神坂と雪菜の悪巧み
二千三十九年七月五日の火曜日。
放課後。
聖ブルーローズ女学園の理事長室。
今日もカフェオンライン部で、指導対戦という名の、手伝いをしようと、赴いている途中、校内アナウンスで雪那は、理事長室に呼び出された。
雪那と神坂は、机を挟んだ状態が続いている。もう何分が経過しただろう。
雪那が赤いメガネの奥で、瞳を鋭くさせ、神坂が満面の笑みで、互いをじっ、と。見つめている。
そんな永遠に続くかと思った沈黙も、雪那がついにしびれを切らし、問い質す。
「それで? 雪になんのよう? 雪は忙しいのよ」
トゲのある口調にも、神坂は満面の笑みを崩すことなく、口を開く。
正直、気持ち悪い。
「いえね、単なる姉としての興味で、ね。この間の日曜に、椎菜と遊びに言ってくれたようだけど、どうだった?」
なんだ、そんなこと……と、言わんばかりに、呆れ果て、ため息を漏らす雪那。
「楽しかったわよ。そんなことを聞くために、雪を呼び出した訳? 職権乱用じゃないかしら」
後半を強めに言い切る雪那に、神坂はいつもの何でも見透かしたような笑みに戻り、謝罪。
「それもそうね。ごめんなさい。あなたが望むなら、今度からは、自分から出向くわ」
少しの間を置き、雪那はため息混じりに、首を横に小さく振る。
「良いわ。これからも呼び出しなさい。これ以上、雪に余計な脳を使わせないでちょうだい」
「そう、悪いわね」
神坂はあからさまな口だけの謝罪をする。と、雪那が「この性悪女……!」と、あえて、聞こえるボリュームで小さく毒づく。
これに、神坂は不思議そうな顔で首を傾げながら、声。
「何か言った?」
その返しにも、雪那の間に触ったものの、そこは雪那。見事なポーカーフェイスで、辺りを見渡す。と、同時に声。
「椎菜の写真ばかりね。この部屋、と、言ったのよ」
「上げないわよ?」
軽口で返す神坂だったが、その眼はブラックダイヤモンドを連想させる輝きが消え、虚無に満ちていた。
その事を指摘するほど、雪那は命知らずではないので、軽く受け流した。
「いらないわよ。椎菜に嫌われたくないもの」
口ではクールに言うものの、内心残念そうな雪那。
そんな雪那を見て、神坂は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「そ……」
理事長室を所狭しと占有しているのは、椎菜の写真のみ。
雪那は、ここにいると、虚しくなりおかしくなりそうだ。早々にこの場を立ち去り、本物の椎菜で、椎菜成分を補充したい。
そんな衝動に駈られ、切り上げようと、言葉を若干の早口で告げる。
すっかり、椎菜中毒になってしまった。
「用件はそれだけ?」
「まぁまぁ、そう焦らないの」
そんな気持ちに気がついている、神坂は意地汚く話を長引かせようとする。その事に雪那は殺気を浴びせるも、神坂が涼しい顔して受け流す。
その事で諦めの踏ん切りが付き、今日で一番のため息をつく。
「…………。で、何よ?」
「本題に入る前に確認したいことが、いくつかあるのだけど、良いかしら?」
「別に、今さら。良いわよ。けと、早くしてちょうだい。雪は本当に忙しいの」
苛立ちを隠すことなくなった雪那。
「ありがとう」
そこで、一旦口を閉じると、神坂は一拍置いて、普段。生徒達と接する時のおちゃらけた態度とは打って変わって、職員会議の時に見せる、真面目な口調となり、問い掛ける。
「あなた、椎菜の正体に気がついているわね?」
この問い掛けに、先ほどまで話半分だった雪那も、まじまじと神坂の目を見ながら、言葉を紡ぐ。
「ええ、気が付いてるわ。椎菜が、雪のライバル【W.C.S】だってことはね。本人も雪には隠すことがないみたいだから、二人きりの時や、椎菜の正体を知っている人ばかりの時は、普通に接しているわ」
暖かな眼差しを浮かべる、神坂。
「そ。それで、あなたは椎菜のことを嗅ぎ回っている報道部から遠ざけているけど、それはどうして?」
「友だちの素性を嗅ぎ回っているのを知って、見て見ぬふりをしろとでも言うの? それより、あなたはどうなの。妹を嗅ぎ回っている報道部に何も思わないの?」
辛辣な正論をぶつけられ、神坂は眉間にシワを寄せる。
「もちろん、思うところはあるわ。それでも、ここは自由が売りの学校よ。生徒の自尊心を妹を嗅ぎ回っているから、圧をかけるだなんて、それこそ職権乱用でしょ? 違う?」
「なるほどね。カフェオンライン部の子達。いえ、妹を特別待遇をしているかと、思っていたのだけど、一応は教員であり、この学園の理事長のようね」
「あら? わたしが、いつあの子を特別扱いをしたっていうの? そりゃ、椎菜が車椅子だから、楽しく学園生活を送れるように、環境設備をちょっと整えただけよ」
神坂は軽く受け流す。それに、呆れ声で追撃をする雪那。
「じゃぁ、カフェオンライン部の部室はなんて説明するの?」
「内装と外装は、劣化が目立っていた。だから、言い方は悪いけどカフェ部が廃部になった気を見て、改装工事をしたの。費用はわたし持ちだけど、設計とかは、大学の建設科が手掛けているわ」
「あなたの言い分は、わかったわ。家具とかも建設科の学生たちが造ったもの? ちがうでしょ? さすがにあれだけいっぱいは、手が回らないわよね。それにあの制服」
雪那の言い分は最もで、椎菜達が着ているカフェオンライン部の制服は、高坂柚季が手掛けたもので、一着二桁万円はくだらない代物なのだ。
それを一、学生の部活の制服で着させるのは、かなりもったいない。
これが身内贔屓と言わなくて、なんと言えようか。
その事を指摘しようとすると、神坂がやや食い気味で、割って入った。
「ああ、あの服? 寄付があったのよ。『椎菜達に着させて』って……ね」
「寄付、ね……」
なぜ、寄付者は椎菜達のことを知っていたのか。なぜ、二桁万円の服を何着も寄付しようと思ったのか。なぜ、このタイミングなのか。
と、ツッコミどころは数えきれないほどある。が、それをツッコんだとて、答えが帰ってくるとは到底思えなかった。
雪那は、思考をため息と共に吐き出し、話を切り替える。
「……。ま、いいわ。ところで、質問は終わり? 終わったならさっさと本題に入りなさい」
「ああ、そうだったわね。桐谷さん。あなた寮には入らず一人暮らししているわよね?」
「ええ、しているわよ。雪は集団行動が苦手で、一人暮らしのほうが楽なの。お金も稼げているし、ね」
雪那は、ここ半年は親の仕送りに頼らず、自分で稼いだゲーム大会の賞金で、生活をしている。
もちろん学費も、だ。
最初こそギリギリの生活を送っていたが、今は贅沢をしても困らないほど、稼いでいる。
ま、雪那はそんなことしないが……。
よって、お金には困っていない。それは神坂もわかっていることだ。
だから、次の瞬間。神坂の口から出た言葉の意図が分からなかったのである。
「じゃぁ、生活、苦しいんじゃない?」
「いいえ、ごあいに……」
「そう、やっぱり厳しいのね……」
「だから、苦しく……!」
雪那の反論を赦すことなく、神坂はマイペースに言葉を紡ぐ。
「ねぇ、バイトしない?」
「ハァ?」
怪訝そうに驚きと、怒りが入り乱れた声を漏らす雪那。だったが、そのバイトの内容を聞いた途端。見事な手のひら返しを見せる。