんな腕」

「私もぉ〜。お館で見かけたら〜絶対に忘れたりしませんね〜」


 三人は顔を見合わせる。

 面倒な奴がやってきたぞと言いたげだ。


「おいおい、島主様のお屋敷で見たことが無いってことはだ、ひょっとしてお前、どこか辺境育ちのはぐれミストレスなのかぁ?」

「まあ辺境といえば辺境かな。遠い親戚の、自称素敵な御姉様と一緒に、最近まで二人暮らしで過ごしてたね」

「まじかよおい……じゃあお前、新入りの上に未訓練の素人じゃねえか」


 どんなに腕力に優れていても、鍛えていなければでくの坊。

 ミストレスたちは三人の島主のいずれかの館にて、五年から十年の訓練を受けてから屋敷外の任務につく。

 逆に言えばそれだけの期間を要さなければ、いかにミストレスといえども使い物にならないのだ。

 一人遅れたことへの苛立ちを忘れ、巨大な腕の持ち主に興味津々だったスコルトだったが、見る見るうちにイタカへの興味をなく、しまいにはお荷物として考えていた。


「ああ、つまりお前はあれだな、数合わせに呼ばれたんだな。態々ご苦労さん。今日の仕事の鬼殺し、お前は後ろの方でぼおっと遠目に眺めてていいぞ。ネウチ、お前は新入りの面倒でも見ててやれ。パーシもそれでいいな?」

「私は楽ができるなら~別にそれでもいいかなぁ~って」

「まあ、その辺が妥当ね。よろしく、新人さん。足を引っ張らない様に精々気を付けなさいね」


 勝手に戦力外通知をされ、己の立ち位置を決められてしまったが、イタカは特に文句をつけることなく頷いた。

 変わりに出てきた言葉といえば、


「あー……誰が誰なのか分からないので、一応名乗ってくれません?」


 当然の質問だったので、スコルトは嫌な顔も浮かべずに説明してやった。


「それもそうか。アタシがスコルト。こっちのカエル頭の乳デカがネウチで、乳の貧しいカマキリ女がパーシだ。お前は?」

「イタカです。まあ、ごらんの通り新入りもいい所ですので、お手柔らかにお願いしますね」


 挨拶を軽く済ませると、まずはイタカが真っ先に外へ出る。ひときわ大きな腕を持つ彼女が出入り口に突っ立っていると他の三人の邪魔になるからだ。

 骨と両生類の皮でできた扉を開ければ乳白色の霧が視界いっぱいに広がっている。

 彼女たちミストレスが今まで滞在していた岩小屋は、一応村の敷地内ではあったのだが、やはり端っこの方に建てられていただけあって胞子霧の濃度が濃い。

 これがただの常人であったなら、すぐさま口覆いを付けなければ呼吸が困難になるものだが、彼女たちはミストレス――霧の中を自在に歩く、選ばれた乙女たちだ。

 結局誰一人として胞子を遮る口覆いを使うことなく、素顔のままで小屋から出てきた。


「うぅ〜ん。今日は気持ち湿気が少ないですね〜。いつもこれくらいなら〜おっぱいのところとか〜汗疹にならなくて済むのに〜」

「カッカッカッ、お前汗っかきだからなあ! その癖全然痩せないんだから、タチが悪いよなぁ」

「んも〜気にしてるのに〜。スコちゃんだって〜湿気は少ない方がいいでしょ〜?」

「そりゃあなあ。お、戸締まりご苦労、パーシ」


 岩小屋の中に胞子が入り込まないように、最後尾で出てきたパーシはしっかりと戸締まりを行っていた。

 なるべく隙間が生まれない様に骨皮扉を閉め、隙間が空いていそうな場所があれば適当なきのこをもいで、その隙間に詰め込まなければいけないので、結構面倒な手作業だった。

 しかも今回の岩小屋は村はずれにある関係上人の出入りが少ないので、しっかりと戸締まりしなければ大事になる。

 最悪小屋の中が茸に覆い尽くされて、当分使いものにならなくなってしまうだろう。

 それを防ぐため、出入り口はしっかりと密封し、ついでに大きな大きな一枚のカエル皮で出入り口を隠すように被せておかないといけないのだ。

 パーシは手慣れた手付きで素早く岩小屋を覆う茸に傷を付け、カエルの皮の端っこを噛ませることで、出入り口を封鎖していた。


「あなたたち、何時も私に戸締まり細工を押し付けて……人任せにせず、たまには自分たちでやりなさい」

「いやぁパーシの姐さんほど素早く上手に出来ないからさぁ、これからもよろしくお願いしたいなあって思うんだよアタシは」

「以下同文〜」

「はぁ……全く、あなた達は。新人さん――いいえ、イタカさんだったかしら。あなたはこのぐうたらろくでなしの様に、面倒な事を他人に押し付けるミストレスにはならないで頂戴ね」


 ため息をつきながら武器を引き抜くパーシに対し、イタカはうっすら笑いを浮かべながらこう言った。


「保証はできないけど、善処はしようかな。ところで、皆さんは付き合いが長いんですかね? 和気藹々と、仲が良さそうですから」

「ただの腐れ縁よ。同期でもないし。ただ、同じ場所の仕事を割り当てられることは多いわね」

「おいネウチ、お前友達でも何でもないって言われてるぞ。同じお屋敷で育ってるのに」

「パーシさんとは〜歳が離れてますからね〜。あの人結構おばさんですから〜」

「おだまりなさい! さ、行きますよ。いいから武器を抜いて、ついていらっしゃい。ああ、イタカさんはそのままでいいわ、さっきまで歩いていて疲れているでしょう? 私達が道を作るから、あなたは後ろからついてきて頂戴」


 そうしてイタカを除くミストレス達は、各々自分たちの得物を手に取った。

 パーシの右手の中で鈍い光を放っているのは中ぶりほどの戦斧、スコルトの武器は大き目の直剣、ネウチが手にしているのは蛇のように鎌首をもたげた曲刀だった。

 三人はむき出しのそれを器用に扱って、足元に茂った細長い雑多な茸で形成された藪茸を切り払って進みだした。

 いつもなら二人ずつ交代で切り払って進むのだが、これでも一応新入りには気を使っているらしく、三人は誰一人として文句を述べずに協力して切り開き、簡易ながらも道作りをしながら人食い鬼たちの群れのもとへと進んでいった。


「……いたぞっ!」


 それなりの距離を歩いただろうか。

 先頭を進んでいたスコルトが乳白色の霧の中で、遠くうごめく生き物の影を見咎めて、切り払った茸もそのままに、その場で身を伏せ警告をする。

 見れば巨大茸の向かいの先で、大きな影が円陣を組んで何かをむさぼっている気配を感じる。

 何か捕らえた動物の肉を食べているらしい。大きさからしておそらく人間ではないらしい。

 ぐしゃぐしゃと下品に肉をむさぼり骨をしゃぶる音は遠くからでもよく聞こえた。


「ひい、ふう、みい……ここからじゃあ、流石に正確な数は判らねえな。どうするよ、作戦案あるかね?」

「案と呼ぶほどではないけれど、あの大きな丘茸の上から逆落としを仕掛ける手があるわね」

「うまくいけば奇襲ができて、失敗しても下から攻めるアタシらの陽動に使える。登って襲い掛かってくるなら反対側から降りて逃げればいいし、囲まれる心配もない。単純だけど、いいんじゃねえか?」

「えぇ~、私ぃ茸登り苦手なのに~」

「ははははは、お前は乳も尻もでっかいからな。おい新入り、こいつがうっかり落っこちそうになったら、そのでっかい腕で掴まえてやれよ」

「まあ、善処はしようかな」


 結局三人は一度としてイタカに意見を求めないまま、襲撃準備の最終段階に移る。

 スコルトとパーシは適当な茸に刃物で傷を付けると、そこに外套の端を突っ込んで、風で飛ばないようにと固定してからその場を後にする。

 するすると、二人は蜥蜴や蛇、百足のように茸の間を這って進み、慎重に気を配りながら人食い鬼達のもとへゆっくりと近づいていった。


 一方ネウチはイタカを伴って、無言で丘茸の側面をよじ登り始める。

 茸登りは不得意とは言っていたが、その割にはするすると、危なげの無い移動をこなしている。

 時折手にした曲刀で茸の側面に穴を開けて、そこを足掛かりにすることで、自分とイタカのための足掛かりを作りながら登り――二人と別行動になってから、まだそう時間も経っていないうちに頂上へとたどり着いていた。

 苦手と自称しながらもここまで素早く登りきれたのは、ミストレスとして生きるための訓練のたまものであった。


「う~ん、到着~。スコちゃんたちはもうちょっと掛かるかなぁ~? 私はどうしようかなぁ、とりあえず新人ちゃんが登り切るのを待ってから……」

「いや、もうたどり着いているんだけど」

「わっ!? えっ、あれっ、もう登り切ってたの~? 早くなぁい~?」


 碌な訓練もして無さそうな新人だと侮っていたのだが、イタカが自分のすぐそばで息も切らさず佇んでいたことで、ネウチは少なからずびっくりしてしまった。

 特に疲れた様子もない。あの巨大な腕があるのによくもまあ器用に登ってみせたものだなと、ネウチは軽く感心していた。


()()()で茸を鷲掴みにして、上に身体を引き上げたら両手で茸につかまって、そうしたら再び腕を上に持っていって鷲掴みにして……の繰り返しでね。大きい茸を登るのは結構得意だよ、私は」


 ぺちぺちと、背中から生えた第三の腕を手のひらで叩きながらイタカはそう説明する。

 ネウチの頭の中では尺取虫か何かのように、茸をよじ登っていくイタカの姿が思い浮かんで、思わず彼女は吹き出してしまった。


「きゃははあはっ、意外に器用な子なのね新人ちゃんは」

「そうとも、私は器用なたちなんだ。なのにポッカくんときたら、まったく……」


 ぶつぶつと、ここにはいない誰か他の人物への不満を述べ出したイタカを見ながら、案外使()()()方の新人なのかもしれない、とネウチは評価を改めた。

 とはいえ、碌な訓練も受けていないだろう後輩を、戦力としてはほとんど換算していなかった。

 そうだなあ、一匹くらいは人食い鬼の相手をさせてみようかな、指導の代わりとしてそれくらいならやらせてみてもいいかもね。

 そんな事をネウチが考えている間に、イタカは一人戦いの準備のために外套を脱ぎ払っていた。


 外套の下は他の三人のミストレスたちと同じ衣装で、表が蛙皮で裏地は虫糸、あいだにしなやかな蛇皮を四層挟んだ戦働きの出で立ちだ。

 だが、不思議なことに他の三人の衣装よりも年季が入った様相だ。新入りのものなら普通仕立てたばかりの艶が残っている衣装のはずだが、イタカのそれには光沢が無い。長靴から覗く膝の布地あたりには継ぎ当ての痕も見受けられる。

 まるで誰かの使い古し――だが普通、ミストレスとして生きることを認められた日に渡される衣服を、終生大事に手入れを加えながら使い続けるのが常である。

 イスカのように、先達の衣装を着こむことは本来ありえないのだ。

 だがそれよりも何よりも、痛烈にネウチの目を引いたものが、イタカの腰にぶら下がっていた。


 四振りの武器。

 鞘の大きさから考えて、スコルトの直剣やネウチの曲刀よりも小ぶりで細作りな獲物だが、四本のつるぎが腰に()かれているのを見て取って、驚愕する。

 武器を二本以上下賜されたミストレスの存在なんて、現役でもそう何人も居ないはずなのだ。少なくとも十人を上回ることは無い。

 その何れもが、武功と実力、功績と献身を認められて、島主から恩賜された特別なミストレスとしての勲章の証。ミストレスとして生きる、彼女たちへの最高の栄誉だった。


 練れ者の域にあるパーシですら、未だに一本佩きのままなのに、その栄誉の象徴とも呼ぶべき二振り目以上の得物をこんな新入りの小娘が賜っていることに、ネウチは嫉妬よりも恐怖心を抱いていた。

 ひょっとしたらこのイタカという女は、新入りなどではなく隠居していたミストレスなのでは――そんな疑念で、ネウチの頭の中はぐるぐるといっぱいになっていた。

 そんな先輩の困惑模様に気付くことなく、イタカは腰の佩きものを二振り引き抜きながら、


「それじゃあ先輩。これが初陣なもんで、もし失敗しそうになったら助けてくださいね」


 ()()なのか、あるいは()()なのか。

 素人なのか、あるいは熟練の戦士なのか。

 その判別をネウチが終わらせる前に、イタカはその身を宙に踊らせていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ