W.C.S&ヘカテーVS微笑みの聖剣
ヘカテーは焦っていた。
失敗した。
一刻もはやく、W.C.Sのそばへ行き、聖剣を彼女から引き離さなければならない。
その焦りとは裏腹に、いっこうに行けない。
ヘカテーの行く手を、微笑みの聖剣操る、藤色の一枚の剣が行く手を阻んでいる。
藤色の剣は、微笑みの聖剣の背中に具現する、翅で、最大四枚を同時に展開できる。
MP消費量もコスパが良く、一秒に一ドット。つまり常時展開していても百秒間は持つ使用である。
そんな一見チートに見える、この剣の弱点は、オート攻撃ではなく、リモートコントロールしなければならないのと、視覚共有しなければならないので思考並列が必要となるという点だ。
当然、戦闘が苛烈になって行けば行くほど、思考並列は、困難極まり、四枚のリモートコントロールこいずれか、あるいは自身の戦闘。そのどちらかが疎かになる。
ましてや、《KAMAAGE》ナンバーワンと、ナンバーツープレイヤーを、思考並列のまま同時に相手取るなんて、不可能に近い。
不可能に近い。そのはずだ。なのに、微笑みの聖剣は完璧に裁いている。裁ききっている。満面の笑みで。
まさに、微笑みの聖剣。いや、負荷のかかる思考並列を笑顔で、やってのけるそれは、どこか狂気染みている。まさに、微笑みの狂剣。
計算外だったのは、四枚一気に出すのではなく、枚数指定をして、出せるということ。しかも、枚数制限で出した場合、よりコスパが良く、四秒に一ドットずつしか減って行かないということ。
これにより、実質的に、四百秒間の常時展開が可能となる。
加えて、マルチ対戦の時間は、三百。つまり、今のままなら、最初から最後まで常時展開が可能という状況である。
ヘカテーは、この事を知らなかった。
そもそも、アザナの四人は、扱いが難しく、使っているものが、まずいない。したがい戦闘データが少なく、何が出来て何が出来ないのか。それ事態もわからない。
ヘカテーは、三百秒間のうち、百秒間しかリモートコントロールは使えないと、思って、思い込んで、作戦を立てた。
最初の何十秒間は四枚全力で来る。こちらの戦力を削ぎに来ると思っていた。
故に、お互いをカバーできるように、待ちの姿勢で相手の出方を伺うことにした。
のだが、蓋を開けて見たらどうだ。
二体一の優位な状況から一変、一対一の闘いを強いられている。
いや、それだけではない。W.C.Sの得意とする戦法は、素早さで、先行を取り、相手を最初からペースを崩し、そのままペースを強引に自分のものへと、持って行くというものだ。
しかし、今回、ヘカテーの立案した作戦のせいで、後手に回ってしまってしまい、本調子ではない。
ヘカテーは焦っていた。
自分の作戦のせいで、W.C.Sが負けてしまう。それは、合ってならないことだ。
彼女は、自分の最大の目標であり、自分の戦友でもある。そんな、W.C.Sの枷に自分は何があってもなってはならない。
せめて、せめて。W.C.Sが、体勢を整えられるように、一拍でも微笑みの聖剣の連撃の邪魔が出来たら……。一合でも、微笑みの聖剣が繰り出す、攻撃を自分が肩代わり出来たら。
という、思いはあれど、一枚の剣に行く手を阻まれ、割り込められない。
そんな、自分が歯痒い。
ヘカテーは焦っていた。故に、彼の最大の持ち味である、冷静な判断を欠いていた。
おそらく、普段のヘカテーなら、この状況を意図も簡単に打破出来ていただろう。
この状況は、簡単に打破できる。その事を、前回のエキシビションマッチで、アデスが立証済みである。
しかし、その事に気付かない。頭が回らない。それほどまでに、ヘカテーは焦っていた。
「クッ!」
ヘカテーの口からそのような声が漏れ出る。
焦りのせいで普段はしない無理な振り込み。
自ずと生まれる小さな隙。
付くべくして付いたかすり傷。
こうしている間にも一つ、また一つと付く。
その度に、微かな不快感を伴った削りダメージ。削りダメージが蓄積するにつれ、焦りはいっそう積もって行く。
魔法でW.C.Sを支援したり、目前の剣をどうにかしようとも、考えどそれも無駄に感じてしまう。
そう思わせてしまうほど、微笑みの聖剣が纏う、独特のプレッシャーは恐ろしいものだ。
天真爛漫な笑みで、強かに盤外戦術を使う。全てを見透かされているのではないかと思えてしまう。
思考がまとまらない。
そうこうしているうちに、W.C.Sの小さな体を微笑みの聖剣が捉える。
これが、決定打となり、W.C.Sは、胴から深紅のエフェクトを撒き散らしながら全損。
ヘカテーの視界が真っ赤に染まって行く。のとは裏腹に、頭が真っ白になる。
そして、その場に剣を落とすと同時に、膝から崩れ落ちる。
終わってしまった。何も出来なかった。
W.C.Sを負かせてしまった。僕がではなく、僕のせいで。
戦意を完全に喪失しているヘカテーの喉に剣先を当てた状態で、話をする微笑みの聖剣。
「うん、残念。キミ達となら、もっといい勝負が出来ると思ったんだけどな……、ボクの勘違いだったみたいだ」
「ち、ちが……」
違う、それは僕の、雪の作戦のせいであって、W.C.Sはもっとちゃんと闘える。
そのように続けようとしたのだが、微笑みの聖剣は弁明を許さなかった。
天真爛漫の笑みで、ヘカテーの言葉を遮り、
「ああ、もう喋らなくていいよ。分かっているから」
と、悪辣な言葉を言い終えた。その刹那、微笑みの聖剣は笑みを崩さずに、ヘカテーの喉に剣を押し込んだ。
ヘカテーは喉が痺れるような不快感を抱きながら全損。そして消滅。
荒れ地の円形闘技場に立つは、一人の少女アバター。
こうして、W.C.Sとヘカテーのリベンジ戦はあっけない幕引きとなった。