Improvisation Strategies
回避可能と思えた攻撃が、ヘカテーを襲った。いったい何があったのか。
いや、襲ったのではない。襲わせたのだ。当たったのではない。自ら当てに行ったのだ。
左脚じゃなく、左の手のひらに。
それを知覚した、W.C.Sの顔に、やや焦りが浮かぶ。
短剣をヘカテーの手のひらから抜こうと、腕に力を込める。だが、もう遅い。
それより前に、ヘカテーが、短剣が貫通した左手に力を込め、傷口が抉れることもお構い無しに握りしめたからだ。
抜こうと両手に力を込めるW.C.S。
だが、どんなに頑張ろうと、W.C.Sの筋力パラメーターは養女止まり。素の力では、成人男性の筋力パラメーターを持つヘカテーの片手にすら、敵わない。
もっと言えば、普通に止まっている状態では、ヘカテーにここまで深手を負わすことは出来やしないのだ。
それでも、ここまでヘカテーに深手を負わせることが出来るのは、速さによるものだ。
速さは時に、純粋な暴力に繋がる。非力な力でも、超高速の速度で攻撃すれば、重い攻撃となり、時に重凱をも穿つ。
故に、W.C.Sの短剣がヘカテーの左手を貫通したことは、至極当然なのだ。そして、速さを失ったW.C.Sは、単なる幼女同然なのも、また必然。
そして、ヘカテーは短剣を取ろうと試みているW.C.Sの腹をおもいっきり蹴る。
HPゲージと共に、軽いW.C.Sが後方に吹っ飛ぶ。短剣の確保は出来なかった。
が、実際のところ、W.C.Sは戦闘中に短剣を奪われることには、慣れている。
むしろ、そういうことを考えるやからが多い。従い慣れているのだ。
W.C.Sは落ち着き、吹っ飛ばされながら魔法で氷の短剣を作り出す。
それを視認しながら、ヘカテーは左手の短剣を抜き、腰帯にさす。
一連の動作のあと、ヘカテーは、札を手に静かに発句。
「炎盾……」
刹那。ヘカテーの目前に身を覆い隠せるほどの燃え盛る盾が、出現。
その盾に躊躇うことなく、左手を付け、止血を試みる。
こうして、HPゲージ一割と、殺神がくれた札一枚を犠牲に、出血ダメージによる、継続ダメージを防ぐことに成功。
炎の盾は数秒後。やはり青々とした草木に、飛び火という置き土産を置いて消失。
した直後。
目前からW.C.Sが飛んでくる。
それをヘカテーは、雪の結晶を催した盾を作り出し危うげなく、防ぐ。
やはり、雪と氷では、圧倒的に氷のほうが。いや。この《KAMAAGE》というゲームは、例えば風魔法で炎魔法の威力を上げられる。あるいは水魔法で炎魔法を消せる。というリアルな自然界の法則を適用している。
が、それは、あくまで魔法を使ったときのMPが同程度か、それ以下だった場合。
圧倒的なMP消費量でなら、風魔法で炎魔法は消せるし、炎魔法で水魔法は蒸発出来る。
つまり、このゲーム内での自然界の法則など、誤差に過ぎない。
従い、雪の盾が氷の短剣に易々と貫通を許したのも、消費MPの差。
基本、どんな魔法で造る物質の盾や剣でも、普通の鎧を穿てるし、剣も防ぐことが出来る強度を持っている。
まぁ、MPモンスターである、W.C.Sが造り出す短剣を防ぐ防具を作り出そうとするものなら、半分以上のMPを消費しなければ行けない。
加えて、W.C.Sが短剣を作り出す際に、消費するMPは総量の一割にも満たない。
そんな燃費の悪いことやってられるか。というのが、トップランナーの総意で、ヘカテーも例外ではない。
なんにせよ、W.C.Sの速さを殺すことに成功したヘカテー。
即座に後ろに二回、三回とバックステップ。
と、ヘカテーの居た場所の足下から、半秒遅れ毎に氷柱が出現。
氷柱の間を縫うように再び、距離を詰めるW.C.S。
ヘカテーはもう一度、バックステップをした後に、今度は自分のいた位置に魔方陣を展開。
そして、W.C.Sが足を踏み入れたと同時に、魔法を発動。
地面から、開きっぱなしのアイアンメイデンを連想させる雪像を出現させ、W.C.Sの行く手を阻む。
刹那、W.C.Sがその中へと突っ込んでいくと同時に、蓋を閉める。
僅かその半秒後。スノーメイデンは、内側から、凶悪な雪の棘で自身を突き破る。
下部を除いて……。
これが最近のヘカテーの必勝パターンだ。MP総量の七割を注いで産み出す、スノーメイデンはいかなる防御をも貫通する。
すなわち、一度スノーメイデンに捕まれば、負け確。トップランナーは、ヘカテーと闘うとき、最近では、いかにスノーメイデンに捕まらないようにするか。それだけを考えている。
しかし、それは普通のアバター限定で、負け確なのであって、MPモンスターのW.C.Sには通用しない。
そんなことはヘカテーも、分かっているので、発動にギリギリのMP。一割を消費するのみでとどめていた。
が、そんなことなど知らないW.C.Sは防御するのに、おそらく多大なMP――それでも三割程度が良いところだろう――を消費せざるを得ない。
そうして、まんまとW.C.SにMPを消費させることに成功したヘカテー。
対し、W.C.Sは、スノーメイデンから抜け出すのに、魔法を使わなければならない。
狭い場所では、速度を上げられないためだ。
地面からスノーメイデンを中心にして、隆起する何枚かの氷の壁。
上空から見ると花のように見えるソレは、スノーメイデンから出た直後、ヘカテーに教われないようにするためだ。
だが、しかし何をしても、もう手遅れなのだ。勝負は次、一合混ぜ合わせたときに決まる。
そのように、ヘカテーは見据えている。この場で繰り広げられている、もう一つの闘いの影響か、それとも、そうなるように戦場をコントロールしたのか。ヘカテーの視界は真っ赤に染まっているのだ。
予定より早く、準備は整ったのは僥倖。
あとは、相手がその事に気が付いているか否かだ。いや、気が付いていたとしても、飛び込んでくるしか、勝利の道はないのだ。
こうしている間にも刻一刻と、W.C.Sの勝率が下がっている。
どうやら、W.C.Sにその事に気がついていたようで、氷の壁の間から飛び出し、正面から飛び込む。
小細工無しの剣と氷の短剣との衝突。
通常なら、W.C.Sの持つ氷の短剣のほうが強度的に上。
そう、通常ならだ。
しかし、現在、辺りは火の海。体感温度は七十度を超えるだろう。
場にいるだけで、感覚があれば、肌が炙られるような熱さであることは間違いない。
そんな中に長い間にいれば、いくら炎で溶けにくい氷を魔法で作れるにしても、氷は柔くなるのは必至。
故に、瞬間の均衡。
直後。氷の短剣は真っ二つに折れる。
ヘカテーの剣はそれだけでは止まらない。
その勢いのまま、W.C.Sを捉えた。胴が二つに別れ、W.C.SのHPは全損。
この半秒後。W.C.Sのアバターは消失。
その事を確認すると、ヘカテーは残りのMPを全て殺神のくれた札に全部込め、勝利を宣言するように発句。
「雨矢!!」
同時に、辺り一面に降り注ぐ、数多の水の矢。
燃え盛る業火を鎮火するとともに、結果的に殺神の手助けになった。